<カノン>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未来の話をしよう。

 

 

 

 

 

えぇ〜それって大ちゃんの趣味じゃん。

 

だめ?

 

いいけどさぁ〜

 

でね、庭は広いの欲しいよね〜。

 

え〜結構手入れとか大変だよ

 

だってワンコが走り回れるじゃん。

 

飼うの?

 

ジョン達いるじゃん。ヒロも慣れたんだから平気でしょ?たくさん飼いたいんだよね〜。一人は淋しいじゃん?

 

オレ、犬に囲まれて生活出来るかな〜。

 

かわいいよぉ〜すぐに慣れるよ。

 

そうかなぁ

 

休みの日は寝坊してさ、でさ、ブラインド開けたら外の光がサァーって入ってくるの。

 

気持ちイイね、それ。

 

でしょ?ヒロもそういうの好きでしょ?大きめのベッドでゴロゴロしながらさ。

 

お風呂も大きめで?

 

バカ、何言ってんのぉ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「眠れないの?」

 

 

眠っていたと思っていた人の声に驚いて振り向くと、うっすらと目を開けた彼の姿が薄い闇の中に見えた。

起こさないようにと思って静かにベッドから出たつもりが、隣の彼はそれに気付いていたらしい。ゆっくりと状態を起こしてオレを見た。

 

 

「ごめん、起こしちゃった?」

 

 

うんん、と首を振る彼の目は“こんな夜中にどうしたの?”とオレに問うていた。

 

 

「不安?」

 

 

ツリと呟かれた寝起きの掠れた声に窓を離れてベッドの淵に腰掛ける。

 

 

「なんで?」

 

 

「昨日のヒロ、なんだか僕の事、見てないようだったから。」

 

 

静かに落とされた言葉に昨日の出来事を思い出す。

 

ライブの余韻を引き摺るように打ち上げの後、彼の家へ転がり込んだ。

ライブの後は決まってその熱を抑えられなくて、もしかしたら終ってしまう淋しさからなのか彼を求めてしまう。

その熱は彼の中にも燻っていて、いつの間にかオレ達は暗黙の了解でこうする事が当たり前になっていた。

でも昨日は・・・。それだけじゃなかったような気がする。

 

ライブが始まる前、何気なく言われた一言が、オレの中で言葉に出来ず彼の身体に向けられていたのも今にして思えばなかったわけじゃない。

 

 

今後の彼のスケジュール。1ヶ月もそんな・・・。

 

 

解っている。

それに同じ日本にいたって会わない時はそれよりはるかに長い間会わない事だってざらだ。

忙しい彼と、気まぐれなオレ。

他の事に集中してる間にはそんな事微塵も気に留めたりなんかしないのに・・・。

 

 

「ヒロ。」

 

 

優しい口調で呼びかけられてマジマジと彼を見つめた。

昨日の余韻が残るその肌にはいつもよりも多い鬱血の跡。所有の証のようにつけた記憶が蘇る。

 

 

「ちゃんと僕を見てて。僕はここにいるだろ?」

 

 

柔らかい苦笑と共に見つめられて胸が締め付けられる。

 

 

「それでも不安?」

 

 

「不安・・・って・・・そんな事、ない。」

 

 

「ウソツキ。昨日のヒロはしがみつくみたいに僕の事、抱いてた。溺れる人、みたいだった。」

 

 

「何言ってんの・・・。」

 

 

笑ったつもりが笑いきれず、乾いた空気が流れた。

 

 

「あのね、どんだけヒロの事見てると思ってるの?そんな事くらい解らない僕だと思うわけ?」

 

 

心の中の言葉に出せない感情を言い当てられたような気がして、何も言えない。

 

 

「ちゃんと僕を見て。思ってる事、正直に言って。」

 

 

真っ直ぐに向けられた彼の瞳。

 

 

「オレは・・・大ちゃんみたいに、強くないよ。」

 

 

吐き出すように呟いた言葉に彼がじっと耳を立てる。

 

 

「僕だって強くなんかないよ。」

 

 

「オレは、大ちゃんとは違う・・・。」

 

 

「うん。」

 

 

「会いたいと思った時に、会えないなんて・・・。」

 

 

「うん。」

 

 

「わがままなんだって事は解ってる。でも・・・。」

 

 

「うん。」

 

 

「・・・淋しいんだよ。」

 

 

重い一言を吐き出して、彼の顔を見る事が出来ずに俯く。

闇の中から彼の小さく笑った声がする。

 

 

「いつもはそのくらいの期間、平気で僕の事放っておくくせに。」

 

 

「・・・でも、会いに行ける。」

 

 

独り言のように呟いて、ぎゅっと口を閉ざす。

 

 

「たった一ヶ月だよ。」

 

 

「一ヶ月も、だよ。」

 

 

拗ねたように呟くと優しい彼の声がオレを呼んだ。

 

 

「仕方ないなぁ、もう。」

 

 

ゴソゴソと気配が近付いてくると、ふわりとオレの頭を抱え込む体温。

 

 

「泣いてんなよ、まったく、しょうがない奴だなぁ。」

 

 

彼の胸に抱え込まれて肌越しに聞こえる彼の心音。

 

 

「僕が淋しくないとでも思ってるの?ヒロに泣かれたら、僕が泣けないじゃない。」

 

 

「・・・っちゃん・・・。」

 

 

「こういうのは僕の役目だろ、バカヒロ。」

 

 

幾度となく撫でてくれるその温もりをオレはぎゅっと抱きしめた。

するとそっと彼が夢見るように言った。

 

 

「ねぇ、すべてがさ、いろんなしがらみもなくなって、本当に好きな事だけしていけるようになったら、一緒に暮らそう。」

 

 

「大ちゃん・・・。」

 

 

「ヒロの曲だけ書いて、ヒロの歌声だけ聞いて、他には何もしなくていいようになったら・・・。」

 

 

優しい声はそう告げる。

決してそんな日が来ない事を知っていながら。

そしてそんな生活にオレ達2人ともが耐えられない事を知っていながら・・・。

 

 

「どんな家がいい?ヒロ。いっその事、田舎にでも引っ越そうか。」

 

 

明るく言う彼の声が切ない。

けれど、もし、本当にそんなことが叶うなら・・・。

 

 

「大ちゃんと一緒なら、オレはどこでもいいよ。」

 

 

笑って答えると彼はその腕を緩めてオレの顔を見つめた。

 

 

「僕だけ見てて、ヒロ。」

 

 

「見てるよ、大ちゃん。ずっと見てる。」

 

 

「うん。」

 

 

小さく笑った彼から降って来る甘いキスを額に受けて静かに目を閉じる。

 

 

もし本当にそんな願いが叶うなら・・・。

 

 

約束を持たないオレ達は、静かな夜の淵で叶う事のない願いを口にする。

淋しさを紛らわすように抱きしめた身体は小さな温もりを灯すように、互いの腕にあたたかさを伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

   END 20100830