「あぁ〜大っきなあくびして。」

突然かけられた言葉にビックリして欠伸も半ばにそっちに振り返る。

「・・・たかみくん。」

「やっと会えた!」

手をヒラヒラと振りながら、足元の子供達を遠巻きに僕に近付いてくる。

「息抜きしようなんて言ったくせに、来れなくてごめんなさい。もしかして、毎日・・・来てくれてた?」

この前話したせいなのか、今日は最初から話し方が柔らかい。ちょっと近くなった感じ。

「本気だったの?それ。」

「やっぱり!!もしかしてそう思われてんじゃないかって思ってたんだよ。」

彼は目に見えて肩を落とした。ほんとに犬っぽい。

「別に気にしてないよ。まぁ、いるかな〜くらいには思ってたけど。」

「あ、ぁ・・・ごめんなさい・・・。」

あの後、彼に聞いた名前を実はネットで調べてみた。


たかみひろゆき−−−貴水博之。

彼はメジャーじゃないって言ったけど、結構舞台に出てる。来月、1月にも舞台に出ることになっている。チラシに映った彼は精悍な顔でとても犬を怖がってた人には思えなかった。
これが彼の世界なんだ・・・僕はそんな彼に見惚れてしまった。
カッコいいと思う。チラシ撮影の状況がブログに載っていて、一目で鍛えてると解るその上半身。自分と比べると・・・僕ってやっぱり貧相だよな・・・。

もっと若いかと思ってたけど年齢は僕より2つ下。同世代、と括れない事もない。
年齢が解ると途端に砕けた言葉遣いになってしまう自分が不思議だ。

「今日は?息抜き?」

僕がそう聞くと、

「う〜・・・ん、これから仕事なんだよね・・・。残念だけどさ。あなたに会えたらいいなって思って。」

「え?」

「オレから誘ったのに、オレがすっぽかしてばっかりじゃない?だからさ。」

「それで?わざわざ?」

「迷惑・・・だった?」

「そんな事はないけど・・・。」

律儀と言うか何と言うか・・・。
素性をよく知らない相手なのに、こんなに気にしてるなんて、本当に人がいいのか、それとも単なる・・・。


ダメだ。失礼な事を考えるのはやめよう。きっととってもいい人に違いない。
そうだ!この人だってゲーノージン。そういう処世術に長けているだけの話かも知れない。

確かに・・・この人懐っこそうなのは・・・。
これだけの男前にこんな事されたら嫌な気はしない。

「舞台、お稽古大変なんでしょ?」

「え!?」

「ん?舞台。」

「何で知ってるのォ!?」

彼は目を丸くして僕を見た。そんな彼に笑って見せる。

「名前、教えてくれたでしょ?今の世の中、な〜んでも調べられるんだよ。」

そう種明かしをしてあげた僕に彼はあ!そうか!!と苦笑い。

「すごいよね、結構たくさん出てビックリしちゃった。役者さんなんだね〜。」

「はは・・・まぁ・・・ね。ほんとはさ、歌がやりたいんだけどね。」

「そうなの?」

「うん・・・。そっちは全然でさ。事務所の取ってくる仕事は最近じゃ舞台ばっかりだよ。まぁ、ミュージカルとかもあるから歌ってないわけじゃないんだけどさ、そう言うんじゃないじゃん?でも、仕事があるだけありがたいと思わないとだしね。」

「そうなんだ・・・。」

たかみくんは歌う人なんだ・・・。どんな風に歌うんだろう。ちょっと興味ある。
だって話してる声も男の人としては結構珍しい高さだし、歌う時ってどんな感じになるんだろう。一度、聞いてみたいかも・・・。


僕は職業柄かいろんな人の声が気になる。今までだっていろんな人に曲を書いてきたけど、いまだにこれだって声に出会った事がない。
確かに上手い人にもたくさん会って来たし、僕の曲を歌いこなしてくれる人にも会ったけど・・・そうじゃないんだよね。何かが足りない感じ。まぁ、僕のやってる音楽そのものがちょっと普通じゃないから仕方ないのかも知れないけどね。


