<Fairy Snow>

 

 

 

 

 

12月24日。

 

街には恋人同士が溢れ、みんなが浮き足立っているスペシャルな日。

僕にとってスペシャルな人は急な電話一本で突然やってきた。

 

 

「あれ〜〜〜?大ちゃんとこ、クリスマスしてないんだ〜。」

 

 

久しぶりに来た開口一番がコレ。

 

 

「大ちゃん家でクリスマス気分味わおうと思ったのにな〜〜。」

 

 

「・・・・ケンカ売ってる?」

 

 

そりゃあ僕だってしたかったよ、クリスマス!!!!!!!!!

だけど、今年は無理だもん。ウチの暴れん坊!!

仕方ないって解ってるけど、ジロっと問題の暴れん坊を睨む。

 

 

「あ〜〜、そっか〜ジョンね。ツリー食べられちゃうか〜〜。」

 

 

そう言って笑う男前は足元に走りよって来たジョンに「こんばんは」ってわしわし挨拶をした。

 

 

「じゃあ、今年は大ちゃんもクリスマス気分を味わってないんだ〜。」

 

 

「どっかのやんちゃ坊主のおかげでね。」

 

 

「クリスマス大好きな大ちゃんがね〜〜〜。」

 

 

ジョンに向けた笑顔を苦笑に変えて、相変わらずヒロを見ると遊んでもらえると思っている問題の我が子は僕の気持ちなんて何処吹く風。

 

あ〜ぁ。毎年、楽しみにしてたのにな〜。

クリスマスはなんかワクワクして、僕にとっては大好きな一日なのに。

それに、こうしてヒロが実は僕の家のツリーを楽しみにしてるって事も・・・。

 

だからクリスマス、したかったんだよ!!!!

ホラね、ヒロのがっかりしたような顔。絶対期待して来たに違いないのに。

 

なんだか僕までがっかりして、可愛いはずの我が子を恨んでみたり・・・。

 

 

「よし!!」

 

 

急にヒロがぱちんと手を叩いて立ち上がった。

 

 

「???」

 

 

「行こう、大ちゃん!」

 

 

「え?何処へ?」

 

「クリスマス!!!ほら、早く!!」

 

 

いまいちヒロの言ってる事が飲み込めないまま、僕はヒロに手を引っ張られて立たされた。

 

 

「ちょっとヒロ????」

 

 

勝手知ったる僕の家の冷蔵庫を勝手に開けて、中から冷やしておいたワインを取り出すと僕の手を引っつかんで満面の笑みで玄関へと向かう。

 

 

「え〜!?外、行くの???」

 

 

思いっきり部屋仕様の薄着でいた僕は思わずヒロに抗議する。

 

 

「大丈夫、大丈夫!!」

 

 

自分はぬくぬくとあったかいコートを着ているヒロは構わないかも知れないけど、僕は部屋着だよ!?

 

そんな事を思ってる間にもヒロは靴を履き始めていて・・・。

散歩と勘違いしたジョンがヒロに「何処行くの?」と嬉しそうに駆け寄ってくるのを「待て!!」ってストップをかけて。

 

 

「今日はお留守番!!いい子にしてなさい!!」

 

 

ヒロの気迫に飲まれたのか、いつもはじゃれてくるはずのジョンがその場でピタッと止まっている。

 

 

「すごぉ・・・ジョンがヒロの言う事聞いてる・・・・。」

 

 

思わずもらしたセリフに

 

 

「だって今日は特別な日でしょ?誰にも邪魔されたくないんだ。それが例え大ちゃんの大好きな子でもね。

ジョン、大ちゃん、かりるね。」

 

 

そう言ってジョンの頭をポンポンと撫でた。

 

 

「さ、行くよ、大ちゃん。」

 

 

強引に繋がれた手を引かれて、僕はあっという間にヒロの車の中に放り込まれた。

外の冷気が幾分か和らぐ。さっきまでヒロが乗っていたせいか車内は思ったよりも暖かかった。

 

 

「ではお姫様、出発しますよ〜。」

 

 

「ちょっと、お姫様って何?」

 

 

「いいじゃんいいじゃん、気分気分!!」

 

