<Sweet Valentine Day>
バレンタインは嫌い。
「ハイ、大ちゃん、ここ置いとくわよ。」
ドカッと置かれたチョコレートの数々。
毎年ファンの子達からたくさん。
甘いものは嫌いじゃないし、普段だったらすっごく嬉しいけど、今日は違う。
何でこんな日があるのかな・・・もう。
世の中は甘い香りに包まれて、誰も彼も大好きな人のためにチョコを選ぶ。
貰った方だって満更でもない顔しちゃって、例えそれが『義理』だとしても。
数じゃないって解ってるし、義理だって解ってる。
だけどこんな時、無神経なアイツの態度にはほんとに腹が立つ。
だから、バレンタインは嫌い。
案の定、また今年も甘い香りを山ほど抱えて、無神経な男前はやってくる。
ホラね。
「大ちゃん。はいチョコレート!!」
僕宛のチョコよりもはるかに本気のこもったチョコを机に下ろしながら、ニコニコと笑うその神経が信じられない。
「何でいちいち持ってくるのさ。ヒロのだろ、これ。」
「だって、去年大ちゃん、オレの分まで全部食べちゃったじゃん。チョコ、好きなんでしょ?」
「・・・・好きだけど。」
・・・・そうだった。
去年あまりにも悔しくて、ヒロのチョコ、全部奪ってやったんだっけ。
お蔭で虫歯にはなるし、しばらくはチョコを見るのもイヤになったけ。
バ〜〜〜カ。
チョコなんて自分の分だけでお腹いっぱいだよ。
だけど・・・・・ヒロが他の人から貰ったチョコ、嬉しそうに食べるの見たくなかったんだもん。
あ〜ぁ、なんて醜いんだろう、僕。なんてわがままなんだろう、ホントに。
僕のこんな気持ちなんてお構いなしに、次々と包みを開けていく。
みんな、一生懸命選んだんだろうな・・・。
可愛らしいチョコ、お洒落なチョコ、よくもまあこんなに種類があるもんだと思うくらい、さまざまなチョコが現れる。
そのひとつひとつに「おぉ〜」だとか「わぁ」だとか言いながら楽しそうに包みを開いていく。
ほんとはさ、僕だってヒロのためにチョコ、用意したかったけど・・・あの売り場の惨状を見たら・・・いくら僕でも入っていくのを躊躇った。
普段は何気ない売り場も、この時とばかりに女の子の気を惹くようにバレンタインの文字を躍らせて、ごった返すその人並みは100%が女性。男の僕が入り込む余地すらない。
手近なところで我慢しようかとコンビニを覗いても、レジに立つ店員さんの視線に敢え無く撃沈。所詮この日は男にとってチョコは決して買える日ではない。
かといって、ヒロにあげるチョコを女性スタッフに頼むのも・・・。
だって義理なら洒落で許されるけど、僕のヒロへのチョコは、本気チョコだから・・・。
僕がこんなに悩んでるのに、ヒロときたら貰ったチョコをわざわざ僕のところに持ってくるなんて。それって僕へのあてつけ???
僕がいつでも寛大だとでも思ってるの?
僕だって、僕だって・・・。
あぁ〜も〜〜〜、僕ってトコトン心が狭い。
「何?大ちゃん、食べないの?」
モクモクとチョコを食べながら、僕にそう聞く男前が憎たらしい。
ヒロは好きなチョコを食べられてご機嫌な笑顔。
「・・・ジョン、ぜ〜〜〜んぶ、食べちゃえ!!」
さっきからこっちの様子を伺っていたジョンをヒロにけしかける。
「わぁ〜〜〜、ジョン、ダメだよ、お腹壊しちゃうよ〜。」
笑いながら、そのうちのひとつをちゃんとジョンの為に選んでやって「よし。」とOKサインを出してやる。
この頃、だいぶジョン達とも仲良くなったヒロは、手の平に乗せたものを食べさせられるようになった。これが最近のお気に入り。
まるで大きなワンコが2匹で戯れてるような光景。ヒロってホント、無邪気なんだか解ってないんだか。
ヒロにとってバレンタインの意味なんて、ただチョコが貰える日くらいにしか思ってないんじゃないの?ホント、お気楽なんだから。
あ〜ぁ、せめて僕がヒロより年下だったらな。こんな時年上のプライドが邪魔して、素直にヒロに甘えられない。
ホントは他の人からチョコなんて貰ってほしくない。例えそれがファンの子でも。
義理だって解ってるスタッフからでも、本音を言えば嫌なんだよ。
でも、そんな事は無理だって解ってる。だからせめて、僕の視界からこのチョコの山を消してよ。
こんな事なら一瞬の恥ずかしさなんて我慢して、僕もチョコを用意しておけば良かった。そうしたら、こんな気持ちにならなくて済んだのかも知れないのに。
僕が出来ない事をやっている子達が羨ましい。
こんな時すごく淋しくなっちゃう。
僕だって、ヒロの喜ぶ顔が見たいのに・・・・・。
想いのすべてをチョコに変えて、ヒロにプレゼントしたいのに。
「ゴメン、大ちゃん。オレ、邪魔しちゃった?」
急に言い出したヒロの言葉に、僕は慌てて首を振る。
邪魔じゃない。だけど、他の人からのチョコを嬉しそうに頬張るヒロは、正直、見ていたくない。
女々しい、僕。自分で自分の気持ちをコントロール出来ない。
悔しくて淋しくて、涙が出そう。
「ゴメンゴメン。機嫌直して?大ちゃんの作業が終わったころくらいにまた来るからさ。」
そう言うと急にヒロは立ち上がって。
違うよ、違うんだってば、ヒロ!!!
そう思っても、僕には引き止める言葉を口にする勇気がなくて。
だって、このチョコが消えない限りは八つ当たりをしてしまいそうだったから。
言えない、こんな気持ち。だけど解ってほしい。
複雑な思いで見つめていると、不意にヒロが振り返った。
「あ、そうだ、これ。」
そう言って投げて寄越したもの。
「???」
両手でキャッチして、その正体を見極める。
これって・・・。
「オレから大ちゃんに。今日はそういう日でしょ?」
僕の手の中に放り込まれた1枚の板チョコ。何の飾りもない、ごく普通の。
良く見ると値札まで付いている。128円?
思わず笑みがこぼれた。
「やっと笑ってくれた。今日、大ちゃん、こんな顔ばっかりしてたよ。」
そう言って眉間にしわを寄せるヒロ。
僕、そんなヒドイ顔してた?
「それ食べて、機嫌直して。また後で迎えに来るからさ。ね。」
車のキーをクルクルと回しながら笑顔で出て行くヒロが言った。
もう・・・機嫌なんて直っちゃったよ。
ヒロらしいって言うか・・・。
どんなステキなチョコも叶わない。この1枚の板チョコが僕にとってはサイコーのバレンタインチョコだよ。
値札までつけたままで・・・。
きっと僕が感じた恥ずかしさをヒロも感じながら、慌てて買ってくれたんだね。こんな僕のために。
ありがとう、ヒロ。
ホントに僕の自慢の恋人だよ。
僕は手の中におさまったチョコの重さを感じて、ヒロの出て行ったドアを見つめた。
ねぇ、ヒロ。このチョコ、とても甘すぎて、僕ひとりでは食べられそうもないよ。
だから、早く迎えに来て。二人で一緒にこのチョコで、甘い時間を過ごさせてね。
END