僕は声も楽器の一部だと思っているから、その曲のイメージに合わせるために平気で加工する。元の声が解らないくらいにしちゃう事もある。大抵のボーカリストは嫌がるけどね・・・。
だから長続きしない。
そんな事もあって最近はもっぱら自分で歌う方が楽になってきた。だってそれなら誰も文句言わないし。

昔は自分が歌うなんてありえないって思ってたけど、慣れって言うのは怖いよね・・・最近じゃ、自分の加工した声を前提に作ってる事がある。自分の声を大音量で聞くのにも慣れてしまった。

「はぁ〜、こんな日はゆっくり日向ぼっこでもしたいな〜。」

大きく伸びをして空を仰いだ彼は時計を見て慌てる。

「やべ!!遅刻する!!」

途端に機敏な行動になって荷物を引っ掴んだ彼が、そうだ!と言うように僕を振り返った。

「ねぇ!名前、オレ、聞いてないよ。」

クリッとした目で言われてそうだったっけ?と考える。

「大介。浅倉大介だよ。」

「あさくら・・・だいすけ・・・。ねぇ、何て呼ばれてる?」

「え?大体・・・大ちゃん、とか?」

「大ちゃん!!やっぱり!!」

そう言って急に笑い出した彼に問い質すと

「だってオレもそう思ったもん!!大ちゃん!!チョ〜ピッタリ!!可愛らしいよね!!」

「ちょっと、なんだよ!!可愛らしいって!!仮にも年上だぞ!!」

「ゲ!マジぃ!?」

「ネットで調べたもん。1969年6月3日生まれ、双子座B型。」

「や〜〜なんか恥かしいなぁ・・・。」

そう言って照れて見せる彼は

「オレも大ちゃんの事、ネットで調べちゃおうかな〜。」

そう言って僕をみてニヤリと笑った。

恥かしいの・・・解ったよ。

「ねぇ、オレも大ちゃんって呼んでいい?」

「さっきから呼んでるじゃん。」

「だよね(笑)オレの事もさ、“ヒロ”でいいよ。なんか貴水くんなんて言われるとこの辺がむずがゆくって。」

と背中を掻いてみせる。思わず僕も笑ってしまう。

「解ったよ、・・・ヒロ。」

「うん!!大ちゃん!!」

呼び方が変わると一気に親密になった感じ。まだ数えるくらいしか会ってないのに、なんだか不思議な感じ。
この人、僕、嫌いじゃない。

「ねぇ、大ちゃん、携帯教えてよ。息抜きしたくなった時連絡頂戴。こんな寒空の下、待たせるわけにはいかないからさ。」

「え?」

「番号でもアドレスでもどっちでも、両方でもいいよ。あ、でも番号だと出られない時もあるからな・・・メアドの方がいいか?」

「ちょっと・・・。」

「え?ダメなの???オレに教えるの、イヤ?」

「そ・・・そうじゃないけど・・・。」

「ね!ね!じゃあ、赤外線しよ!!オレ、最近ちゃんと覚えたんだ〜〜。」

嬉しそうに携帯を取り出して言う。

「あ・・・赤外線・・・僕出来ないよ・・・。」

「え!?なんで!?」

そう言って取り出した携帯を見せると

「ワォ!!i-Phoneだ!!カッコいい!!!コレ、クルッてなる?」

「クル?」

「画面がこうするとクルってさ。」

そういって指を動かす仕草をしてみせる。

「あぁ・・・クルね(笑)」

僕はそう言ってクルを見せてあげると彼は僕の携帯を覗き込むようにして見た。

「うわ〜〜カッコいいな〜〜オレもこっちにしようかな〜。」

「結構使えるよ。いろんな事できるからかなり便利だし。機能たくさんあるしね。」

「機能、ねぇ・・・。オレ、使えないんだよね・・・。」

そう言って笑いながら僕の携帯を見て再び驚く。

「ヤバイ!!もうこんな時間だ!!大ちゃん、メアド!!」

「僕の・・・長いよ?」

「えぇ〜!!じゃあ、オレの教えるから、空メ送って!」

そう言って口早に自分のメアドを言った。

「ね!OK?コレに大ちゃんのメアド送って!じゃあ、オレ、行くね。必ず!!必ず送ってよ!!約束だからね!!じゃあね、大ちゃん!!」

