<especially birthday>
TRRRR・・・・・・
「あ、もしもし、ヒロ?」
『大ちゃん。どうしたの?』
大好きなあの人の声。嬉しいはずなのに、何だかムカツク。
今日は特別、僕の誕生日。
もう、誕生日が嬉しいような年齢なんかじゃないんだけど、なんとなく、ね。
日付が変わった瞬間、一番最初に大好きな人の声が聞きたくて、電話したのはいいんだけど・・・。
何?このうるささは!!
一体、今、何処で何してるのさ!!
声が聞きたいなんて思ったことを後悔する。こんな事なら、知らない方が良かった。
『え?何、何?どうしたの?大ちゃん。』
「別に。どうしてるかなって思っただけ。」
『そっか。オレ、今、友達と飲んでてさ。久しぶりにダーツとかやったら、下手になっちゃってんの。もう、飲まされまくり。』
陽気な男前は楽しそうに笑う。
・・・・こっちの気も知らないで。
『今度、大ちゃんもやろうよ。』
「・・・・ヒロ、酔ってる?」
『え?ちょっとだよ〜。』
・・・これが『ちょっと』?どう考えても『結構』なんだけど!!
あ〜も〜、ホント、僕ってバカ。
こういう可能性だって充分あったのに、自分の良いように考えて、ヒロは僕からの電話にビックリしながら、それでもすぐに気付いて「おめでとう」を言ってくれると思ってたなんて。僕ってつくづく間が抜けてる。
「ゴメンね、楽しんでるとこ電話しちゃって。じゃあ、楽しんで。」
『え?何か用だったんじゃないの?』
「別に。どうしてるかなって思っただけ。ホント、それだけなの。じゃあね。」
半ば無理やり電話を切って、僕は溜息。
あ〜ホント、最悪な誕生日になっちゃった・・・。ほんのちょっとヒロの声が聞きたいなんて甘い期待を持ったばっかりに、こんな・・・。
それにしても、気付けよな。
今日は何の日?
今は何時?
12時きっかりに電話してるんだぞ。この僕が。仕事中の僕が!!
それじゃなくても、ライブやってクラブやって、盛り上がってるスタッフの2次会の誘いを断って急いで家に帰ってきたのに!!
だって、みんなのいるとこじゃゆっくりヒロと話せないと思ったし、もしヒロが誘ってくれても、行きづらくなっちゃうかと思ったから・・・。なのに・・・。
こんな事なら飲みに行っちゃえば良かった!!
全部自分のエゴだって解ってる。解ってるけど・・・ヒロのバカぁぁぁ〜〜〜〜!!
行き場のない怒りを抱えている僕に体当たりしてくる家の子。
「もう、遊ばないの、ジョン。」
僕の言葉にもお構いなしで、遊んで遊んでってせがむ。
もう、空気読めよな〜。こういうとこ、ホントにそっくりなんだから!!
もう、バカバカバカ!!!
僕はじゃれついてくるジョンの顔を両手で挟んで、ムニ〜っとつぶした。
「あはは、変な顔〜〜。」
若干寄り目になったジョンは遊んでもらっていると勘違いしたのか、嬉しそうに挟まれた顔のまま僕を舐めようとする。
「ジョン君、ジョン君、変な顔だよ〜〜〜。おもしろ〜い。あはは。あ〜すっきりした。」
ジョンの変な顔にも飽きて、手を離す。
ゴメンね、こんな飼い主で。完全に八つ当たり。
だって・・・。
「何で、気付いてくれないんだろうね・・・。」
僕の隣にお座りをしているジョンの頭を撫でながら呟く。
「なんかさ、僕ばっかり振り回されてる気がするんだよ・・・。僕の勝手な思い込みだって解ってるけどさ、ヒロにおめでとうって言って欲しかったな・・・。」
ぎゅっと抱きしめるとジョンがペロンと僕の顔を舐める。
「ちゅーしてくれるんだ。優しいね。でも、ジョンじゃなくてヒロのちゅーがいい・・・。」
僕の呟きを聞き取ったのか、ジョンがすっと立ち上がる。
「わ〜ゴメン、ジョン〜。こっちおいで〜〜。」
軽く一瞥。ジョンはそのまま部屋から出て行った。
「も〜〜〜!!!いいよ〜だ!仕事!!仕事するんだから〜〜!!!!」
切ない僕の誕生日。
淋しさを紛らわす為にいつもよりたくさん仕事をしてしまう僕だった。
その電話が鳴ったのは夜も更けてきた頃。
軽く仮眠は取ったものの、殆ど寝ずに作業を続けて、そのままライブ、だからちょっとイラッとしてる時だった。
『大ちゃん、おつかれ!』
「ヒロ?」
相変わらず能天気な電話のかけ方。
『もしかして、今まだ、仕事中?』
もしかしなくても、仕事中ですけど。
『ライブ!!ライブだったよね!終わった?
