ONE DAY NEW YEAR

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、暇だなぁー。」

 

 

こたつに肩まですっぽり入ってテーブルの上に顎を乗せ、目の前に置いたみかんをじっと見詰めながら葛Gが言った。

数日ずれた正月休にする事もなく、ぼーっとしている。つけっぱなしのテレビからはもうそろそろ数も少なくなってきた特別番組がおめでたそーにがなりたてている。

 

 

「大介、お前それで何個目だよ。そんなに食ってよく飽きねーなぁ。」

 

 

本当に何個目か解らない程たいらげたみかんに大介が手を出した。

 

 

「だって好きなんだもん。おいしいよ。おみかん。」

 

 

「いくら好きだって言っても限度があんだろ。ったくおめーはよー。」

 

 

そう言いながら真正面にいる大介を上目使いで見る。

 

 

「おい大介。おめー何か芸やれ。」

 

 

「はぁ!?」

 

 

「はぁじゃねーよ。何かおもしれー事やれよ。何の為にお前呼んだと思ってんだ。オレ様が暇じゃねーよーにだろ。」

 

 

「ちょっと。何、それ。それってひどいじゃない。僕って暇潰し!?」

 

 

呆れ顔で大介が言う。

 

 

「いーから何かやれよ。」

 

 

「うーんとねぇ。じゃあ問題。僕はこれでおみかんを何個食べたでしょう。」

 

 

「しらねーよ。」

 

 

「じゃあさ、一体何個僕はおみかんを食べられるでしょうって言うのは?」

 

 

「百万個。殴るぞ、コラ。」

 

 

顔中にイライラを浮かばせて葛Gは退屈そうにあくびをした。

 

 

「だいたい葛Gさぁ。人にはそんな事言っといて、自分は何にもしてないじゃない。暇なの葛Gだけなんだから葛Gがなんかすればいいじゃん。」

 

 

「何だよ、お前暇じゃねーのか。」

 

 

「うん。だって僕おみかん食べてるもん。」

 

 

幸せそうな大介を横目に葛Gはごろっと寝転がった。

 

 

「あーあ。久し振りのOFFだって言うのに、お前と一緒じゃなぁ。せめてお前が女ならなぁ。」

 

 

大介は葛Gのこのセリフにみかんを喉に詰まらせて咳き込んだ。

 

 

「ちょっと葛G。そーゆー怖い冗談はやめてよね。」

 

 

大介は寝転がっている葛Gの足をこたつの中で蹴った。

 

 

「んだよ。いてーじゃねーかよ。ったく、これが本当に女ならよ、いくらでも蹴ってぇって言うのになぁ。」

 

 

「う・・・。」

 

 

葛Gのこの言動に大介は一瞬固まった。するとそんな大介を見て葛Gがにやっと笑う。

 

 

「か・・・葛G−。」

 

 

からかわれたのだと言う事にやっと気付いて、こたつの中で葛Gの足を蹴りまくる。そんな大介の真っ赤になった顔を見ると、余計に笑いが止まらなくなる。

 

 

「解った。悪かったよ。落ち着けよ。な。でもよ、本当、大介。お前女とかいねーの。」

 

 

「何?いきなり。どうしたの葛G。」

 

 

「いや。でもお前に女なんて想像出来ねーよなぁ。ミッキ−とかって言ってる奴に女がいたら、オレ泣くぜ。」

 

 

「それ、どーゆーイミ?」

 

 

「だからよ、例えばだなぁ。女とデートするじゃねーか。そん時、女よりも騒ぐ男ってのはちょっと怖いものがあるとオレは思うわけよ。」

 

 

「えー、僕騒がないよー。」

 

 

大介がぷーっと膨れて葛Gを睨む。

 

 

「いや、お前は騒ぐ。お前のそのディズニー狂いは並みじゃねーからな。

でもよ。実際のところ付き合った事はあんだろ。」

 

 

「あります。」

 

 

「だろ?じゃあヤった事も勿論あるよな。」

 

 

「何、その勿論って。」

 

 

「あんだろ?」

 

 

            ・・・ある、よ。

僕だってね、もう二十八なんだよ。あって当たり前だよ。葛G、僕の事どんな風に思ってんの?」

 

 

「ミッキ−らぶらぶふぁいやーやろー。」

 

 

「ミッキ−は別だもん。」

 

 

大介は葛Gの足をぎゅーっと押し返しながら言い返す。

 

 

「僕だってねー、普通に恋したり、好きだよとか言ったりしてるんだよ。自慢じゃないけど過去に付き合った女の子だってねー。」

 