そう言って彼は慌しく僕の前から去って行った。

「あはは・・・なんか・・・完全にヒロのペース。」

普段の僕ならこんなふうにはならない。これでも用心深い。よく解らない人に軽々しく情報を教えたりはしない。どこでどんなふうに漏れるか解らないからだ。それが・・・。

「参っちゃうな〜も〜・・・。」

手の中に残された彼のアドレスを見つめて溜息をつく。
多少強引とも取れる彼の行動が嫌じゃない自分。

「僕・・・どうしちゃったんだろうね〜。」

待ちくたびれた子供達にポツリと呟いて、僕は彼の残した痕跡に手を加え始めた。

 

 

 

 

09/12/10 10:33
From 浅倉大介
Sub メアドです

僕のメアドです。
お仕事、間に合いましたか?
頑張ってください。

  浅倉

  −END−

 

 

 

 

09/12/10 15:05
From ヒロ
Sub ありがと(^-^)!!!!!!!

大ちゃん、メアドありがと(^-^)!!!!!
今休憩中だよ。
ちょっと遅刻した、、、。
大ちゃんも仕事中?
パソコンとにらめっこしてるのかな???

いつでも息抜きのお誘い、待ってるからね(^-^)!!!!!!!

  −END−

 

 

 

何、この顔文字(笑)

ヒロからメールが帰ってきた。
思わず買ってしまったツリーの飾り付けが終わって一段落ついた僕が携帯を開くと(^-^)!!!!!!なメールが。
その顔文字から容易に彼の顔が想像出来て笑ってしまう。

ホントに犬っぽいなぁ。
このビックリマークの多さも彼の感情を表しているみたいで、その数を思わず数えてしまう。


僕のプライベートのパソコンのデスクトップに新たに加わった彼のHP。ついつい覗いてしまう。
お芝居のブログも稽古が始まったらしく活発になり始めた。
ネットサーフィンをする僕の立ち寄るところがまたひとつ増えた。


もう稽古再開してるかな?


時計を見てふと思った。


息抜きって・・・彼の方が忙しいんじゃ・・・。


僕が決して暇と言うわけではないけど、きっと時間の自由がきき易いのは僕の方だ。
こういう時、一人仕事は結構楽だ。
まぁ、その分きちんとスケジュールを組んでおかないといつまでもずるずる・・・なんて事になったりしがちなんだけど・・・。
今だって・・・公園のあの木に触発されて買っちゃったツリーを暢気に飾り付けしちゃったりして・・・。

おかげで順調に遅れてるメタバ・・・。他の仕事にかまけてばかりでついつい後回しになってしまっていた。
今年ももう終わるのに、配信予定曲はあと1曲・・・。1年半が経とうとしてるのに・・・やっと1/4。


大丈夫かなぁ・・・僕。
単純計算すると10日で1曲、1年で33曲、一ヶ月で・・・あぁ・・・考えるのよそう・・・。
ファンの子達にも既に『順調に』と言われ始めた僕のこの企画。僕だってね、やる時はやるんだぞ!!と言いたいけど・・・現時点ではそんな強気な発言も出来ない。今だってアベちゃんに呆れられてる。そんなもの飾ってる余裕があったら仕事しなさい!!って・・・。解ってるよ・・・解ってる。


ほんとはさ・・・息抜きなんてしてる場合じゃないんだよね・・・。曲も作らなきゃだし、目前に迫ったディナーショーのアレンジも、今年も難題のクラッシックの練習もしなくちゃなんだけど・・・まだ旅行気分が抜けない。
すごいステージだったもんね〜。はぁ・・・思い出しても溜息が出ちゃう。僕もあんなふうに・・・。

そう思うんだったら練習にお仕事!!解ってるんだけど・・・解ってるんだけどね・・・息抜き?なんだか待ち遠しくなってる自分がいる。

コレって・・・ゲンジツトウヒって言うのかな・・・?