電話に出れるって事は終わってるんだよね?じゃあ、もう今日の仕事、終わりだよね。』
何で、ヒロがそんなこと決めるのさ。僕の仕事なの!!
昨日のイライラが僕を冷たくさせる。
もとを正せば僕がいけないんだけどさ。勝手にヒロに期待かけてた。
『ねぇ、大ちゃん。ご飯 食べに行こうよ。』
ご飯で釣る気ですか!全く、ワンパターンなんだよ!!
今日は僕の誕生日なの!!
ホントはヒロと一緒にゆっくりしたかったの!
いっぱいお話もして、いっぱいおいしいものも食べて、ゆっくりまったり。
だけど、仕事は山積みだし、ヒロからのお誘いはないし・・・。
それに昨日の電話!!
僕の誕生日だって言うのに、友達と飲んでてちっとも気付いてくれないし!!
会えなくても、せめて『おめでとう』の一言くらい言ってくれてもバチは当たらないんじゃないの?出来れば他の言葉も添えて欲しいけど・・・。そんな高望みはもう、しないからさ。
それなのに、急にこうやって電話かけてきたかと思ったら、ご飯 食べに行かない?って・・・。
昨日の事はヒロにとっては何の意味もなかったんだよね。解ったよ!もう、解った!
僕のイライラは極限状態。
しかも、誰にも当たる場所がないから、余計に。
だって・・・ホントは僕のわがままだって知ってるから・・・。
『ねぇ、大ちゃん、聞いてる?』
「あ・・・聞いてる。」
『ご飯 食べないの?』
「・・・ヒロの奢りならね。」
こうなったらめちゃめちゃ食べて、ヒロの財布を破産させてやるんだから。
『もちろん!!ただ、おいしいかどうかは・・・。自信ないなぁ〜。』
「自信ないって、何さ。」
自信のないもの僕に食べさせようって事?
もう、何考えてるんだよ、この男は!!
『でもスペシャルなレストランにご招待するよ。大ちゃんの貸切だよ。』
「それはどうも。」
『なんか嬉しそうじゃないな〜〜。』
「嬉しいよ。ハイ、嬉しい。で、何処に連れてってくれるの?」
『オレん家!!』
はぁ〜〜?????
電話越しでも明らかに解る満面の笑み。
全くこの男は何考えてんだよ!!オレん家って・・・オレん家って!!!!
ヒロにしてみたら軽い気持ちで、そういう意味じゃない事くらい百も承知なんだけど、心臓が飛び跳ねる。
でも、オレん家だよ?ご飯 食べるって、もしかしてヒロが?しかも今日は僕の誕生日なんだよ???
あ、ヒロは僕の誕生日なんて覚えてないか・・・・・。
それにしたって・・・・。
もう、このタラシ!!!一体、今まで何人にこの手を使ってきたんだよ!!こっちの方が恥かしいよ!!も〜〜、バカバカ!!!
でも・・・使い古された手かも知れないけど、そんなことでもちょっと嬉しい・・・。
あ〜〜も〜〜〜僕のがバカだ〜〜!!!もう、重症・・・。
どうしてこんなにこの男にドキドキさせられなきゃならないんだよ!!
あまりにも普通にこんな事出来ちゃうヒロにちょっとムカツク。僕なんか、僕なんか何十パターンもシュミレーションしても、ひとつもうまく行ったことなんてないのに〜〜。
『オレん家 いや?』
電話の向こうから聞こえる、僕がどんなに頑張っても嫌いなれない声。
「・・・いや、じゃないけど・・・。」
『だよね!!実はもう近くにいるんだ。』
「え〜〜〜〜!!!!」
僕は思わず、ここが何処だかも忘れて大声を出した。周りで撤収作業をしてるスタッフがいぶかしんで僕を見る。
『もうそろそろ大ちゃんのライブ、終わるかな〜って思って。車、走らせちゃった。』
走らせちゃった・・・って!!!!
もう、何でいちいちこういうふうにドキドキのツボをついてくるかな〜〜。
あのね、僕は女の子じゃないんだよ?
ヒロが今まで付き合ってきた女の子じゃないんだよ?
