<ワガママな天使>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇヒロ〜、こっちのチョコと、こっちのイチゴ、どっちが好き?」

 

 

オレの差し入れに持ってきたケーキを嬉しそうに頬張りながら、突然思いついたように聞いてくる。

大ちゃんの前には食べかけのケーキが2つ。片方はイチゴだけキレイにないし、片方はチョコレートコーティングしてある部分だけ、これもまた器用にはがされている。

 

あぁ〜またそうやって、好きなところだけ食べようとする・・・。

 

大ちゃんがこれを言い出すって事は、もう多分次のものに興味が移っている証拠。

いつもならそんな大ちゃんを鬼のような形相で怒る怖い女王様がいるけど、今日は幸か不幸か不在。ここぞとばかりにオレに聞いてくる。

 

解ってるよ、もうそっちのフランボワーズのムースに興味が移ってるんだって事。

 

 

仕方なくオレは読みかけの雑誌から目を離して、大ちゃんの目の前に置かれたケーキだったものに目を向ける。

 

 

「ねぇねぇ、どっち?」

 

 

すぐにでもオレの口にそれらを運べるような臨戦体制で、自称天使と言って憚らない笑顔で聞いてくる。

 

 

「どぉ〜っちだ。」

 

 

楽しそうな大ちゃんに付き合うように口を開けてみせる。

 

 

「う〜〜んとねぇ、ヒロはチョコ好きなんだよね〜。だからチョコ?」

 

 

「どうかな〜?」

 

 

「えぇ〜?違うのぉ?」

 

 

もはやチョコの欠片も見当たらないスポンジばっかりのケーキを取ろうとしていた大ちゃんがオレの答えに手を止める。

 

ねぇ、大ちゃん、そんな事言ってても、結局オレにどっちも食べさせる気でしょ?オレが太っても知らないよ。

 

 

「じゃあ、イチゴ?」

 

 

「イチゴは大ちゃんの好きなのでしょ?」

 

 

「うん、イチゴは好きだよ。」

 

 

「・・・イチゴは、ねぇ・・・。」

 

 

見るも無残なその残骸は、言われなければどこに何があったかなんてもう想像の域でしかない。確か、買って来た時はもっと、こう・・・。

まぁ、それを大ちゃんに言っても仕方がないけど・・・。

 

 

「ヒロは、どっち好きなの?」

 

 

「好きなのって言われても・・・。」

 

 

目の前の残骸を見たらどっちとも言えないよ。

 

 

「イチゴは嫌い?」

 

 

「好きだよ。」

 

 

「じゃあ、チョコは?」

 

 

「・・・好きだよ。」

 

 

「なぁ〜〜んだ!!どっちも好きなんだ!!」

 

 

結局、いつものパターン。

にっこり笑顔でスポンジを取り分ける大ちゃんにオレは苦笑しながら口を開く。

まぁ、証拠隠滅しておかないと、後で女王様に見つかったら、オレも怒られるのはたまらない。“あんたは大介に甘いのよ!!”ってカミナリが落ちるのは目に見えてる。

 

嬉々として目的のフランボワーズのムースに手を出した大ちゃんは、満面の笑み。

しょうがないよね、この顔が見たくてオレもついつい彼の好きそうなケーキばっかり買って来ちゃうんだから。

そんな嬉しそうな大ちゃんがオレにもムースをおすそ分けしてくれながら聞く。

 

 

「ねぇ、ヒロは特別好きなものはないの?」

 

 

「ん?」

 

 

「これだけは譲りたくない!って思うのも。」

 

 

「う〜〜ん。なんで?」

 

 

「なんかさ、ヒロってあんまり執着しないよね?いろんな事に。」

 

 

「え!?そうかな・・・?」

 

 

ビックリ。大ちゃん、オレのこと、そんなふうに見てたんだ。

 

 

「別に・・・そんな事、ないと思うけどなぁ・・・。」

 

 

首を捻るオレに大ちゃんは“そうだよ”って口を尖らせた。

 

 

「だってさ、何でも僕に譲ってくれない?イチゴでもお肉でも、なぁ〜んでも。」

 

 

「それはさ、大ちゃんだからだよ。」

 

 

「なんで?だってヒロだって食べたいでしょ?平等にしようよ。」

 

 

一体どの口がそんな事を言うんだか・・・。

その可愛らしい口は、今はムースを頬張るので大忙し。大ちゃんの言う平等って・・・思わず苦笑を漏らす。

 

 

「譲れないものはたくさんあるよ。」

 

 

「嘘ぉ!?」

 

 

「あるよ〜。絶対譲れないから、譲ってないもん。」

 

 

「例えば?」

 

 

フォークを咥えたまま、くりっとした目で聞いてくる。

そんな期待に満ちた目で見られてもね〜〜。言ったらきっと怒るよ、大ちゃん。

 

 

「譲れないものはね・・・。」

 

 

「うん。」

 

 

オレを見上げるその目がおかしくて、オレは大ちゃんの鼻をきゅっと摘んで言った。

 

 

「ヒ・ミ・ツ!」

 

 

「ふぇ〜おひえひぇぉ〜。」

 

 

鼻をフガフガさせながら抗議する大ちゃん。

オレの譲れないものは、「あなた」なんだけどなぁ〜。本人、全く気付いてないみたいだから仕方がないか。

 

あなたの事は絶対に譲らない。

あなたの隣に居続ける事、

あなたの音で歌う事、

あなたの笑顔を一人占めする事。

どれも誰にも譲ってないでしょ?

 

執着してないなんてありえないよ。だってこんなに執着してる。飽きっぽいオレが、こんなに長い間執着してるなんて、並じゃないでしょ?

気付けばいいのに。そしたらきっとそんな事絶対言えなくなると思うけどな。

 

摘まれた鼻を擦りながらオレにじゃれるように殴りかかってくる大ちゃんをきゅっと抱きしめる。

 

 

「もう、ヒロ!!」

 

 

「あはは、降参降参。」

 

 

「そんなに笑ってると許さないよ。」

 

 

ホラね、こんなに可愛いことしてくれちゃうから、やっぱり譲れない。

 

 

「も〜ケーキあげないんだから!」

 

 

食べ物と一緒にされても困っちゃうけど、譲れないものは譲らないよ。

 

 

「ぜぇ〜〜んぶ独り占めして、ヒロにあげないからね。」

 

 

「オレだって誰にもあげないよ。」

 

 

そう言ってケーキの箱に手を伸ばそうとしていた大ちゃんをその腕ごと抱きしめる。

 

 

「も〜ヒロ、離せってば〜。ケーキ!!」

 

 

「あはは。」

 

 

今はケーキの事で頭がいっぱい。ホントに可愛いんだから。

 

やっぱりオレ達、なんか似てるよね。好きな事は譲れないってとこ。物であれ人であれ、オレ達は端から譲る気なんてない。今までも、これからも。

 

オレは口を尖らせてる腕の中の大ちゃんを抱きしめた。

 

オレは執着の強い男だよ、覚悟してよね、大ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               END20090618