<星のせせらぎ>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜あ、やっぱり雨降っちゃった〜。」

 

 

リハの後、久しぶりにオレの家に来た大ちゃんは窓の外を眺めながら口を尖らせている。

このくらいの高さだと雨が降ったりすると雲の中にいるような、どこか世の中から隔絶された幽玄の世界のようでオレはわりと気に入ってたりもするんだけど、そんな窓の外を眺めてつまんなそうに呟いた彼の言葉にオレは思わず聞き返した。

 

 

「何?雨男ってまた言われるから?」

 

 

「ヒロ!」

 

 

ジロッと睨んで振り返った彼はもう一度窓の外を見上げてため息をついた。

 

 

「ゴメンゴメン。でも前に大ちゃん、ここの景色気に入ってたじゃん。雨降った時。今日はダメなの?」

 

 

不思議に思って彼の隣に並び窓の外を見てみたが、一体彼が何を見てるのか全く解らない。

 

 

「今日はさ〜何の日?」

 

 

「何の日?」

 

 

「そう。」

 

 

突然聞かれた今日の意味にカレンダーを思い浮かべるけど、今日って・・・何日だったっけ?

 

 

「7月7日!」

 

 

オレの心の中が読めるのか、大ちゃんが呆れたように今日の日付を言う。

 

 

「7月・・・あ!!七夕!!」

 

 

「そうだよ。だから今日は雨が降ったらダメなんだってば。」

 

 

「なるほどね〜〜〜。」

 

 

そうか、そう言えば笹の葉が大ちゃんのスタジオにも置いてあったっけ。最近リハスタ通いだったから忘れてた。

 

いよいよ夏のツアーのリハーサルも本格的になって来て最近じゃリハスタでそのままサヨナラなんて事もざらだったけど、今日に限って大ちゃんが家に寄って行こうかななんて言ったのはそういう意味もあったのか。まぁ、データの方もおおかたの流れは出来たみたいだし、後はリハをやりながらいじって行く作業になるから今日くらいは羽根を伸ばしてもいいのかも知れないけど。

 

 

「なんか毎年雨じゃない?七夕って。」

 

 

「そうかな〜?」

 

 

「そうだよ。毎年織姫様と彦星様が会えますようにってお祈りしてるのにさ。」

 

 

口を尖らせて言うこの人はホントに可愛らしい。

今時この歳の男がそんな事考えたりなんかしない。それがこの人にかかると何故だか妙にしっくり来るから不思議で仕方ない。

 

 

「大ちゃんがさ、やる気出し過ぎるからいけないんじゃないの?」

 

 

「ん?」

 

 

「だって大ちゃん、雨男なんでしょ?」

 

 

ファンの間ではかなり有名な彼と雨の関係を笑いながら告げると、彼は鼻息も荒くオレを睨みつけボカッとわき腹を殴った。

 

 

「だったらヒロがもっとやる気出せばいいんだよ!!このピーカン男!!」

 

 

悪態を並べる彼に思わず笑い出すと彼は笑うなと頭を叩いた。

 

 

「でも、ホントに曇っちゃって何にも見えないね。」

 

 

窓を打つ雨の雫の先を覗いてみたけど、その先に彼のお目当てのものが見つかるはずもなく彼はがっかりと肩を落とした。

 

 

「天の川、見れると思ったのにな〜。」

 

 

1年に一度のイベントだから楽しみにしていたんだろう彼は、天の川が見えないと解っていても窓の傍を離れる気にはなれないようでそのまま窓にぶつかる雨の雫を見つめていた。そんな姿があまりにも可愛そうで、そして可愛くて、オレはとある事を思いついた。

 

 

「ね、大ちゃん。お星様見せてあげるよ。」

 

 

ビックリした顔の彼に頷いてみせるとオレはそのための準備をし始めた。

 

 

「ヒロ?」

 

 

窓の側で植物を照らしていたライトとベッドサイドに置いてあったライトを持ってくると彼を手招きした。

 

 

「ね、大ちゃん、ここに座って。」

 

 

床の上にクッションを置くとそこに彼を座らせた。

 

 

