<聖誕夜>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特別な夜に飲み明かし、フラフラになって帰る。こんな時にスケジュールを入れたのは自分だ。

本当なら、愛する人と、しっとりと一日を過ごし、甘い言葉でも囁いてもらいながら、ぬくもりを分け合う。

普通の恋人同士ならきっとそう。

柔らかな肌に触れて、ほのかに香る同じボディーソープの香りに顔を埋め、幸せな時間を過ごす。

 

この歳にもなって・・・と笑われるかも知れないけど、憧れてない訳じゃない。

ただ、そんな事はオレの愛しい人はしてくれようともしてくれない。

お互い忙しい身の上だ。一緒の時間を空ける事が難しい事だって、この何十年にもなろうという関係で嫌と言う程思い知ってる。

ただ・・・

 

 

この日だけは特別にして欲しかった。

本当は・・・。

それが叶わない事を知ってるから、わざと仕事を入れた。

 

 

 

何でこんな日にライブやってんだよ。

 

彼はそう言ったけど、それはあくまでもポーズ。

オレが拗ねないように、上手いこと言って、ご機嫌を取ろうとしてるだけ。

そんな事も解ってる。

でもズルいオレはそんな言葉に騙された振りをして、

ごめんね〜ファンのみんなも待ってるからさと、

彼が決して太刀打ちできない人達の名前を口にする。

そんな時、オレはちょっと気分がいい。

この人がオレの事を例えオレ達の間を上手く行かせるための方便だとしても口にしてくれた事に、軽い仕返しをしたみたいで。

 

彼は渋々と、もちろんこれもポーズなんだろうけど、

それじゃあ、仕方ないな・・・

と溜息をついてみせる。

 

オレ達の関係はいつもこんな感じ。

我慢する事も覚えたし、ちょっとの仕返しをする事も覚えた。もう20代の頃のような、ただお互いをぶつけ合うような関係は終わりを迎えていた。

穏やかに、そのぬくもりを分け合う・・・

そんなふうになっていた。その関係が心地良い。

けれどたまにはあの頃のようにわがままを言ってみたくもなる、

特に、今日のような特別な日は・・・。

 

 

 

薄情な恋人の事を考えても虚しくなるばかりなので止めた。

いいじゃないか、それでも彼は今日一番にメールをくれた。

オレの事を忘れずにいてくれた。

仕事に没頭すると時間も日にちも忘れてしまう彼が、時間を計ったようにメールをくれたその事だけで。

 

 

 

ふらついた身体を壁に預けるようにバスルームへと歩く。さすがに今日は飲みすぎた。

ライブの成功と半ばやけになった自分の誕生日の虚しさと、注がれる酒を浴びるように飲んだ。

 

 

オレってバカだよなぁ・・・。

大ちゃんがいないことなんて、もうずっと前から解ってたのに。解ってたから仕事を入れたのに、その事にイライラする。

 

なんで一緒にいられないんだよ。

 

酔いの回った頭じゃ、まともな判断なんか出来なくて、もしかしたらなんかまともじゃない事、口走ったかも知れない。

 

 

 

まぁ、いい。

そんな事はどうでも。

今更オレ達の関係を胡散臭く怪しむ奴なんていない。

仲が良すぎるユニット、面倒見の良い彼と、甘えたがりのオレ。そんな認識が浸透してる。

時々やりすぎなオレの行動に、事情を知ってるアベちゃんの厳しい目が光るけど、それすら周りにとっては笑いの種でしかない。

 

もう何年も、そう言う関係を続けた。周りの脳みそが麻痺するくらいに。

だからこの先何を言われようと、別にどうだって良い。

きっと大ちゃんはそんな事笑い飛ばすに違いないし、オレはあえて否定もせずに、そうなんだよね〜と笑って見せれば終わってしまう話だ。

だからオレはいつまでもガキのままでいい。大ちゃんの手を煩わせるガキのオレ。それがオレのポジション。だったら・・・

 

今日くらいわがまま言ってもいいだろ?

