<覚醒>

 

 

 

 

 

 

 

最初のそれは、ほんの偶然。

2回目のそれは        

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が遠くなるような歓声。

僕らを包む無数の光。ここが何処なのか解らなくなるくらい押し寄せる熱気。

僕らの作り出すステージは、いつも僕らが考える以上のパワーに満たされていく。

この高揚感が気持ちいい。

何度やっても毎回形を変えてくるそれは、いつも僕をこれ以上ないくらいの高みへと登りつめさせる。

僕のもとから放たれた音は、この空間を無尽に走り抜け、確かな意志を持って僕を貫く。

 

 

 

 

 

あぁ、僕はこの瞬間の為にこうしているのかも知れない・・・。

 

 

 

 

 

 

傍らの彼が僕に目配せをする。

 

      貴水博之。

 

このユニットのボーカリスト。僕が見つけた、たった一人の僕のボーカリスト。

 

最初に彼の声を聞いた時、震えが走った。

 

 

      ナニ?コノ声!!

 

 

僕がイメージするよりも明確に音の意志を汲み取る。まるで彼そのものが未知の楽器のように深く響く。

運命だと思った。

こんなボーカリストに出会えた事が、僕にとってひとつの転機となった。

そして、今の僕達がいる。

彼の声を僕の音で歌わせてみたくて始めたユニット、それがaccessだった。

ヒロが視線で聞いてくる。

 

 

         楽しんでる?

 

 

さもすると演奏する事に集中してしまいがちな僕に、ヒロはこうして意識を外に向けさせてくれる。

 

同じ男から見てもほんとにかっこいい。一番最初にポラを取った時から周りのスタッフに二人揃うと絵になるって言われ続けてるけど、ほんとにヒロは絵になる。時々、そんなヒロの隣に並ぶのが恥かしいくらい。僕ってヒロと比べるとほんと普通だし。

 

ヒロといるといつもいろんな事に驚かされる。僕では考えられない事を平気でやってのけるヒロは、僕にとって、始めて見るおもちゃ箱みたいで、いつもワクワクさせられる。例えば今、ライブの時も。

 

ヒロの声がホール全体を震わすように響く。今回のライブはコンセプチュアルなものだから、かなりこだわっていろんな事に挑戦している。

僕にとっても決して低くない課題が山積みで、最初の頃は戸惑ったけど、今はヒロの問いかけに視線を返すくらいの余裕も出てきた。

 

 

         大丈夫、楽しんでるよ。

 

 

こういうヒロの何気ない気遣いがほんとに嬉しい。一緒に何かを作り上げてるんだなって実感できて、僕のテンションも上がる。

 

今回のツアーは3rdアルバム『DELICATE PLANET』を引っさげての全国行脚となった。その間にも新しい3部作シングルリリースと、スケジュール的にもかなり厳しいもの。

だけど、それが返って僕らのモチベーションを上げる結果となっていた。

 

 

ライブ中盤、今回のツアーコンセプトが一番色濃く出るパートへと差し掛かる。

ヒロのテンションも声も申し分ない。

気持ちのいい流れのまま新曲「SCANDALOUS BLUE」へと繋ぐ。3部作2枚目、純粋な感情を追求したら・・・というコンセプトの元に、連続ドラマのようにシングルをリリースする、その調度真ん中。表題的には混沌や迷いなどの部分を請け負うシングルだ。今回、これにはちょっとした仕掛けを用意していた。曲の終わりにヒロが僕に近付いて、キスをした途端、暗転。

 

もちろんホントにするわけじゃない。舞台の上のお約束、したように見える角度に重なるって言うだけ。今回の3部作のイメージを解り易く視覚で捉えて貰えるように演出した。

この衝撃的な演出は一部ではいろいろ言われてるみたいだけど、僕達にとっては純粋にこのツアーに欠かせない演出のひとつとして気に入っていた。

といっても、僕は演技なんて初めてで、ほぼ棒立ち状態。ここは経験者のヒロの力によるところが多い。

こういうところもヒロは頼りになる相棒だと思う。

 

シンセブースの僕は歌いながら近付いてくるヒロを目の端で確認する。振りだと解っていても、やっぱりこういう事は緊張する。

ヒロの声がサビのラストの音を切なく響かせる。シンセに乗せている手元を見ながらヒロとの距離を測る。タイミングを計って・・・。

ヒロの手が僕の肩を掴んだ一瞬後。

 

 

              え・・・!?

