<想夢花>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ、僕らが今のように付き合うというような関係になる前、

まだ何もかもが新鮮で、この気持ちがそれと言うことも知らずに過ごした夏。

 

熱くて、緋色に染まる夕暮れの空を綺麗だねと言って共に見上げたあの夏。

 

君は切ない恋の歌を歌い、僕はその彼の歌う歌に始めて切なさを感じたあの夏。

 

僕達の気持ちはあの日見上げた打ち上げ花火のように、息を潜めて点した線香花火のように綺麗だけど儚かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オフなんて皆無のスケジュールを秒刻みで過ごしていた僕ら。やる事は山積みで、遊ぶ時間さえなかった。

それはもちろん僕達だけじゃなくて、僕らと行動を共にしているスタッフもだった。

 

だからと言う訳でもないが、僕らは何にでも遊ぶ要素を見つけ出すのが段々と上手くなっていった。

ちょっとの時間でも遊べる隙間を逃さない。

 

その日も誰が持ってきたのかスタジオには似つかわしくない花火セット。

それを見付けた僕らがそれを見過ごすなんて出来るはずもなく、早速スタッフ総出の花火大会になった。

深夜に車まで出して河原に行くのなんて僕らくらいのものだろう。確か花火をするなら河原だと言い出したのはヒロだったような気がする。

 

 

ロケット花火を互いに向けて打ち合ったり、おおよそ子供の手本にはならないだろうはしゃぎっぷりで、勢いのある花火をあらかたし終わると、

線香花火だけが残った。

小さい時家族で花火をした時もたいてい同じパターンになる。その時も花火セットの中で線香花火だけがまだ束のまま残っていた。

 

線香花火も嫌いじゃない。

あの小さくパチパチと花開く様子を息を潜めてじっと見つめている間のあの何とも言えない空気がなんともノスタルジックで惹きつけられる。

 

花火セットの中に残った線香花火を手に取ると、同じようにそれを見つめていたヒロと目が合った。

 

 

「しよ。」

 

 

軽く束ねてあった花火を解いて1本差し出すと大きく綺麗な指がそれを掴んだ。

 

 

「ロケット花火とかの方が好き?」

 

 

「はは。線香花火も嫌いじゃないよ。」

 

 

「嫌いじゃないけど?」

 

 

笑って聞き返すとヒロは手にした線香花火を摘み上げながら、

 

 

「すぐ揺らして落としちゃうんだよ。」

 

 

と苦笑した。

 

 

終電の終わった鉄橋の下で風の来ない所を選び、並んで座った。

短くなった蝋燭を石の上に置いてヒロに促す。

 

 

「どっちが長く持っていられるか、競争ね。」

 

 

「え〜、オレ負けるじゃん。」

 

 

「わかんないよ〜。ヒロの忍耐力を試してあげる。」

 

 

笑いながら同時に火をつけ、チリチリと小さなオレンジ色の球が震えた後、パチパチと花を咲かせた。

 

線香花火は、健気に花を咲かせ続ける。

見惚れて無言になった僕達の耳には2つ重なる花火の音しか聞こえない。

 

 

「あっ!」

 

 

ポトリと落ちた小さな火種に思わず声が上がる。

 

 

「忍耐力が・・・。」

 

 

はぁぁと大袈裟にため息を吐き出して項垂れるヒロに僕は笑いながら次を進める。

 

 

「ヒロ、次、次!」

 

 

誰も手を付けていなかった線香花火はまだ楽しめるだけの本数を残している。

ヒロを急かして次の線香花火を点けさせる。それを待っていたかのように手にしていた線香花火の火種が落ちた。

 

 

「ヒロ、火ちょうだい。」

 

 

急いで持った線香花火をヒロの手元でパチパチと開き始めた明かりに近づける。

 

 

「ちょ!ムリだって。落ちる!落ちるよ!」

 

 

「ヒロがじっとしてれば大丈夫だよ。」

 

