「あれ?ヒロ?」

いつのも場所に久しぶりに見るその姿。背中を丸くして、こっちを恨めしげに見てる。

「寒い!!」

「はぁ?」

「大ちゃん、遅いよ〜〜。」

ブルブルと震えながら僕を見てそう喚いた彼は大きくくしゃみをした。

「大ちゃん、何で言ってくれなかったの?も〜〜ひどいよ〜〜。」

「は?」

「大ちゃん、音楽やってんじゃん。オレ、ビックリしちゃったよ。」

そう言いながら立て続けにくしゃみをする。

「ねぇ、大丈夫?風邪?」

そう言って近付くとやっと目に入ったのか、足元の子供達に一瞬ビクッとする。

「大丈夫じゃない・・・。大ちゃん待ってて冷えちゃったよ。」

「はぁ?何、それ。っていうか、いつからいたの?」

「朝8時・・・過ぎ?」

「えぇ!?」

僕はビックリして時計を見た。って・・・今、もう10時になろうってとこだけど・・・。

「だって、大ちゃんに会いたかったんだもん!」

何それ・・・子供?
この前はいきなりメールしてきたかと思ったら、今日は待ち伏せ?訳解んない。
かける言葉も見つからず、呆然と彼を見てるとまたくしゃみ。
とりあえず温まった方がいいよね?僕は小さくため息をついた。

「ねぇ、今日は?時間大丈夫なの?」

こくりと頷く。

「もし、よかったらお茶でもする?身体、冷え切ってるでしょ。」

「うん。する!!ホントに?」

「僕の知ってる、ワンコも一緒に入れるところでいい?」

「いい、いい!!何でもいい!!」

パッと顔を輝かせた彼は何度もコクコクと頷いてみせる。
ホント・・・犬、だよねぇ・・・。耳とか尻尾とか見えてきそうだもん。

「じゃあ、とりあえず、いこっか?」

僕は足元の子供達にも声を掛けて、彼を連れて歩き出した。

 

 

 

馴染みの店。今日はいつもよりもあったかい席に通してもらって、やっと一息ついた。
ワンコ達も慣れたものだし、店員さんの方が解ってるから、すぐに出してくれたお水を足元で飲んでいる。僕達はカフェラテを貰って、やっと落ち着く。

「落ち着いた?」

僕がそう聞くと、彼はほとんど飲み干してしまったカップを握り締めて手を温めている。

「ねぇ、今日はどうしたの?何で?僕を待ってたの?」

「オレね、大ちゃんがミュージシャンだなんて知らなかったよ。どうして言ってくれなかったの?オレばっかり・・・恥ずかしいじゃん。」

「恥ずかしい?」

「そうだよ。だって大ちゃん、すごい人だったんだよね。オレも大ちゃんの事、検索したの。そしたらさ、すっごいんだよ、もう。ハンパないじゃん。オレ、知らなかったとは言え、こんなスゴイ人と・・・ってさ。オレなんか大ちゃんに比べたら全然ダメアーティストだろ?ちょっといい気になって話したりして・・・恥ずかしいじゃん、そんなの。」

何、その理屈。

僕はたまらず笑ってしまった。

「何で笑うんだよ。オレ、なんか変な事言ってる?」

「アハハ。ヒロって、そういう事、気にする人だったんだ。」

「何それ。」

「僕も正直に言っていい?」

僕は笑いながらヒロに聞いた。コクリと頷く彼。

「僕もねヒロの事、最初、正直ビックリしたよ。別に自分のこと、隠してたわけじゃないし、ヒロがいつかは知るだろうなとは思ってたけど、でも別にそういう仕事絡みの付き合いじゃないでしょ?僕にとってはジョンが靴を齧っちゃった、とっても迷惑をかけた人で、」

「だから、それはもういいんだってば。」

「最初は、だよ。今はね、なんか・・・おかしな人。」

「おかしな人ぉ?」

「そうだよ。言われない?ヒロってどっか可笑しいよね。マネージャーさんにも怒られたりしない?」

「何が?」

「だって、いきなり自分のメアド教えたりしてさ。芸能人なんだろ?そういうの気にならないの?僕がもしかしたら・・・って。」

「大ちゃんはそんな事する人じゃない。」

彼は妙にはっきりとそう言った。

「大ちゃん、そんなくだらない事する人じゃないだろ?オレ、自分の感には自信があるんだ。」

自信満々に笑って見せる。

「やっぱり!やっぱりヒロって変わってる。」

笑う僕にヒロは口を尖らせて何度も「何でだよ〜」と繰り返していた。

 

 

「ねぇ、大ちゃんってさ、どんな曲、作ってるの?オレ、すっごい大ちゃんの事、知りたくてさ。」

僕達は他愛のない話で盛り上がり、そうした時にヒロが急にそんな事を言い出した。
満面の笑みでそう言う彼にちょっぴりドキッとした。

何でこの人はこんなにもストレートなんだろう。
普通、この歳にもなればそれなりに言葉を選んだり、思っていても言わないこともあるはずなのに、彼の中にはそういう考えはないみたい。その事が時々僕をドキッとさせる。


僕の事を知りたい・・・だなんて、ちょっとドキッとするよね?しかもこんな男前に目の前で、満面の笑みで言われたら・・・。
こりゃあ女の子だったらイチコロだよね。
まぁ、僕はそういう意味では歳相応だし、こんな男前でもないから、こんなセリフには縁がないけどね。
僕が言えるのはせいぜいこのくらい。

