<AM>
ふと、目が覚めてしまった。
ぼんやりと開けた視界に入り込む夜明け前の時間。
午前4時。目覚めにはまだ早い。
ひんやりとした室内の空気にチラリとカーテンを捲ると、この時間には似つかわしくない白。
雪が、降っている。
どうりで寒いわけだと布団を引き上げて、まどろみの中に戻るには覚めすぎてしまった目をぎゅっと閉じた。
まんじりともせず、ベッドの中でしんと静まり返った世界に耳をすます。
こんな時間は孤独をひしひしと感じる。
どこにもぬくもりはない。
総ての音を飲み込んで行く白。
耳に痛い静けさ。
自分の心臓の音がヤケに耳につく。
雪は、この世をこの世ならざるものに変えていく。
総ての色も音も飲み込んで、あなたの音すら聞こえない。
聞こえない、
聞こえない
恐怖。
このまま本当に何もかも失ってしまったら。
塗り込められたこの白の世界に、あなたすら消えてしまったら。
こんな時間は無用な思考が駆け巡る。
まんじりとも出来ず、強く強く瞳を閉じる。
あなたの声が聞きたい。
雪が降っていた。
静けさにブラインドの隙間から外を覗くと世界は白に包まれていた。
キラキラと舞い落ちる身を切るような痛さ。
美しさは何故か刹那さに似ている。
音のない静寂をもたらす白はともすれば自らも飲み込んでしまいそうで、温かな室内にいるはずなのに何故か寒い。
この世は、静寂に満ちている。
痛いほどの清らかさに、満ちている。
目をそらすことも適わず、身じろぎすら出来ないままでじっと見つめる。
何故、こんなにも刹那いんだろう。
何故こんなにも、苦しいんだろう。
しんと静まり返る白は君のハイトーンに似て。
君の声が聞きたい。
音のない世界に、ひとつだけ響く特別な音。
白の世界は孤独を摺り寄せて、ふたり 。
サクサクと踏みしめる足音。
開けかけたまどろみの隙間。
誰もいない。2人の他に誰も。
枝に降り積もった白い雪。椿の赤がよく映える。
握り締めたその手。
傘もささず、行先も決めず、2人は歩く。
白の世界に2人の足跡だけが行く先を示している。
まるで演歌みたいだと2人は思う。
交わす言葉も持たず、何か理由を見つけることさえ無意味に思えて、
この白の世界の中で白い息を吐き出しながら、繋いだそのぬくもりだけが確かなものだと悟る。
肩に、頬に、まつげの上に、そして唇にも白い世界は舞い降りて、音だけではなく温度も奪っていくような気さえする。
白の世界は圧倒的な強さで2人を侵食し、やがて2人さえも飲み込んで白の世界を埋め尽くすのかもしれない。
「寒い?」
気遣う優しさ。
「どこへ、行くの?」
手を引くでも引かれるでもなく進むその先は、2人ですら解らない。
頬を切る痛さは2人をどんどん孤独にして行く。
「音が・・・。」
踏みしめる足音さえ吸込まれて2人は無音の中に立ち尽くす。
「そこに、いる?ねぇ、そこにいるの?」
小さく、怯えたような声。
ぎゅっと手を握り返す。
温度さえも奪おうとする白にぬくもりが曖昧になる。
「いる?」
小さな声。
「 っあ・・・。」
握った手を引き寄せ、熱を伝える。
柔らかく触れて、その中に潜り込んで、誰もいない世界でくちづけをかわす。
白の世界に飲み込まれないように。
「あったかい。」
ぬくもりの戻った声が言う。
けれど 。
「どうして、泣いてるの・・・?」
開けかけたまどろみの中。音のない世界。
声が聞きたくて繋いだ手。
行く先も知らず、2人は果てのない白の世界を歩いて行く。
孤独をその手に握り締めて。
あとには、長い長いふたつの足跡だけが、行先を告げるように続いている。
刹那いくらいの白の中で 。
END 20100218