 

そう言ってアクセルを思いっきり踏み込んだ。

 

 

「ちょ・・・!!危ないよ、ヒロ!!」

 

 

僕の慌てた悲鳴にも全く動じる様子も見せず、巧みなハンドル捌きで夜の街へと繰り出す。

 

もう、危ない事ばっかりするんだから。

 

ヒロが次々に歌うクリスマスソングを聞きながら移り行く窓の外の景色を眺める。

街はいたるところにクリスマスのオブジェが煌めいて、次から次へとイルミネーションが僕達を迎えてくれる。

 

 

「すごぉ〜〜い!!!キレイ!!!」

 

 

思わずこぼれた言葉に運転席のヒロが笑う。

 

 

「機嫌、なおりましたか?」

 

 

「うん。うん。すっごいキレイ!!ありがとうヒロ!!」

 

 

いくつかのイルミネーションスポットを梯子して、たっぷりクリスマス気分を味わった頃、窓の外の景色が見慣れないことに気付く。

だんだんと街の明かりが遠のいて行く。

 

 

「ヒロ?」

 

 

いぶかしんで声を掛ける。

 

 

「もうちょっとだけ、ね。ドライブ。」

 

 

そういうことなら・・・僕だってヒロとのドライブは嫌いじゃない。むしろ、好き・・・かな。

運転をしている時のヒロってなんだかかっこいいし。

車の中って他とは隔絶された空間だし、そこにこうして2人でいるのって、なんだかちょっと嬉しい。

車の中にはヒロの空気がいっぱいで、そこに浸ってる感じがして、好き。

 

しばらくぼ〜っと運転するヒロを眺めていると、急にガタガタとした振動が伝わってきた。

 

 

「ゴメン、ちょっと揺れるよ。」

 

 

「だ・・・大丈夫なの?ヒロ。」

 

 

一体、何処に行こうとしてるのか、舗装状態がいいとは言えない道を進んで行く。

揺れすぎてお尻が痛いなと思い始めた頃、不意にサイドブレーキを引いて車が止まった。

 

 

「着いたよ、大ちゃん。」

 

 

「ヒロ?」

 

 

着いたって?何処に?周りを見渡しても薄暗いばかり。

 

するとヒロが運転席から降りて僕の方へ歩いて来る。助手席の窓をコンコンと叩いて手招きする。

 

 

「降りるの!?寒いよ!!」

 

 

部屋着のままで連れてこられた僕はヒロの手招きに思いっきり首を振った。

そんな僕にヒロは笑って、この寒いのに助手席のドアを開けた。

 

 

「おいで。」

 

 

そう言ったヒロはコートの前を軽く開いて、極上の笑顔で僕を見る。

 

 

えぇ!?それって・・・・・。

 

 

「大丈夫、暖かいよ。」

 

 

変わらぬ笑顔の目の前の人。

 

 

・・・・・もぉ・・・ぉ・・・・

 

 

「大ちゃん早く〜。オレが風邪ひいちゃうよ。」

 

 

自分のしてる事の恥かしさに全く気付いてないのか、ヒロは僕を急かす。

 

でもそんな事言われても・・・・。

 

躊躇してる僕に痺れを切らしたのか、とうとうヒロが僕の手を引っ張った。

 

 

「ホラ、捕まえた!」

 

 

頭上から降って来る甘い声。捕まえられた僕は最近また逞しくなったヒロの胸に・・・。

 

 

あぁ、ヒロの匂いだ・・・。

 

 

ここまでされたら堪忍するしかない。これ以上駄々をこねても、到底ヒロには敵わないんだから。

 

僕をコートごと抱きしめたヒロが促す先に歩を進めると・・・・

 

 

「うわぁ・・・・・。」

 

 

木々の間から眼下に広がるたくさんの星。

何時の間にか小高い丘のようなところに来ていた事にビックリする。

地上の明かりと、夜空の星が僕達を包み込むように瞬いている。

 

 

「気に入ってくれた?」

 

 

「もちろん!!すごいよヒロ。」

 

 

僕は寒さも忘れて身を乗り出した。

 

 

「あ、あそこ!!新宿?」

 

 

一段と光の集まる高い建物。あの独特の形は都庁?

