<Tipsy Fake>
「ちょっとしっかりしてよ!」
タクシーから担ぎ出すようにして、すでにいい気持ちで半分寝こけている相棒を引きずり出す。
釣りはいいですと、離せなくなってしまったその手を示しながら、軽い会釈でタクシーから離れる。
ライブ後の食事と言う名の打ち上げ。
明日まだ部活を控えている僕を気遣ってのものだったはずなのに、明日を気にすることのない相棒のボーカリストは乾杯の掛け声と共に駆けつけ3杯の勢い。それじゃなくても最近弱くなったと零しているくせに、汗をかいてハードなライブの後、そんな事をすればこうなるのは当然で・・・。
あぁ〜も〜すっかりご機嫌な顔になってる。
しょうがないなぁなんて思いながらちびちびとワインを飲んでいると、それに気付いた酔っ払い男がテーブルや人にぶつかりながら僕に覆い被さって来た。
「だぁいちゃん。のんでるぅ?」
ゴロゴロとまるで喉でも鳴らしそうな甘えっぷり
「飲んでるよ。」
そう言ってグラスを軽く持ち上げて見せるとそれに自分のグラスをカチリと合わせて
「おつかれぃ!!」
と既に何度もしたはずの乾杯をまたした。
ニコニコと上機嫌なその表情に敵うはずもなく、僕は自分に覆い被さったままの男の為にそっと彼の座る場所を作る。
「だいちゃん、のんでるぅ?」
「ハイハイ、飲んでる飲んでる。」
彼を座らせながら酔っ払いの典型的な質問に答える。
「ね、肉!大ちゃんの好きな肉!オレ、焼いたげる!!」
そう言ってまた立ち上がると、大ちゃんの肉〜なんて言いながらフラフラと歩き出した。
「ヒロ、いいから・・・。」
言い終わらないうちにテーブルにぶつかってよろけた彼は、飲みかけのグラスをいくつか倒して大惨事を招く。
「あ〜。」
手際の良いスタッフが彼の起こした惨事を片付ける。
ごめんなさい!!と行儀良く謝る彼をスタッフのうちの一人が僕の隣に座らせた。
「大ちゃん痛い〜。」
ぶつけた足をさすりながら笑う彼。完全に酔っ払い以外の何物でもない。
「ほら〜もう座っときなって。」
「肉焼くよ〜。」
「いいから!」
「え〜〜。だって大ちゃんに焼きたいんだよ〜。楽しかったからっ!」
「え?」
何の事か解らずに聞き返すとフニャっと笑って、
「ライブ、楽しかったねぇ。」
僕を覗き込むようにそう言った。
「オレ、大ちゃんと一緒にやるライブが一番好きぃ〜。」
僕の肩にゴロリと頭を乗せて笑う。
「ちょっとヒロ?」
「ねぇ〜大ちゃん。好きぃ〜。」
にゃはははと笑い出して人の肩で頭をグリグリと揺らす。
「ヒロ〜。」
まるで子供みたいに好きと言い続ける彼に僕はなす術もなく・・・しかも、何を思ったかいきなり歌いだしたりして。
「ヒロ!しぃ〜〜!!他のお客さんに迷惑でしょ!!」
美声を響かせる彼は完全に酔っ払い。僕の方が青くなって必死で止める様は他のスタッフの笑いの種にしかならない。
やっと落ち着いた彼がポツリと、
「また、ライブしよ〜ね、大ちゃん。」
幸せそうな笑顔で言う。
「また、すぐにあるよ。来週は名古屋でしょ?」
「そうだねぇ〜。うれしいねぇ〜。」
肩に乗せられた茶色の髪が頷くように頬を撫でる。
「今度こそ、歌詞飛ばしたら許さないから。ちゃんと覚えてきなよ〜。」
乗せられた頭にコツンと自分の頭をくっつける。
「・・・ぅ・・・ん。」
「・・・?ヒロ?」
呼びかけても返事がない。
「ヒロ?」
「貴水さん、寝ちゃってますよ〜。」
スタッフの一人がクスクスと笑いながら言う。
人に身体を預けたまま、言いたいことだけ言ってあっさりと寝てしまった酔っ払い。
全くもう・・・ほんとに、この男は・・・。
けれどその重みがうれしくないわけじゃあない。
タクシーから降りてホテルの部屋へと男を引きずりながら歩く。
「ほら、歩くよ、ヒロ。」
「・・・ん。」
目を閉じたまま何とか歩き出してくれた彼を脇から抱えて、エレベーターに乗り込む。
「スイマセン、本当に。」
フロントから鍵を受け取ってきた林さんが慌てて同じエレベーターに乗り込んでくるとヒロの部屋の番号を僕に告げる。
「ホント、弱くなったわね〜ヒロも。」
ケラケラと笑いながら容赦のない物言いは、過去の彼を知る安部ちゃん。男性スタッフもいるんだから任せればいいのにと、僕に苦笑いする。
けど、何でか今日はそんな気分になれない。
それはきっと彼がアレだけはしゃいでいたのと同じ理由で・・・。
エレベーターから降りると数部屋しかないフロアの僕の部屋の前で安部ちゃんを呼ぶ。
「開けて。」
鍵を持っている彼女と、先を急いでいる林さんが振り返る。
「ヒロ、連れてっていいでしょ?どうせこのままほっぽっといたら心配の種が増えるだけだもん。面倒見るよ。」
「でも・・・。」
林さんがチラリと安部ちゃんを伺う。
「大切な大切な僕のボーカリストですから。」
おどけて言ってみせる。
「解ったわよ。」
長いため息を吐き出しながら鍵を開けてくれた安部ちゃんに挨拶をしながら部屋のドアをくぐる。
「ちゃんと寝かしときますから、心配しないで下さい。着替えさせたりするの、女の人じゃ大変でしょ?」
困惑顔の林さんにそう言うと、おやすみなさい、とヒロと一緒に僕の部屋へ。パタリとドアを閉めた。
「・・・ン?ついたの?」
目を擦りながら彼が言う。
「着いたよ。」
「オレの部屋?」
「ん?僕の部屋。」
「大ちゃんの・・・?」
「そう。」
いまいち頭が覚醒していない彼は顔をつるりと撫でて重い瞼を開けた。
「最近めっきり弱くなっちゃって。」
「そんな事ないよ。」
クスッと彼が笑う。
「じゃあ、弱くなった振りが、上手くなっちゃったのかな?貴水さんは。」
「どうかな〜。」
「半分ホント、半分演技のくせして。」
さっきより確かになった足取りで奥へ進む。
「大ちゃんには全部お見通しだな〜もう。」
「そうですよ〜。」
額をつけたままクスクスと笑い合う。
「お疲れ。」
「ん、お疲れ。」
チュッと、軽く触れ合う。
「僕、明日もクラブがあるんだからね。」
「ん、解ってる。」
「ホントかな〜。」
「信用ないな〜。」
啄ばむ唇を止めて彼が膨れる。
膨れた頬を指で潰して、もう一度キスをする。
「僕もヒロが好きだよ。ヒロと一緒にやってる時が一番楽しい。」
そう、素直な気持ちを告げる。すると彼はニヤリと笑って、
「ねぇ、その『やる』って、どっちの『ヤル』?」
嬉しそうにそう言った。
「も〜〜下世話。」
額をゴツンと打ち付けて笑ってやる。彼も楽しそうに笑う。
「ねぇ、もう待てないよ。」
ポツリと漏らすと、
「オレも。」
総てお見通しな彼は強引に僕を攫う。
深いキス。
僕達はそのままベッドへと身体を沈めた。
END 20090808