<彼方>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕達の中で、確実に何かが、時間と言う波に押し流されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ〜何?大ちゃん、タバコ?」

 

 

久しぶりに訪れたヒロが僕の変化に目ざとく気付いて驚きの声を上げた。何となく気恥ずかしいような、後ろめたいような気分で僕はヒロに答えた。

 

 

「うん。変、かな?プロデューサーぽく見える?仕事出来るかっこいい大人に見える?」

 

 

「かっこいい大人って。そんな理由でタバコ?」

 

 

可笑しそうに笑うヒロに僕はやっと安堵の息を漏らす。

 

 

本当の理由は・・・言えるはずがない。

あの日、ヒロが忘れていったタバコの煙は、僕に現実と言うものを否応なく突きつけた。

 

 

 

 

ヒロがいない・・・・。

 

 

 

 

僕達の関係は何も変わらない、いつでも会える、そう呪文のように心の中で唱え続けた言葉は、何の効力も持っていなかった。

縋るように繰り返すその行為そのものが、もはや何よりの証拠。縋らなければ、唱え続けなければ、僕はもうとっくの昔にヒロの不在という現実に押しつぶされていた。

 

 

 

ヒロに会いたい。

 

 

ヒロに触れたい・・・。

 

 

 

 

口に出せたらどんなに楽になれただろう。けれど僕は決してその一言を言うことが出来なかった。

ヒロの前では情けない僕は見せたくない、ヒロがいつでも自慢に思ってくれる良きパートナーでいたい、そんなプライドが邪魔をして・・・。

 

 

あの凍えるような屋上で僕は固く誓った。

 

 

これから先、何があっても、この気持ちは明かさない。

 

 

恋愛はいつか必ず終わる。永遠に続く想いなんてそうそうあるはずがない。

一体どれだけ多くの男女が、永遠を信じて別れを繰り返しているんだろう。その瞬間は確かに本物だった気持ちも、いつしか色褪せる。どんなに楽しい思い出も踏み躙られて、傷となって、そして次第にそんな痛みを感じようとしなくなる。記憶の彼方に追いやって、その時間をなかった事にしようとする。

 

そんなのは嫌だ。

ヒロとの時間をそんなふうに消してしまうのは嫌だ。

 

だから決めた。僕はそういう関係を求めない。

それに・・・男同士の僕達がそんな関係になれるなんて・・・そんな事、それこそ永遠にありはしないんだから・・・。期待を持つだけ空しくなる。

 

だから僕は、ただ友達として、かけがえのない解り合えるパートナーとして、ヒロのそばにいられれば、それでいい。

そうすれば別れなんてきっと来ない。これ以上は近づけないけど、これ以上離れる事もない。それでいい。・・・それがいい。

 

 

       そう思っていたはずだった。

 

 

だけどあの日、ヒロの香りと歌声は本当に求めていたものをまざまざと僕に見せつけた。

そんなキレイ事で片付く気持ちじゃない。そんな気持ちならとっくにケリをつけられたはず。それだけの時間は確かにあったんだから。

 

僕はヒロが好きで・・・好きで・・・好きで・・・ヒロのほんの些細な言動にさえ揺れ動いてしまう程ヒロを好きになってしまった。

自分をごまかしていないと苦しくて、どこか得体の知れない闇の中に落ちてしまいそうだった。

 

 

僕はいつでも求めていた。ヒロの温もりを。

ただそばにいるだけでいい。他愛のない会話をして、その優しい笑顔に触れて、僕の名前を読んでくれるだけで僕の心は満たされる。

たったそれだけ、それだけの事をどんなに切望していたか        

 

 

もうどうする事も出来ない。この気持ちを消す事なんて出来やしない。

気付いて欲しい・・・。

この気持ちの行き場を教えて欲しい。

心の内でそう繰り返しながらも、現実にそんな事がありはしない事が解っているから、僕はここから動けない。ただ時折訪れる優しい眼差しだけを待ってここにいる。

 

 

僕の求めていたものはたったひとつ。変わりのきかない、たった一人の人・・・。

 

 

あの最後の日、ヒロの手を離したのは僕のはずだったのに。

 

 

僕は、いつからこんなになってしまったんだろう。こんなに弱い自分は、嫌いだ。

 

 

 

 

 

「でも、大ちゃんも結構俗っぽい事するんだね。」

 