 

 

唇に触れたものの熱さを感じて、僕は逸らしていた視線を目の前の人物に向けた。

暗転の中でもその表情が見て取れる距離。彼は驚いたような顔をして、そのまま闇の中へ消えた。

ほんの1秒か2秒の事だったと思う。僕は慌てて次のソロ曲のシーケンサーをスタートさせた。

 

 

 

                 ビックリした。

 

 

僕がタイミングを間違えた?

アベちゃんからあんまり下向きだとそれっぽく見えないから、ちょっと上向きにって言われてたから上を向いたけど、それでぶつかっちゃったのかな?

でも、今までだって同じようにやってきたけど、そんな事なかったし。

ヒロのテンションが上がってた?勢いがありすぎたのかな?

それとも僕が前に出すぎてた?

 

いろいろ考えてみるけど、そのどれもが原因のような気もするし、的外れなような気もするし。ただ、解ってるのは、

 

 

ヒロの唇が僕の唇に触れたこと。

 

 

だめだ。今はそんな事考えてる場合じゃない。ライブに集中しなきゃ。

アレは事故だったんだから。そんなに気にかける事じゃない。

でも、

 

 

 

 

ヒロの触れた唇が熱い・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメン、大ちゃん!思いっきりぶつかっちゃったね。」

 

 

ライブ終了後、笑いながらヒロが言った。

 

 

「オレ、勢いつけすぎちゃったかも。ホント、ゴメンね。」

 

 

「なぁ〜にぃ〜あんた達、今日のは本気じゃなかったのぉ〜〜〜。」

 

「だ〜か〜ら〜、からかわないでよアベちゃん。事故、事故だよ。オレもテンション上がっちゃってたし。」

 

 

隣で笑いながら会話する二人に僕は何も言えなくて、黙ったままそこに立っていた。

 

 

「あれ?大ちゃん、どうしたの?暗い顔して。もしかしてヒロにキスされちゃったのが思いのほかショックだったりして。」

 

 

「え!?嘘、マジで!?ゴメン、大ちゃん。」

 

 

覗き込んでくる二人に手放していた意識を取り戻す。

 

 

「あ・・・別に。たいした事じゃないよね。ヒロとのキスなんて、動物とするようなもんだし。」

 

 

「動物!?オレって動物なの〜?」

 

 

「犬やネコと一緒だって〜。良かったわね〜ヒロ。」

 

 

からかうアベちゃんの明るさに救われる。

 

僕はちゃんと笑えてる?

 

さっきからヒロの顔がまともに見れない。なんだか妙に意識しちゃって、顔を見るとどうしても口元に目が行ってしまう。

僕っておかしいのかな?それとも、あんなありえない事態に、まだ動揺してるだけ?

僕がこんなに動揺してるのに、ヒロのあまりにもあっけらかんとした態度を見ると、なんだか淋しい。

 

 

             淋しい?

 

 

何で淋しいんだよ!淋しいはずがあるはずないじゃないか。

ヒロだって言ってたじゃない、事故だって。

 

だって、事故でしょう?事故を淋しがる人なんていないよ。

 

もう、僕、絶対おかしい。こんな気持ちになるなんて。だってヒロは男だし、僕だって男だし、男同士でキスするなんて、考えただけで気持ちが悪い。それなのに、なんでかさっきのは、熱くって優しくって・・・まるでヒロというその人そのものみたいに、僕を蕩けさせた。

 

 

嫌、じゃ、なかったんだ。

 

 

こんな事を思ってる自分にビックリする。

 

だって、ヒロだよ?

今まで1度だってそんな気になった事なんてない。最近では結構絡みの写真もたくさん取ったし、離れてる写真の方が珍しいくらいの距離感だったけど、僕もヒロもそんなふうに感じた事なんてない。逆にそんな事思ってたら、あんな写真撮れないよ。

良き相棒、パートナー。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 

「それにしても、今日は盛り上がったわね〜。後半の集中力は今日が一番じゃない?」

 

 

不意にアベちゃんの声が聞こえて、僕は強張っていた表情を崩した。

 

 

「キスしちゃうくらいのテンションだもん。二人ともノッてたんじゃない?でも、今日みたいな事故はなしよ。大ちゃん、次の曲、出遅れたでしょ。」

 

 

「え?どのくらい?」

 

 

「2,3秒かな。始めて見た人は気付かないと思うけど、これだけ毎回聞いてればね。あと1,2秒出遅れてたら完全に流れを止めてたかもね。」

 

 

「ごめん。」

 

