<RESTART>
ステージに立つ前はいつだってどこか凛とした気持ちになる。
多くの目に晒される自分の総て。
100%のその上を要求されるシビアな世界。いつだって最高のものを、いつだって最上のものを。
準備を終えた博之は何となく大介の楽屋のドアを叩いた。
いつもはスタッフの声が呼びに来るまで顔を合わせたりはしない。それぞれの集中の仕方には差があるからだ。
その空間をお互い大切に思っているし、長年そうしてきたステージ前の時間が既にそうする事が当たり前のような気になっていたからだ。
けれどこの日は何となく、そう何となく相手の事が気になって博之としては珍しく大介とこの時間を共有したいと思ったからだ。
「大ちゃん?」
ノックの音の後に聞こえたいつもの彼の声に恐る恐る扉を開ける。
「あれ?ヒロ。どうしたの?」
既に衣装もメイクも万全な彼はipadを片手に一服していた。
「入っていい?」
「なによ。入ってくれば。」
そう言って揉み消したタバコの香りが博之の鼻腔を掠めた。
「おじゃましま〜す。」
「アハハハ、なんだよ、改まって。」
「いやいや、本番前ですからね。大ちゃんだっていろいろと準備が。」
そう言って笑いながら大介が少しずれてくれたソファに座る。
「何やってたの?」
「ニコ生。」
そう言って見せる手元のipadには懐かしい自分達の映像が流れている。
「あぁそうか。この後あるんだもんね。生。」
「そうですよ〜。まさか忘れてたわけじゃないよね。」
「もちろん。」
そんな会話を交わしながら若かりし頃の自分達を見つめる。
この頃の自分達はこんなに2人の時間が長く続く事など考えてもいなかった。
ただ漠然と、ずっと続くといいなと思う程度で、本当に2人でいることの意味を考える事もなかった。
毎日毎日目まぐるしい日々に追われ、脇目も振らずに走っていた。未来には希望しかないと思っていた。
長い間離れている事も、確固たる意思を持って音楽のあり方を追求しなければいけない事もこの時にはまだ、一粒の欠片も見当たらなかった。
本当はどこかにその片鱗はあったのかも知れない。それはきっと2人が出逢った時から。
けれどまだ目に見える形にまではなっていなかっただけの話だったのだろう。
どの瞬間を切り取っても後悔だけはない。それは2人にとって誇らしい事だった。
「すべて・・・見られてるんだもんね。」
ポツリと大介が言った。
「そうだね。どんな時もどんな瞬間も、こうしてすべて記録されてるんだよね。」
画面の中の2人が頷きあって笑う。
「これから先も・・・。」
それにつられるように2人は見つめあった。
「いろいろあったね。」
「そうだね。」
「ありがとう。」
「こっちこそ。」
そこまで言って2人は思わず笑い出した。
「も〜〜ガラにもない事言わないでよ。」
「大ちゃんだって。」
お互いを揶揄しながら笑い合って再び画面に視線を戻す。映像はまた違う2人を映し出していた。
「20年か・・・。何だか実感ないよ。」
「オレも。」
「40周年とかどうなってんだろ。いくつよ、だって。」
「6・・・うわぁ・・・。」
「そう言いながら人の事見ない。」
「アハハ。大丈夫大丈夫、大ちゃん可愛いから。」
「はぁ!?ホントにそう言えば何でも許されると思ってんだろ。」
「そんな事ないって。本心だから、もう、オレの。」
「言ってろよ。」
笑いを堪えるつもりのない博之の脇腹を大介が小突く。
変らず流れている画面からは今でも形を変えながら歌い続けている曲が流れている。
「大ちゃんは迷わないでいてね。」
博之の優しいトーンが響く。
「そんなのムリだよ。神様じゃないんだから。」
大介も穏やかなトーンで返す。
「だね。」
博之は小さく笑った。
「でも大ちゃんは迷わないでいて。いつでもキリッと前を向いて笑っていて。
例えその裏側でどれだけ苦しんでも、浅倉大介はそういう人だから。
苦しむ姿はオレだけが知ってればいいでしょ?」
ギュッと掴まれた手の強さに大介はここまで歩んできた道程を思う。
決して平坦ではなかったその道程はそれでも確かにこの先へと続いている。
「そうやって、僕にばっかり面倒くさい役割押し付ける気でしょ。都合がいいんだから。」
「バレたか。」
いたずらっ子のような顔で博之は大介の肩を抱き寄せた。
「ちょっと、ライブ前なんだからね。皺くちゃにしたら怒られるよ。」
「けち。」
「けちじゃないでしょ。ほら、セット崩れる。」
「・・・じゃあ、誓いのキスだけ。」
「・・・キスだけ、ね。」
そう言って笑いながら2人、ついばむようなキスを交わした。
ステージに立つ前の一瞬にこんな事を考えた。こんな穏やかな瞬間がこの先何度も訪れるといいなと。
自分がいて、相手がいて、心地良い緊張感、隣にある確かな温もり。
彼の目を見つめる。
彼の目が見つめる。
互いの瞳の中に確認する姿。
そこにきっと新しい世界があると信じて、前を向いて僕らは新たな一歩踏み出した。
END 20101124