<追憶>

 

 

 

 

 

まさか、嬉しいはずのこの日に、こんな事になるなんて、誰が思っただろう。

 

例年通り、お昼過ぎからの何となくの彼の誕生パーティー。いつものメンバーに、その日スタジオで仕事をしている何人かのスタッフが集まって、彼の大好きなイチゴのケーキを食べながら、

「もう、祝ってもらうような歳でもないよ。」

なんて言う彼をちょっとからかいながら、照れくさい、それでも幸せな一日を過ごす。今年もそうなると思っていた。それが・・・。

 

 

いつもより早めに起きたオレは、何気なくTVのスイッチを入れた、そこに飛び込んで来た、信じられない光景。

 

 

        何で・・・!?

 

 

一体、何が、どうなって、こうなっているのか、オレは自分の目を疑った。

慌てて他のチャンネルに回してみたが、どこでも同じような光景が映し出される。

彼の敬愛する、そして、オレにも少なからず影響を与えてくれた人、その人がまるで刑事ドラマのワンシーンのように、そこにいる。

おおよそ、自分の生活とは掛け離れた単語が次々に飛び出す。

 

 

ニンイドウコウ?

サギザイ?

 

 

眠気なんか一気に吹き飛ばすその話題に、オレはオレなんかよりもショックを受けているだろう人を思い浮かべた。

 

 

          大ちゃん!!

 

 

恐らく彼は、作業後の一服でこの報道を知ってしまったはず。

オレなんかよりもショックを受けて、きっとTVの前から離れられないでいるはず。

そうじゃなければ、何も耳に入れないように、ベッドにでも潜りこんで、でも気になって眠れずにいるはず。

どちらにしても彼が酷く傷付いている事に変わりはない。

 

オレは取るものもとりあえず、彼のところへ車を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・大ちゃん・・・?」

 

 

そっとスタジオのドアを開ける。

いつもと違った、重い空気。そこに彼の姿はなかった。代わりに疲れきった顔でソファに横になっているアベちゃんの姿が見えた。

恐る恐る声を掛ける。

 

 

「・・・アベちゃん・・・?アベ・・・ちゃん・・・?」

 

 

オレの声にバッと飛び起きると、オレの顔を見て安堵したようにため息をついた。

 

 

「なんだ・・・ヒロか・・・。」

 

 

「起こしてごめん。ねぇ・・・大ちゃんは?」

 

 

控えめに聞くオレに、アベちゃんは視線だけで場所を示して、だるそうに首を回した。

 

 

「やっとベッドに入ったところなんだから、そっとしておいてあげなさいよ。」

 

 

そう言うアベちゃんもきっと彼に付き合ってて、今しがた寝たところだったに違いない。その事について申し訳なく思った。でも、こんな飛び起き方をするくらいだから・・・。

 

 

「うん・・・。でも、寝てると思う?」

 

 

「・・・そうよね。」

 

 

アベちゃんも溜息と共に苦笑した。

 

 

「今日・・・やるよね?大ちゃんの誕生日・・・。」

 

 

「まぁ、昨日まではそのつもりだったけど・・・主役があれじゃね・・・。」

 

 

確かにほとんど身内とは言え、きっと彼は気を使って作り笑いを浮かべてしまうに違いない。それはきっと本人にとって、本当に楽しい誕生日とは言えるはずがなくて・・・。

せっかく、彼の生まれたステキな日なのに、彼の哀しい顔なんて見たくなかった。彼には心から笑って欲しかった。それが出来ないなら、あるいは・・・。

 

 

「やろうよ、アベちゃん。大ちゃんの誕生日、ちゃんとお祝いしてあげたいよ。

せっかく、せっかく年に1回しかない誕生日だよ?大ちゃんの事、ちゃんと笑顔にしてあげたいよ。」

 

 

「・・・ヒロ。」

 

 

「ね!!お願い!!いつも通り、準備してて!!」

 

 

オレはアベちゃんに念を押すと、大ちゃんのいる部屋へと入って行った。

そっとドアを開けて、丸まっているベッドの上へと腰をかける。そのまま布団ごと包むように大ちゃんを抱きしめた。

 

 

「・・・大ちゃん?寝てる?」

 

 

そっと布団の端を持ち上げて、中の様子を伺う。すると金色の髪の向こうに彼の瞳が見えた。

 

 

「おはよ。」

 

 

いつものように明るく言って、大ちゃんの髪を撫でる。

 

 

「来てたの?ヒロ。」

 

 

そう言って無理に笑ってみせる。

思った通り、彼は眠れてなんかいなかった。布団の中に丸まって、彼が必死に戦っていた事なんて一目瞭然。

 

 

こんな時でさえ、オレはのけものなの?

