<darling you>
「大ちゃんの事、好きなんだ。」
顔を真っ赤にして恥かしそうに俯きながら、でも目だけはじっと僕を縋るように見つめて突然ヒロが言った。
「え?」
あまりにも突然の事過ぎて聞き返した僕にヒロは、
「大ちゃんのこと・・・好きになっちゃったんだよ・・・。」
と情けない声を出した。
そのセリフに、僕は忘れていたあの頃の事を思いだした。
僕がまだ中学生だった頃の話だ。
小学生の時とは違って『先輩』と呼ばれる人がいて、真新しい制服はどこかくすぐったくて、今まで感じたことのなかった学年の違いを目の当たりにしたあの頃。
僕は初めて入った部活の先輩を気付いたら好きになってた。
僕より2つ上の3年生、部活の副部長だった。
いつも明るくてサバサバしてて、誰にでも気さくに話し掛けてくれるその人。自分に姉貴がいたらこんな感じかななんて、最初から悪い印象はなかった。
おっとりめな部長の代わりにてきぱきと指示を出して、よく、どっちが部長か解らないなんて言われてたっけ。
そんな人を気付いたら好きになってた。
多分きっかけはアレだと思う。一人で残って練習してるのを見てからだ。
初めて見るその人の真剣な顔に僕は話し掛けることも出来なくて、ドアの外でじっと見ているしか出来なかった。
キレイだと思った。
人が何かに打ち込んでる姿は確かに心を打つけれど、それだけじゃない何かが僕の中に生まれた。
それから目が離せなくなって、気付いたらいつの間にかどこにいても目で追っていて、名前を呼ばれると嬉しくて、その人の為に僕は頑張って練習をした。
誉められるのが嬉しかった。名前を呼んでもらえるから。
ガンバッタネ!!って背中を叩いてくれるから。
誰にも言えない気持ちだった。恥かしくて、自分が浮かれすぎてるみたいで。でも、毎日が楽しかった。
けれどそんな僕を哀しくさせたのが『卒業』という二文字。
3学期になってしまえばほとんど3年生が学校に来る事もなくなって、先輩の顔を見れない日が続いた。
先輩が卒業してしまったら僕のこの気持ちは何処へ行ってしまうんだろう・・・そんなふうに思って不安にもなった。
好きだから一緒にいたい、先輩の笑ってる顔をずっと見ていたい。
僕の事、どう思ってるんだろう・・・。
ただの後輩?
でも、いっぱい話し掛けてくれる。
特別だとは思えなかった。気持ちはそれを望んでいたけど、そんなふうに思ってしまえば僕はもう自分を止められないんじゃないかと思ったから。
もっと多くを望んでしまう。
先輩の特別になりたい・・・。
学生時代においての2こ上の先輩はなんだかとても大人で、高嶺の花だった。
その事が僕を躊躇わせたけど、同じクラスの女の子が卒業式に好きな先輩に告白するという話を聞いてしまった僕は、何故か今しかないと思ってしまったんだ。
卒業式の前の登校日に先輩が部活に顔を出すって言うのを知っていた僕は、その日に、先輩にこの気持ちを伝えようと決めた。
「先輩の事が、好きなんです。」
必死の思いでそれだけの言葉を搾り出すと、先輩の顔が見れず俯くしかなかった。
自分の心臓の音がやかましいくらいに鳴り響いて、その事が余計に僕を不安にさせた。
「え?」
聞こえた声に顔を上げると、困惑した表情で聞き返している先輩と目が合って・・・。
そんなふうに聞き返されるなんて思っても見なかった僕は、ただただ慌てふためいて、先輩に何か答えなくちゃいけないと必死になって言葉を繋いだ。
「先輩のこと・・・好きになっちゃったんです・・・。」
ヒロのセリフに僕はその時の事を急に思い出した。
「それ、本当・・・?」
