<Driving Date>
「ねぇ、ヒロ!!ぽんぽん桜、見に行こ!!」
「ぽんぽんさくらぁ????」
オレの可愛い恋人は、いつも突然意味不明な事を言い出す。
大抵の事には慣れているけど、なんだ?今日の『ぽんぽんさくら』っていうのは?
オレが何の反応も返せないでいると、可愛い恋人は嬉しそうに勢い込んでしゃべりだした。
「お花見!出来なかったでしょ?したかったのに。でもね、見つけたの!!お花見しよ〜よ。ね!ヒロ!!一緒にお花見しよ!!」
どうやら一緒にお花見をする約束をしていたのに、お互い予定がつかず、そうこうしている内に雨が降って、あっという間にお花見の時期を逃していた。
イベント事が大好きな彼が悔しがっていたのは、もうかれこれ2週間くらい前の事。
それがここに来てお花見?
桜の時期はとっくに終わって、ピンク色の花は緑の葉っぱに姿を変えていると言うのに、一体、何を見るつもりなんだろうか?毛虫が出たら怖がるくせに。
「ねぇ、ちょっと、聞いてる!?」
上の空のオレを嗜めるように彼が言う。
「聞いてるよ。」
オレは慌てて彼に笑顔を見せて、聞いてた証拠に疑問に感じた事を口にした。
「桜って、もう終わっちゃったでしょ?もしかしたら北の方ならまだ咲いてるかも知れないけど。どこまで見に行くつもり?」
「ふふ。ないしょ。」
いたずらっ子な顔でオレに答えた彼は早くも上着を手繰り寄せた。
「ねぇ、行くの?行かないの?」
「行くのって・・・今から!?」
確かに今は休憩時間中だけど・・・そんなすぐに行けるようなところに桜があるのかよ?
「行くでしょ!!」
仁王立ちでオレの前に立つ彼にオレが逆らえるはずもなく・・・。
「・・・行きます。」
渋々答えたオレの目の前では嬉しそうな顔の彼。
そうだよな・・・逆らえるはずがない。こんな可愛い顔されちゃうんじゃ・・・。
つくづくオレは大ちゃんに甘いと思う。
「ハイ。」
そう言ってオレの前に右手を差し出す彼。
?????
今度は何のおねだり?
「かぁ〜〜ぎ!」
「はぁ!?」
「ヒロ、車で来てたでしょ?」
「大ちゃん!?」
「そ、だから鍵。」
オレは困って他のスタッフに視線を走らせるが・・・誰一人として顔を合わせようとしない。チラッと目が合ったアベちゃんだけが渋い顔でゆっくり頷いた。
え〜〜!!マジかよ!!
大ちゃんがスタッフの車を借りてちょこちょこ車庫入れの練習をしたりしてるとは聞いてたけど・・・まさか、ここにいるスタッフ全員、すでにこの状態を経験済み!?
「早く〜ヒロ。休憩終わっちゃうよ〜〜。大丈夫、ちゃんと若葉マークつけるから。」
オレの車に若葉マーク???
も〜〜大ちゃん、オレの愛車が泣いちゃうよ〜〜〜。
犯罪的に可愛い顔でねだる彼に、オレは仕方なく覚悟を決めた。
「お供させていただきます・・・。」
そう言ってキーを彼の手の中へと落とした。
「やったぁ〜〜!!じゃぁ、休憩終わらないうちに、早く行こ!!」
ご機嫌な笑顔で飛び出す彼に、休憩なんて大ちゃんが戻ってこない限り終わらないくせに・・・と心の中で呟いて、オレは彼の後に従った。
「ヒロの車、こっち側に乗るの初めて!!」
嬉しそうにいろんな計器を見ながらキーを差し込んで彼が言った。
「・・・オレだって初めてだよ。」
まさか自分の車の助手席に乗る日が来るなんて・・・。
ご機嫌な彼はエンジンをふかし、
「右よ〜〜し、左よ〜〜し。」
ご丁寧に指差し確認までしてハンドルをぐっと握った。
「では、しゅっぱ〜つ!!」
と掛け声をかけたのはいいが・・・
「大ちゃん!!!!」
いきなりの急発進、急停車。
・・・先が思いやられる・・・・。
「何か、教習所の車と違う。ちょっとしか踏み込んでないのに。」
不思議そうな顔をしてオレを見る彼。
「オレの車だからね、多分癖がついてるんだよ。」
「癖?」
「そう、乗る人によってその人のドライビングの癖が車についちゃうもんなんだよ。だから教習所の車とは感覚が違うと思うよ。」
「そうか〜〜ヒロの好みになるって事なんだ。僕も車買ったらそうなるのかな〜。」
「たぶんね。自分では気付かないけど、人の車に乗ると解るよ。」
「僕も早く自分の車買お〜〜!!」
目をキラキラさせて言う彼にオレは苦笑した。
子供みたい。
この可愛さにいつもオレは太刀打ちできない。
「では、気を取り直して・・・。」
再び指差し確認をして、今度は緩やかに走り出した。
ふ〜〜ん・・・結構・・・。
慎重な大ちゃんらしく、無謀な運転もしない。
制限時速をきっちり守り、交差点では左右後方確認を怠らない。
標識が出てくる度に読み上げるのだけは勘弁して欲しかったけど、どうやらこれなら少しは安心して乗れそうだ。
やっと緊張が少し解けてきたオレは大ちゃんに話し掛けた。
「大ちゃん、結構上手いじゃん。」
「話し掛けないで!!」
「へ???」
驚いて横を見ると、物凄い真剣な表情の彼が忙しそうに色々と確認しながら運転をしていた。
「大ちゃん???」
「気が散る!!」
ぱっと見は平然と運転しているように見えたが、実はそうでもないことが解る。その証拠に背筋がピンと延びたまま。
オレは再び自分が緊張するのが解った。
大丈夫かな・・・ほんとに・・・頼むから事故だけは止めてよ、大ちゃん!!