 

 

一緒にいたかったよ・・・大ちゃん。

 

 

 

 

酔いを覚ます為に熱いシャワーを浴びる。このまま寝たら、きっと明日はもっとひどい事になる。さすがにこの歳、なかなか酔いが抜けない。

 

 

あぁ・・・オレも40か・・・。

 

 

思えば、もう人生の半分は彼を知ってる。年月は知らない間に積み重なって行く。

 

 

頭からザバッとお湯を浴びて、クラクラする頭をシャキッとさせる。

虚しい、オレの誕生日。日付はもう4日に変わっている。

 

シャワーを止めると来客を告げるベルが鳴っていた。

 

 

こんな時間に・・・?

 

 

何度も何度もうるさいくらいに鳴る。こんな鳴らし方をするのは学生時代の悪友か・・・。

ぽたぽたと垂れる滴をざっくりと拭って、モニターを見る。

 

 

『は〜〜い、ハニー!Happy Birthday!!』

 

 

「大ちゃん!?」

 

 

『開けろ〜〜〜。』

 

 

モニターにもたれかかるように現れた見慣れたその姿に、オレは慌ててエントランスのドアを開ける。

彼が上がってくるほんの僅かの時間にタオルを巻いたままだった身体にスウェットを羽織り、ぐしゃぐしゃと髪の毛を拭いた。

やがて聞こえるドアを直接叩く音にビックリして、ドアへと猛ダッシュする。

 

 

「大ちゃん!!」

 

 

ドアを開けるとそのままの勢いでしなだれかかって来る彼。

 

 

「オウ、良い子で待ってたかぁ〜?」

 

 

ケタケタと笑いながら脱力したようにオレに身体を預けてくる。

酒臭い。

さっきのオレなんか比べものにならないくらい、珍しいくらいに酔っ払っている。

 

 

「どうしたの!?」

 

 

何もしようとしない彼の靴を仕方なく脱がせて部屋へと引っ張り込む。

こんな時間に近所迷惑甚だしい。

途端にオレの方が良識的になる。

 

 

「んん〜〜〜〜〜〜。」

 

 

いきなりオレの顔を両手で捕まえてしゃぶりつくようなキスをする。息苦しさと酒臭さに辟易しながら、圧し掛かってくる彼をその手で支えた。

やっと唇を離した時には、彼は満足そうな顔で壁に寄りかかり、ニマニマと笑った。

 

 

「大ちゃん!」

 

 

何か言ってやりたかったけど、何をどう言っていいものか考えあぐね、結局名前を呼ぶ事しか出来ない。そんなオレを見て彼は面白そうに笑った。

 

 

「僕が来たの、嬉しくないわけぇ?せっかく最愛の恋人の誕生日を祝いに来てやったって言うのに。」

 

 

わざとしなを作って言う彼にオレは軽い溜息をつく。

 

 

「あぁ〜今、溜息ついた!!なんだよ、帰るぞ、このヤロウ!!」

 

 

別の意味で座ってしまった目でオレを目ねつける。

 

 

「ついてない、ついてないよ。っていうか、飲みすぎじゃない?水、持って来ようか?」

 

 

ミネラルウォーターを取りに行こうとするオレの足を彼は掴んで、

 

 

「誰のせいだと思ってんだよ。飲みたくもない酒、ガバガバ飲んで、脂ぎったオヤジ、とっとと潰して来たんだから。」

 

 

「へ?」

 

 

「仕事だよ、仕事。あのオヤジ、しつこいんだよ。なかなか潰れね〜し。ヒロの誕生日なのによ〜。」

 

 

「大ちゃん・・・。」

 

 

半ば足にもたれるようにグデグデになった彼の悪態に心躍らせる。

 

 

「どうせお前の事だから、一人でイジイジしてるんだろ?解りやすいくらいに仕事入れやがって。かわいくね〜んだよ。」

 

 

掴んだ足を力の入らない腕で何度も殴ってみせる。

結局オレはこの人に叶わない。

こんな時間にこんな状態で、足元もおぼつかないのにオレのところに来てくれた、そんな事だけでもう総て許してしまえるオレは、多分、相当にイカレてるに違いない。

オレのやせ我慢なんて全部お見通しのこの人は、やっぱりオレより大人で、オレの転がし方を嫌って言う程心得てる、

悔しい。

けど、

嬉しい。

愛されてる、そう感じても間違いじゃない。

 

 

「オイ、何とか言えよ。」

 

 

下から睨みつけてすごんでみせる。酔っ払った彼ですら愛しくてたまらない。

ぎゅっと彼を抱きしめて、溢れそうになる涙を我慢する。

 

