<take・・・off>
「この世で一番幸せなのは誰なんだろう。」
突然君が言い出すから、オレはその先に続く言葉を口に出せなかった。
時々思いついたように投げかけられる疑問は、オレを試すように、でもそれが貴方の心の奥から漏れ出た真実のため息のようで、ただ聞き過ごす事は出来なくて・・・。
何気ない日常、何気ない風景、そんな中にシミを作るように、時々貴方はオレを困らせる。
答えが欲しいのか、ただ口に出したいだけなのか、解らない呟きは、気付けばもう随分とオレの中に溜まっていて・・・。
一緒にいる空間が心地いいのは本当。でも時には息苦しさも感じてしまう、例えばこんな瞬間。
「ねぇ、ヒロは永遠って信じる?」
タバコをふかしながら、オレの方を全く見ないでポツリと呟く。
「信じたい・・・とは思うけど・・・。」
「信じたい・・・か。」
それ以上何も言わずに、ただ彼のタバコが短くなっていくのを見ていた。彼もそれ以上の答えを求めようとはしなかったし。
言葉を必要としないやり取りに慣れてしまった。けれどやっぱりオレ達は別々の人間で、その僅かな誤差が互いを誤解させる。
いまだに解らない、彼の思考。オレより頭の良い彼が、その明晰な頭脳で何を考えているのか、オレはきちんと把握出来ない。
けれど若い頃のようにその事を口に出す事も出来なくて、何となく解った振りをして、何となくやり過ごす。
それがオレ達の間にいつの間にか出来た暗黙のルール。お互いに嘘だってことは百も承知で、信じた振りをする。騙された振りをする。
それが、ルール。
オレ達の関係はなんだかとても微妙だ。
関係なんていうと大層な事のように感じるけれど、腐れ縁で片付けてしまうには深すぎる、けれど唯一無二のパートナーと呼ぶには浅からぬ傷を抱えている。
オレ達を表現する言葉は何もない。ただ共に居る。それしか適当な言葉がない。
「ねぇ、愛してるって言ってよ。」
ふざけたように、その実、ほとんど真実の言葉を彼は口にする。
「愛してるよ。」
何も生み出さない言葉。
愛って、なんだろう。
そんな言葉で片付けてしまえるほど、容易い気持ちじゃない。
いや、容易く片付けてしまえるものなら片付けてしまおうと、彼は形だけの愛を囁くのだろうか。その言葉を口にしておけば、大抵の事はうやむやに出来ると、頭脳明晰な彼はそう思ったのだろうか。
「全然気持ちがこもってないよね。」
彼だって全く気持ちなんてこもってないくせに、オレにばっかり気持ちを求める。
彼はずるい。
いつだってずるい。
振り回されるのはいつもオレで、その立場が入れ替わる事はない。それなのに、いつだって彼は言う。
「ヒロのおかげで振り回されっぱなし。」
タバコの煙を吐き出して、ふてぶてしく言う彼は心底疲れ果てて見えるから不思議だ。
その度に、オレは自分が悪いのかもしれないと錯覚する。本当は何一つ彼を振り回せた記憶なんてないのだけれど。
オレ達は気付けばもう何年も長いこと、一緒に居たりする。だから気持ちの境目が良く解らない。
愛してるという言葉は、時々その免罪符のような気がする。一緒に居る為の免罪符。
なんて便利な言葉なんだろう。この言葉は総てを許してしまう、そんな力があるように思える。
気持ちがこもってないと彼は言う。けれど気持ちの込め方なんて、もうとうの昔に忘れてしまったんだ。
彼を愛していた記憶は、オレにはない。ただそこにいて、誰よりも近くて、誰よりも遠くて、解りそうで解らない。
だから今日もまた求められるままに言葉を口にする。“愛してる”と。
ある時、彼が取材を受けているところに出くわした事がある。声を掛けようと思ったけれど、その内容にオレは躊躇した。
「まぁ、こんだけ長い間一緒にやってるけど・・・だからって、別に仲良しこよしってっ訳じゃないよ。