 

僕にとってはほんの一瞬だった事が、思いのほか長い時間だった事にビックリした。

 

 

「ヒロも。暗転、早くはけてくる事。」

 

 

「なんだよ〜大ちゃんとのキスの余韻にひたってただけじゃん。」

 

 

笑いながら冗談を飛ばすヒロにアベちゃんも笑いながらヒロの頭を小突く。

 

こういうのを見ていると、ヒロの中では全く気にする事じゃなかったって事を見せ付けられてるような気がする。やっぱりドギマギしてるのは僕だけ。

そんな思いが余計に僕を淋しくさせる。

でも、普通、そうだよね。男同士なんだし、いつまでもドキドキしてるのがおかしいのかも。

そうだ、アベちゃんも言ってたじゃない。今日はテンションが上がってたから、それで・・・。

きっとまだその興奮が冷めないんだ。それでドキドキしてるんだ。そうに違いない。じゃなきゃこんな事・・・。

 

自分の気持ちを無理やり納得させて、僕はこの戸惑う気持ちにけりをつけた。そうでもしなきゃ、いつまでも引きずってしまいそうだったから。たった二人のユニットなのに、その相手を変に意識しすぎたって、いい事なんか何もない。かえって仕事がやりにくくなるだけ。

 

仕事だから・・・?

 

そう、仕事だから。

 

それでいい。それ以外に何があるというの?

総てはライブの熱気が見せた幻。時々、こういう事ってあるよ。

 

 

 

 

 

 

この時、僕はホントにそう思っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DELICATEツアーも一段落を迎え、3部作のリリースのみに焦点が絞られるようになった頃、僕の中に今まで感じた事のないライブの余韻が残っていた。

今までだってライブの余韻はその後何日かは残っていた。でも、新しい企画を進めて行くうちに次第にその感覚は薄れ、またいつもの日常になるはずだった。

それが・・・

 

 

1ヶ月以上経っても消えない。

 

 

 

確かにaccessとしては始めてのコンセプトライブだったし、その手ごたえは充分に感じていたけど、この身体の奥から湧き上がってくる、痺れるような感覚は、決してそれだけじゃない事を告げていた。

その証拠に思い出すのはあの時の         

 

自分でもおかしいと思ってる。こんなの普通じゃないって。けれど、ふとした瞬間にあの感覚が蘇ってきて、唇が熱くなる。

こんなに時間が経ったのに鮮明に覚えている、あの時のヒロの感触。そしてあの時淋しいと思ってしまった自分の気持ち。

どんなに僕が否定しても、視線がヒロを追っている。そんな自分を自覚するたびに、どうしたらいいのか解らなくなる。

 

 

「ちょっと大ちゃん、聞いてる?」

 

 

呆れたアベちゃんの声に、ここが打ち合わせ中の会議室だった事を思い出す。

 

 

「あ、ゴメン。」

 

 

「忙しくて、寝てないのも解るけどさ、ちゃんと大ちゃんの意見も聞いておきたいのよ。納得できない事はしたくないでしょ」

 

 

僕は無言で頷いて、手元の資料に目を通す。

 

 

access 沈黙に入る。

 

 

それを決めたのはDELICATEツアーの終わり頃。今、リリースしてる3部作の後の展開が見えなくなってしまったからだった。

今までは常に先、先と進んできたaccess だったけど、ここに来て進むべき道がぱったりと途絶えた。何をやっても今までの焼き直しのような気がして、新しい展開を望めないのなら、いったんゼロに戻すという結論に達した。

 

 

英断だったと思う。

 

 

続けていく事は可能だった。だけどaccess の信念を曲げてまで続けていく事に意義を見出せなかった。

 

期間は         解らない。

 

一応、次の展望が見えるまで、という事になっていはいるが、もしかしたら、その期間は永遠かもしれない。

 

スタッフにはほんとに迷惑をかけていると思う。僕らは多分、ものすごくわがままなアーティストなのかもしれない。ファンのみんなにも・・・。

胸を張って、待ってて欲しいとは言えなかった。

だからその前に僕らの集大成とも言えるライブをしたかった。僕らも悔いを残さないように。この2年間の総てをぶつけて、僕らが確かにここにいた証を残しておきたかった。

 

 

「基本的にはDELICATEツアーの流れで行きたいと思います。ただホールの大きさの部分で若干の変更点はやむをえないと思いますけど。」

 

 

「確かにな〜。ハコの大きさは音の反響具合を変えるからな。」

 

