<Pleasure  oneself>

 

 

 

 

 

 

 

ほんとはね、あんまり好きじゃないんだ。彼のステージを見に来るのは。

すっごい気になるし、すっごい見たいけど、でもそこに自分がいないことが悔しくなる。

彼の持ってる世界を尊敬してるし、彼の作る空気に触れてみたいとは思う。

だけど、それと同じくらいオレのいないところで笑う彼にムッとしてしまう。なんだよ、その笑顔!!って。

なんて独占欲。まるで子供。

だからなるべく見に来ないようにしてる。

自分の出る舞台は絶対に見てもらいたいって思っちゃうのに、オレって結構酷いよね。

だから今回は特別。

やっぱり気になるだろ?あんな事の後だし・・・。

この人は何も言わずに全部抱え込んじゃう人だし、しかもその上、抱え込んでもそれをこなしちゃう人だし。

だから周りには気付かれない。寝てない日が何日続いても、そのせいで身体がおかしくなって眠気に襲われなくなってても、平気だよ〜元気だよ〜〜って笑ってる。どれだけ頑固なんだよ、もう。

 

 

開演5分前のバックステージは意外と落ち着いてる。

ホントにこれからライブが始まるのか?って思うくらい。開演を促すアナウンスだけがこれから迎えるパフォーマンスの熱を伝えてる。

 

彼はにこやかにサポートメンバーと笑いあったりしてる。そんな様子を眺めながらぼんやりと思う。

 

 

変な感じ。

 

 

着飾った彼と私服のオレ。同じステージ袖にいるのにちぐはぐな格好。客席に出るまでのこの時間が、もしかしたら一番苦手なのかも知れない。

 

 

暗転が広がり、OPが流れ、サポートメンバーに続いて彼が出て行く。

その後ろ姿を見送りながら、オレもスタッフの案内でステージ袖から客席へと出て行く。2階席下手端。客席の熱気がステージに向かっている間にこっそりと席へとつく。

関係者席は苦手。それを解ってる旧知のスタッフがオレの為に用意してくれる席はいつもここ。

 

 

上から見下ろすステージの暗がりの中に彼の姿が見える。暗転中でも見える彼の髪。比較的白い衣装が多い彼は、暗転中でも浮かんで見える。

上がる歓声が明転と共にひときわ大きくなる。ステージ中央、シンセブースの中に彼の姿。

あぁ・・・遠いなぁ・・・なんて思う。

いつもは隣に居るのに。なんだか解ってても置いていかれた気分。

 

 

彼の刻む心地いい音。オレにとっては馴染み過ぎた、オレの一部。

彼の世界は壮大で色彩豊か。緻密に構築された完全なる世界。彼は、絶対的な支配者。その事に軽い嫉妬を覚えた。

 

 

サイリウムの海の中に彼がいる。

ステージから見る光景も凄く綺麗だけど、こうして上から見下ろすと、まるで宇宙の中に浮いてるような気がする。彼の存在さえも遠くて、オレは切なくなる。

 

 

・・・だからイヤなんだ、見に来るのは。

 

 

彼は決して無理強いしない。暇だったら見に来て、いつもそう言う。

その代わりメールにはこだわる。いつだったかついうっかり忘れたら、1週間はネタにされた。

ヒロはねぇ〜メールもくれないの。僕が頑張ってるのに。って。

笑っていたけど、あれは結構マジだった。

ほんとは、いつだって見に来て欲しいんだろうね、きっと。

ただ、オレの気持ちも解り過ぎるくらいに解っちゃう人だから、結果、無理強いが出来ない。オレはそれに甘えてる。

結局、いつもわがままを言うのはオレの方。彼のわがままなんて可愛いものだ。ケーキが食べたいだの、肉が食べたいだの、無理難題を吹っかけてくる事なんて、まずない。あるとすればそれは音に対する時だけ。それはオレにとっては何ら無理な事ではないし、高いハードルがあった方が燃える。オレはそう言う単純な奴だから、その辺を彼は熟知しているのかも知れない。

 

 

ぼんやりと彼のいるステージを見つめる。どんなに離れていても解る彼の表情。照れた顔も、挑戦的な顔も、勝ち誇ったような顔も、全部知ってる。

鼻にかかった舌たらずの声が聞こえる。歓声にくすぐったそうに答える彼の笑顔にやられる。多分、オレがこの中で一番の熱狂的なファン・・・かも知れない。

 

 

流れてくる音楽は、彼のいろんな表情を引き出して、その度にオレはそんな表情を向けているだろう相手を恨む。

 

 

オレの方を見ろよ!!