「ちょっと、何?ねぇ、ヒロ。」

 

 

「いいからいいから。」

 

 

そう言って部屋の電気をパチリと消した。

 

 

「ヒロ?」

 

 

2つのライトの灯りだけになった室内で訳も解らずキョロキョロする大ちゃん。

その大ちゃんの見上げる位置に透明のグラスを置いてそのグラスをライトで照らした。

 

 

「ね、大ちゃん、よ〜〜く見ててよ。」

 

 

爪でチンとグラスを弾いて見せて、そのグラスに意識を集める。そしてそのグラスにゆっくりとペリエを注いだ。

 

 

「わぁ・・・。」

 

 

炭酸の気泡がゆらゆらと立ち上っていく様がライトに浮かんでキラキラと輝く。

 

 

「ヒロ!」

 

 

大ちゃんの目が同じようにキラキラと輝きながらオレを呼んだ。

 

 

「お星様、見えた?」

 

 

「うん!うん!!」

 

 

興奮気味に頷く彼に笑って見せて、そのまま彼の側に腰を下ろす。

 

 

「オレさ、プールで潜水してるときに空気の泡を見るのが好きでさ。水面がキラキラしててそこに向かって泡がキラキラ登っていくんだよね。

小さい頃は息が続くならそこでそのまま生活したいって思うくらい水の中が好きでさ、浦島太郎に憧れたもん。」

 

 

ペリエのグラスを見ながらあの頃を思い出す。

 

 

「だからもしかして・・・って思ったんだけど、こんなに上手く行くとは思わなかったな〜。」

 

 

実はこんなに上手く行くとは正直思っていなかった。だからこんなにキレイに見れた事に自分自身が一番ビックリしている。

 

 

「すっごいキレイだった。ありがと、ヒロ。」

 

 

オレの肩に頭を乗せながら彼が笑う。

 

 

「ステキな天の川だね。」

 

 

「だね。」

 

 

2人して灯りの照らしたペリエのグラスを見つめながら小さな宇宙に見蕩れる。

 

 

「これで逢えたかな?織姫と彦星。」

 

 

「逢えたでしょ、きっと。」

 

 

肩に乗った彼の頭に頭を寄せてそう答える。

 

 

「そうだよね。こうして逢えてるよね。」

 

 

彼のくちびるがオレの頬にチュッと触れる。

笑って彼を見ると彼も照れたように笑っている。

オレは彼を指差して、

 

 

「織姫?」

 

 

と聞くと、彼は逆にオレを指差して

 

 

「織姫!彦星!」

 

 

今度は自分を指差した。

自慢気なその顔にオレはわざと高い声で

 

 

「彦星様〜。」

 

 

と返すと

 

 

「こんな気色悪い織姫いや〜〜〜っ!!」

 

 

とオレの肩から頭を離して笑った。

 

 

「ひっでぇ〜〜!!こんな美声の織姫捕まえて気色悪いって。」

 

 

ケラケラと笑う大ちゃんを捕まえて髪に頬に触れるだけのキスを贈る。

 

 

「ね、大ちゃんのお願い事は?」

 

 

「えぇ?」

 

 

「七夕でしょ?お願い事。」

 

 

「ん〜〜遅刻しませんように!」

 

 

いたずらな視線を投げながらそう答えた彼はオレの唇に人差し指を当てた。

 

 

「ひみつ。ホントのお願い事は教えてあ〜げない!」

 

 

「ケチ〜。いいじゃん、教えてよ。」

 

 

当てられた人差し指に軽いキスを返してそう尋ねる。

 

 

「さ〜て、なんでしょうね〜。悔しかったら当ててみな。」

 

 

挑発的な視線を向けて彼がニコリと笑う。

 

 

「OK。大ちゃんの願い事、叶えてあげるよ。」

 

 

その挑戦を受けてたってオレも笑い返す。

 

 

年に1度の願い事。いつだって願いは同じ。

 

 

ライトに照らされたペリエの星が煌く中、オレは一つ目の願いを叶える為に彼にそっとくちづけた。

 

 

 

 

 

 

ずっとずっと一緒に、ずっとずっと幸せでいられますように・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    END 20100707