 

「一人もいねーだろ。」

 

 

葛Gがすかさず突っ込みを入れる。

 

 

「いるよー。」

 

 

「何人?」

 

 

           ・・・二人・・・。

でも、数じゃないもんね。こーゆーのって、どれだけ自分が相手に対して純粋な気持ちでいられたかって言うの?そういうのじゃない?」

 

 

「お、いきなりどーしちゃったのかなー、大介くん。哲学者だねー。」

 

 

からかう葛Gの声が笑っている。大介はそんな葛Gを上目使いに見て言った。

 

 

「もういい。もう葛Gのその手には乗りませんよーだ。僕はね、葛Gの暇潰しじゃないんだからね。

言っとくけど。自分が人の事呼んどいて酷いと思いません?ちょっとくらいおもてなしってやつをしてくれない?おもてなし。」

 

 

「してるだろ。」

 

 

「何!?どこが!?」

 

 

「みかん。さっきからお前、好きなだけ食ってんじゃねーかよ。」

 

 

さらっと言ってのける葛Gに呆れて、大介は溜め息をついた。

 

 

TRRR・・・。

 

 

突然の電話。

 

 

「葛G。電話鳴ってるよ。」

 

 

寝転がったままの葛Gに大介は言った。

 

 

「お前出ろよ。」

 

 

「何で!?」

 

 

「お前のが電話に近いから。」

 

 

そう言ってちっとも起きようとしない葛Gを軽く睨んで大介は電話に出た。

 

 

「はい、もしもし葛城です。          ・・・え!?ヒロ!?どうしたの?

         あ、おめでとう。今年もよろしく。

         え、そう。酷いんだもん。葛G、人に出ろって言って自分は寝てるんだよ。           そう、言ってやってよ。え          

            開けろって・・・何?」

 

 

突然、ヒロからの電話中にインターホンがピンポーンと来客を告げる。

 

 

「あ、人が来た。ちょっと葛G、出てよ。」

 

 

電話口を押さえて大介が言う。

 

 

「お前出ろよ。」

 

 

それでも知らん振りの葛Gはテレビを見て笑っている。

 

 

            ごめん、ヒロ。人、来ちゃったから。         え!?ちょっと待ってよ。」

 

 

激しく鳴り出したインターホンに大介は堪らずコードレスの電話を持ったまま玄関へ向かう。

 

 

「どちら様ですか。」

 

 

玄関に向けて叫ぶ。すると電話口からヒロの声が。

 

 

「大ちゃん開けてってば。」

 

 

「え、何           !?」

 

 

困惑したままドアをガチャリと開けると。

 

 

「あけましておめでと             。」

 

 

ヒロの元気な声が響いた。

 

 

「ヒロ             !?」

 

 

突然目の前に現れたヒロに驚いて、自分の手にしていた電話をじっと見つめた。

 

 

「もしもし大ちゃん。やっと開けてくれましたね。」

 

 

目の前で携帯片手に話し掛けるヒロと電話口から同時に声が聞こえる。

 

 

「ヒロ             。もー、びっくりするじゃない。」

 

 

やっと事態を把握してひとしきり笑う。

 

 

「葛G、もしかしてこの事知ってたでしょー。もー、信じらんない。」

 

 

ヒロを招き入れながら大介は葛Gに抗議する。そんな大介の前で葛Gはにやりと笑う。

 

 

「ね、大ちゃん。」

 

 

後ろから声を掛けられて振り返るとヒロがまだ玄関に立っていた。

 

 

「あのね。実は、お客さんがいるの。」

 

 

そう言って手招きをする。

 

 

「偶然会ったんだ。」

 

 

現れたのは顔見知りの二人。

 

 

「あー、二人とも。」

 

 

「どーも。」

 

 

ぺコリと頭を下げて、うざったそーに髪を掻きあげたのは香月優奈。その後ろでただひたすら恐縮しちゃってる清水聡。

 

 

「電車乗ってたらね、ナンパされちゃった。」

 

 

笑うヒロの顔が照れくさそうにはにかむ。

 

 

「とにかく入って。」

 

 

そう言って三人を招き入れると、大介は自分の家のように三人にコーヒーを入れた。

 

 

「どうぞ。」

 

 

「おい、大介。ここ、オレん家。」

 

 

むっくりと起き上がった葛Gが大介を指差して言う。そんな葛Gを見て、優奈と聡の二人が笑い出す。

 

 

「え、どうしたの!?」

 

 

