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<雨降って・・・?>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か最近、仕事しすぎじゃない。」

 

 

思わず口にしてしまった言葉に最愛の人が作業の手を止めて振り向く。

 

折角仕事も早く終わって、久しぶりの休みに彼の家を訪れたのはいいけれど、肝心の彼は相変わらずせわしない作業に追われている。

言葉を交わしたのは一番最初に飲物を勧めてくれた時だけ。こんなんじゃ一人で家にいるのと変わらない。いや、むしろ目の前に彼がいる方がよっぽど、目にも毒、身体にも毒だ。

 

 

「なぁに?ヒロ。」

 

 

「別にぃ〜。」

 

 

無理を言ってスタジオの中に入り込んで、作業する彼の後ろ姿ばっかりを眺めていたら、そりゃあ愚痴のひとつもいいたくなるって言うのが人としては当然で。オレは大ちゃんの後ろ姿を見に来たんじゃないぞ!!と心の中で毒づいた。

 

すると彼は、わざとらしく溜息をついて、マウスを何度かクリックするとイスごとオレの方に向き直った。

 

 

「なんか言いたい事があるならちゃんと言ってよ。そうやって睨まれるのって感じ悪い。」

 

 

「別に睨んでなんかないじゃん。」

 

 

睨んでるよ。」

 

 

そう言う大ちゃんだって睨んでるくせに。

 

オレ達の間に沈黙が流れる。

気まずい空気を破ったのは大ちゃんだった。

 

 

「そりゃあ、折角ヒロが来てくれてるのに、作業してて申し訳ないと思うよ。ホント、ごめんなさいぃ!」

 

 

語尾を強めに、納得してないような、とりあえず謝っとけみたいな言い方にカチンと来た。

 

 

「仕方ないよね。大ちゃん大忙しだもんね。やる事多くてオレの世話まで手が回らないよね〜。」

 

 

「ちょ・・・!!何それ!!」

 

 

「いつも予定がいっぱいの浅倉さんの都合も考えず、いきなり来たオレが悪いんですよ。ハイハイ、申し訳ありませんでしたぁ〜。」

 

 

「忙しいのはヒロでしょ!?ヒロだってお芝居の稽古で予定がいっぱいなくせに!!」

 

 

恨めしそうな顔で睨みつけてくる彼をフンと鼻であしらって、続ける。

 

 

「来年の春まで予定がいっぱいなのは誰でしたっけ〜?あ、3年後まででしたっけ???」

 

 

「ヒロだって同じでしょ!!また舞台やるくせに!!」

 

 

「それは大ちゃんが忙しいからだろ!!」

 

 

「何それ!!」

 

 

「オレだけ暇じゃ、釣り合いが取れないだろ!!」

 

 

「釣り合いって何!?僕がいつそんな事頼んだ!?」

 

 

喧喧囂囂と言いあって、互いに相手を睨みつける。

 

 

「ヒロのばか!!」

 

 

「大ちゃんの分からず屋!!」

 

 

罵倒の言葉を吐き捨てて、スタジオを出て行く。

 

全く、こんなんじゃホントに来た意味なんて何処にあるのさ!!

荷物を引っつかんで玄関へと向かう。

クソ!!ムシャクシャして仕方がない!!

 

 

「オレ、帰るからね!!」

 

 

玄関からでっかい声でオレの怒りをあらわにする。

 

 

「勝手にすれば!!」

 

 

負けじと怒鳴り返してくるその声に、オレは思い切りドアを閉めて出て行った。

 

 

ったく、なんなんだよ!!

勝手にすればって、可愛げの欠片もない!!あぁ、そうですか、勝手にしますよ!!どうせ忙しくて、オレが帰った事もこれ幸いと作業してるんだろうさ。もう頼まれたって来てやんないからな!!

 

 

オレは愛車のドアを開けると、後ろの席に荷物を放り込んでそのまま発進させた。

折角の貴重な休みの日だって言うのに、こんな気分で終わるなんて!!

