<after>




「ねぇ、ちょっとうるさいんだけど。」


ライブが終わったばっかりだというのにステージさながらの歌声を響かせている男を胡乱げな眼差しで見つめながら言った。
ツアー期間中は『喉が』とか何とか、かなり気を使っているはずなのにこんな大声で歌っていていいのだろうか。
もちろん僕にとってヒロの歌声は心地の良いもので、いつまで聞いていたって飽きることはないものだけど、会場からの退出時間もあるわけでさすがに周りのスタッフは辟易している。


「早く着替えなよ。みんな困ってるよ。」


声を掛けても僕の声よりヒロの声の方がデカい。だけどさすがボーカリストの声量と感心しているわけにもいかない。


「ヒロ!」


気持ちよさげに歌い続ける男の手を引いて促す。するとやっとこちらを向いてその歌声を途切れさせた。


「もうおしまい。帰りますよ。」


まるで大型犬だ。シュンとした表情の男はステージから降りたままの汗まみれの身体のまま抱きついてくる。


「大ちゃーん。」


「ちょっと!僕、シャワー浴びたんだけど。」


グイっと押しやればまた大型犬のシュンとした表情。ちょっとめんどくさいなと思いながらも、何か物言いたげな表情の男を促す。


「・・・もっと歌いたい。もう1回頭からやりたいくらいなんだけど。」


ボソッとこぼす男を呆れて見返す。さっきあんなに歌ったというのにまだ歌い足りないとは。
今日は朝からゲネもやっている。まぁリハーサルの時に比べたら少ないかもしれないが、リハーサルと実際のステージでは消費量が違う。周りの熱気に引っ張られるように自分でも信じられないくらいエネルギーを消費している。それなのにだ。


「明日もあるじゃん。」


「明日は明日じゃん。オレは今歌いたいんだよ!もっと、こう、さ!なんて言うか、グワーッて感じ!!」


「・・・はいはい、そーですか。」


ホントに体力オバケだなと思う。僕の歌はカロリーが高いからってトレーニングを増やしたみたいだけど、そもそも元から僕に比べたら・・・。
まぁこの歳になって体力を維持することの難しさも痛感しているし、求めるパフォーマンスをするためには必要なことだとは思うけど、この体力の余りようはどうだ。
本当にもう1ステージやってしまいそうな勢いだ。
僕はそんな男を無視してさっさと荷物をまとめる。


「ねぇ大ちゃん、聞いてる?」


「はいはい、聞いてますよー。歌い足りないんですねー。解った解った。」


ポンポンと頭を撫でて、広げたままになっていたさほど多くない男の荷物を勝手にカバンの中に放り込んだ。


「ほら、着替えないと置いて行くよ。シャワー浴びなくていいの?」


「・・・大ちゃんが冷たい。」


「冷たくなんかないでしょ?ヒロの帰り支度、手伝ってあげてるじゃん。」


「それだよ!余韻もなく帰ろうとしないでよ。」


情けない声を上げる男はブスくれた表情のまま。振り返れば口を尖らせている。
全くしょうもない男だ。思わず口角が緩む。


「ヒロが僕の歌を歌いたいって思ってくれてるのは嬉しいんだけどね、」


そう言って困り顔のスタッフ達に目を向ける。つられるように同じところへ視線を向けた男の耳につま先立ちで、


「独り占めしたい、って言ったら怒る?」


ぽそっと呟いて上目づかいに男を見つめた。


「・・・大ちゃん、ズルい。」


呻くように押し出された声。セットした頭をクシャクシャとかき乱して視線をあちこちに彷徨わせる。


「ほら、早くシャワー浴びといで。帰るよ。」


「5分!5分で浴びて来るからっ!!」


「はいはい。」


タオルを引っ掴んでダッシュする後ろ姿にクスクスと笑う。
ふと呆れ顔の林さんと目が合って、しょうもない男ですね、と視線で会話。長年連れ添ったマネージャーは心得たように男の着替えを置いて部屋から出て行った。
バタバタとスタッフが行きかう中、再び腰を下ろした僕はさっきまで男が歌っていた歌を口ずさむ。
こんなに長い間、僕の歌を愛し、美声を保ち続けてくれている男のシュンとした表情を思い出し、愛おしさに頬が緩んだ。



END 20240511