 

 

何でも平等を良しとする彼は、例えそこに知り合いがいようと、恋人がいようとお構いなし。むしろ恋人に対する仕打ちは酷いものだ。他でも会えるんだからいいでしょ?って言うことなのか、明らかになかなか会えない人を中心にその笑顔を振り撒く。

関係者には一応、儀礼程度の愛想を振り撒いて、いや、もちろん本人には解らないようにだけど、これだけ長くいるとそのくらいの事は解る。

だからオレは関係者席にはいたくない。

元来人見知りだし、なんかユニットの相方のライブに関係者として居座るのもどうかと思うし・・・。なにより、そんな儀礼的な笑顔なんか・・・まぁここまで無視されてれば、そんな儀礼的な笑顔でもないよりマシだけどさ。

 

 

 

彼の事が気になって来たはずなのに、自分の事ばっかり考えている。

オレってほんとわがままだよな〜。

いつでもどんな時の彼でも独占したい。自分には甘えて欲しい、自分だけは特別にして欲しい。

こんな歳になって何をって言われるけど、オレって結局子供なんだよね。彼によく笑われる。でも、そんな呆れた笑顔でさえ、オレにとっては大好きな彼の一部。彼が笑ってくれるならなんでもする。どんな道化でも演じてみせる。だから、ここ最近の彼はとっても心配。

 

 

軽い嫉妬と、多くの憧れが入り混じるステージの上。彼はそこで自分の作る世界に酔いしれるように音を奏でる。

時折見せる素の表情が彼もやっぱり人の子なんだって思える。だって彼は絶対的で、まるで神様みたいだから。

疲れなんか知らない、汚い感情なんて知らない、キラキラしたものだけを集めたような彼の姿。本当は違うのにね。何でだろう、ステージの上にいる彼はいつもそんな気がする。だから、オレは戸惑ってしまう。ちゃんとここにいるのかと。

それは同じステージに立っていても感じる。ふっと、どこか遠くへ行ってしまいそうな・・・。だからオレはいつも慌てて引き止める。自分の腕の中に閉じ込めて、何処へも行かせないようにするんだ。

どうかしてるよな。ホントに。子供じゃないんだからさ、そんな非現実的な事、あるわけないって解ってるのに。

結局は全部独占欲のなせる業。傲慢なんだよね、オレって。そんな事をこうして手の届かない距離にいると思い知らされる。

 

 

なんだよ、遠いんだよ!!

だって、捕まえられない。

 

 

もし彼が、彼がふざけて言うように天使だったとしたら、逃げられちゃうじゃないか。

ここはあまりにも遠い。

キラキラ光るサイリウムは奇麗だけど、この海が彼との距離を阻んでる。このキラキラの数だけ、彼を見つめてる人がいる。彼が微笑む相手がいる。

 

 

くそ!!オレも付ければ良かったかな。

 

 

なんか、よく解んないけど、負けた気になる。

そんな事して、ファンの子にばれたりしたら、それこそ恥ずかしくていられないのに。

 

 

ステージ上で音を重ねていく彼に会場から感嘆の声が上がる。いつもオレが見てる光景。あっという間に音を重ねて、メロディーが出来て、ドラマを作り出す。こんな事は普通、この速さでは出来ないって事を、別れていたあの時にはじめて知った。

オレの当たり前の基準は時々大きく外れてる。それは涼しい顔でありえない程の工程を一気に進めてしまう彼のせい。

彼しか知らない。彼が総て。オレの世界は彼中心。だから彼にもオレ中心にして欲しいなんて口が裂けても言えるはずがない。だって、縛られるのが嫌いな彼だから。縛りつけようとしたその瞬間にあっさり逃げられるのなんて目に見えてる。そんな事されたら、オレの方がどうにかなりそう。

彼の言う「好き」は純粋にオレを好きなんじゃなくて、自分を自由にしてくれるオレが「好き」なんだよね。あ〜ぁ、哀しいけど良く解るよ。だって、オレだって縛られたくない。いや、「好き」っていう鎖で縛ってほしいと思うこともあるけど、そうしない彼だから、オレはこうして彼を好きでいられる。だから、もっと縛って欲しいのになんて、ないものねだりが出来るんだ。