他にも見知ったビルの形を見つけて僕はヒロの腕の中でおおはしゃぎした。

 

 

「ねぇ、ここってドコ?」

 

 

都心からそんなに離れてないのに、こんなに夜空もきれいで、夜景の見える場所、一体ドコなんだろう。

 

 

「オレの秘密の場所。結構穴場なんだよ。地元じゃ有名。」

 

 

「地元って・・・もしかしてヒロの?」

 

 

耳元で聞こえるヒロの声にドキドキしながら聞き返す。

 

 

「そ。」

 

 

「えぇ!じゃあ知り合いとかに会っちゃうんじゃないの!?」

 

 

僕は慌てて周りを確認した。とりあえず今は大丈夫そう・・・かな。こんなことしてるとこ見られたら・・・。

 

 

「別にいいでしょ?何も悪い事してる訳じゃないんだし。」

 

 

「だって!」

 

 

「オレは平気だよ。誰に見られたって。」

 

 

「ヒロ・・・。」

 

 

涙が出そうになる。

こんな時決まってヒロはこう言い切るから、弱い僕はこんなヒロの強さにとても勇気付けられる。

この人を好きになってよかったって思う。

真っ直ぐなヒロ。僕が愛してやまない人。

 

 

「それに。」

 

 

ヒロが笑い声で言った。

 

 

「大ちゃん可愛らしいから大丈夫だよ。」

 

 

「ヒロぉ〜〜〜!!!!」

 

 

僕を抱きしめたまま耳元で笑う人が愛しくて、僕は腕の中からいたずらな反逆を試みる。

 

 

「うわ〜、降参降参!!」

 

 

笑い転げながらヒロが僕の動きを止めようとぎゅっと抱きしめる。

 

 

「あ、ねぇ、大ちゃん、手、出して。」

 

 

何かと思ってコートの隙間から手を出すと「ハイ」と渡されたもの。

プラスチックのコップ?

 

 

「じゃぁ〜〜〜ん!!」

 

 

そう言ってヒロが取り出したのは、今日の為に取って置いたロゼのスパークリングワインのミニボトル。

 

 

「メリークリスマス!!はい、大ちゃん。」

 

 

「って、これ僕ん家の・・・。」

 

 

「あはは。コレ、大ちゃんが今日の為に取っておいたんでしょ?知ってるよ。だから、はい。」

 

 

勝手に人ン家の冷蔵庫を漁ってると思ったら・・・もう、こんなステキなことしてくれるんだから。

 

コポコポとワインを注いで、僕に飲むように促す。

 

 

「あれ?ヒロは?」

 

 

「オレは運転手。だから大ちゃん楽しんで。オレは気持ちだけ。」

 

 

「そっか・・・・・。ゴメンね。」

 

 

申し訳なくて手元のコップを見つめていると、ヒロの手が僕のコップを持っている手に重なって・・・。

 

 

「ん?」

 

 

口元まで導かれて僕は申し訳ないなと思いながらもひとくち口に含んだ。

パチパチと泡が弾けて口の中に甘い香りが広がる。

 

 

「・・・おいしい。」

 

 

「良かった〜。」

 

 

安堵の吐息を漏らしながら僕を後ろから抱きしめてくれるヒロ。その髪が僕の頬を撫でる。

幸せな時間。

 

 

「こんなステキなところで飲むせいかな、すっごくおいしい。ほんとにありがとね、ヒロ。」

 

 

「どういたしまして。」

 

 

「でも・・・。コレ、ヒロと一緒に飲みたかったな・・・。」

 

 

僕の右肩に乗せられたヒロの頭に軽く寄りかかる。

 

今日の為にわざわざ用意したワイン。きっとヒロも気に入ってくれるはずと思って、2人で飲めるのを楽しみにしてた。

 

 

「そう言ってくれて嬉しいよ。大ちゃんのその気持ちだけで、もう、充分。」

 

 

「でも・・・。」

 

 

「『Fairy Snow』だからでしょ?」

 

 

そう言ってヒロがラベルをこっちに向けてくれた。

 