大介が聞くと二人は顔を見合わせてまた笑った。

 

 

「だって葛城さんのかっこー。」

 

 

「さいこーです。」

 

 

「イメージと違う      。」

 

 

笑いまくる二人を不思議そうに見詰めて、大介と博之は葛Gを見た。

 

 

「イメージと違うって、何が?」

 

 

「おい。オレの何がイメージと違うんだよ。」

 

 

「そのはんてんです。」

 

 

やっと口を開いた二人は続けて言った。

 

 

「だって普段は、オレ様はロッケンローラーなのよとか言ってかっこいーじゃないですか。」

 

 

「そー。この前の俺達のレコーディングの時だってロッケンローラーの格好はこーだとか言って、めちゃくちゃかっこイー感じだったから、何かそのギャップに苦しんでるんです。」

 

 

そう言われて改めて葛Gを見ると、確かにロッケンローラーと自負している葛Gとはギャップがある。

大介と博之は顔を見合わせると笑い出した。

 

 

「ヒロ、笑っちゃ悪いって。」

 

 

大介が喉の奥で堪えたような笑いを漏らしながら言う。

 

 

「大ちゃんだって悪いってばー。」

 

 

「んだ、お前ら、笑ってんじゃねーよ。」

 

 

葛Gにデコピンをくらう博之はそれでもまだ笑っている。笑い上戸の博之は笑い出すと止まらない。

そんな博之と大介をよそに、笑い出しっぺの二人はぼーっとした顔で見ている。それに気付いた大介が2人にはてな顔を送る。

 

 

「どーしたの?そんな顔して。」

 

 

「え、いや。すっごいカンドー。実際2人が、こんな話したり、笑ってんのって、俺達にとったら、もーすげーカンドーですよ。」

 

 

聡もかくかくと頷く。

 

 

「浅倉さんと会ったのはもうaccessじゃなかったし、完全に卒業した後だったから、2人がこーしてるの見るのってちょっとした夢だったんだよな、聡。」

 

 

「そーですよ。浅倉さんと一緒にやってきた人って、俺達もちょー興味あったし、すげーとかって思ってたし。」

 

 

そう言ってはにかむ聡。それにつられて博之もはにかむ。

 

 

「えっと・・・。こんな奴でごめんね。でも、前に一度、会った事あるよね。ほら、LAYZのレコーディングの時、遊びに行ったよね。」

 

 

「そうそう。ガリガリくん持って。ヒロってさぁ、何かあると必ずガリガリくんだよね。」

 

 

「そう。確か、オレンとこに一番最初に遊びに来た時も確か持って来たよな。」

 

 

大介と葛Gのにやにやした視線に博之は口を尖らせてぼそっと言った。

 

 

「だって好きなんだもん。」

 

 

              

 

 

その場にいたみんなが笑いの渦に飲み込まれる。

 

 

「かわいーでちゅねーヒロくん。素直な事はイー事でちゅよー。」

 

 

大介が悪乗りする。

 

 

「博之。お前がそんなふーに真っ直ぐ育ってくれて、父さんはうれしーぞ。」

 

 

葛Gも続く。

 

 

「もー。大ちゃん。葛G−。」

 

 

久し振りの突っ込みに心なしか嬉しさを感じて、博之は笑いながらも抗議する。

 

 

懐かしい空間に心が休まる。何も変わっていない自分の居場所が、こんなにも心地良い。

 

 

「相変わらず意地悪だよねー大ちゃん。2人とも大ちゃんにいじめられなかった?」

 

 

博之が優奈と聡にふる。

 

 

「ちょっと待ってよ。僕いじわるじゃないよ。僕ほど優しい人も珍しいと思うけどー。」

 

 

しらじらしいセリフでにっこり微笑む大介に、すかさず突っ込みを入れる。

 

 

「そーゆーところが意地悪なんだよ。本当、お前悪魔だよな。お前らもそう思うだろ?」

 

 

「あくまって・・・。それは酷いと思うな、葛G。」

 

 

「うるせーぞ、悪魔。おい。本当、正直に言ってみろ。大介に虐めたれただろ。」

 

 

葛Gの目が2人を見詰める。二人は顔を見合わせると同時に言った。

 

 

「もう一回。」

 

 

「なにそれ。」

 

 

博之がはてな顔をする。

 

 

「だから、それは僕の愛情なんだって。何も苛めてるわけじゃないんだよ。」

 

 

「浅倉さん、必ずもう一回行ってみようかって言うんですよ。にっこり笑って。」

 

 