 

「え?」

 

 

一瞬、僕は自分の本心が見破られたのかと思ってドキッとする。

 

タバコを吸い始めた本当の理由        ヒロの香りが心地良いから。

自分の周りをヒロの香りでいっぱいにして、それでようやく僕は安堵する。僕の心の居場所を作っている。

 

 

「まさか大ちゃんが形から入る人だとは思わなかったよ。何か背伸びして吸い始めた高校生みたいでさ。」

 

 

「ちょっと、何?それ〜。」

 

 

ヒロの楽しそうに笑う笑顔につられて僕も笑う。

 

たったこれだけの事が嬉しい。ヒロが僕のそばにいてくれている。そばでこうして笑ってくれている。

今の僕にとって、これが総てだった。他には何も入らない・・・そう思えるほど、僕はヒロに飢えていた。

 

 

「何かタバコ吸うとアレだね、さすがの大ちゃんも雰囲気が大人っぽくなるね。」

 

 

そう言いながら自分もタバコに火をつけて僕の隣に腰掛ける。その慣れた仕草がかっこいい。目を細めておいしそうに煙を吐き出すヒロの横顔に思わず見とれる。

 

 

「大ちゃん、灰、落ちるよ。」

 

 

「え!?」

 

 

慌てて灰皿に灰を落として、その短くなったタバコを揉み消した。

 

 

「やっぱりらしくないよ〜。ちゃんと吸ってる?」

 

 

笑うヒロの手に挟まれたタバコの香り。やっぱりヒロに良く似合う。

こんなにそばにいるのに、切なくなる。これ以上を望まないって決めておきながら、ヒロがその手で触れてくれるのを期待してしまう。

 

 

        大丈夫、この香りが一緒にいてくれる。

 

 

僕は新しいタバコに火を点けた。

 

 

「で?話って?」

 

 

ヒロがタバコを揉み消しながら僕に聞いた。それは暗に真剣な話になる時の合図のようだった。

 

 

「うん・・・。実はね、新しいユニット、作る事になったんだ。」

 

 

僕は出来るだけ冷静に言った。

 

ヒロの顔が見れない。怖くて・・・。

今、彼はどんな顔をしてる?

どんな表情でも、きっと僕は切なくなる。ホントはこんな事言いたくない。だけど隠しておくわけにもいかない。

それに、ヒロにはちゃんと自分の口から聞いて欲しかった。

 

 

「そうなんだ。」

 

 

たった一言、ヒロがそう言った。

 

 

それだけ?

ねぇ、それだけなの?ヒロ。

 

 

僕はたまらずに顔を上げた。

別に何を期待していたわけじゃない。止めてもらいたかったとも、駄々をこねて欲しかったとも思わない。自分でも解らないけど、でも、何かを期待していた。それはたった一言の言葉じゃないことだけは解る。

 

見上げた先には僕よりも冷静に見えるヒロ。僕はたまらずしゃべりだした。

 

 

「ユニットって言ってもね、今回は3人なんだ。僕はメンバーでもあるけど、プロデューサーとしても係わっていく形になるって言うか・・・。今度は僕以外の楽曲も作って行こうって言う話もあるし。ギターの子がね、曲作ったりしてて、そう言う意味でもプロデューサー的な役割の方が多いかも。僕もこの1年でいろんな人をプロデュースする機会に恵まれて、そこで解ったこともたくさんあるし、一歩引いた形で全体を見ていくユニットになると思うんだよね。だから・・・。」

 

 

「大ちゃん。」

 

 

彼の声が僕の勢いを止める。

 

 

「大ちゃんの作るユニットなんだから、それがどんなスタンスで関わっていくものになっても絶対上手くいくって思ってるよ。」

 

 

「ヒロ・・・。」

 

 

僕は電源の落とされたロボットのように、そこから先動けなくなった。

どんな言葉ももう出てこない。肯定も否定もしないヒロの言葉に、ただ頭の中だけがグルグルと疑問を浮かび上がらせてパンクしそうだった。

 

 

僕の選択は間違っていたの?

どうして何も言ってくれないの?

ねぇ、ヒロの気持ちは?