 

 

心が痛む。

 

 

大ちゃんの総てを預けて欲しいのに。

オレの前では泣いたっていいのに。

 

 

「おめでとう、大ちゃん。今日はさ、大ちゃんの誕生日じゃない?そう思ったら、早く来過ぎちゃったよ。」

 

 

オレはわざと明るく笑ってみせる。

 

 

「そうか・・・誕生日だっけ・・・忘れてた。」

 

 

忘れてなんかいなかったくせに、そんな事をわざと言う。

 

 

「ねぇ、ちょっと出かけない?新鮮な朝の空気を吸いに・・・って、もう昼だけどね。」

 

 

オレは布団の中で丸まったままの大ちゃんを抱き上げながらそう言った。

仮眠を取るだけのつもりだったらしく、洋服はほとんどそのままで、上着だけ羽織れば外に出れるような格好だった。

 

 

「ちょっと・・・?」

 

 

戸惑う彼の手を引き、勝手に上着を羽織らせて、訝しむアベちゃんに「ちょっと散歩。」と声をかけ、自分の愛車に彼を乗せた。

 

 

「眠くなったら、寝ちゃっていいからね。」

 

 

そう声を掛けておいてアクセルを踏んだ。

 

 

「ちょっと、ヒロ!?」

 

 

抗議の声をあげる大ちゃんに、まぁまぁと笑ってみせて、オレはそのまま車を走らせた。

彼はそんなオレに呆れたのか、そのまま窓の外を見つめて一言も口を開かなかった。

サイドミラー越しに見える彼の顔は、じっと何かに耐えているようで、そばにいるオレの事すら拒絶しているように思えた。

 

しばらく車を走らせて、人気のない広い空き地へとやってくる。いずれは何軒もの住宅が建てられるだろうこの土地は、今はまだ区画整理がされ、売り地の看板がいくつか立てられているだけだった。

オレはサイドブレーキを引いて、隣に居る彼を見た。

 

 

「何?何でこんなところ?」

 

 

車に乗ってから初めてオレの方を見て、彼が言った。

 

 

「ここなら誰もいないでしょ?」

 

 

「?」

 

 

「大ちゃんさ、無理しすぎなんだよ。何でオレにまでそんな風にするかな〜。

そんなにオレ、頼りない?それとも大ちゃんにとって、オレって必要じゃないの?」

 

 

覗き込むようにそう言うと、彼は困ったように、顔を歪めた。

 

 

「別に、そんなふうには思ってないよ。」

 

 

「じゃあさ、何で一人でなんでも抱え込もうとするの?」

 

 

オレの視線を避けるように再び窓の外を見つめる。

 

 

「オレだって気になってるよ、・・・小室さんの事。」

 

 

その言葉に彼がビクッと反応する。

 

 

「信じられないし・・・ショックだし・・・。知らない人じゃないわけだしさ、やっぱり、気になるっていうか・・・。

でも、きっとオレより大ちゃんの方が、もっと気になってるよね。」

 

 

伺った先の彼は苦笑して、小さく首を振った。

 

 

「僕なんかより、もっとショックだった人も、心配してる人もいるから・・・。」

 

 

そう言って笑って見せた顔は、今にも泣き出しそうなくせに、自分は平気だと言い放つ。

どうして、この人はこうなんだろう。

そうやって何も言わずに、一人で泣くくせに。

オレはこっちを見ようとしない彼の頬を両手で掴んで言った。

 

 

「オレは大ちゃんに聞いてるの!!