ゆっくりと聞き返す僕にヒロはコクリと頷いてみせる。
僕は何て言うべきなのか考えあぐねて、知らず知らずの内に無言になる。
あぁ、僕は今ならあの時の先輩の気持ちが良く解る。
あの時の先輩が作る沈黙は僕にとっては永遠に続くかのような長さで、僕は自分が口に出してしまった気持ちを半ば後悔し始めていた。そんな時、先輩が急に、
「ねぇ・・・私でほんとにいいの?」
一言、僕をじっと見つめてそう言った。
「私、あなたより2つも上なのよ?明後日には卒業しちゃうし。もう一度良く考えて、ね。」
諭すように告げられた言葉に、僕は目の前が真っ暗になり絶望と一緒にぺこりと頭を下げて先輩の前から走り去った。
卒業式の日、卒業生の列の中で最後まで泣かずに胸を張って歩いて行く先輩を遠くから見つめて、僕の初恋は終わった。切なくて苦しくて、僕はみっともなくも家に帰って号泣したけど、本当はそうじゃなかったのかも知れない。
何故なら今、僕が、あの時の先輩と同じセリフを口にしている。
僕はヒロが好きだ。
多分。
この想いはまだ恋愛のそれじゃないのかも知れないけど、それでも今、ヒロに言われたことが嬉しくない訳じゃない。
ずっと一緒にいられたら楽しいのになっていう思いは僕にもあって、でもそれがこんなふうにはっきりと口に出して言っていいものなのか解らないでいた。
いや、あえてそこには触れないようにしていた。
言ってしまえば今までの何かが確実に壊れてしまうことが解っていたから。
そして、僕の方が年上なんだという変な引け目とプライド。
ヒロの人生を僕が縛ってもいいのか、まだまだ違う可能性があるんじゃないかなんて思ってしまう。
本当にそれでいいの・・・?と。
だから両手離しで喜べない。心の中ではものすごく嬉しいのに。
無理なやせ我慢。
そう言われてしまえばそれまでなんだけれど。
「ねぇ、よく考えて。本当にそれでいいの?」
多分僕もあの時の先輩も臆病なんだと思う。何も考えずに嬉しいと言ってしまえれば、もしかしたら違う未来があったのかも知れない。
そんなふうに解っているのに、やっぱり臆病な僕はヒロを試すようなことをしてしまう。
変わるのは怖い。
でもそれ以上に失うのはもっと怖い。
ヒロはじっと僕を見つめて
「大ちゃんは、ダメなの・・・?」
グッとそこに踏み止まって、僕に聞いてくる。
「・・・ダメ・・・って言うわけじゃないけど・・・。」
「じゃあ、オレの事、嫌い?」
真っ直ぐに見つめてくる瞳に僕は・・・。
あぁ、ヒロはこういう人だ。この人は逃げたりなんかしない人だ。
答えを求めるその瞳にどこか救われたような気持ちで僕はヒロに言った。
「嫌いじゃない。」
小さく首を振ると、
「じゃあ、・・・好き?」
控えめに訊いて来る。
あぁ、ヒロも、あの時の僕と同じなんだね。決して自信があるわけじゃなくて、ホントは今にも逃げ出したい気持ちでいっぱいなんだね。
自分の言った事を後悔して、でももう後には引けなくて、お願いだからと僅かな希望に縋ってみたりして、でもその一瞬後には絶望の淵に立ってるような気になって。
怖いのは僕だけじゃないんだ。そう思ったら急に楽になった。
ヒロの不安そうな瞳を見ながら僕はぼんやりと考えた。
もしかしたらあの時先輩は僕の言葉を待っていたのかな。あの言葉は拒絶じゃなくて確認のための言葉だったのかも・・・。
あの時の僕は何も言えずにその場から去ってしまった。それを見て、先輩はなんて思ったんだろう。
今、目の前にいてくれるヒロを見て、そう思った。
「多分ね。」
僕の言葉にヒロがビクリと身を固める。僕にはその事がとても愛おしく感じられた。