 

「僕もアリーナ用にデータを入れ直すつもりなんで、皆さんも大変だとは思いますけど、よろしくお願いします。」

 

 

スタッフ一人一人に目線を合わせて僕は告げた。

 

こうしていくつかの確認事項を済ませ、僕達の最後のステージは動き出した。

それぞれの細かいところは口を出さない。スタッフを全面的に信用しているから。僕はイメージを伝えて、それぞれが作ってきたもののバランスを考えて軌道修正するだけ。これもこの2年間で学んだaccess のステージ作りだった。

 

1度、すごい剣幕でアベちゃんに怒られたことがあった。何でもやりすぎてしまう僕に、アーティストの自覚を持てと厳しいお小言を食らったっけ。

なんだか、このところいろんな事が思い出されて、懐かしく思う。いつもは過去を振り返ったりする事などない僕が。これも目前に迫った『沈黙』のせいなのかも知れない。

 

会議室を出た所で急に腕を引っ張られた。

 

 

「ヒロ?」

 

そのきれいな顔を曇らせて僕を引き止める。

 

 

「大丈夫なの?大ちゃん。このところ、ものすごい忙しいでしょ?3部作もだし、Re-SYNCも。寝る時間、ほとんど無いんでしょ?

オレ、何にも手伝ってあげられなくて、ゴメン。大ちゃんばっかりに負担かけちゃって・・・。オレ、ホント不甲斐無いよ。」

 

 

悔しそうに俯くヒロの横顔に思わず見惚れてしまう。僕より背の高いヒロは、俯いてもその表情が僕の視線の先にくる。

 

 

「大丈夫だよ。寝ないのなんて大丈夫。だって、楽しくて仕方がないんだもん。僕が好きでやってるんだよ。むしろ、こんな僕のペースにヒロを巻き込んじゃって、ゴメンね。」

 

 

「そんな事!!」

 

 

「知ってるよ。ヒロは結構スローペースなんだよね。知ってる。だからゴメンね。後、もうちょっとだけ付き合って。」

 

 

「大ちゃん・・・。」

 

 

困惑したようなヒロの顔。そんな顔ですらかっこよくって・・・。

 

 

“後、もうちょっと・・・・。”

 

 

そんな自分の言った言葉に傷付いて、僕は改めて目の前のヒロを見つめる。

 

 

            好き。

 

 

なんだろう、この感覚は。この人の手が離れてしまう事の恐怖をいまさらながらに感じて戸惑う。

今までだって、好きだった。ずっと。ものすごく気が合って、一緒に居ると楽しくて、こんなに毎日一緒に居るのに飽きるって事がなかった。

気付いたら2年。僕らはずっと一緒に居た。

 

『好き』って言葉を今までだって、何度も口にしてきたけど、こんなにも複雑な気持ちを含んだ『好き』を感じた事はなかった。

 

 

あの瞬間から・・・何かが変わってしまった?

 

 

「大ちゃん、もっとオレに頼ってね。頼りないかもしれないけど、もっとオレを必要としててね。オレ、大ちゃんのパートナーとして相応しくありたいんだ。」

 

 

「ヒロ・・・。」

 

 

必要としてるよ!

これ以上ないくらい、必要としてるんだよ、ヒロ!!

 

そう言ってしまえたら、楽になれたのかも知れない。だけど僕の口から出たのは違う言葉だった。

 

 

「ありがとう、ヒロ。アリーナ、最後のツアー、頑張ろうね。」

 

 

たったそれだけを口にして、ヒロの視線から逃れるようにその場を去った。

 

ヒロに掴まれていた腕が熱い。そこだけ、僕のものではないみたい。早鐘のように脈打つその腕を抱きしめて、僕はスタジオの中に逃げ込んだ。

 

僕らの最後のライブは、目前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもと変わらない、ライブ前の光景。

鏡の前に並べられたメイク道具。ハンガーに吊ってある衣装。差し入れのお菓子。そのどれもがいつもと変わらないはずなのに、何故か違って見える。

 

DELICATE PLANET ARENA STYLE最終日。

 

不思議なほど、僕は落ち着いていた。

ヒロの発声練習の歌声が続いている。ヒロの場合、どこからが発声練習でどこからが鼻歌なのか曖昧なほど、ひっきりなしに歌っている。最初同じ楽屋でこれを経験した時はビックリしたけど、今ではヒロの歌声が聞こえない方が不安になる。

今日のヒロも調子が良さそう。

僕も、このヒロの発声練習の声で、その日のコンディションを計っている。

 