ヒロの正直な気持ちを聞かせてよ。

 

 

 

 

この一年、僕とユニットを組んでやりたいというオファーは後を絶たなかった。それはもちろん商業的に見ても、僕個人の率直な感想としても嬉しい事だった。

だけど、僕はそれをことごとく断った。

ひとつにはまだその時期じゃないと思ったし、もし仮に作るとしてもそのメンバーは吟味したかった。レコード会社の思惑に乗せられるような形では作りたくなかった。

それに・・・

 

 

僕はもうaccessのようなユニットを作る気はなかった。

あえてそれを避けた。

だって、あれは僕とヒロの・・・。僕にとっては大切な心の拠り所だったから。

 

 

レコード会社の多くはaccessのような形を望んだ。多分、商業的にも見通しがつき易いからなんだと思う。バンドと違ってボーカリスト1人が気に入ってもらえればすぐに話が先に進む。人を見つける労力も、人間関係の摩擦も最小限ですむ。商業ベースに乗せるということはそう言うことだ。売れるとなると猫も杓子も同じ方向を向く。いやらしい話だけれど業界とはそう言うところだ。その中でいかに自分のやりたい方向を失わずに進んで行けるか、もしかするとこれがこの業界の中で一番大切なことなのかもしれない。確かに長く活動を続けている人達を見ると、なるほど、頷ける。

 

そう言う意味でも妥協や思惑にのせられた不本意な形での活動はしたくなかった。もともとaccessのスタッフがそういう考えを持った人がいなかったせいか、急に降って沸いたような数々のオファーに僕は辟易していた。

 

プロデューサーとして係わるのはいい。だけど、ユニットとなると話は別だった。

僕の中でユニットの相手はたった一人、その事はこの前の夜、初めて流した涙と共に自覚した揺るがないものだから。

 

大抵の話は僕のこの揺るがない信念の前に立ち消えになって行ったが、中には数件どうしてもと粘られてしまうものもあった。

 

 

「ユニットとしては考えられません。」

 

 

僕は何度この言葉を繰り返しただろう。

プロデュースなら引き受けるが、ユニットとしては考えられないなんて、傲慢な物言いに見えたかもしれない。

それでも、僕はどんなに嫌な奴に思われても、そこだけは譲れなかった。

 

そうしてそんな条件でも良いと、渋々OKを出した一人が、僕のソロプロジェクトにゲストボーカルとして参加してくれた西川貴教くんだった。

 

彼の歌声にはもちろん魅力を感じていた。自分のソロプロジェクトに参加してもらったくらいだから、その人となりも良く解っていた。

確かに、accessを組む前だったら、彼を選んでいたかも知れない。

 

彼はとにかく歌の上手い人だった。飲み込みも早い。それでいて、自分と言うものをきちっと持っている。ボーカリストとして、フロントマンとして必要な要素はすでに持っていた。インディーズで活動していたというから、その経験から学んだ事もたくさんあったんだろうと思う。こちらが何も言わなくても自分のするべきスタンスにするっと入り込むその柔軟性は、僕が今まで出会ってきた人の中でも一番だった。

 

確かに彼は面白いものを持っている。

彼と組んで何かをやってみたい気持ちはもちろんあったけれど、彼サイドの要求してきたような形では考えられない。個人的な感情論を抜きにしても、彼はユニットという形じゃないような気もしていた。彼の存在そのものがひとつの形として存在する、そんなスタンスの方が向いているような気がしていた。

僕がそう思っていても、彼サイドでは頑なにユニット案を押してきていた。その理由も、僕には良く解っていたけれど・・・。

 

 

「何度もお話した通り、ユニットとしてはお受け出来ません。」

 

 

穏やかに、それでいてはっきりと僕は言った。

 

レコード会社の会議室の中に、僕とアベちゃん、そして西川君サイドのマネージャー、レコード会社の役員とが顔を合わせていた。

一度はプロデュースでと話を進めていたものが、ここに来てまたユニットの話に摩り替わりそうになったために緊急に集められた会議だった。当の本人はこの場にはいない。

 

 

「そうは言っても、変わらないでしょ?プロデューサーもユニットも。浅倉さんの曲を西川が歌う。そのスタンスは決まってるんですから。」

 

 

妙に馴れ馴れしく下手に出てくるレコード会社役員に僕は思わず眉をしかめた。

 

 

「何を言ってるんですか?浅倉はプロデュースする事にOKしたんであって、ユニットを組むとは一言も言ってないですよ。それでそちらも納得したでしょう?それをここに来て、話を蒸し返すような事をしているのはどちらなんですか。」

