<かつて・・・>
僕達はいつからこうなってしまったんだろう。
互いのプライベートには踏み込まない、ドライでオフィシャルな関係。
互いの肉を貪りあい、互いのほとばしりを幾度となく飲み下し、人には言えないような爛れた肉体関係さえも結んでいた間柄だったのに。
僕達はいつの間に、冷めた上辺だけの関係に落ち着いたのか。
きっかけはいつだったのだろう。
失ったものの大きさに気付く間もなく、ただ過ぎて行く時間の流れに漂うように、
僕らは・・・。
そう、きっとあの時。
彼の女性関係のごたごたがあった晩、
彼は許しを請うように僕の元へ来ると言い、
すぐに行くと、大切なのはあなただけだからと、オレを信じてと、跪くように電話を切った。
その言葉に経緯を正直に話してくれさえすればと、
すぐにここへ来てごめんと一言言ってくれさえすれば、
それ以上彼を責める気もなくなって、
優しく抱きしめて、僕もヒロを信じてるよとキスのひとつでもしたら元通りになると、そう信じていた。
けれど、彼が来たのはそれからゆうに三時間半も経った後で。
その間に僕は心も身体もすっかりと冷め切ってしまっていた。
彼に抱いていたのは苛立ちだけで、謝る彼を空々しく感じ、
いつのものようにベッドに入り込んだ後、彼が僕を求めて差し出してきた手を無下に振りほどいて・・・。
その晩の僕は頑なに彼を拒み、
彼とはそれきり、
身体を繋ぐ事はなくなった。
パフォーマンスとしてのキスは浴びるほど、けれど本当のくちづけは遠く失った。
あれから・・・。
僕らは表面上は以前よりも親密になった。
それと反比例するかのように心の距離は遠くなり、それを隠すかのように必要以上に仲の良さをアピールした。
僕も僕を演じ、彼も彼の役割を演じた。
信頼し、互いを認め合う唯一無二の存在。
それは確かに嘘ではない。
彼ほど僕を解ってくれる人はいないだろう。彼ほど僕を自由にしてくれる人はいないだろう。
けれどそれはいつからか無関心という名の別のものに形を変えていて。
僕らに何が出来ただろう。
面白半分に喚き立てるマスメディアを前にして、僕らの純粋だった想いなどどれほどの意味があっただろう。
僕らは・・・。
失った半身は今もここにある。手が届くほど近く。
けれど、僕らはもうあの頃ほど純粋ではない。
噂に踊らされ、噂に踏み付けられ、真実が何処にあるかさえも知らず。
いや、知っていたところでどれ程の役に立つと言うのだろう。
既に冷え切ってしまった関係を取り戻すことは出来ないのだから。
あの時拒んだ腕を取り戻す事は出来ないのだから。
いやに白い朝陽の中、何事もなく出て行ったあの瞬間のしんとした空気。
口を開きかけて飲み込んだ言葉。
すべてはもう遠い。
いとしかった、そのすべて。
愛してやまなかった、数々の時間。
今も同じだけの時間がある。
なのに・・・。
もう終りなのだと予感していた。
あの何も言わない背中を見た時、
この部屋のドアが閉まった時、
それだけじゃない何かが、全てが音もなく終っていった。
僕らの形は変わらないだろう。誰の目にもそう見えるだろう。
互いに擬似恋愛のように友人と呼ぶには親密過ぎる、
パートナーと呼ぶには濃厚過ぎるやり取りを交わし、
すべてを煙にまいて。
その心の中までは誰にも覗かせず、互いにも隠して。
パタリと途絶えた関係。
別に嫌いになった訳ではない、ただ何かが狂ってしまったのだ、噛み合わなくなってしまったのだ。
まるで別の次元にいるかのように、通じなくなっただけなのだ。
好きなのだと思う。
時々狂ったようにあの熱を感じたくなる瞬間がある。
それでも、その熱と同じくらい、この関係が冷え切っている事も知っている。
あれ以来、僕以外のものの手でドアが開くことはない。
あれ以来、この部屋は人の訪れを知らない。
しんと静まり返った時間。
あれからどれ程の時間が経ったのか、まだあの背中を知っている。
まだあの時飲み込んだ言葉は飲み下す事も出来ずここにある。
それでも・・・。
失ってしまった何か。
取り戻す事の出来ない何か。
互いに言葉には出さないけれど確かにここにある虚無。
もう一度繋ぎ直す事は出来るのだろうか。
あの背中を振り向かせることは出来るのだろうか。
この部屋は寒すぎて一人では身に余る。
いつからこんな風になってしまったのだろう。
愛したかった愛したかった、
今でも。
唯一無二の存在としてこの胸に刻みたかった。
刻み付けて欲しかった。
けれどそうするには僕達は嫌なほど大人で、
聞き分けのいい大人でありすぎて、
小さく諦めたように笑うしか出来なくて。
泣きたいよ、ホントは。
バカみたいに声をあげて泣いてやりたい。
それだけが、
その気持ちひとつだけが欲しいと、
他には何もいらないと。
けれど生きて行くと言うしがらみは、決して僕らを離してはくれなくて、
生きて行くと言う事は僕らを気持ちひとつだけでは許してはくれなくて。
あなたを失わないために力が欲しかった。
あなたを繋ぎ止めるだけの力が欲しかった。
何者にも脅かされないだけの力が。
愛していた、
愛している、
あなたを。
もう二度と戻ることはないだろうけれど、
もう二度と、口に出すことはないのだろうけど。
言葉ひとつでは伝えきれない。
愛しているなんて言葉では表しきれない。
あなたは僕の半身。
決して埋める事の出来ない半身。
もう一人の僕。
だからこそ・・・あなたが欲しい。
あなたがこんなにも欲しい。
僕らはいつからこうなってしまったのだろう。
きっかけはほんの小さな事だったのだ。
あなたを愛するあまり受け入れられず、あなたを愛するがゆえに苦しんで。
無関心の裏側、幾度も涙を流して。
こんなにも傍にある半身。触れることの叶わない半身。
僕らはいつからこんな不器用な大人になってしまったのだろう。
かつて、僕らには出来ない事などないとその手を握り、共に走った。
その記憶は今も鮮やかに輝く。
けれど今は遠すぎて・・・
走る事もかなわない、
離れて生きる事もかなわない。
それならば、いっそ・・・
愛していると静かにその眼を閉じて・・・。
END 20101213