<fragrance of the moment>
ヒロはいつもいい匂いがする。
香水・・・だと思うんだ。
そういうのに僕は全然詳しくないから、いつもヒロの通った後に僅かに残る香りについ視線が追ってしまう。
「大ちゃん、おはよ。」
ヒロはいつだって自然。
僕の背中をぽんと叩いて、何でもないふうに笑って言う。その時僕が、どんなにドキドキしてるかを、きっと知らない。
ヒロの香りは爽やかな風のような匂い。
詳しくない僕には良く解らないけど、さっぱりとした柑橘系・・・なのかな?でもすっぱくはない。
お花みたいに甘くもないし、前にファンの子から貰ったどこかエキゾチックな香りとも違う。
ヒロは・・・
キレイで爽やかな匂い。石鹸ともまた違う。
僕はあんまりそういうのが好きじゃないんだけど、ヒロのこの香りだけは何故だか好き。
「ふぁ・・・。」
ソファに座ったヒロはあくびを噛み殺して今までかけていたサングラスを外すと目を擦ってみせる。
そのまま髪を掻き揚げて、ちょっと涙目になった目が僕とかち合う。
「?」
見つめられてドキッとする。
「何?大ちゃん。」
僕はまたヒロをじっと見ていたみたい。僕のこのドキドキを悟られないように、言葉を捜す。
「寝不足?」
「ん。ちょっと昨日遊びすぎちゃって。」
くしゃりと顔を歪めて笑うヒロは首をコキコキと鳴らしながら、肩を回したりして見せる。
「じゃあ、ちょっと寝る?僕なら平気だから、いいよ、寝てても。」
じっと見つめてしまいそうになる自分を必死に抑えてパソコンに向き直る。
「ん・・・、寝ちゃうと起きれなさそうだから、いいよ。大ちゃんの作業、見てていい?」
そう言って僕の座ってるイスの背もたれに寄りかかってくるヒロの・・・。
「あ・・・。」
香りが・・・。
「何?」
「うんん。何でもない。」
いつもと違う香り。甘くて、苦しくて・・・その事が僕を切なくさせる。
ヒロがパソコンを覗き込む。途端に僕との距離が近くなる。
「ん〜〜やっぱり全然解んないよ。ねぇちょっと聴かせてよ。」
ねだる口調に勝てるわけもなく僕はちょっとだけと言ってメロディラインを流す。
ヒロは満足したように目を閉じて僕の曲に聞き入る。その横顔を、こっそりと盗み見る。甘い香りのする横顔を・・・。
時々、あるんだ。こういう事は。
多分ヒロは気付いてなんかいない。
眠そうな顔と、甘い香りは僕の胸を締め付ける。解っているけど・・・切なくて・・・。
ねぇ、こんな香り、ヒロには似合わないよ。
いつものヒロの匂いに戻ってよ。
口が裂けても言えない言葉。
きっと甘い香りの持ち主に、ヒロのキレイで爽やかな香りが移ってる。
香りを交換できるその距離。僕には絶対に出来ない、そんな事は・・・。
だからせめて、甘い香りを消して欲しい。
「大ちゃん?」
呼ばれて我に返る。僕は今、何を考えていたんだろう。
「もしかして、疲れてる?また寝てないんじゃないの?」
そう言いながら僕の顔を覗き込む。
「そんな事、ないよ。ちゃんと寝てるから。」
「嘘!!だって、目が赤いよ。寝不足なんでしょ?ちゃんと寝てよ。」
きゅっと・・・頭を抱えられて子供をあやすように背中をポンポンと叩かれて。
「ちょ・・・ヒロっ!?」
「ちゃんと目閉じて。横になる暇がないなら、たまにはこうして目と神経くらい休ませてあげなきゃ。」
ヒロの手はポンポンと規則正しく僕の背中を叩く。
ヒロの匂いが・・・。
「大ちゃんっていい匂いするよね。」
突然言われた言葉に僕はドキリとする。
「ぼく・・・?」
「そ!シャンプーのいい匂い。石鹸の匂い。オレ、好きだな〜。」
そう言いながら僕の頭に近付いてくる気配。
「ちょ!!ヒロの方が!!僕は何にもつけてないし、ヒロみたいにいい匂いしないからっ!!」
腕の中から逃れようとヒロの身体を押しやると苦笑したヒロの顔。
「オレのはいい匂いじゃないよ。大ちゃんのがいい匂い。」
僕は恥ずかしさに俯いたまま首を振る。
「オレのはさ・・・。」
ぽそりと呟いたヒロの言葉を聞き返す。けれどヒロは笑って2度とは言ってくれない。
“まみれちゃった嫌な匂いを消すためにつけるんだよ。”
「ヒロ・・・?」
「ね、大ちゃん。オレの匂い好き?」
いつもの笑顔でそう聞くヒロに躊躇いながらも小さく頷く。
「そっか。大ちゃんが好きって言ってくれるならいっか!」
ヒロは嬉しそうな顔で、でもどこか・・・。
「大ちゃん。お仕事、しよっか。」
僕の思考を遮るようにヒロが笑いかける。
「うん。」
僕はもう一度マウスに手を置いて何事もなかったかのように笑いかけるヒロに答えた。
END 20100508