大ちゃんは!?大ちゃんは辛くないの?そんな顔して、平気だなんて、オレには通用しないよ。

何で言わないんだよ。何でそんなに強がってるんだよ。

無理して笑わなくたっていいんだよ。気になるって、心配だって、言えばいいじゃない。

何の為にオレがいるんだよ!!」

 

 

じっと瞳を見つめる。

すると見つめた先の瞳が不意に緩んだ。

 

 

「・・・ぱい・・だよ・・・、・・・く、だって・・・僕だって!!」

 

 

くっと下唇を噛み締めて、必死で涙を堪えている彼。オレはそんな愛しい彼に微笑んだ。

 

 

「おいで。」

 

 

広げた両手に彼が飛び込んでくる。その瞬間、彼の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

 

 

「ショックだったよ!!何で先生が・・・!?何で・・・!!」

 

 

今まで堪えていたものを吐き出すように彼は声を上げて泣いた。オレはそんな彼の背中を落ち着くまで撫でていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で、こんな事になっちゃったのかな・・・。」

 

 

ポツリと彼が言った。

 

 

「僕の中で先生は先生のままで、いきなり容疑者なんて言われても、信じられなくて・・・。

僕は・・・何を信じたらいいのかな・・・。」

 

 

「大ちゃん・・・。」

 

 

「ねぇ、僕の知ってた先生はどこに行っちゃうの?

僕はやっぱり、今でも先生を尊敬してるし、あの時、出会ってなければ、あの時、この道に進む事を勧めてくれなければ、僕はここにはいなかった。そんな先生を、僕はみんなみたいに悪者には出来ないよ。今でも僕の憧れの人、僕の先生・・・。そう思うことは許されないのかな・・・。」

 

 

腕の中の彼は淋しそうに呟いた。

 

 

「いいんだよ、それで。」

 

 

オレはそんな彼に優しく言った。

 

 

「何も無理に気持ちを捻じ曲げる必要なんてないんだよ。だって、あの時の時間は嘘じゃない、幻じゃないんだから。

小室さんが大ちゃんに教えてくれたたくさんの事は、今でも大ちゃんの中にちゃんとあるじゃない。小室さんが作ったたくさんの歌が消えるわけじゃない。その歌の価値が変わるわけじゃないでしょ?

ステキなものをステキだって思って、何が悪いのさ。

オレだって、小室さんの事は尊敬してるよ。だって、初めて邦楽ですごいって思えた曲だからね。」

 

 

「・・・ヒロ。」

 

 

「うん。」

 

 

オレは頷いて見せた。すると彼はようやく照れたように笑って見せた。

初めて見せたホントの笑顔。涙でぐしゃぐしゃで、鼻と目だけ赤くなっててぎこちない笑顔だったけど、とってもステキな笑顔だった。

 

 

「帰ろっか。帰って誕生日パーティーしなくちゃ。」

 

 

「ヒロ・・・。」

 

 

彼は苦笑した。

 

 

「とてもそんな気分にはなれないよ。」

 

 

「ダメだよ!大ちゃん!!ちゃんとお祝いするよ!!」

 

 

「だって・・・先生がこんな事になってる時に、お祝いなんて・・・。」

 

 

せっかくの笑顔がまた曇りだす。

オレはそんな彼にゆっくりと話し出した。

 

 

「違うよ、大ちゃん。今日は大ちゃんと、小室さんの新しく生まれた日になるんだよ。だから、ちゃんとお祝いしなくちゃ。ね。」

 

 

「ヒロ・・・。」

 

 

「人はね、何回でも生まれ変われるんだよ。オレが大ちゃんに出逢ったようにね。」

 

 

       っ、バカヒロ・・・。」

 

 

彼の瞳から再び大粒の涙が零れ落ちる。

 

 

「あぁ〜〜また、泣かせちゃったぁ?」

 

 

そう言って、彼の髪を撫でる。彼はコツンとおでこをオレの肩に乗せて言った。

 

 

「もぅ・・・かっこよすぎるんだよ、ばか。」

 

 

「あははは。」

 

 

照れ隠しの抗議に笑って返して、オレは彼のぐしゃぐしゃになった顔を拭ってあげた。

 

 

「また、会えるよね?先生と。」

 

 

「うん。もちろん。」

 

 

オレは力強く頷いた。

 

もしかしたら、もう会えないのかもしれない。

それでも記憶の中の彼が消えるわけじゃない。だから大丈夫、いつでも会える。

オレは初めて見たあのステージを思い出していた。

オレにとってはあの瞬間が真実。そして、きっと大ちゃんも・・・。

 

 

「ヒロ。」

 

 

「ん?」

 

 

「ありがとね。」

 

 

そう言って笑った大ちゃんの表情は、もう曇ってはいなかった。

 

 

「さ、帰ろう。」

 

 

そう言ってエンジンをかけたオレに彼はニッコリと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    END