「はぁ〜、キレ〜イ・・・。」
足を止めて、競歩気味に歩いて来た足を止めさせて、僕はそれを見上げた。
毎年、この季節が好き。肌を刺す冷たさが増して来て、でもまだ吐く息は白くないこの季節。急に訪れる北風さえも、まるでそれを連れてくるためのものみたいな、この時期。
12月。師も走る師走。
街には心踊らせるイルミネーションがこの寒さを掻き消すように灯り始める。
毎日の散歩コースになっているこの公園も例外じゃない。
住宅街の一角にあるこの公園は地元ではちょっとしたイルミネーションスポットだ。僕もここ何年かは楽しみにしている一人。
この時期は日が暮れるのも早いから、調度愛犬達の散歩の時間には綺麗な煌めきに出会える事になっている。
僕は何度ついたか解らないため息を今日も吐き出す。
「キレイだよね〜。」
足元の愛犬達に語りかけてしゃがみ込む。
視線を合わせてもう一度見上げて見せると、ロマンチストの彼女は僕と同じようにウットリと見上げて見せ、歩き疲れた彼はその場に寝そべった。まだまだヤンチャ盛りの息子は何の事だか、何も解っていない様子。先を急かすように跳びはねる。
「も〜、男連中は〜。」
もう一度そのイルミネーションの人造の木を示して見せると、寝そべった彼だけがチラリと片目をあげて見せた。
確か、去年は白に青だったかな。今年はツリーは同じ白だけど、柔らかい色合いの飾りが付けられている。下から煽るようにつけられた照明に照らされてその飾りがキラキラと光る。
なんだか、それだけでワクワクしてしまう。クリスマスとは・・・大分疎遠・・・になってきている僕だけれど。
一人のクリスマスにも、慣れてしまった。
20代の頃はそれでも誰かを誘う事が出来た。友達同士でワイワイやるのも、それはそれで悪くなかった。
だけど段々歳をとり、友達の内の何人かが結婚して家庭を持ち、そのうち「パパ」になるとその日は友達とのバカ騒ぎ出来る日から家族サービスの日に代わった。
気付けば「パパ」じゃないのは僕一人。
それも仕方ないかと思う。こんなギョーカイに居れば。
スタッフも長く一緒にやって来たメンツは同じように歳をとり、友達程ではないけれど、それなりに家庭を持つ。
今年はとうとう、長年僕を支えて来てくれた彼女すらも・・・。
恐らく彼女達は今まで通り一緒に食事に行こうと誘ってくれるとは思うけど・・・流石に新婚家庭に割り込む訳にはいかない。
いくら親しい仲でも、だ。
それに、いつも僕の予定で振り回してるんだ、この日くらいは・・・ね。
となると、本格的に今年のクリスマスは一人。
いや、僕には大切な大切な家族がいるじゃないか。ここにこうして・・・。
「はぁ・・・。」
思わずついてしまったため息に苦笑する。
この歳で、クリスマスも何もない。僕にあるのはいつも通りの日常と仕事だけだ。多分スタッフの内の誰かが僕の大好きなケーキくらいは買って来てくれると思うけど。
これ以上考えると切なくなりそうだったから僕は考えるのを止めた。
子供達の頭を一人づつ撫でてやって・・・アレ?
「ジョン?」
リードの先を辿ると、ツリーの方を向いて嬉しそうに尻尾を振っている。その先には一人の男性。・・・固まってる?
「コラ!ジョン!!」
息子を呼びつけてリードを引っ張ると、その男性は自分が怒られたみたいにビクッと身体を震わせた。その目が・・・。
僕はジョンを引っ張りながら、込み上げて来る可笑しさをグッと我慢した。
多分それなりにいい歳の、僕と大して変わらないだろう人が、耳も尻尾もしゅんと垂れた、まるで怒られた時のジョンみたいな目で僕を見てるから。
きっと犬が苦手なんだと思う。そんなその人がジョンにとっては興味の的になってしまっていることが、申し訳ないけれど可笑しくて仕方がなかった。
ツリーの下の囲いに腰をかけて固まってるその人が僕に助けてと視線を向けている。
「すみません。」
慌てて謝ってジョンのリードを引きながらその人に近寄ろうとすると、その人は見るからにこわばった顔で僕の足元を凝視した。
「あ・・・。」
足元には他にも2匹の大型犬。
僕は近付くのをやめてその場から頭を下げると、その人はぎこちない笑顔を見せた。
「ホントにスミマセン。」
自分の足元までジョンを引き寄せて首輪を掴んでからそう言った。
「だ・・・大丈夫・・・ですから。」
明かに大丈夫じゃないその人は渇いた笑いを浮かべながらぺこりと頭を下げた。
けれどその視線はヒタッとジョン達を見ている。臨戦体制ですとその全身が言っているみたいで。
僕はそんなその人が可笑しいやら気の毒やらで、一番はしゃいでいるジョンの首輪を持ったまま回れ右をさせた。
「スミマセンでした。」
もう一度頭を下げると3匹を促してその場から遠ざかった。
公園を出る時に一度振り返って見ると、その人はまだその場からこっちを警戒して見ていた。
「もう、脅かしちゃダメだよ、ジョン。ジョンの事、苦手な人だっているんだからね。」
首輪からリードに持ち替えて散歩を再開させながら僕はジョンに言った。ジョンは相変わらず、何のこと?って顔で僕を見上げたけど・・・。
それにしても・・・あんなに怖がる人なんて、久しぶりに見たかもしれない。
確か前にもあったような気がするけど・・・大型犬を怖がる人だって少なくない。だから忘れてしまった。それよりもツリーをゆっくり見れなかったことが僕的には残念だった。
「あ〜ぁ、明日はゆっくり見ようね〜。」
僕は明日の約束を足元を歩く僕の子供達に告げた。