「僕も、ヒロが歌ってるの聞いてみたいかも。」

「ホント?」

「うん。」

社交辞令にも取れるような言葉に彼は嬉しそうに笑う。きっと彼のこの性格のように真っ直ぐな歌声なんだろう事は容易に想像がつく。

「ねぇ、前から聞いてみたかったんだけど・・・。」

「何?」

「どうして・・・あの公園にいたの?」

僕はずっと気になっていた事を口にした。

「何度も見かけたけど、何をしてるのか・・・全然。ヒロもお散歩?」

「う・・・ん。まぁ、イメージトレーニング?」

「イメージトレーニング?」

「そう。来年のお芝居のね。」

「そうだったんだ!なんかカッコイイね!!」

僕はやっと解けた謎に笑って見せた。

「・・・ってのは、まぁ、方便か、な・・・。」

「?」

「実はさ・・・振られちゃったんだ。」

「え?」

「彼女・・・。あのツリーを一緒に見ようって思ってたんだよね、今年は。それなのにさ、イルミネーションがつく前に・・・。オレってマジ、ついてないって言うか・・・。」

「振られ、た?」

「そう。」

「振られたの?」

「何度も言わないでよ。ひどいな〜、大ちゃん。」

くしゃりと苦笑するヒロはため息をついて言った。

「オレさ、な〜んか知らないけど必ずクリスマス前に別れちゃうんだよね〜・・・。突然彼女から切り出されたりしてさ。え!?そんなの聞いてないよ!!みたいなことになるんだよ。おかげでオレのクリスマス1人率は上がりっぱなしだよ。何でだろうなぁ〜。」

心底不思議そうな顔をしてヒロが言う。

「ヒロでも、振られるの?」

「そりゃあ、振られるよ!ってか、オレから振る方が絶対少ないって!!大体ね、他に好きな奴が出来たとか、もうついていけないとかさ、そんな理由。オレのどこがいけないのか、さっぱりなんだよね。」

意外・・・。ヒロって、そうなんだ・・・。
でも、何となく解る気がする・・・。

「あのさ・・・。」

「ん?」

「ヒロって、本命になりにくいのかも、ね。」

「えぇ!?」

「気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど、」

僕は慌てて付け足した。

「ヒロってさ、カッコイイし、きっと優しいんだろうし、彼氏として一緒に遊んだりするのはいいのかも。でも安定って考えるとさ・・・自由過ぎるよね・・・ヒロって。」

「えぇ!?」

「だって、僕だってビックリするもん。いきなりメールとか、今日だってさ。だからきっとそうなんじゃないかなって思っただけ。違うかも知れないけど。」

一息にしゃべってヒロを見るとなにやら神妙な表情。

「そう・・・なのか、な・・・?」

「わ・・・わかんないよ。僕だってヒロとはそんなに親しくないんだし・・・。」

「でも、大ちゃんはそう思ったって事でしょ?」

「あ〜・・・そうかもしれないな〜って思っただけだよ。」

「そっかぁ・・・。」

しんみりと俯いてしまった彼に僕は必死で謝る。

「ゴメン、そんな気にする事じゃないじゃん。ね!すぐに彼女だって出来るよ!まだクリスマスまであるんだしさ。ヒロならきっと、ね?」

「決めた!!」

俯いていた彼が急に声を上げる。

「大ちゃん、オレと一緒にクリスマスしようよ!!」

「はぁ!?」

いきなり何を言い出すんだ???

「ダメ?なんか予定ある?一緒に過ごす人とか。」

「べ・・・別に・・・ないけど・・・。」

「じゃあ、決まり!!一緒にクリスマスしようよ!!」

「ちょ・・・なんでそんな話!?」

「クリスマスはさ、1人なんか淋しいじゃん?誰かと一緒に楽しみたいじゃん。」

「で、何でそれが僕なんだよ!」

「うん?だってオレ、今、大ちゃんにすっごい興味あるし。」

「はぁ!?」

そんなニコニコ顔で言われても・・・ってか、言ってること解ってるのか?この男!!

「僕は彼女の代わりなんてしないよ!!」

「そんな事思ってないよ。ただ大ちゃんの事、もっと知りたいんだ。」

日本語、解ってるのか???

「大ちゃんの作る音にも興味あるし、もちろん大ちゃん本人にもさ。オレの中にはいない人だから、すっごい気になる。どんな人なのかな〜〜って。もっともっと大ちゃんの事、知りたいな〜って。ダメ?オレ、変な事言ってる?」

「・・・いや・・・。」

その気持ちは何となく解るけど・・・僕だってヒロの事今までにいないタイプだし、どんな人なのか、僕の中の分析しいたい病がうずうずしてるけど・・・。
その瞬間、ヒロがクスッと笑った。

「オレさ、知ってるよ。大ちゃんがオレに対して警戒してるの。メールだって、大ちゃんからはしてくれない。でもさ、オレに興味がないわけじゃないよね?だって、ちゃんとメール返してくれるし。でしょ?」

「な・・・!!」

「オレ、自分のカン、外れたことないって信じてるから。」

そう言って不敵に笑う彼に・・・。

・・・・・負けた。

僕が二の句が告げなくて黙っていると、ヒロはそれを勝手に了承だと認識し・・・。

「やった!!今年は1人じゃないぞ!!」

パチンと指を鳴らして喜んだ。

どうしよう・・・もしかして僕、とっても変な人に関わっちゃったんじゃ・・・。

喜ぶヒロを前に、僕は自分のこの性格にため息をついた。