 

「そろそろ、袖にお願いします。」

 

 

スタッフの一人が顔を覗かせて告げる。

一瞬の緊張。

 

 

「さぁ、いってらっしゃい!!思いっきり楽しんで!!」

 

 

僕らの背中をバシバシと叩いてアベちゃんが言う。

 

 

「行ってきます。」

 

 

僕らは彼女の激励に答えるように笑顔でドアを飛び出した。

 

僕らの行く先々にスタッフの顔が見える。今までこのツアーを支えてくれていたスタッフ達が僕らの通る廊下に揃って顔を出してくれていた。その一人一人に挨拶をしながら袖へと急ぐ。

 

 

「浅倉さん、貴水さん、入ります。」

 

 

袖入り口のスタッフが僕らの到着を中のスタッフに知らせる。何十回と通ってきたセットの裏を無言で進む僕の手をヒロの手がぎゅっと握った。まっすぐ前を見つめる真摯な横顔。

 

 

「ヒロ・・・?」

 

 

「ありがとう、大ちゃん。こうして大ちゃんと一緒に居られたこと、誇りに思うよ。オレの総てを変えてくれた。大ちゃんはオレにとって、かけがえのない大切な人だよ。」

 

 

「ヒロ・・・。」

 

 

ふと、ヒロがこっちを向くと、握っていた手を引き寄せられた。

 

 

「大好きだよ、大ちゃん。」

 

 

耳元で囁かれる優しい声を、僕は腕の中で聞いた。僕を抱きしめるヒロの腕。温かく、優しい、かけがえのない人。

僕もヒロの背中に腕を回し、しばらくそのままお互いを感じあっていた。

 

 

言葉なんて必要ない。総て解っているから・・・。

 

 

 

客電が落ちた後の歓声。僕らはお互いを見つめあった。

 

 

「行こう!!」

 

 

力強く言い放って僕らは光の射す方へ飛び出した。

 

 

僕らの、おそらく最後になるであろうステージ。僕の胸を熱いものが込み上げてくる。今までの事が走馬灯のように蘇ってきて、胸を締め付ける。

ヒロのテンションものっけからすごい。熱っぽい歌声がこの広いホールを埋めていく。

 

 

ヒロ・・・僕のかけがえのない人。

初めて会った時から僕にとって一番大切な人になってしまった。その声に惚れ込んでaccess を立ち上げてしまうくらいに。

 

 

一番最初に好きになったのは、その声だった。僕の音に合う声がどんな声なのかも解らずに闇雲にいろんなボーカリストと会ってきたあの頃。ヒロには正直、期待なんかしてなかった。プロデューサーの知り合いから紹介された新人。一応プロデューサーの顔もあるからと会う事を決めた。

あの頃、僕は自分の音にはまるボーカリストなんていないんじゃないかと半ば諦めていたから。どの声を聞いても、これという決め手にかける。だったら、どの声でも構わないんじゃないかと自暴自棄になっていた。

アルバムの締め切りまでの日数がどんどんと減っていく中で、歌ものの難しさに後悔し始めていた。そんな時出会ったのがヒロだった。

 

 

見るからに緊張している目の前の青年に、またか・・・と正直思った。今まで会ってきた人は自分に絶対的な自信を持っていて、俺の歌を聴けと言わんばかりの人か、緊張のあまりほんとはいいものを持っているのかも知れないけれど、全く発揮出来ずに、僕も可能性を見出せずに終わるタイプかのどちらかだったから。

ヒロの整いすぎている見た目も僕にとっては借り物のマネキンみたいに見えた。緊張しすぎて会話も成立しない。仕方がないので早めに歌ってもらって終わりにしようと、そう思っていた。それが             

 

 

僕は一瞬にしてヒロの声に恋に落ちた。

 

 

今まで解らなかった僕の音に合う声が、そこにあった。答えはすぐに解った。

 

 

「彼で行きましょう。」

 

 

僕は即決した。他の誰も異存はなかった。それほどまでにヒロの声は僕の音に合っていた。

そして、次の瞬間、僕は彼という存在そのものに惚れ込む事になった。

ボーカルテストにストップをかけて、スタジオから出て来てもらった彼は不安な気持ちを押し隠すように虚勢を張っているように見えた。オケの入ったデモテープを手渡しながら「よろしく」と差し出した手に、一瞬、虚をつかれたような顔になり、その後、くしゃっと柔和な笑顔で僕の手を握り返した。その笑顔に、僕はこの貴水博之という存在に落ちた。