「ヒロの事、好きだと思う。よく解らないけど。」
素直な気持ちを告げる。
「・・・よく・・・わからないんだ・・・。」
複雑な表情で肩を落とすヒロ。
「うん、好き・・・かな?」
「・・・かな・・・なの?」
うん、と僕は頷く。
「それって・・・ダメ・・・って事・・・?」
泣きそうな顔でヒロが聞いて来る。
「ダメじゃ、ないよ。」
「じゃあ、好きってこと・・・?」
被せるように訊いて来るヒロに僕はゆっくりと言った。
「まだ、よく解んない。普段のヒロは好きだけど、そう言うふうに見たヒロを好きかどうか、考えたことがないから。
だから今は、好き・・・かな?」
「大ちゃん・・・。」
今まで詰めていたんだろう息を吐き出して破顔したヒロは僕の前に項垂れる。
「好き、かな?じゃ、ダメ?」
僕の目線より下に来た今日はサラサラの髪に聞いた。クスリと笑う声がする。
「いい。いつか絶対『好き』にさせるから。」
そう言って見上げてきた瞳が嬉しそうに笑っている。
視線の高さを元に戻してヒロが僕に聞いてくる。
「大ちゃん、ぎゅってして、いい?」
パートナーじゃなく、初めて見せる『恋人』の顔。男らしくて、でもちょっと頼りなくって、優しい『恋人』のヒロ。
「うん。」
小さく頷くと、ヒロがそっと腕を伸ばしてくる。その指先が小さく震えている。
「あぁ・・・。」
漏らした声は僕のものだったか、ヒロのものだったか、包まれたぬくもりにそっと目を閉じる。
初めて感じる『恋人』のヒロはとてもあたたかかった。
「大ちゃん、何、ニヤニヤしてんの?」
たまの休日に年下の彼氏を呼び出して、贅沢なティータイム。
勝手知ったる僕の家でヒロがアイスティーを入れてくれる間にふとそんな事を懐かしく思い出した。
「ん〜〜、もう『かな?』じゃなくなったかなって思ってさ。」
「はぁ?何が『かな?』なの?」
詰めてってアクションをしながら僕の隣に座ってくる。そのまま僕の頭を軽く抱きしめてチュッとキスを降らす。もうその指先は震えてはいない。
「ふふ、内緒。」
「何それ〜〜感じ悪いな〜大ちゃん。」
そう言って僕に渡してくれたはずのアイスティーをチューっと飲み干す。
「あぁ!!それ、僕の!!」
「あはは。ゴチソーさん。」
「ひどい!!僕の為に入れてくれたんじゃなかったの!?」
カラカラの喉で抗議するとヒロが笑いながら自分のを差し出した。
「ホラ、こっちあげるから。」
「えぇ〜〜〜、この氷が4つ入ってるのがいいんだよ。」
「こっち5つ入ってるよ。」
と自分のグラスを翳す。
「それじゃあ中身が少なくなっちゃうじゃん!!」
「大ちゃん、ちっちゃいよ!」
そう言って笑うヒロを睨みながらアイスティーを飲み干す。
「ほら〜〜たんない!!氷1個分たんない!!」
「ハイハイ、入れてきてあげるから。」
そう言って再び立ち上がってキッチンに向かうヒロ。その後姿はもう僕にとっては欠くことの出来ない唯一の存在。
「好きだよ、ヒロ。」
そう想いを告げると、口を尖らせて振り向く。
「こういう時だけ、調子いいんだから。」
そう言いながらも嬉しそうな笑顔。そんな笑顔が僕にとっては宝物。
「ヒロ、だぁ〜〜〜い好き!!」
今なら迷わずに言える。ヒロの指先が震えなくなったのと同じように、僕にももう『かな?』はいらない。
大げさに投げキッスをしてみせると、
「オレも悔しいくらい大好きですよ!!」
アッカンベーをしながら愛しい恋人はキッチンに消えていく。僕はその後姿に思わず笑った。
END 20090810
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