「そー。絶対OK出してくれないんですよ。」

 

 

「ひどーい。大ちゃん、そんなに苛めしてたんだ。かわいそすぎる2人とも。僕が2人を守ってあげるね。」

 

 

「オレも守ってやる。」

 

 

博之と葛Gの大介を責める瞳がだんだんと笑みを含んでくる。誰からとも無く、笑い出した声に飲まれて行く。

気楽な午後のひととき。飾らない温かな空間が一人一人を包んで行く。

ふと葛Gがもらす。

 

 

「男同士のむさい正月っていうのも悪くないな。」

 

 

秘密を共有したような笑いをこぼし、葛Gが髪をかきあげる。

 

 

「何、葛G。その笑い。」

 

 

博之が変なポーズを取りながら1歩引く。

 

 

「そー、さっき葛G、僕が女の子だったらなーとかって言うんだよ。もー信じられますー!?」

 

 

大介の非難する声にまた笑い出す。

 

 

「だって大ちゃん、女の子みたいじゃん。いやーん、かわいー。」

 

 

「そーゆーヒロこそ、女の子みたいに高い声は何かなー。」

 

 

「あ、そーゆー事言うの?これはね、女の子みたいじゃなくて、セクシーなのっっ!!」

 

 

「えー、ヒロのどこがー!?」

 

 

「女の子の大ちゃんには言われたくないねー。」

 

 

喧喧囂囂(けんけんごうごう)とじゃれあう2人にストップが入る。

 

 

「お前ら、お互いを落としあってんじゃねーよ。」

 

 

「あ、そーか。そーだよね。何も僕達が言い争わなくてもいー子がいるじゃないですか。ね。優奈。」

 

 

大介のにっこり顔に振り向かれて、優奈は一瞬硬直した。

 

 

「な・・・何でこっちに話をふるんですか?浅倉さんの方がよっぽど女の子ですよー。」

 

 

「あ、そーゆー事言うわけ?今度のレコーディング覚えてろよ。」

 

 

「うわー大ちゃん、すごいひきょー。」

 

 

「浅倉さん。」

 

 

そんな大介の言葉などものともせず、優奈がにっこりと微笑んだ。

 

 

「ボンバーマン。」

 

 

「あ・・・う・・・う         。」

 

 

大介の悔しがる横で聡がげらげらと笑う。

 

 

「え、何?どーしたの?」

 

 

 一人話が飲み込めない博之があちこちに聞く。

 

 

「浅倉さん俺に勝てないんですよ、ボンバーマン。」

 

 

「うそ。」

 

 

「本当。優奈ってばすっごい強いの。僕が惑わせようとして途中で全然違う話とかしてもダメなの。すっごい真剣なんだもん。」

 

 

「えー。俺達も結構やったのにねー。そんなに強いの?」

 

 

「今度やりますか?撃つか。」

 

 

「うわー懐かしー。撃つかだよねー。撃つ、撃つ。久し振りに聞いても良い響きだね。」

 

 

ほんわかと博之が言うと大介もほんわかとした笑顔で博之を見詰めた。

こんなに長く離れていたのに、そんな事ちっとも気にならない。あの頃と同じ空間が2人を温かく包む。

苦しい決断だったけど、今はそうして良かったと思える。

 

大介と優奈を筆頭にボンバーマンの話題でぎゃーぎゃーと騒いでいると、ハンテン姿のロッケンローラーが言った。

 

 

「お前らうるせーんだよ。人ン家来てぎゃーぎゃー騒ぐんじゃねー、ガキ。」

 

 

手元にあったみかんを大介に投げる。

 

 

「あー、食べ物粗末にしちゃいけないんだよー。葛G−。あ、もしかして話題に入って来れなくて淋しーい?ごめんね、パパ。」

 

 

大介が自称バンビの微笑みを見せる。

 

 

「パパって呼ぶな、ばかやろう。」

 

 

またもみかんを投げ付けて葛Gが言う。

 

 

「ぎゃ−ぎゃ−騒ぐって、呼んだの葛Gじゃない。まさかこーなる事を予想してなかったなんて言わないよね。」

 

 

「うるせーぞ、大介。」

 

 

照れたように頭を掻いて葛Gがぽつりと言う。

 

 

「初詣にでも行くか。」

 

 

「行く                。」

 

 

元気良く答えてイベント好きな面々はあたふたと出掛ける支度を始める。そんな奴らを見て葛Gは小さく溜め息をついた。

葛Gの静かなお正月は今年もやってこなさそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     END