今までの借り物の表情は消え去り、歳相応の生きた彼に思わず見惚れた。

 

かっこいい・・・。

 

整いすぎた顔は羨ましいくらいにかっこよく見えた。それから、たった1枚のアルバムのためのゲストボーカルは僕のボーカリストになった。

この存在を手放したくなかった。

やっと出会えた僕のボーカリスト。ヒロ・・・。

 

 

あれから僕はずっとヒロに恋している。

そうだ、恋し続けていたんだ。自分でも気付かぬうちに、僕の中のヒロの存在は日に日に大きくなっていって、僕を打ちのめす。

どこかでストップをかけておかないと、きっと自分を保つ事ができなくて、それで僕は声に惚れ込んでいるんだと自分にストップをかけていた。それがあの時、ヒロの触れた唇が、僕の隠していた真実をさらけ出して              

 

 

好きだよ、ヒロ。

 

 

僕はヒロが好きだよ。

ユニットのパートナーとしての好きじゃなくて、貴水博之が好きだよ。

 

 

気付いてしまった。

あぁ・・・気付いてしまったんだ。

ヒロ               

 

 

気持ち良さそうに歌うヒロの後姿を新たな気持ちで見つめる。

 

 

切ないよ。

苦しいよ。

こんなにも好きなのに、こんなにも必要としてるのに。

君に思いを伝えられない。

君の拒絶した顔が浮かぶから、これ以上どうする事も出来ない。

こんなに好きなのに          

 

 

ヒロの視線がいつものように聞いてくる。

 

 

            楽しんでる?

 

 

うん。楽しんでるよ。苦しいくらいに。

 

 

笑顔を見せてくれるヒロにありったけの笑顔で答えて、僕は思いのたけを弾き続ける。

曲の中だけでもいい。僕にヒロの恋人でいさせて。

 

熱い歓声が僕を現実世界から引き離してくれる。今はライブという熱に浮かされて夢を見ていてもいいよね。

ヒロが向けてくれる笑顔を独り占めしていいよね?

 

この人は僕の一番大切な人。僕のこの世でたった一人の、愛すべき人・・・。

 

このライブが終わったら、夢は終わってしまう。また離れ離れの一人の時間が訪れる。

 

 

そうだ・・・・沈黙・・・・。

 

僕らはもう一緒にいられない                  

 

 

 

そんなのイヤだ。自分達で決めた事だけど、そんなの            

 

こんなにもヒロを必要としてるのに、今、自分の正直な思いに気付いたのに、これで終わりなの?

 

もう会えないの?

そんなのイヤだよ、ヒロ。

 

ずっと一緒にいたいよ。ヒロにとっては仕事上のパートナーでもいいから一緒にいたいよ。この気持ちを告げたりなんかしないから、ずっと一緒にいさせてよ。

離れ離れになんてなりたくないよ               

 

 

僕は溢れそうになる涙を必死で堪えて、キーボードを弾き続ける。

 

コンセプチュアルなパートはそのまま僕の想いで、許されない感情に戸惑う切なさが僕の心を締め付ける。

本当に純粋な感情を追求したら、その先に何があるのか、僕には怖くてその勇気がない。

だから曲の中にだけ、僕の本当の気持ちを溢れさせる。

 

 

届かないヒロへの想い。

 

 

そんな切ない音達をヒロの優しい声が拾ってくれる。それだけで充分だよ。もう、充分だよ、ヒロ。

 

あの時のあの曲にヒロの歌声が響く。SCANDALOUSE BLUE。それはそのまま僕の気持ちで           

 

 

そう、心は君を求めてる。これ以上ないくらい、君を求めてる・・・。

 

 

せめてこの曲の一部でもいいから僕の想いを伝えたい。

ライブの見せた幻にしてしまって構わないから、一時だけ、僕にも夢を見させて              

 

 

 

ヒロの腕が僕の腕を掴む。汗に濡れたヒロの髪が触れる。見上げる先には僕の大好きなヒロの視線。想いの総てをこの一瞬にかけて、僕は目の前のヒロを心に焼き付けて瞳を閉じた。

 

 

 

 

神様、この一瞬だけ、僕に夢を見させてください。

 

 

 

 

 

最初のそれは、ほんの偶然。

2回目のそれは               

 

 

 

 

 

 

僕は思いの総てを込めて、愛しいその人の唇に触れた。

                  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     

 

 

                     To be continued      20071126