大ちゃんの緊張にオレは何も話し掛けられないまま、車内には大ちゃんが標識を読み上げる声だけが響いて、時間にしたらほんの5分足らずの、オレとしては永遠に続くかとも思えるドライブは終わった。
「はぁ〜〜〜やっぱり公道は緊張する〜〜。」
ハンドルを離した瞬間、いつもの彼に戻る。
ハンドルを握ると人格が変わるって・・・大ちゃんの事だったんだ・・・。
地面に足がついた事にやっと安心して、オレは深呼吸した。
まぁ、どこかにぶつけたわけでもないし、ヒヤッとするような瞬間があったわけじゃないし、教官に誉められたっていうのも何となく頷ける。
あのピリピリした凶暴な空気を除いては・・・。
スタッフのみんなが顔を逸らしていた理由が何となく解る。
運転が怖いんじゃない、大ちゃんが怖いんだ・・・。
「ヒロ、何ボーっとしてるの?早く早く!!」
ほんとにさっきの人と同一人物?と疑わしくなる程の明るい笑顔で彼がオレを呼んでいた。
スタジオをからそんなに離れていない、路地を入ったところに車を止めたまま、彼がその先の坂道を下っていく。
住宅街・・・だよな???
無邪気に掛けていく彼の後を追いながら、オレは辺りを見回した。
「こっちこっち!!」
角のところで何度か手招きしてその路地へと消えた。
「ちょっと大ちゃん・・・。」
慌ててオレも同じ路地へと入り込む。
「うわ・・・っ・・・。」
瞬間、オレの目の前にピンクの世界。
桜だ。
「ね、すごいでしょ?」
ピンクの花びらに囲まれて彼が嬉しそうに微笑む。
きちんと手入れをされたその枝は、調度彼の頭上に花を咲かせ、散り始めた花びらが柔らかく彼を包んでいた。
「すごいね、大ちゃん。」
「でしょ?ジョン達の散歩してる時に見つけたの。可愛いでしょ?ぽんぽん桜。」
「はは、ぽんぽん桜ね。」
彼がそう呼んだのも頷ける丸い花。桜と言って思い浮かべるあの花の形とは明らかに違う。
これを見て“ぽんぽん”とは言いえて妙だった。
「八重桜だよ。」
「やえ、ざくら?」
「そう。八重桜っていうんだ。」
オレはその懐かしい花を見上げてそう言った。
「すご〜〜い、ヒロ、物知り〜〜〜。」
驚く彼にオレは笑って言った。
「昔ね、住んでた隣の家にね、咲いてたんだよ。母さんが好きでね。
ソメイヨシノもいいけど、八重桜の方が可愛らしくていいんだって。」
「へ〜ヒロのお母さんが・・・。」
黙ってしばし2人してその可愛らしい花を見上げる。
小さい頃は母さんが言っていた“可愛らしい”っていう意味が解らなかったけど、こうして見ると、何となく・・・そうか、似てるんだ、大ちゃんに。
オレは可笑しくなってクスリと笑った。
「何?」
「ううん、可愛らしい花だなって思って。」
「ね〜、可愛いよね〜。」
嬉しそうに顔をほころばせて見上げる大ちゃんの髪に花びらが一片、舞い降りた。
可愛らしいのは、どっちなんだか。
オレは舞い落ちる花びらをその手に受け止めた。1枚、2枚、・・・。
「何してるの?ヒロ。」
オレの行動を不思議に思った彼が聞いた。
「桜の花びらをね、地面に落ちる前に10枚集められたら幸せになれるんだって。」
「ほんと?」
「うん。小さい頃母さんに言われて良くやったよ。」
「じゃあ僕も集めちゃお〜〜。」
そう言って桜の花びらを追いかける彼の姿に、オレはもう充分幸せだったけど・・・。
「なかなか集まらないよ〜〜。」
ハラハラと舞い落ちる花びらを捕まえるのは一見簡単なようで、なかなか難しい。
小さい頃のオレも今の大ちゃんと同じようにパタパタと走り回って、花びらに逃げられてばかりいた。
全然動き回らない母さんの方が先に集めているのを、いつもずるい!!と言ってむくれていたっけ。
「はい、大ちゃん。10枚。」
走り回っていた彼の手を取って集めた10枚の花びらをそっと乗せる。