 

 

冷静だが、辛辣に言い募る隣のアベちゃんに僕は視線を移した。普段はおちゃらけているけど、こういう時誰よりも頼りになる頼もしい戦友だった。

 

どうやらこのレコード会社役員の頭の中では今も激しく算盤が弾かれていて、どうすればどれだけの利益が出来るのか、その事だけに心を奪われているようだった。それが僕もアベちゃんも、もしかしたら西川君のマネージャーさんにも見えてしまっていたのかも知れない。僕たちは苛立ちを募らせ、西川君のマネージャーさんは困ったようにただ黙っていた。

本来ならこれからの方針を決める建設的な会議になるはずだったのに、そう思うとこの何も解っていない役員に苛立ち以上の感情を抱いてしまいそうだった。

 

 

時々、いる、こういう人は     

 

 

考え方の違い、そう言ってしまえばそれまでなんだけれど、アーティストの気持ちになって考えた事などないのだろうこの人に、何を言っても無駄なような気がした。

 

アベちゃんの苛立ちが僕にまで伝わってくる。

分からず屋の役員と言い合うアベちゃんのこめかみに青筋が見えるような気さえした。

 

 

「ね、簡単な事じゃないですか、浅倉さん。accessみたいな感じでいいんですよ。あんな感じで、ね。」

 

 

この人にとっては何気ない一言だったのかも知れない。けれど僕はこの一言に完全にキレた。

 

 

accessみたいなって何ですか?」

 

 

突然言葉を発した僕をみんなが驚いて見る。

 

 

accessみたいに簡単にって、それってすごく失礼じゃないですか?

accessがいいなら僕は貴水君とやります。わざわざ違う人を使う気はありません。

accessは僕と貴水君でしか作れない。他の人では作れないからaccessの価値があるんです。それをそんなふうに簡単に作れるもののように言ってほしくない。

それに西川君には西川君の可能性がある。それを見ようともせずに売上の数字の事しか考えられないなら、このお話はなかった事にしてください。」

 

 

僕はきっぱりと言って立ち上がった。

 

 

「ま・・・待ってください!!浅倉さん!!」

 

 

慌てた役員が僕の先に立って僕を引き止める。

 

 

「スイマセンでした!!」

 

 

深々と頭を下げる。

僕は自分を落ち着けるようにひとつ息をついて言った。

 

 

「解ってます。数字だって大切な事。売れてくれなければ続けたくともその為の環境が作りづらくなってくる事も解ります。

だけど、最初から数字の為の作り方は、僕は違うと思うんです。良いものを作る、それに結果として数字がついてくる。

理想論かも知れません。

だけど、これが僕達アーティストの本来のあり方だと、僕は思っています。

もう少し、アーティストを、人を大切にしてもらえませんか?」

 

 

穏やかにそう言うと、目の前の男性は無言でもう一度頭を下げた。

 

この人の言い分も解る。

アーティストの気持ちばかりを汲んでいたら、商業としては成り立たない。決してボランティアじゃないのだ。そこを上手くコントロールして、双方に利益が出るように、算盤を弾き続けるのがレコード会社の役目だった。時には嫌な役も買って出ないといけない。

こんなふうに思えるのも、僕に会社員の時代があったからなのかも知れない。

ヤマハで開発の仕事をしていた時、それは痛切に感じた。

例え良いものでも、使い勝手が悪くて消費者に見向きもされなくなったら、その商品は生産中止にしなくてはいけない。例えそこにどんな可能性が眠っていようと、そんな事は関係なくなってしまう。だから、少しでも確実な道を選びたいと思うんだ。

僕の場合も同じ事。

accessで築いた基盤の上に乗っかる形のユニット活動は、おそらく今考えられる中で一番確実な道なんだと思う。だからみんな執拗にそこにこだわる。浅倉大介とaccessというネームバリューを最大限に活用しようとする。

 

この人も必死だったんだ・・・。

 

僕は自分の大人気ない言動を反省した。半ば八つ当たりのように突き付けてしまった言葉は、真実ではあったけれど、僕の主観的な考えでしかなかった。

 

 

 

 

 

「全く、ヒヤヒヤしたわよ。」

 

 