 

 

こういうところの駆け引きで彼に勝てた試しがない。

踊らされてるな、オレ。

それが解っててもどうする事も出来ない。惚れた弱み・・・。だから彼は平気でオレの方を見ようとしない。ここにいるの、知ってるくせに。

 

 

笑顔の彼はオレ以外の総ての人に向けられる。

何でオレだけ見ないんだよ。

そりゃあ、ここの辺は人も余り多くないし、キラキラ光るサイリウムもないから目立たないのかも知れないけどさ。でも、毎回のことだろ?オレが来た時は、いつもここ!!彼だって解ってるはずなのに、絶対解っててやってるに違いない。

無性に腹が立つ。

来る前の心配してた気持ちは何処に行ったのか、結局彼はオレの心配なんて必要ないのかもしれない。そうだよな、どうせオレの方が子供だし。

きゃあきゃあ騒ぐファンの子達に言ってやりたい。

 

 

あそこにいるのは、オレのもの!!オレの大ちゃん!!って。

 

 

そんなことしたら、確実に彼に殺されるのなんて解ってるけどさ、こんな時、主張したくなる。

 

 

 

曲調が変わる。

可愛らしい彼が急に大人の顔を見せてくる。

会場内の熱気が高まるのが解る。

彼の普段は余り見せる事のない「雄」の部分、それをみんな感じ取ってるのかも知れない。

 

 

なんだよ!!そんなトコまで見せるのかよ!!サービスよすぎるだろ!?

 

 

オレとの時だって、なかなか見せてくれないその表情を簡単に、こんな多くの人の前で見せてしまう彼に腹が立つ。

 

 

そこはオレの為だけに取って置いてよ!!

 

 

そうは思っても、身体に刻み込まれたこの彼のリズム、心地良くないはずがない。まるでアノ時みたいな速いビートで揺さ振ってくる音に翻弄される。

 

 

あぁ〜〜も〜〜見んな!!みんな大ちゃんを見るなよ!!アレはオレだけが知ってる顔なの!オレだけの顔なんだよ!!大ちゃんもそんなに見せてんな!!

 

 

そう思ってステージの上の彼を睨んだ時だった。「お前」って言う言葉と共に指された指。突き刺す視線。

 

 

オレを・・・見てる。

 

 

フフンと鼻で笑って見せて、一瞬の逢瀬はあっけなく終わった。

 

 

 

 

 

・・・ヤラレタ・・・。

 

 

完全に彼のペース。

こんな一瞬の事でドギマギしてる。さっきまでの苛立たしさなんて何処吹く風、オレってほんとに単純すぎる。

 

 

 

・・・だから、イヤなんだよ、見に来るのは。

 

 

 

自分の情けなさを浮き彫りにされるような、独占欲の強さを突きつけられるような、そんな場所。心から楽しめた試しがない。

オレは結局いつも彼に翻弄されている。こんな遠い暗闇の中でさえ。

情けね〜よな・・・ホント。

 

 

いつの間にか本編が終わり、彼はにこやかにステージを後にした。束の間の休憩の後、衣装を代えて出てきた彼はにこやかに話し出す。

 

 

「ゲストが来てくれてます。」

 

 

なんて嬉しそうに話すから、え!?オレ???聞いてないけど???って馬鹿なことを考える。呼ばれて出てきたのは彼が担当したキャラソンを歌った人。身長185cmと並ぶと可愛らしい彼が余計に小さく可愛らしく見える。

 

 

そんな可愛らしい彼が笑顔を振り撒いておしゃべりをしてる。人当たりのいい彼は、こういうところの対応が絶妙に上手い。オレなんかじゃただワタワタとしちゃうだろうところでも、彼は落ち着いて、それでいて堅くならずに楽しい雰囲気を作り出す。この人と話すのは心地良いんだよな。いつも一番近くにいるから解る。ホントはオレの場所なんだぞ、そこは!!

