<イブの魔法使い>
「あーぁ。」
大介は重く溜め息を付いた。こんな日に一人なんて淋しすぎる。そう思っての何度目かの溜め息だった。
今日のスケジュールも早く切り上げられて、不意に出来た予定外の時間。クリスマス・イブともあってみんな大忙しだ。家庭のあるスタッフなどが嬉々として家路についた。こんな時は決まってディズニーランドに行くのだが、こんな日に行っても何だか空しいだけなので止めにした。
「あーぁ。」
曲作りでもしようかとマックの前に座ったけれど、どうも気分が乗り切らない。
いつもならもっと楽しいのに。今年に限って誰もいない。
去年までは決まってヒロとめちゃくちゃ騒いでいたけど、今年はヒロだって忙しいに違いない。そう思うと電話するのも気が引けた。
「あーぁ。わびしいなぁ。」
もう数えるのも面倒くさいほどついた溜め息を付いた時だった。
「そうだ。」
大介はいつも持ち歩いている鞄の中からアドレス帳を取り出した。電話を手繰り寄せナンバーをプッシュする。
TRRR・・・
コールを聞いている。三回・・・。四回・・・。
いないのかなぁと諦めかけた時だった。息せき切って声が聞こえた。
『もしもし清水です。』
「あ・・・もしもし浅倉です。こんばんは。」
『あ・・・え・・・あ・・・こんばんは。』
電話の向こうが慌てている。
「聡くん?今何してるの?イブなのに電話に出るって事は、淋しいなぁ。」
『え・・・そ・・・そうですね・・・。今、大変なんですよ。優奈来ちゃって、クリスマスパーティしようなんて言うから。』
「え、優奈くんもいるんだ。」
電話口の向こうで二人が話すのが所々聞こえる。
『もしもし浅倉さん?優奈です。もうすぐ東京ですね。ベイNK行きますよ。聡と二人で。今からちょー楽しみです。』
自分とひとまわり近くも違う二人は電話口で楽しそうにしゃべる。
「二人とも淋しいクリスマスだね。せっかくオフにしてあげたのにどこにも行かないの?」
『実は昨日まで二人でスキーに行って来たんですよ。おかげで体中筋肉痛です。』
「えーリッチだなぁ。近頃の高校生は。」
『浅倉さんはどうしてたんですか?相変わらず忙しいんですよね。きっと。』
「うーん、それがねぇ。今日は思ったよりも早く仕事が終わったからさぁ。今どうしようかなぁって思ってた所なんだ。」
大介は電話の相手に頭を掻いて見せた。
『えー、じゃあ、今から一緒にクリスマスパーティしませんか?聡ン家で。』
優奈の楽しそうな声が大介を誘う。
「え、いいの?本当?僕みたいなオジサンが行っても嫌じゃない?」
『いいですよ。来てくださいよ。散らかってますけど。』
「君ン家じゃないでしょ。」
まるで自分の家のように言う優奈に笑ってみせる。すると電話の向こうで聡の叫ぶ声が聞こえた。
「どーしたの!?」
『わーっ、ちょ・・・ちょっと待って・・・。これ。聡、これ、速く。
すいません。今、ポップコーン食べようって変なフライパンみたいになってるヤツやってるんですけど、なんか急に破裂しちゃって。』
電話の向こうでは尚もドタバタとアクシデントは続く。
『あの・・・浅倉さん・・・!?』
大介は小さく溜め息を付いた。
「もしもし優奈くん?聡くん手伝ってあげて。大変そう。僕やっぱり遠慮しとくよ。二人で楽しいクリスマスしてね。じゃあ、また電話するよ。」
『本当すいません。じゃあまた。』
チンと軽い音をたてて切れた電話を溜め息で見詰めた。
「あーぁ。結局一人は僕だけか。」
ぼそっと呟いてごろんと寝転がる。
「クリスマスが何だって言うんだ。一日過ぎればただの日だって。」
空にパンチをくらわせてそのまま大の字になって天井を見詰める。
ピーンポーン。
突然来客のチャイムが鳴った。
「はーい。」
ほんの少しの期待をして玄関へと答える。
「どちら様ですか?」
「お待たせいたしました。ピザの宅配です。」
「え?家頼んでませんけど・・・。」
記憶を辿りながら答える。確かに頼んでないよねぇ・・・。
「えー、おかしいなぁ。ここ浅倉さんのお宅でしょ?」
「そうですけど。」
ドアを隔てて会話が行き交う。
「確かに頼まれたんですよ。浅倉大介さんに直接手渡すようにって。」
「え?だって・・・。」
大介は驚いた。ドアの前の表札には苗字しか書いていなのに、何で僕のフルネームを。
「頼むから開けてくださいよぉ。浅倉大介さん。じゃないとここでスペースパラダイス歌っちゃうよ。だぁーいちゃん。」
ドアの向こうで笑い出した声が聞こえる。
「ヒロ・・・!?」
びっくりして急いでドアを開ける。
「メリークリスマス!!」
ドアを開けた大介の目に飛び込んで来たのはサンタ姿のヒロ。白い大きな袋の代わりにコンビニの袋を2つも下げて。
「なにー。その格好。もしかしてずっとそれで来たの!?」
笑いながら聞くとヒロはいたって真面目な顔で頷いた。
「だって大ちゃんのサンタになってあげようと思ってさ。ミッキーじゃなくてごめんね。」
ウインクしてみせるヒロに大介は抱きついた。
「ありがとうヒロ。ミッキ−じゃなくても嬉しいよ。」
心からの気持ちを込めて言った言葉尻をヒロがつかむ。
「ミッキ−じゃなくてもぉ?やっぱり大ちゃん、オレなんかよりミッキ−のが良かったんだ。もーいいよ。バイバイ大ちゃん。」
「わぁー、待って。」
帰ろうとするヒロを慌てて捕まえて引き戻す。
「ごめん。僕が悪かったです。ごめんなさい。ヒロが来てくれて嬉しいよ。本当。もう涙が出ちゃう。」
大介は泣く真似をして見せた。
「・・・調子いいなぁ大ちゃん。」
ヒロサンタは口を尖らせて大介を見た。その目は笑っている。
どちらからともなく笑いがこぼれる。
「入って。僕、何にも用意してなかったんだけど、取り合えずコーヒーくらいは出せるよ。」
「紅茶を出してくれたら許してあげよう。」
そう言って靴を脱ぎ始めるヒロをくすぐったいような気持ちで見詰める。
淋しいと思っていたらヒロが来てくれた。何も言わなかったし、ましてはいきなり出来たオフの時間をまさかヒロが知っていた筈もなく、偶然。
こんなに嬉しい偶然なら悪くない。さっきまで天井を見詰めていた自分が嘘のよう。
クリスマスなんてって思ってたけど、やっぱりクリスマスは最高。いつもは気にかけない偶然もこんな日にはスペシャルになる。
今年もまた二人で過ごせるね。
「ヒロ。」
やっと靴を脱ぎ終えたヒロに声をかける。
「メリークリスマス。ありがとう。」
ヒロはにこっと、あのはにかむような笑顔をして見せた。
END