ムカツクからどっか飛ばすか?箱根にでも行ってみるか!?山道飛ばしたら、ちょっとはすっきりするかも、っていうか、してくれなかったら困る!!

 

 

オレはいつもより深めにアクセルを踏み込んで、住宅街の中からスピードの出せる広い道路へと進む。出来るだけ遠くの地名の書いてある方へ進路を取る。地図なんて必要ない。適当に走って、適当なところへ行ければ。とりあえず、ここじゃなきゃ何処でもいい。

 

バイパスに入る前の信号で、一応、仕事の確認をしておかないとと思って携帯を探す。遠くへ行ってしまったら、急なブッキングには答えられない。あれだけ念を押しておいたから、絶対に大丈夫だとは思うけど、一応、念のため・・・。

 

 

「・・・あれ?」

 

 

ガサゴソといつも入れてあるだろう場所を探すが、見付からない。

後部座席に投げた上着を手繰り寄せ、ポケットを探るが・・・結果は同じ。

 

 

「おかしいなぁ・・・。」

 

 

もしかして投げ込んだ時にどっかに飛ばしたかと思ってシートの下を覗いていると、後ろからクラクションに煽られた。

 

 

「やべ!!」

 

 

青に変わっていた信号に慌てて車を走らせる。

路肩スペースに車を止めてもう一度きちっと探したが、車の中には見当たらなかった。

 

 

「クッソ〜、どこいったんだよ!!」

 

 

悪態をついてみるが、心当たりのある場所といえば・・・やっぱりあそこだよな・・・。

今、一番行きたくない場所。

これが携帯電話でなければ・・・。

例えば上着とかなら、寒ささえ我慢すれば別に取りに行くほどの事でもない。鞄だって別にたいしたものが入ってるわけでもなし、置いてきたところで困りはしない。現金はいつもポケットの中だし、最悪マネージャにでも借りておけばいい。けど、携帯電話は・・・。

 

 

「・・・マジで最悪。」

 

 

これがないと仕事が立ち行かない。

もしかしたら今、この瞬間にも予定が変更になってるかも知れない。

そんな事ならどこかに落としてしまった方が・・・。心優しい人が拾ってくれてるかも知れないし。

 

 

「はぁぁ・・・・。」

 

 

どうしよう・・・。

やっぱ、取りに戻るしか、ないよなぁ・・・。

 

 

憂鬱な気分でハンドルを切る。さっきまで出していたスピードの半分以下でのろのろと走る。

 

 

はぁ・・・気が重い・・・。

 

 

何となく行きづらくて、途中やっと見つけた電話ボックスから自分の携帯に電話する。

もしかしたら、どこかに落としてる可能性だって、全くないとは言い切れない。

長い間続くコール音。20回を超えて諦めようかと思った時、コール音が途切れた。

 

 

「も・・・もしもし?」

 

 

「もしもし。」

 

 

聞こえた声はやっぱりと言うか、彼の声で。それ以上、何も言おうとはしない。

お互い最初の声で解っちゃってるからな・・・。

渋々、こっちから切り出す。

 

 

「これ・・・オレの携帯。」

 

 

「知ってる。」

 

 

「あ〜・・・忘れちゃったんだけど。」

 

 

「取りにくれば。」

 

 

一言で会話を終わらせようとする彼に、益々怒りが募ってくる。

 

 

なんだってこんなにツンケンされなきゃならないんだよ!!

オレの事、ほっぽといたのはソッチだろ!?

逆ギレなんておかしくね?

 

 

「じゃあ玄関に置いといて!!黙って持って帰るから!!じゃあ!!」

 

 

ガチャンと受話器をフックに掛ける。

全く、なんなんだよ!!ムカツク!!!

とっとと携帯を取って帰ってやる!!