ステージの上で彼にやたらと「イケメン」って呼ばれてる彼を睨む。

 

 

・・・確かに、かっこいいと思う。

背だってオレより高いし、最近の若い子には珍しくない、均整の取れた長い手足。そして、人懐っこそうな甘いマスク。

どうせオレはもう若くないよ。

一応人よりは恵まれてるかも・・・って思えるけど、それでも彼好みのこの容姿を維持していくのは結構大変。いろんな健康グッズに手を出して、良いと言われれば何にでもチャレンジする。いろんな人に出会う機会の多い彼だから、オレだって気を抜けない。そんな涙ぐましい努力を彼はきっと知らない。まぁ、知られたいとも思わないけどさ。だってかっこ悪いだろ?必死です!なんてさ。

それでもオレが毎回どんな気持ちで彼のプロデュースの話を聞いているかなんて、到底考えも及ばないんだろうな・・・きっと。

なんか今なら解る気がする。彼と出会う前に付き合ってた数々の女の子達の言い分が。嫉妬で狂いそうになるとか、自分をちょっとでも良く見せようとあらゆる事を試したりだとか、オレ、今ならすっごい解る。きっとこんな気持ちだったんだ、みんな。それに気付いてあげられなくて、ごめんね。でも今、そのツケは十分に回ってきてるよ。

 

 

恨めしい気持ちで睨むステージにオレの気持ちなんて届くわけもなく、彼はスペシャルな笑顔を「イケメン」に振り撒く。

100歩譲って、ファンの子達なら解る。だって彼にとっては大切な彼を支えてくれる人達だから。だけどさ、そいつは違うだろ?仕事の相手。しかも曲を書いてあげたって言う、別に彼がそんなに愛想よくする必要なんてないじゃないか。オレがお前の為に曲を書いてやったんだぞってふんぞり返ってればいいじゃないか。

まぁ、そんな事絶対にしない彼だからこんなにも好きなんだろうと思うけどさ・・・。あぁ、なんか複雑。

 

 

彼の拍手に見送られて「イケメン」君がステージを後にする。続いて流れてきた曲も不思議なリズム。何度聞いても飽きる事がない。毎回毎回新しい刺激をくれる。こんな時純粋にこの人にひれ伏したい気持ちになる。一体あの頭の中には何が詰まってるんだろう。これだけはこんなに長く一緒にいても全くもって不可解。新しいもの好きで、飽きっぽいオレにはピッタリだけどさ。

 

 

たくさんの拍手に笑顔を浮かべていた彼が急に表情を変える。

 

 

「ちょっと真面目な話を、ね・・・。」

 

 

そう言って俯いた彼の纏う空気。あの時の・・・。

ぽつりぽつりと噛み締めるように語る彼の言葉に、みんなが息を潜めて聞き入る。どんな一言も、息遣いさえも聞き漏らさないように。

 

 

数日前のあの時、無理やりオレの腕の中で泣かせた彼。小さな肩を震わせてやりきれなさを押し殺そうとしていた姿が忘れられない。

我慢するなって、オレには全部預けてよってあんなにオレが言ったのに、結局最後の一線は越えられないまま。

そりゃあ、解るよ。オレには彼の総ては解らない。彼が過ごしてきた、大切にして来た時間を全部理解するなんて無理だ。だけど、それでも、今ここにいる彼の総てを解りたいんだよ。

どんな彼を見ても嫌いになんかならない。むしろオレはそれを嬉々として受け取るだろう。それなのに、何でその事を解ってくれない?あんな風に自分ひとりじゃ泣けないくらいなら、なんでオレを頼ってくれないんだよ。こんな時、そばにいたいって思うのは間違いなの?確かに解らないよ、だけど、そばにいるだけで救われる事だってあるだろう?

 

 

ステージの上の彼は時折天空を仰ぐように不自然な間を取りながら、それでも話し続ける。まるでそれが自分に課せられた義務のように。

 

 

もういいよ。もうこれ以上言わなくていいよ。みんなだって解ってくれてるよ。何もそんな風に触れたくない深部に触れなくても良いんだよ。だって、またそうして一人で泣くんだろ?誰の手も借りずに、平気だよって笑って見せて、自分の気持ちを誤魔化して、僕は信じてるからって言うんだろ?

信じられるわけがないじゃないか!!ホントは裏切られたって思ってるんだろ!?

オレは彼がどれだけあの人を信じてたか、大切に思っていたか知ってる。それこそオレの入り込む余地なんてないくらいに、あんた、心酔してたじゃないか!!それなのに!!

 

 

酷い仕打ちだよ、ホントに!!何で彼を裏切ったんだよ!!あんなにあんなに大切にしていた彼の気持ちを知っていて、何でこんな事が出来たんだよ!!彼に音楽家としての道を与えてくれた、彼の目指す場所を示してくれたその人が、どうしてこんな・・・!!