ツリーを飾り付けてる間、なんだか幸せな気分。僕の家にも彼と出会えるツリーが出来たみたいで。
まぁ僕の家のは全然小さくて、しかもちょっぴり不恰好だけどね。


ヒロとちょっとだけお話がしたい。彼の事がちょっぴり気になる。だって、今まで僕の世界にはいなかった感じの人だから。
多分ね、ものすごく女の子にもてると思うんだよね。あの顔でしょ?あの笑顔でしょ?
もし僕が女の子だったらこんなシチュエーション、絶対恋に落ちるよね〜(笑)
僕の周りにだって女の子にモテモテな先輩がいるけど、ウツのそれとはまた違うんだよね。ウツのは完全に憧れる。でもヒロのは?・・・一緒にいると楽しい?和む?仕方ないなって気になる?良く解んないけどそんな感じ。
このメールを見ても・・・ね。
なんだろう、無条件に愛される事を知ってるって感じだよね。きっとおおらかに育てられたんだろうな〜。下町育ちの僕とは違うね。

出来上がったばかりのツリーをツンと指で突付く。ヒロは息抜き、したいのかな・・・?
僕はヒロからのメールを見ながらそんな事を考えた。








09/12/10 17:23
From 大ちゃん
Sub おつかれさま

お稽古頑張ってるみたいだね。
僕もパソコンとお友達だょ(-_-;)

お互い頑張ろうね(^o^)丿

   −END−

 

 

 

「おつかれさま〜。」

口々に挨拶を交わし、稽古場を後にする。やっと終わった・・・。夜10時過ぎ。
慌てて携帯を確認すると・・・大ちゃんからのメールだ!!

頑張ろうね・・・って今日はもう息抜き、必要ないのかな・・・?
っていうかそんなに息抜きばっかりしてるわけにもいかないんだろうな・・・この文面だと・・・。


世の中は12月に入ると途端に忙しくなる。年末年始の休みを取るために仕事が前倒しになるからだ。
親父の会社でも毎年この時期は忙しそうだった。ちょっと手伝えなんて借り出された事もあったっけ。
小学生の時はお小遣い欲しさに結構手伝ったりもした。事務のおばさんなんかがお菓子をくれたりして、それも嬉しかったし。

そんなお金を貯めて初めてマイケルのビデオを買った時は・・・感動したよな〜。テープが擦り切れるまで見た。
オレの原点。
オレの中のスター。
彼のステージパフォーマンスに圧倒された。
オレもいつかこんなふうになるんだ!!ってテレビの前で必死になって真似したのを覚えてる。
その思いは、今でもオレの中に息づいてると、オレのステージに少しでも生かされてるとオレは信じている。

メールを閉じて車に乗り込むとオレは林さんに聞いた。

「ねぇ、ネット出来ないかな?」

オレの言いたいことが解った林さんはエンジンをかけながら答える。

「今日はないですね〜。」

「そっかぁ・・・じゃあいいや。」

オレはもう一度台本を開いて今日言われた事を思い出す。

こんなデジタル機器の発達した世の中でもオレはそういうのが苦手だ。
検索なんて携帯で出来ると言われるけど、確かに出来るんだけど・・・やってるうちに良く解らなくなる。だからパソコンの方がいい。パソコンだって、検索するくらいしか出番がないんだけど。

最新機器に興味がないわけじゃない。煽り文句に誘われて買ったものは数知れず・・・。
けれど結局使いこなしているものなんて一つもない。
携帯だって、いろんな機能がついてるけど、オレが使ってるのはメールとアラームくらい。後はどんな機能があるのかすらも解っちゃいない。
赤外線通信も最近やっと覚えた。だから結局はどんなものを持っていても同じなんだ。
さっき大ちゃんの携帯を見て、カッコいい!!って思ったけど、買ったところで使いこなすのは無理だろう。ただ、触ればいいから簡単かなって思っただけだ。


大ちゃんのこと、調べようかなって思ったのにな・・・。


多分自営業ってことは自分で何かしら仕事を請け負ってるはずだからHPくらいはあると思う。
もしオレの思ってるようにWebデザイナーとかだったら、絶対にあるはずだ。名前を入れれば事業主としてヒットするに違いない。それ以外の仕事だったら・・・お手上げだ。

「何やってる人なんだろうな〜大ちゃん。」

「え?何か言いました?」

オレの独り言を聞きとめた林さんが聞いてくる。

「何でもな〜い。」

オレはもう一度台本に視線を落とすと、考えるのをやめた。