 

 

オレはムシャクシャしたまま、来た道を戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ・・・。

 

 

溜息しか出ない。

さっき怒りに任せて飛び出してきた大ちゃんのスタジオ。

 

なんか、やっぱり気まずいよな・・・。

かっこ悪いって言うか、間抜けだよな、オレ。

あんなタンカきって出てきたって言うのに、携帯忘れてまんまと戻って来てるなんて。

 

ひとしきり自分の間抜けさを呪ってみたけど、こうしていても一向に埒があかない。

オレは意を決してドアに手を掛けた。

 

 

そうだよ、携帯だけ取ってそのまま引き帰せばいいんだから。どうせ大ちゃんは作業に熱中しててこっちの事なんか気付かないだろうし。そうだよな、うん。

 

 

そっとドアを開けて玄関スペースを覗く。

 

 

オレの携帯は???

 

 

ぐるっと見渡してもどこにも見当たらない。

 

 

ったく、玄関に置いとけって言ったのに!!

 

 

仕方なく靴を脱いで、そっと部屋の中を覗いてみる。

 

 

ここにもない・・・ここにも・・・。

 

 

ひとつひとつ、さっきオレが通ったところを確認して歩く。

結局、どこにもお目当てのものはなくて、さっき飛び出した部屋の前に辿り着く。

ドアのところから中の様子を覗き込むと、さっきと同じように作業中の彼の姿。と、その横に、オレの携帯!?

 

 

何であんなとこに置いてるんだよ!!

これじゃあ、見つからないようになんて到底ムリ!!

ったく、何の嫌がらせだよ!!

クソっ!!

 

 

オレは頭をガシガシと掻いて、その場に座り込んだ。

 

 

一体、どういうつもりなんだよ。

わざとだよな、これって。解っててわざとやってるんだよな。

大ちゃんの底意地の悪さにうんざりする。一回怒らせるとホントにたちが悪いって言うか・・・、とにかく、こっちが先に音をあげるんだよな、いつも。

それでオレも何となくなぁなぁにしちゃって、いつも気付くと大ちゃんの思い通りになってる。

これって、絶対ズルイよな。オレだって譲りたくない事だってある。毎回毎回同じパターンになると思うなよ!!

 

 

オレは意を決してドアを開けた。

黙って持って帰るって言ったんだから、別に断る必要もないよな。

つかつかと作業している彼の隣まで歩いていって、携帯電話に手を伸ばす。ムカツクからなるべく大ちゃんを見ないようにして、引っ手繰るように机の上の携帯を取り上げた。そのままさっさとスタジオを出ようとすると、後ろから声が聞こえた。

 

 

「何もないの。」

 

 

淡々とした冷たい声。

 

 

「何が?」

 

 

オレも同じように言い返す。

 

 

「普通、お礼とか言うでしょ。こういう場合。」

 

 

何だよ、ソレ!!

玄関に置いとけって言ったのに、わざわざスタジオの自分のすぐ横に置いておいて、その上、礼を言えって言うのかよ!!

文句の間違いじゃないのか!?

 

 

「これは気がつきませんで。どうもありがとうございました!!」

 

 

深々と頭を下げて、そのまま回れ右をする。

 

 

「どうして!!」

 

 

突然聞こえた彼の珍しく怒鳴る声に、オレはスタジオから出て行くのを一瞬躊躇った。

 

 

「どうしてそんな風に言うの!!」

 

 

背中を向けたままの彼に思わず声を掛けた。

 

 

「・・・大ちゃん・・・?」

 

 

「僕、何か悪い事した?ヒロを怒らせるような事、した?」

 

 

「はぁ!?」

 

 

オレは呆れてものが言えなかった。

 

怒らせるような事・・・って、そんな事!!

全く気付いてないのかよ!!

確かにオレだってわがまま言ったかもしれないけど、それでも、一緒にいるのに無視してたのはそっちだろ!?

怒らせるような事したのはそっちじゃね〜のかよ!!