 

 

オイ!今の彼を見てみろよ!!総てを耐えて、笑顔で話す彼をあんたは見れんのか!?これがあんたのした事だよ!!法律で裁けるような罪なんてたかが知れてる、本当の罪は彼や、あんたに関わった人たちの中にあるんだよ!!

 

 

何やってんだよ。あんたはそんなとこにいちゃいけないんだよ。絶対でいなきゃ・・・彼にとって絶対の人じゃなきゃダメなんだよ。

オレにもう一度ヤキモチを焼かせてくれよ・・・。

 

 

固有名詞こそ出さないけれど、ここにいる総ての人に解る話し方で、彼は思いを告げる。その瞳に涙を溜めながら、それでも毅然と前を向いて、一人一人に語りかけるように。それは決して彼の強さじゃない。そうしないといられないんだ。

無理に見せる笑顔に胸が痛む。どうして・・・。

 

 

身を乗り出してみても到底届かない。

 

 

遠いよ・・・遠すぎるよ・・・。

 

 

オレの腕はあまりに遠すぎて、彼を抱きしめてやれない。ここで泣いていいんだよって、ここなら総てを曝け出していいんだよって、罵っても、号泣しても、オレは総てを受け止める。その為にオレはいるんだから。それなのに・・・。

 

 

今すぐあそこへ行って彼を抱きしめてしまおうか。

全ての事から彼を攫って、彼の総てを暴いてしまおうか。

あの時越えられなかった一線を、無理やりにでも越えてしまおうか。もう彼が何の虚勢も張らなくて済むように。こんなの、辛すぎるだろ?

 

 

「なんか、みんなの顔見たらホッとしちゃった。」

 

 

バカヤロウ!!

何処まで虚勢を張れば気が済むんだよ!!

どうして、そんなに自分を追いつめる?全然平気じゃないくせに!!今にも泣き出しそうなくせに!!いくらファンの前だからって、そんなにまでして「元気な大ちゃん」を演じなくてもいいんだよ!!見てるこっちの方が辛いよ。

 

 

何でオレはあそこにいないんだよ。あそこにいれば彼にこんなに辛い思いをさせたりはしないのに。もういいよって抱きしめてあげられるのに。

周りになんて思われたって、そんな事関係ない。ファンだろうが関係者だろうが、そんな事はどうでもいい。だって、誰が彼を楽にしてあげられる?気が済むまで泣かせてあげられる?

一時の慰めなんて意味がない。そんなの傷をさらに抉るだけだ。頑固で意地っ張りな彼だもの。そうやすやすと自分を曝け出したりなんかしてくれない。だから小難しい事言うよりも、この腕に抱きしめて、「泣け!!」って言ってやる。彼がオレしか見えないくらいオレでいっぱいにして、他の事なんかどうでもいいって思えるくらい、めいいっぱいの愛情を注いでやる。だからお願い。オレのシャツなんかぐちゃぐちゃにするくらい、オレの腕の中でだけ泣いて。オレは窒息しそうなくらいたくさんのキスをあげるから。

 

 

ラストの曲に盛り上がる会場をよそに、オレは暗闇の中を彼の戻ってくるであろう舞台袖に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にこやかな笑顔の彼が戻ってくる。眩い光の中から、暗闇の中へ。一瞬目が眩む。人影は認識できるけど、それが誰だかまでは解らない、そんな一瞬にオレは彼を抱きしめた。

 

 

「お疲れ、大ちゃん。」

 

 

「へ?ヒロぉ〜!?」

 

 

ビックリしてる。そりゃあそうだよね。いきなり進路を塞がれて抱きつかれたら、誰だってビックリする。だけど、今はそんな事知った事じゃない。ぎゅっと抱きしめて、彼をオレでいっぱいにして・・・。

 

 

「ちょ・・・何?苦しいから。ヒロ!」

 

 

ライブ後のぐったりした身体でオレを引き剥がそうとするけど、そんなの無理に決まってる。普段だってオレの方が強いのに、何もしてないオレとライブを1本終えた彼とじゃ力の差は歴然だ。何を言われたって離したりなんかしてやらない。無理しすぎなんだよ、大体。それにオレだって・・・淋しかったんだし。

遠いのはヤダ。やっぱり近くにいたい。こうして腕の中にいてくれた方がオレも安心するし。

 

