初めて彼を見た時その瞳に射抜かれた。
外見のおとなしそうな印象とは不釣り合いな程の眼差し。
どこかをじっと見つめているその瞳だけが、ギラギラと何かに飢えていた。
「ふぅ・・・。」
博之は大きく溜め息をついた。
荷物がごちゃごちゃとしている自分の部屋で、まだ慣れない革張りのソファに体を沈めた。
何だかどっと疲れてしまった。ガラにもなく緊張していたからかもしれない。
それもこれもきっと、みんなあんな状況のせいだ。
お見合いでもしているみたいにじっと座ったまま、、目の前に出されたオレンジジュースにも手をつけられそうもない雰囲気の中で息が詰まりそうだった。
もちろんこんな事だって大切な事なんだって事は解ってはいるけれど、どうしても自分の性に合わない。
アサクラ・・・ダイスケ・・・。
前から名前くらいは知っていた。
彼の作る曲も幾つか聞かせてもらった事もある。
なんかとってもメルヘンチックな曲を作る人だ。
とうてい自分とは住む世界が違うと思っていた。それが ・・・。
閉じ込められたブースの中で、さしずめカラオケボックスのように次から次へと歌っているうちに、何だかだんだん楽しくなってきている自分に気付いた。
キーボードを弾いている傍らの彼に目をやると、彼はその視線に気が付いてふと笑いかけた。
言葉などない、短いやり取りに何故だか心が休まった。
一体、どの位歌ったのだろう。彼の温かい拍手にやっと現実の世界へと引き戻される。
目の前に差し出された、その手。
キーボードを叩いていたはずのその手は余りにも華奢で、博之の目を奪った。
『貴水博之くんだから・・・ヒロで、いい?』
小さく笑んだ目の前の彼は思ったよりも小柄で、首を傾げたその表情に引き寄せられるようにその手を握り返していた。
博之は冷たい床にごろっと寝そべると、天井の一点を見つめていた。
頭の中が空っぽになって行くようで何だか心地いい。
シンと静まり返った部屋の中でさっきの昂揚感が手の中に蘇る。
アサクラ・・・ダイスケ・・・。
あの時、手を握り返した自分は、一体、どうしてそうしてしまったんだろう。
お互いに、全然知らないのに 。
それでもこの胸のワクワクは、きっと何か良い事を予感している。
アサクラダイスケ。
きっとキーワードになる言葉だと、博之は思った。
END 19950517