言いたくないけど、もうオヤジだし、いろんな意味で年齢には逆らえない。いろいろ気をつけてはいるけど、ヒロが守りたくなるようなかわいいっていうのとは程遠いんだよ?
そこんとこ解ってるのかな〜〜〜。
そりゃ、こういう事されるのすごい嬉しいし、実はちょっと期待しちゃったりする自分もいたりするけどさ、本当にこんな事されると期待しちゃうよ〜〜〜。
ねぇ、ヒロ。ヒロにその気がないならこういう事しないでよ。
『あ・・・やっぱりダメだった?そうだよね〜、ライブ終わったんだし、スタッフと打ち上げ行くもんね。』
しょぼんとした声が電話越しに聞こえる。
え?ちょっと、待ってよ。
来てくれたんでしょ?
僕の為に来てくれたんだよね???
なんだか肩透かしをくらった気分。
確かに、打ち上げだってあるし、一応今日オーラスだし、みんな僕の為に頑張ってくれたんだし、僕が顔を出さないわけには・・・。でも・・・でも〜〜〜!!!
『ゴメン、困らせちゃった?いいよ。またの機会にしよ。じゃあ、オレ帰るね。』
「や!!待って!!!」
思わず叫んでしまってから、慌てて口をつぐむ。
『大ちゃん?』
「あ・・・あの・・・。」
『何?』
電話の向こうでヒロが僕の返答に耳をすましてるのが解る。
どうしよ〜〜どうしたらいいんだよ〜〜〜。
オフィシャルな僕とプライベートな僕がせめぎあってる。
『いいよ大ちゃん。打ち上げに行っておいで。』
苦笑交じりのヒロのセリフの向こうに聞こえる、これって、エンジン音!?
僕はたまらず、
「行く!!ねぇ、待って!今 行くから!!」
って叫んでた。
形振りなんか構ってられなかった。だってヒロが帰っちゃうって思ったら・・・。
僕は慌ててアベマネの姿を探した。
「アベちゃん!!」
「あ、お疲れ!」
「ねぇ、ゴメン。今日、僕、帰っていい?打ち上げ、出れなくてもいい?」
「何よ、急に・・・。」
「ホント、ゴメン!!ねぇ、いいって言って。一生のお願いだから!!」
アベちゃんが一瞬厳しい顔になる。
その表情に僕は一気に現実に引き戻される。
「やっぱり・・・ダメ、だよね・・・。」
解ってるよ、ほんとは。僕がこんなわがまま言っちゃいけないって事くらい。だけど、もしヒロのところに行けたらって思っちゃたんだよ。
諦めきれずにうじうじしてる僕。そんな僕をアベちゃんのため息が襲う。
「一生のお願いって、何回聞いたか解んない。ほんと調子いいんだから。
・・・・・いいわよ。今日は何とかしといてあげる。だって誕生日だもんね、40歳の。」
「アベちゃん・・・。」
「その代わり、みんな一人一人にちゃんと挨拶して帰ること。40歳なんだからそのくらい出来るわよね〜〜。」
「うん・・・。うん!!ありがとう、アベちゃん!!!」
あまりの嬉しさに踊り出したい気分でいっぱいの僕は、アベちゃんの手をぎゅっと握った。
会える。会えるよ、ヒロ!!
僕は慌てて携帯を開いた。
「もしもし、ヒロ?行く!!!今すぐ行くから、待ってて!!!!」
大急ぎで支度をして、僕はヒロのもとへと走った。
えっと・・・確かこの辺・・・・って。
「大ちゃん!」
呼ばれた声に振り向くと、一台の車の脇にヒロが立っていた。
「ゴメン、遅くなっちゃった。」
「全然。」
そう言って笑うヒロ。
だめだ〜〜〜やっぱり、かっこいい〜〜〜。昨日の事もあってイライラしてたはずなのに、この顔見たら、もう、全部どうだって良くなっちゃう。
ほんと僕ってこの男に弱すぎ・・・・・。
「ほら、乗って、大ちゃん。」
いつの間にか運転席に乗り込んでたヒロが僕をせかす。僕も慌てて助手席の方へ回ってドアを開けると・・・。
「何?コレ!!」
サイドシートに僕より先に乗り込んでたもの。
「大ちゃん、誕生日おめでとう!!」
ハンドルに身体を預けて、僕を見てる笑顔の人。
「ベタかな〜って思ったんだけど、大ちゃんに、お花、プレゼント。」
「やだ・・・・ヒロ・・・・。」
ちょっと待ってよ・・・。こんな不意打ち。僕の涙腺、緩んじゃうよ。
「嬉しくない?」
「嬉しい!!すっごい・・・・嬉しいよ・・・。だって、ヒロ、忘れてると思ってたから・・・。」
「忘れるわけないじゃん。大ちゃんの誕生日だよ?他のどんな事忘れても、これだけは忘れないよ。」
「でも、昨日は・・・。」
思わず滑らしてしまった言葉にヒロが意味ありげに笑う。
「やっぱりそうだったんだ。昨日の電話。
ゴメンね、イジワルして。でも、オレ、やだったんだ。
大ちゃん、いろんな人からお祝いメール貰ったでしょ?