 

「も〜・・・僕、汗びっちょなのに。」

 

 

呆れながらも笑ってくれる彼に嬉しくなる。

あぁ、大ちゃんだぁ・・・。

 

 

「どうだった?僕のライブ。」

 

 

「うん・・・。」

 

 

「何?」

 

 

「ヤダ・・・。オレも一緒に立ちたい。」

 

 

「何言ってるの!?僕のライブだよ、これ。」

 

 

そう言ってケラケラ笑う彼。

なんだよ、笑ってろよ。さっきはあんな顔してたくせに。オレがいたらそんな顔させないし。いざとなったら何処からでも攫うくらいの覚悟はあるんだからな。

ぐりぐりと彼の首筋に顔を埋めて見せる。

 

 

「はいはい、も〜〜解ったから、ステージに立ちたくなっちゃたんでしょ。ゴメンね、僕だけ立って。」

 

 

まるで犬をあやすようにぽんぽんと頭を撫でてくる。

だ〜か〜ら〜〜!!違うってば!!ステージに立ちたいんじゃないよ!!貴方の隣にいたいだけなんだって。そこがステージの上でも、スタジオの中でも、ベッドの上でも、どんな時だって貴方がオレを必要としてくれてる間は一緒にいたいだけなんだって。

ただでさえなかなか一緒にいれない。オレはバカだから気付いてあげられないこともたくさんある。だから、もっとわがままになって、オレを求めて欲しいんだよ。もっとオレに甘えてよ、もっとオレを必要としてよ。こんなんじゃオレばっかり甘えてばかりで、ズルイ。

 

 

最終日のライブを終えた彼は自分を支えてくれたスタッフに挨拶をしながら、オレを引き摺ったまま楽屋まで歩いていく。彼のスタッフとはaccessで顔見知りの人が多いから、オレがこれだけ彼に引っ付いてても「またか」くらいの勢いで流してくれる。時折彼があっけらかんと「自分だけステージに立てなかったから、拗ねてんの。」なんて面白おかしく言うもんだから、周りのスタッフもゲラゲラと笑う。

 

 

なんだよ、人の気も知らないで。オレは今、大ちゃんを癒し中なの!!

 

 

オレのことなんて全く気にも止めずにずんずんと歩いていく彼に苛立ちを感じながらも必死について行く。すると楽屋の前に人影が見えた。

 

 

「あれ?佐藤、くん?」

 

 

「あ、お疲れ様です!!」

 

 

って振り返った彼のギョッとした顔。そりゃあそうだよな、彼にとっては凄いプロデューサーなんだろう彼が訳の解らない男を引き摺って歩って来る。その光景は異様だったと思うよ。さすがのオレもきちっと立ち直して、彼を抱きしめてる腕を緩めた。

 

 

「今日はありがとうね。楽しんでもらえた?」

 

 

いつものにこやかな笑顔で彼が言う。

 

 

「あ、こちらこそ!!すっごい楽しかったです!!」

 

 

そういう「イケメン」君はチラチラとこっちを伺っている。なんだよ、何か文句でもあんのかよ。お前の言いたい事は解ってるよ、だけどさ、大ちゃんはオレのなの!!お前がどんなに大ちゃんに色目使ったって、どんなにイケメンだって、大ちゃんは譲らないんだからな!!

オレは見せ付けるようにわざと大ちゃんの肩に手を置いてみせた。軽く引き寄せる。その様子を戸惑った様子で、見ても良いのか、スルーした方がいいのか、迷ってる顔はオレの視線とかち合う。ニコ〜〜っと笑ってみせる。どうだ、大人の余裕を思い知れ!!

 

 

「あの〜〜・・・。」

 

 

泳いだ視線に気付いたのか、彼が「あぁ。」と納得する。

 

 

「コレ?気にしないで。でっかい子供なんだから。」

 

 

そう言いながらオレの手をパシッと叩く。

なんだよ!!でっかい子供って!!