お互いに距離を取らないと、やってられないこともある。他の誰よりもムカついたりする瞬間もあるしね・・・。
結構他の人との方が、全然楽しく自然に話し出来たりするし・・・。」
そう言って笑う彼。複雑な思いで、壁の影に隠れてじっとしていた。
「・・・でも。」
不意に彼の声音が変わった気がした。
「それでも。他の誰かじゃだめで、ヒロだから話したいことがある。ヒロにしか、話したくない想いもある・・・かな。
・・・それでいいんじゃないの。それが僕ららしいんじゃない。」
真っ直ぐに、何のためらいもなく言われた言葉に、大ちゃんらしいなと苦笑した。
オレ達を表す言葉は何もない。
ただ、共にあるだけ。
彼の言葉は真実。
一緒に居る事が苦痛な時だってある。けれど、そこにいないと不安になる。
ヤマアラシのジレンマみたいだ。
一緒に居たら傷付けあうかもしれないのに、誰よりも一緒にいたいなんて矛盾してる。
この気持ちを口にする事は難しい。だから安易な言葉に逃げてしまいたいのかもしれない。
もし・・・彼に会わなかったら・・・、
もし・・・
もし・・・
もし・・・。
止めよう。
もうオレ達は出会ってしまった。誰よりもそばに、近づいてしまった。
もう、戻れない。
互いを傷付けるならそれも良い。それがオレ達に似合いの関係なのかもしれない。
彼のタバコの灰がポトリと落ちる。
疲れの滲むその横顔に、何故かオレは見蕩れていた。
もう随分遠いところまで来てしまった。
もう戻れない。
先に進むしかオレ達には道がない。
「ねぇ、愛してる?」
「愛してるよ。」
「嘘つき。」
「・・・そうだね。」
「ヒロなんか嫌いだよ。ヒロも嫌いだろ?」
「・・・嫌いだよ。大嫌いだよ。」
「随分はっきり言うんだね。清々する。」
彼は唇を歪めて笑った。そっと差し出される腕に吸い込まれるようにその身を預けて、歪められた唇に唇を重ねた。
「愛してるなんてくだらない。」
「そうだね。」
「そんな得体の知れないものに捕らわれるつもりなんてない。俺達にはもっと信じられるものがあるだろう?」
そう言って新しい旋律を口ずさむ彼は、先に進む瞳しか持っていない。強い意志の宿る瞳。
「自分の中を曝け出さなきゃ、生まれない真実があるだろう。
自分を切り売りして、それでやっと生きていける。俺達はそう言う露出狂のクズだよ。」
クスリと笑う彼。きれいだと思う。
総て暴かれて、それでしか生まれない真実があるのなら、潔く総てを脱ぎ捨てる。
真実を生み出す為のストリップ。ぞくぞくするような快感を伴う。ちゃちな愛なんか太刀打ち出来ない、そんな中にオレ達はいる。
彼がオレにそれを教えてくれた。これ以上の愛があるか?
彼はオレに一緒にストリップをする事を望んだ。それならば誰よりも潔く脱いでみせる。それが彼がオレに望む事ならば・・・。
愛なんて解らない。ただそばにいる。
傷付けあいながら、お互いを暴き出しながら。
時には見たくもない真実を突きつけられる事だってある。知らない方が幸せな事だって、きっとたくさんある。
けれど、オレ達はそんなクソに塗れたような真実の中で、いつまでもストリップを続けて行くんだろう。
彼がそれを望むから、彼が教えてくれた快感の中で、彼の為に真実を曝け出していこう。それがオレ達の共にある証。たったひとつの、証だから・・・。
「愛してるよ。」
オレはそっと告げる。
「うん、愛してる。」
クスリと彼が笑う。
「嘘じゃないよ。」
間近に迫った瞳を覗き込みながら、言う。
「嘘で、いいんだよ。」
そう言って、彼は静かに瞳を閉じた。
かすかに触れ合う、かさついた唇。
真実は、この痛みと共に・・・。
END 20090131
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