オレ、その中の一人になりたくなかったんだ。だから、知らないふりしちゃった。オレ、大ちゃんにとって、たくさんの中のひとりじゃなくて、特別な一人になりたかったから。
どう?特別な一人になれた?」
「・・・もう・・・・バカ・・・・。ヒロは僕にとって、いつだって特別だよぉ〜・・・。」
なんて嬉しい言葉を言ってくれるんだろう・・・。これ以上ないくらい特別なのに、これ以上特別になんて出来ないよ。
昨日のアレはわざとだったなんて、解ってしまうとそれすらすっごい嬉しい。ホントに僕って単純だよね。
「さ、早く乗って。あぁ〜も〜泣かないでよ、大ちゃ〜ん。オレ、悪い男みたいじゃん。」
「・・・・悪い男だよ、もう。ホントに。」
鼻を啜り上げながらサイドシートに乗り込む僕を、男前の蕩けるような笑顔が迎えてくれる。
慣れた手つきでハンドルをさばいて、夜の街へと滑り出す。
大好きな人と夜のドライブ。それだけでドキドキする。まっすぐ前を見て運転するヒロの横顔をこっそり盗み見て、僕はまたドキドキする。
カーステレオから流れる音楽も、僕とは違って・・・。
「それにさ・・・。」
うっとりと、このヒロという空間に酔っていた僕の耳に聞こえた声。
「昨日じゃ、安心してゆっくり出来ないでしょ。電話もメールもいっぱいかかってくるし、ライブがあるからお酒だって好きなだけ飲めないじゃない?」
「まぁ、ね・・・。二日酔いでライブするわけにいかないもんね。」
「でしょ〜。だから。今日は心置きなく飲んでよね。オレ、めちゃめちゃおもてなしするからさ。だから、覚悟してよね。」
覚悟?
「今夜は、帰さないから。」
「 ヒロぉ〜!!!!」
顔から火が出るかと思った。ハンドルを握ったまま、チラッとこっちに視線を投げてそんな事言うんだもん!!!
もうバカバカバカ〜〜〜!!!!!
無駄にかっこよすぎるんだよ、ヒロは!!!!!!!!心臓がいくつあっても足りやしない。
「ちょっと、ヒロ、意味解って言ってる!?」
「解ってるよ〜。大丈夫、大ちゃん。忘れられない夜にしてあげるから。」
「・・・・も・・・バカぁぁ〜〜〜!!!!!だから、ホントに意味解ってんのかって言ってるの!!」
「あはは。やっぱり大ちゃんは可愛いね。顔、真っ赤ですけど〜。」
「こっちなんか見なくていいから、ちゃんと前見て運転しろ〜〜〜〜。」
笑い転げる隣の男前に背を向けて、上がりまくった体温をどうにか戻そうと外の景色に意識を集中させてみる。
も〜変な汗かいちゃうよ。そんなに顔、真っ赤かな。
確認しようとサイドミラーを覗き込むと、鏡越しに視線がかち合う。
「だから、も〜見るな〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「サイドミラーみないと、事故っちゃうよ〜〜。」
「も〜、事故って死んじゃえ〜〜〜〜。」
「冷たいな〜。オレがいなくなったら一番泣くくせに〜。」
「泣くか、バカぁぁ〜〜〜〜〜!!!」
もう、もう、ほんとにこの男には敵わない。結局どんな事をされても許しちゃう。だって、そんな満面の笑みを僕に向けてくれるんだもん。これ以上幸せな事って他にある?僕ってホント、ヒロに振り回されてるよね。解ってる、解ってるけど・・・このくすぐったいような気持ちは手放したくない。
もういいよ、僕の負け。悔しいくらい、君が好き。
この日、僕が忘れられない夜を過ごした事は、ここだけの秘密。
END