 

 

「あの〜〜・・・タカミ・・・さんですよね?ボーカルの・・・。」

 

 

急に名前を呼ばれてびっくりする。

 

 

「オレの事・・・知ってるの・・・?」

 

 

「そりゃあ、もちろん!!浅倉さんと一緒にずっとやってる方ですから!!」

 

 

その言葉にちょっと嬉しくなる。

 

 

「なに〜〜?べんきょうしてくれちゃったりしちゃったわけ???」

 

 

ニヤニヤと彼がイケメン君に言ってみせる。

 

 

「はぁ・・・まぁ・・・。」

 

 

そう言いながらもチラチラとこっちを伺う。

 

 

「イメージが違う!って言いたいんでしょ。」

 

 

面白そうに彼が言って、図星だったのかイケメン君が慌てる。

 

 

「いや・・・あの・・・そんな事は・・・!!」

 

 

「ほら〜〜〜きちっとしてないからだよ!!一応イメージ商売なんだから、ちゃんとしときなっていっつも言ってるじゃん。」

 

 

そう言いながら彼がオレの手を払い、きちっと立たせようとする。

なんだよ〜〜、そんな邪険にしなくてもいいじゃんよ〜〜〜。

ぶすくれた顔で仕方なしに彼から離れて立つと彼はとどめの一言を容赦なく放った。

 

 

「佐藤君を見習ったら〜?」

 

 

「な・・・!!酷いよ、大ちゃん!!」

 

 

再び彼にしなだれかかって文句を言うと、彼はケラケラと笑いながらそんなオレをトントンとあやすように叩いた。

 

 

なんだよ、子ども扱いしやがって!!そりゃあ確かに大人気ないかもしれないけどさ、でもそんな風にしなくてもいいじゃん。絶対、楽しんでる!!そう言う人だって事は百も承知だけどさ。

 

 

そんなオレ達を茫然と見つめているイケメン君の視線に気付いた彼が「ゴメンゴメン。」と笑いを治めた。それでもなお茫然としているイケメン君。

 

 

「ん?」

 

 

彼が、どうしたの?とでも言うように尋ねた。

 

 

「・・・なんか・・・浅倉さんのイメージが・・・。」

 

 

「えぇ!?僕ぅ〜!?」

 

 

今度はオレが笑う番。

 

 

「何で?何で僕なの?何処が違うんだよ!違わないでしょ!?」

 

 

「・・・って言うか・・・こんな浅倉さん・・・初めて見たっス・・・。」

 

 

「えぇ!?」

 

 

「なんて言うか・・・貴水さんといる時の浅倉さんって・・・リラックスしてるって言うか・・・なんか、可愛らしいです。」

 

 

「はぁ!?」

 

 

ちょっと待て!!!!今、何て言った!?大ちゃんの事、可愛らしいって言った!?

オレは自分の所有の証に強引に彼を抱き寄せる。

 

 

「ちょっと!!ヒロ!?」

 

 

すると急にイケメン君が大笑いした。

 

 

「仲、良いッスね!!」

 

 

「そうだよ!!すっごい仲良しなんだよ、オレ達!!」

 

 

「はぁ!?何言ってんのぉ!?」

 

 

オレを容赦なく殴る彼。

 

 

「痛いよぉ!!も〜〜!!」

 

 

「バカヒロ!!」

 

 

「うわ〜〜浅倉さんの怒鳴るトコなんて、ちょ〜〜レア!!」

 

 

感心したようにイケメン君が言うと、彼は顔を真っ赤にしてオレを睨んだ。

 

 

「も〜〜!!ヒロのせいだからね!!」

 

 

そう言ってやんわりと殴りかかってくる彼に殴られながら、オレは幸せを噛み締めていた。

 

 

そっか・・・大ちゃんリラックスして見えるんだ。

他ではこんな風に怒ったりしないんだ。

オレにだけ見せる顔、そう思っていいんだよね?そう言う事なら怒られるのもいっそ快感?

 

 

「ちょっと・・・何、ニヤついてんだよ。また変な事考えてるんでしょ!!」

 

 

「なんかね〜〜大ちゃんに怒られるの好きかも〜〜。」

 

 

ホクホクと言うオレに対して、顔を白黒させた彼が慌てて言う。

 

 

「はぁ!?何、いきなり!!ばっかじゃないの!?」

 

 

「いいよいいよ、大ちゃん。もっと怒ってよ〜〜。」

 

 

「やだ!!もう!!寄るな変態!!」

 

 

顔を真っ赤にさせてオレの事を怒鳴る。そんな様子をイケメン君は腹を抱えて笑い転げていた。

 

 

「ホント、うらやましいくらい仲良いですよね〜〜。なかなかいないですよ、そんな風に無防備になれる相手なんて。憧れちゃいますよ〜。」

 

 

悪意のないその言い方に、オレはちょっと気を良くして改めてそのイケメン君を見た。

彼の目にはオレ達は仲の良い2人として映ってるんだよな〜〜。オレの前では無防備なんだろ?大ちゃん。これって、嬉しくない?オレって特別?なかなかいいところがあるじゃないか〜〜う〜〜んと、佐藤、君だっけ?