「え?だってヒロの幸せ・・・。」
「大ちゃんにあげる。大ちゃんが幸せならオレも幸せ。」
「ヒロ・・・。」
舞散る花びらの中で彼がふんわりと笑った。
「うん。幸せ。」
照れたように小首をかしげてオレを見つめる視線は、まるで彼の言う“ぽんぽん桜”のように可愛くて・・・。
「いけない!!休憩時間オーバーしてる!!」
急に現実に引き戻されたかのように彼が慌てて言った。まるで照れ隠しのようなその言葉にオレも些か長居をしすぎてしまった事を思い出す。
「早く帰んないとアベちゃんに角がはえちゃうよ。」
そう言って早くも走り出した彼を追いかける。彼は名残惜しそうに角のところで一度振り返ると
「またね。」
と言って再び走り出した。
オレも静かに散り行くこの可愛らしい花を心に焼き付けて、彼の後を追う。
坂道を登ってオレの車が見えてくると、先程の悪夢が蘇る。
また、恐ろしい大ちゃんの隣に乗るのか・・・・。
オレは彼に気付かれないようにため息をついて、車のそばにいる彼に追いついた。
アレ?なんで助手席側???
彼は不自然な格好でオレに腰を突き出して何かを訴える。
「鍵、ポケットの中だよ。」
「???大ちゃん、運転して帰るんじゃないの・・・?」
「だって、ヒロに貰った桜の花びら持ってるもん。これ持って帰るから運転出来ないよ。」
「え?そう?」
オレは心底ホッとして彼のポケットの中から愛車の鍵を取り出した。
「今、ホッとしたでしょ。」
「え!?してないしてない!!!」
「・・・うそつき。」
口を尖らせて助手席に乗り込む彼の姿にオレはやっと安心する。
これだよね、これがいつもの感じだよ・・・。
「さ、早く帰ろ、ほんとに怒られちゃう。」
「OK、アベちゃんに角はえちゃうもんね。」
「そうだよ、怖いんだから〜。」
そう言って笑いあってオレは車を発進させた。
「やっぱりヒロの方が様になるな〜〜。」
「まぁ、乗り始めてから長いからね。」
そう答えてオレを見ている大ちゃんに笑ってみせる。
オレだって、そうやって助手席でオレを見てる大ちゃんの方が可愛らしくて好きだけどな。
そんな事を口に出したらこの人はまたムッとしてしまうかも知れないけど。
「ねぇ、大ちゃん。」
T字路で一旦停止するのと同時に彼を呼ぶ。
「ん?」
彼が小首をかしげてこっちを向いた瞬間に軽く彼の唇を奪う。
「オレの運転の方が良くない?」
そう言ってオレは車を再び走らせる。彼は無言で窓の方へ顔を背けた。
こういうこと出来ちゃうから、やっぱり大ちゃんは助手席の方がいいんだけどな〜。
チラッと視線を送ると首筋を紅く染めた彼。
ホラ、こういうところも可愛いんだよ。
オレから視線を逸らしたまま、彼がポツリと言った。
「さくら・・・きれいだったね。」
「そうだね。」
「花びら、みんなも見たら喜ぶかな?」
「喜ぶよ、きっと。そうだ、大きなお皿に水張って、そこに浮かべたらきれいだよ。」
オレは昔母さんがやっていたのを思い出して言った。
「うん、そうだね。早くこの子達も浮かべてあげたい。」
嬉しそうに手の中の花びらを見つめながら彼が微笑んだ。
そんな大ちゃんが一番可愛いって事、本人は気付いてないんだろうけど・・・。
水を張った上に浮かぶ花びらはみんなに好評だった。彼もご機嫌な笑顔でその花びらを最愛の息子に見せた。
「ほら〜〜ジョン君〜〜きれいでしょ〜〜桜だよ〜〜〜。」
ジョンは不思議そうな顔をして匂いを嗅ぐとそのままベロンと・・・
「わぁぁぁぁ〜〜〜だめぇ〜〜!!!!」
時すでに遅し。10枚の幸せの花びらはその枚数を欠けさせていて・・・。
「せっかく・・・せっかくヒロが取ってくれたのに・・・。
ジョンのばかぁぁ〜〜〜。」
オレはこの可愛らしい人をご機嫌にさせるために、また鍵を差し出す羽目になるのだった。
END