 

オレの中の怒りが、また沸点へと近付く。

 

結局、全部オレが悪いって事かよ!!

 

 

「あのさ    。」

 

 

「ヒロの事!!」

 

 

オレの話を遮るように大ちゃんが言葉をかぶせる。

 

 

「ヒロの事・・・ほったらかしてたのは悪いと思ってるよ。折角予定よりも早く来てくれたのに、全然・・・。」

 

 

何だよ、解っててやってたって事かよ!!

すっげ〜タチ悪くね!?

 

 

「だけど・・・それは、ヒロだって・・・。

予定より、早く来るし・・・。」

 

 

「何だよ!!来ちゃいけなかったんだったら、はじめからそう言えばいいだろ!!」

 

 

「嬉しかったよ!!嬉しかったけど・・・僕だって・・・ヒロが一緒にいてくれたの、嬉しかったけど・・・仕事、終わらなくて・・・。」

 

 

こっちを一切見ずにそう言う彼の背中が小さく見える。

 

 

「仕事、あるなら初めからそう言えよ。そしたらオレだって邪魔しないよ。」

 

 

投げやりにそう言う。

 

 

「やだよ・・・。そんなのやだよ。そしたら僕はいつヒロに会えばいいの・・・?」

 

 

「・・・大ちゃん・・・?」

 

 

呻くように吐き出された大ちゃんの言葉に、逸らしていた視線を戻す。

 

 

「ホントは終わるはずだったんだよ、ヒロが来る前に。だけど、予定よりヒロ、早かったし・・・。」

 

 

「だから、言ってくれれば。」

 

 

「ちょっとでも早く終わらせて、ヒロとまったりしたかったんだよ!!」

 

 

そう言って振り向いた大ちゃんは目を真っ赤にさせて、必死に涙を堪えていて。オレは、それを見た瞬間に、もう、今までの事はどうでも良くなって、そんな大ちゃんをぎゅっと抱き締めた。

 

 

「久しぶりだったんだよ・・・?一緒にいるの・・・。」

 

 

腕の中から聞こえる涙声に、オレはいっそう抱き締める腕に力を込めた。

 

 

「・・・ゴメン。」

 

 

「ヒロが早く来てくれたの、嬉しかった。」

 

 

「うん。」

 

 

オレは大ちゃんの背中をポンポンと安心させるように叩いた。

すると大ちゃんは鼻を軽くすすって、オレの腕の中から抜け出して笑った。

 

 

「仲直り、ね。」

 

 

そう言って、小指を差し出す。

約束のしるし。

オレはその小指に自分の小指を絡めて、約束の誓いをした。

 

 

そうだよ、嘘ついたら、何でもするよ。

 

 

くしゃくしゃの顔のまま笑ってみせる大ちゃんに、何故だかオレも可笑しくなった。

意地の張り合い。

結局そういうことだったんだろうと思う。

 

指切りをした後の小指を離すと、大ちゃんがオレにそのまま抱きついてきた。

 

 

「ねぇ、今日は泊まっていくよね?」

 

 

「え?」

 

 

「泊まって、行くでしょ?そのために早く終わらせたんだから。」

 

 

下から見上げてくる彼に、オレが抗えるはずもなく・・・。

こういうところがいつまで経っても可愛いんだよな・・・なんて、惚れた弱みなのか?

 

 

「まったり・・・させてくれるの?」

 

 

オレがそう聞くと、

 

 

「まったり、しよ。」

 

 

嬉しそうにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

甘えたいのはお互い様。

だからわがままも言っちゃうし、して欲しい事もたくさん増えてしまう。

それを叶えてくれちゃう君だから。

たまには怒ってもらったくらいが調度いいのかも知れない。

 

喧嘩なんてしたくないけど、たまのソレは恋愛のスパイス。

今日も恋人は、オレの腕の中で可愛らしく笑っている。

 

 

 

 

 

 

 

          END