 

 

プリプリと怒る彼を宥めつつ、佐藤君との会話を楽しむ。ホント好青年だな〜〜。

ブログに載せたいって言って写真を何枚か撮ると佐藤君は「お先に失礼します。」と帰っていった。それを見送って、彼と一緒に楽屋に入り込む。

 

 

「お疲れ大ちゃん。」

 

 

「・・・お疲れって・・・誰かさんのせいで余計疲れちゃたんですけどぉ?」

 

 

「えぇ?誰???」

 

 

「自覚ないんですか!!へ〜〜ありえないですよね?あんなの。普通しませんよね?子供?」

 

 

「子供か!!オレ、大ちゃんの子供ならなってみたいな〜〜。」

 

 

「僕の子供ならその分別のなさを1から叩きなおします!!」

 

 

「オレ、大ちゃんになら叩きなおされてもいいよ!」

 

 

ニコニコとオレが言うと、彼は呆れたように溜息をひとつついた。

 

 

「ほんとにもう・・・。」

 

 

そんな彼を後ろからそっと抱きしめた。

 

 

「大丈夫?辛いの、溜め込んでない・・・?」

 

 

耳元でそっと囁くと小さく笑って、

 

 

「辛いなんて、思ってる暇ないよ。コレだけ騒がしくされてたらね。」

 

 

笑んだ声でそう返された。

 

 

「溜め込んでたら、オレ、許さないよ。」

 

 

「許さなくていいよ。」

 

 

彼の金色の髪がコツンとオレの肩に触れる。

 

 

「ヒロの前じゃ、何にも飾ってなんかないもん。飾っても無駄だって解ってるし。いまさら、でしょ?」

 

 

そう言いながら視線をこっちにくれる。

 

 

「ホントに?」

 

 

「信じられないなら、許さなくたっていいよ。どんなお仕置きでも受けますから。」

 

 

悪戯っぽく笑う。

 

 

「・・・なんか大ちゃんからお仕置きなんて聞くと、違う意味で期待しちゃいそう・・・。」

 

 

「ば〜〜か。」

 

 

くすくすと笑ってオレに預けてくる身体の重みが心地良い。

 

 

「信じて良い?」

 

 

「信じてよ。」

 

 

瞳の奥の真意を探るように覗き込む。

 

 

「信じるよ。」

 

 

「ん。」

 

 

仰け反ったままで、優しく触れ合うだけの誓いのキス。なんかいいね、こういうの。

満ち足りた時間。

絶対にまだ、自分で溜め込んでるのは解ってるけど、彼が大丈夫って言うなら、もう追求しないよ。今はまだ、大丈夫そうだから。もし、また溜め込みすぎていられなくなりそうなのが解ったら、その時は無理にでも抉じ開けて貴方の心を預けてもらうよ。自分で壊してしまう前に、オレが壊してあげる。そうすれば少しは楽になれるだろ?だから今はオレの腕の中でくすぐったそうに笑う貴方に騙されてあげるよ。オレって、出来た恋人だろ?

腕の中の彼をもう一度ギュッと抱きしめて、首筋に顔を埋める。こうして大ちゃんの体温と匂いを感じると幸せ。

 

 

「それにしても・・・。」

 

 

ポソッと彼が言った。

 

 

「佐藤君が天然で良かったよね・・・。ホント、もう、ヒヤヒヤしたよ。」

 

 

「あはは・・・。」

 

 

「あははじゃないでしょ。ったく・・・。」

 

 

「気付いてないでしょ?」

 

 

「・・・そう願いたいね。」

 

 

上を仰いで苦笑いする彼に笑って言った。

 

 

「大ちゃん、大好き。」

 

 

「こんなトコで・・・。」

 

 

呆れながらも嬉しそうな顔。

 

 

「ねぇ、大ちゃんは?」

 

 

「言ってろ、ば〜〜か。」

 

 

そう言って彼はオレの鼻をつまんで、ちゅっと可愛いキスをくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                         END

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                                                                →オマケ