あの後、滞りなく打ち合わせを終え、会議室を後にしてからアベちゃんが言った。

 

 

「この話はなかったことにしてくれって立ち上がった時、もう、本当に終わったと思ったわ。」

 

 

「そんな。」

 

 

「だって、物凄い剣幕であんな事言うんだもん。」

 

 

ため息と共に吐き出された言葉に、僕はポツリと言った。

 

 

「・・・ゴメン。」

 

 

「ま、おかげで私もすっきりしたけどね〜。

ホント、あの石頭にはうんざりしてたのよ。だけど、一応取引先になるわけじゃない?出来るなら穏便にね〜〜なんて思ってたんだけど、甘かったわ〜。ホント疲れちゃった。」

 

 

そう言いながら肩をグルグルまわすアベちゃんに僕は笑って言った。

 

 

「何処が穏便だったの?アベちゃんの方が目がこんなに吊り上ってたよ。」

 

 

終わってみればあの一撃があの時あの場所を締める役割を担っていたようで、今後の方向性もほぼ希望通りになりそうだった。後は直接西川君本人の意向を確認しようという事で今日の打ち合わせは終了になった。もともとゲストボーカルとして参加してもらった時にも、また何か一緒にやってみたいと話していたこともあって、この後の方向性も何となく見え始めていた。

 

 

「だけど、これからもこういう人は出てくるかもね。」

 

 

ポツリと真剣な声音でアベちゃんが言った。

 

 

「ユニットの話、どこだって出来るものなら・・・って思ってるわよ。」

 

 

「そう・・・だね。」

 

 

確かにこれは頭の痛くなる問題ではあった。

 

 

プロデューサーとユニットの違い。

 

 

やってる事は変わらないかも知れないけど、その言葉から受けるイメージはかなり違っていた。

僕自身がメンバーかメンバーじゃないか      

その事がその人との関係を永続的なものに見せるかどうかの重要な鍵になっているから、こだわってくるんだ。

気持ちは解るけど、僕にとってその相手は・・・。

 

 

「ヒロ、がいいんでしょ?」

 

 

まるで僕の思考を読んだかのように発せられたその言葉に、僕はビックリしてアベちゃんを見た。

 

 

「ユニットを断り続ける理由のひとつは、ヒロなんでしょ?

確かにaccessの存在は私達の中でも大きいからね。ユニットを作るならあれ以上、もしくは全く違った形じゃないと・・・。」

 

 

「アベちゃん・・・。」

 

 

「それだけ私達だってaccessが大切なのよ。全く無の状態からあそこまで作り上げたんだから、そう簡単に他の人に挿げ替えて欲しくないって言うのが正直な気持ちよ。

さっき大ちゃんも言ってたけど、accessをやるならヒロじゃなきゃ考えられない。私も、もちろん他のスタッフもね。

ただそれが、ああいう手合いの石頭には通じないってとこよ。

二番煎じの何が面白いのかしら。簡単に替えが利くと思ってるなんて、失礼しちゃうわよね。」

 

 

フンと鼻息も荒く怒るアベちゃんに、僕はこの人がマネージャーでいてくれることのありがたさを噛み締めた。

僕は何て恵まれた環境で音を作って来られたんだろう。何て温かいスタッフに囲まれていたんだろう。

 

 

「にしても・・・頭が痛いわね〜〜〜。」

 

 

ハァと大げさにため息をついて、アベちゃんはこの話題を終わりにした。

 

 

確かにこれから先もこの問題はついてまわる。僕にユニットを組む気がないにもかかわらず。

 

ユニットは・・・ダメだ。

どんな相手でも絶対にヒロを思い出してしまう、ヒロと比べてしまう。苦しくなるのは目に見えていた。せめてバンドなら・・・。

 

 

ふと思ったそんな考えに僕はハッとした。

 

 

バンド形式なら・・・出来るかもしれない・・・。

 

 

2人はダメだけど、3人か4人・・・ギターとベース・・・少なくともギターとの3人なら・・・。

 

 

僕も自分の音を反映出来る場所が欲しいとは常々思っていた。プロデュースでは一応その人ごとにコンセプトや方向性が決められている。そこから大幅に逸脱することは難しい。けれど、自分のユニットなら・・・。

もちろんそのユニットにだってある程度のカラーは求められる。けれど、その振り幅はプロデュースに比べれば広い。

 