 

「嬉しいよ、大ちゃん。オレ、最高に幸せ者だ。」

 

 

ふふっと彼の満足そうな笑い声が聞こえる。

 

 

「・・・良いにおい。」

 

 

「え?」

 

 

胸の中で彼が呟く。

 

 

「石鹸の香り・・・。」

 

 

「あぁ、シャワー浴びたとこだったからね。」

 

 

「・・・なんか無性にエロい。」

 

 

そう言って彼はオレの胸に狙ったようにキスをする。

 

 

「大ちゃん!!」

 

 

ふざけてるのか、そのままの姿勢で風呂上りのオレの匂いを嗅いでいる。そんな彼がポツリと漏らす。

 

 

「そのままでいいよ。ヒロはそのままでいい。俺みたいに汚くならないで・・・。」

 

 

「大ちゃん・・・?」

 

 

「いつもヘラヘラ笑ってろよ。幸せそうに笑っててよ。そのための場所を、作るから・・・。」

 

 

スウェットを掴むようにオレの胸に顔を埋めた彼が掠れた声で言う。

 

 

「俺を置いて、大人になんてならないで・・・。」

 

 

「大ちゃん・・・。」

 

 

愛する人としっとりと、甘い言葉でも囁いてもらいながら、ぬくもりを分け合う・・・。

オレはいまだに夢見てる。

大人には、なりたくない。彼がそう望むなら、大人になんかなりたくない。

けれど・・・。

 

 

「オレも連れて行ってよ、大ちゃん。オレはきれいなんかじゃないよ。」

 

 

スウェットを掴む強い手をほどきながら、顔を上げさせる。

 

 

「オレは大ちゃんと一緒なら、泥まみれにでもなるよ。ねぇ、オレも叩き落してよ、そこに。」

 

 

一緒にいたい、一緒にいたい、彼のいない世界には意味がない。

 

 

「ねぇ、顔上げて?」

 

 

「俺は・・・わがまま言ってるお前が好きだ。」

 

 

「知ってるよ。」

 

 

「キラキラしてるお前の方が好きだ。」

 

 

「知ってる。」

 

 

「俺は・・・お前みたいにきれいじゃない。」

 

 

「ねぇ、キスして。」

 

 

オレはなかなか顔を上げようとしない彼に言った。

 

 

「オレのわがまま、聞いてよ。ねぇ、大ちゃん、キスして。」

 

 

覗き込むように囁くと、ゆっくりと彼が唇を重ねた。静かなキスは次第にお互いを推し量るような、侵略しあうようなものに変わっていく。

アルコールの残る唇をそっと離す。

 

 

「共犯者にしてよ、大ちゃん。オレももう大人だよ。」

 

 

金色の髪を撫でる。

 

 

「オレに総てを曝け出してよ。オレに総てをちょうだい。オレじゃあ、不満?」

 

 

青い瞳がオレを見つめる。その瞳を細め、ククッと笑った。

 

 

「上等だガキ。ついて来いよ。」

 

 

首に手を回し、オレの唇を奪う。

オレも何かの証のように唇を奪う。

 

 

「頼まれても離れないよ。」

 

 

クスクスと密やかな笑いを漏らして、何度もキスをする。

 

 

「ねぇ、誕生日プレゼントに、あなたが欲しい。」

 

 

キスの合間に彼が笑う。

 

 

「好きにしな。」

 

 

承諾のキス。

 

 

「OK。」

 

 

くすくすと笑い合い、板張りの廊下で互いにアルコールの余韻を引き摺りながら1枚ずつ衣服を脱がしあう。

 

 

甘い甘い恋人達の時間。普通はきっと、こう。

 

 

 

今、愛してると言ったら、あなたは笑うだろうか。やっぱりガキだと笑うだろうか。

笑われても、オレはあなたの元を離れる気なんてない。

今は、あなたはオレのプレゼント。だからオレはそっと囁く。

 

 

「愛してる。」

 

 

彼は鼻でフンと笑った後、嬉しそうに目を細めた。

アルコール臭いキスが、今日もまた、オレを虜にして行く。

 

 

 

 

愛してるよ大ちゃん。あなたは一人じゃない      

 

 

 

 

 

オレはすべての事に感謝する。この特別な日に      

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             END20090603