僕が見つけた取って置きの1本。最初にコレを見つけた時はホントにビックリしたんだよ。

だって僕達の想いがいっぱい詰まったあの曲と同じ名前。まるであの曲のようにキラキラと揺らめく泡。幸せを運んでくれる透き通ったピンク色。

だからスペシャルな日にスペシャルな人と・・・って思っていた。

見つけたボトルは小さくて、2人で一杯づつくらいしか飲めないけど、こんなステキな偶然をヒロと一緒に分かち合いたくて・・・。

 

 

「まさに今日のための1本だよね。」

 

 

耳元で囁かれた言葉にこくりと頷く。

背中から伝わってくるヒロの温かな鼓動に身体を預けて、静かに流れていくこの時間を噛み締める。

 

 

こうしてステキなプレゼントをしてくれたヒロ。

ヒロを思う気持ち以外、何も持っていない僕は何ひとつ返してあげる事が出来なくて・・・。

多分、今、この瞬間、僕はこの世界の誰よりも幸せだろうと思うのに・・・。

いつも僕の事を真っ先に考えてくれるヒロ。大好きだよ          

 

僕は持っていたワインを一気に飲み干した。

 

 

「え!?大ちゃん!?」

 

 

ヒロの腕の中でくるっと向きを変えると、ヒロに深く深くくちづけた。

甘い香りが僕らの間を行き交う。

 

 

「・・・おすそわけ。やっぱり一緒に飲みたかったから。

おいしかった?」

 

 

「・・・だ・・・い、ちゃ・・・!?」

 

 

「飲酒運転で、捕まったりしないよね?」

 

 

目の前で呆けたような顔のヒロ。恥かしくって俯いた僕にしなだれかかるようにヒロが呟いた。

 

 

「も〜大ちゃんに酔っ払っちゃったよ〜。」

 

 

「・・・ばか。」

 

 

くすぐったいようなヒロの視線に思わず笑みがこぼれる。

 

 

「ねぇ、おかわり、ちょ〜だい。」

 

 

「もぉ、ちょーしに乗んないの!」

 

 

唐突なヒロのセリフに僕は腕の中からの脱出を試みる。

 

 

「いいじゃん、ちょっとだけ。」

 

 

「やぁだ。」

 

 

「大ちゃんのケチぃ。」

 

 

拗ねた顔で僕を見るヒロは、どんな情けない表情ですら僕を虜にさせて。

 

 

「そんなにしたら僕が酔っ払っちゃうでしょ。」

 

 

「うそ〜〜〜。大ちゃんこのぐらいじゃ全然平気なくせに〜。」

 

 

「酔っちゃうの!!・・・・・ヒロに。」

 

 

ぽそっと呟いてヒロの腕の中から抜け出した。

 

 

「・・・!!」

 

 

「もう、帰るよ!こんなところで酔っ払えないでしょ!」

 

 

車のドアのところまで走って行って僕はヒロに叫んだ。

だって、なんか急に恥かしくなっちゃたんだもん。

 

 

「こんなところじゃなきゃ、いいの?」

 

 

いつの間にか近付いてきていたヒロの低音ボイスにドキッとする。

 

 

「・・・・・何、考えてる?」

 

 

「イケナイコト。」

 

 

僕に視線を流してヒロが笑む。僕は精一杯の強がりでこう言った。

 

 

「・・・・・酔わしてくれるの?ヒロが。」

 

 

平静を装ってヒロを見る。

だけどホントは心臓がドキドキしちゃって、顔から火が出るほど恥かしい。こんなセリフ、普段なら言えない。

きっとヒロにはこんなドキドキ、ばれちゃってるんだろうけど・・・。

 

 

「OK!帰ろ、大ちゃん!!」

 

 

ヒロは物凄い勢いで運転席に乗り込むと、もたもたしていた僕を促す。

 

 

「今夜はオレも、大ちゃんに酔わせてもらおうかな。」

 

 

意味ありげに微笑んで僕の唇を掠め取った愛すべき人は、僕の心に甘い熱を灯した。

 

 

 

 

 

 

幸せの雪が舞い降りるのは、まだまだこれから・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                            END