 

僕が新しいユニットを持ってしまえば・・・。

誰かの思惑に乗せられるんじゃない、自分の意思で選んだメンバーを集められれば・・・。

 

 

僕の中で急速にその思いは高まって行った。

今まで考えられなかった新しい展開にワクワクしていた事ももちろんあった。でもそれよりも、僕はヒロとのあの場所を守るために新しいユニット作りに躍起になった。

もちろん不安もあった。3人になるとは言ってもユニットというスタンスを持つ事、ヒロはどう思うんだろう。その事だけが唯一の気掛かりだった。

だから僕は自分の口で彼に告げる義務を感じていた。そうしなければ僕も先に進めない・・・ひとつのけじめのように思えた。

 

 

彼は、肯定も否定もしなかった。

ただ黙って、僕の話を聞いて、その優しい瞳で僕に微笑んだ。

それだけ・・・。

 

 

彼の本心が知りたい。

本当は快く思ってないんじゃないか、自分の存在が否定されたと思ってないか。

 

その事を確かめようにも、僕にはその術が解らなくって・・・。

 

 

 

それとも、そんな事、なんとも思っていない・・・?

 

 

 

結局何も言えないまま、僕の新しいユニットはスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからの僕は多忙を極めた。

ほとんど同時に活動開始になった新しいユニット、Icemanとプロデュース業、T.M.Revolution、そしてLAZY KNACKと、さらにその間を縫うようにそのほかのプロデュース業や楽曲提供など、スタンスの違うさまざまな曲を作っていった。

いろんな事が出来るのは純粋に楽しかった。分刻みのスケジュールの時もあったけれど、それを楽しむ余裕もあった。

不安だったユニットも軌道に乗り始め、イベントでファンのみんなの笑顔を見た時ようやく、これで良かったんだと思えた。

 

 

僕を取り巻く環境は急激に変わりつつあった。毎日ひっきりなしにいろんな人がスタジオを訪れ、気付くと『DAファミリー』などと呼ばれていた。

かつて自分がT.M.Nのサポートをしていた時見ていた光景がここにあった。不思議な、なんだかくすぐったいような気分だった。あの時、尊敬と憧憬を抱いていた空間をまさか自分で持てるとは、あの時の自分には考えられなかった。

いろんな人が僕を支えてくれている、僕にチャンスを与えてくれている、その事に改めて感謝したい気持ちだった。

 

僕はスタジオに篭もることが多くなった。外に出るのは取材の時だけ、そんな日が続いた。

別にこれといって不自由はなかった。いろいろな情報はみんなが持ってきてくれる。ネットで検索する事だって出来る。取材を受けた雑誌社からは必ずその号は送ってくれていたし、元々が新しいもの好きなスタッフ達は、何でも新しいことを知ると誰かに自慢せずにはいられなかった。ただどんどん住み着いているような状態にアベちゃんが苦笑して、

 

 

「そろそろ自分のスタジオ、持たないと回らなくなってきたわね。」

 

 

と漏らした。

僕にとっては嬉しい一言だった。

 

 

自分のスタジオを持つ     

 

 

アーティストにとってまさに夢の場所だった。

中には自分の生活とは切り離したいから嫌だという人もいるけれど、僕にとっては、いつでも気兼ねなく好きなだけ音を作れる環境は、まさに夢のようだった。

 

 

何もかもが順調に進んでいるように思えた。

 

 

 

そんなある日、僕宛の小包が届いた。

見覚えのあるこの字は     

 

 

僕は慌てて小包を開いた。

 

 

 

 

              ヒロ。

 

 

 

 

中には1枚のCDが入っていた。

それ以外は何も入っていない。メモ書きひとつとして。

 

毎回新しいCDが出来ると必ず僕のスタジオに顔を出して、嬉しそうな顔で僕に手渡してくれていたヒロ。僕もそれを楽しみにしていた。

小包なんて・・・初めてのことだ。

 

 

もしかして忙しいのかな・・・?

 

 

それにしてもあの優しいヒロがメモ書きひとつ入れないなんて考え難かった。

 

 

僕は送られて来たCDのジャケットを改めて見た。

 

 

 

 

         WALL

 

 

 

・・・かべ・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気付けば僕はもう何ヶ月も、ヒロの声を聞いていなかった。

        

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 To be continude  20080426