 

慌てる様がおかしくてわざと大袈裟に脅かして火種を貰おうとしたが、ヒロの持っている火種は彼の慌て振りと同じように呆気なく落ちた。

 

 

「あ〜ほら〜。」

 

 

点けたばかりの火種の行き先を口を尖らせてぼやいたヒロは恨めしげな視線を向ける。

 

 

「もう一回!今度はヒロがやってみなよ。僕じっとしててあげるから。」

 

 

笑いながらそう言って蝋燭から火を貰うとすぐにパチパチと光の花が咲いた。

 

 

「ヒロ。」

 

 

視線を向けると負けず嫌いな彼は腕まくりをする勢いでそっと線香花火を近づけた。

じっと手元を見つめる。

 

 

「あ!ついた!」

 

 

重なる花火の光に思わず顔を見合わせる。

 

 

「そぉ〜っとね。そぉ〜〜っと離して。」

 

 

息を詰めたままのヒロは頷いて身長に重なった花火を解こうとしたが、

 

 

「あぁっ!!」

 

 

パチパチと爆ぜていた小さな花はポトリとふたつ同時に落ちた。

 

 

「大ちゃ〜ん。」

 

 

「惜しい!!」

 

 

詰めていた息を吐き出して、思わず顔を見合わせて笑った。

すると今度はヒロがサッと花火を取り上げて火をつけた。

 

 

「大ちゃん、はやく!!」

 

 

新しい遊びを見つけた子供みたいに急かすヒロ。僕も慌てて花火を取り上げた。

 

なかなか上手く行かないその遊びに残りの本数がどんどん少なくなる。

点けては落としてを何度繰り返しただろう、何度目かのヒロのチャレンジに僕は手元をじっと見つめた。

するとパチパチとふたつの火が重なった。

ここまでは何度も出来ている。もともと体感型のゲームの方が得意な彼だ、すぐにコツを掴んでみせた。

 

そっと、ヒロの花火が僕から離れる。

 

 

「あ・・・。」

 

 

花火はふたつの花を咲かせた。

落ちる事なく、彼の手元でもパチパチと開く。

 

 

「やっ・・・たぁ。」

 

 

ハハと呆けたような笑い声を上げて一気に脱力したヒロはその小さな花を愛しそうに見つめて何とも言えない優しい表情をしてみせた。

 

分け合った光の花を黙って見つめる。

互いの手の中で誇らしげに咲き続けた花は、先に点けた僕から順番に、やがて消えるように落ちた。

 

辺りに小さな静寂が訪れる。

 

どちらからともなく小さく笑った。

線香花火の灯りは落ちてしまったけれど、その小さな花はまだパチパチと幻影を残していた。

 

 

「線香花火・・・。」

 

 

ポツリとこぼされた言葉の続きを視線で尋ねてそのまま見つめた。

ヒロは、手の中に残った花を咲かせ終わったこよりを愛惜し気に見つめてその優しい微笑をそのまま僕へ向けた。

 

 

「嬉しかった。落とさずに貰った時。なんか、大ちゃんの気持ちまで貰ったみたいで。」

 

 

「え・・・?」

 

 

「大事なもの、そっと受け取るみたいなね。」

 

 

そう言ってくしゃりと笑った彼の顔に、胸がトクンと・・・小さな小さな音を立てて。

 

 

「もう後ちょっとしかないよ、大ちゃん。」

 

 

残った線香花火の数を数えながら何もなかったかのように笑う彼に、胸のざわめきはおさまらずに、

僕は花火の数を確認するように俯いて         

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ何も始まっていなかった。

まだ何も気付いていなかった。

あの夏は・・・。

 

ただ熱くて、涙が出るほど綺麗で、ただ、切なくて。

 

 

やがて訪れるあの熱さを凌ぐ想いに、そっと火をつけた。

それはまるで分け合った線香花火のように儚くて・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  END20100729