<Alice's in Wonderland>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのさ、いつから大ちゃんアリスになったの?」

 

 

「はぁ!?」

 

 

いつものように勝手知ったるでやってきたヒロはパソコンの画面から顔を上げていきなりそんな事を口走った。

作業用とは別に誰でも使えるように置いてあるパソコンでなにやら必死に見ていたと思ったら、突然脈絡のない言葉。一体どこからそんな言葉が出てきたのやら。

 

 

「アリスって?」

 

 

ざっと目を通し終わった仕事のメールを閉じて、ヒロの立ち上げているパソコンの画面を覗き込む。

 

 

「え?ツイッター!?やるじゃんヒロ。」

 

 

わざとらしく驚いてみせるとヒロは軽く睨んで、「大ちゃんが面白いからって言ったんじゃん」と口を尖らせた。

散々渋るヒロに見たい時に見るだけならいいだろと解りやすいようにデスクトップに貼り付けたのは僕だ。どうせこの男が手を出すなんて思っていない。

 

 

「何?その僕がアリスって言うのは。」

 

 

新しいタバコに火をつけてヒロより遥かに手慣れた手つきでマウスを奪うと、ヒロが彷徨っていた先を辿る。咥えタバコのまま出所を辿ると見覚えのある文章に辿り着いた。

 

 

「あぁみっこさんか。」

 

 

「何?」

 

 

訳が解らず伺ってくるヒロに事の顛末を説明する。

 

 

「ヒロ、読んでたんじゃないの?」

 

 

「だってよく解んないけど、大ちゃんの名前で見たら書いてあったんだよ。絵がついててさ。」

 

 

そう言っていくつか開いたらしいイラストを示して見せた。

 

 

「大ちゃんってさ、こう言うイメージなんだね〜。こんなに可愛くはないのにね〜。」

 

 

「なんか言った?」

 

 

ギロリと睨んでやるとヒロは弾けるように笑い出した。

 

 

「アハハハ。可愛い、可愛いよ!ヤニ臭くても、スタジオ篭もってる姿がすっげー男らしくても!大ちゃんは天使だもんねぇ。」

 

 

「うっさいよ!泣きながら笑ってんじゃねー。」

 

 

ケラケラと笑い続けるヒロのわき腹を小突いておいて画面に目を落とす。

 

そもそも僕のはずじゃなかった。それがみっこさんの一言であっと言う間にこの有様だ。

まぁ面白くはあるけど、正直こんなに拡大するとは思っても見なかった。

 

 

「それで?僕がアリスじゃ不満なわけ?」

 

 

誰もいないのをいい事に後ろからヒロに抱きついて、絶対に他人には聞かせられないような甘えた声を出してみる。

 

 

「不満なんてあるわけないじゃん。大ちゃんはいつだって可愛らしいですよ。」

 

 

「よく言うよ。」

 

 

ちゅっと頬にキスをしてきたヒロに笑ってそう返す。短くなったタバコを口から話すと、すかさずヒロが灰皿を持ち上げた。

 

 

「咥えタバコのアリスなんて聞いた事ないけどね〜。」

 

 

小刻みに震えながら笑うヒロに「そんなにおかしいか」と噛み付いて、じゃれあうようにそのままキスを交わす。

 

自宅兼スタジオのこの部屋はいつ誰が来てもおかしくはないが、今日は取り立てて予定はないし、この部屋へ来る用事のあるようなスタッフはまずいなかった。

来るとすれば、こんな状態の僕達を見て動じず怒鳴り散らすSさんくらいのものだろう。まぁ、最近は自分も幸せなのか3回に1回くらいは黙認してくれているようだが。

 

そんなSさんも今の時間は何だかの打ち合わせがあるとかで、ここへ来るのは少なくとも後1時間くらいは後だろう。

その間に、と言うわけでもないが久しぶりにのんびりしているこの状況で、仕事の関係が恋人の関係に変わったとしても誰に責められるだろう。

完全防音のこの部屋でどんな物音を立てようが誰も聞き咎めるものなんていやしない。その開放感と、もしかしたら・・・と思う緊張感がたまらなく心地良い。必然、啄ばむようなキスは絡め取るようなキスに変わっていく。

 

 

「ちょっ、とぉ、ガッツキすぎ・・・っ。」

 

 

「いいじゃん、がっつかせてよ。」

 

 

「ばぁ・・・か。」

 

 

クスクスと笑い合いながら互いに抱えたじくりとしたものを口腔内だけでやり過ごそうとする。

防音のこの部屋でその先に進む事は他愛のない事だったが、慌しく終らせるには勿体ない久方ぶりの恋人としての逢瀬に、言葉には出さないが互いの気持ちを汲み取って踏み止まろうとする。

ギリギリの攻防に艶めかしい吐息を吐きながら、“続きは・・・”その先の言葉を視線で飲み込んだ。

 

いつの間にか抱え込まれ、膝の上に横座りになった状態で何もなかったかのようにパソコンに目を落とす。

 

 

「ヒロのもいっぱいきてるじゃん。」

 

 

「え!?オレ?」

 

 

「マッドハンターだってさ。」

 

 

「マッド・・・?あぁ!ジョニーデップ!!」

 

 

「そう、イカレ帽子屋。ヒロにピッタリじゃん。」

 

 

クスリと笑ってそう言うと、ヒロは明らかにわざとらしいキメ顔で、

 

 

「まぁカッコイイもんね〜オレ。」

 

 

しゃあしゃあとのたまわる。

 

 

「バッカじゃないの?イカレてるって言ってんだよ。」

 

 

「ひっでぇ〜イカレてないじゃん。」

 

 

大袈裟に驚く彼のおどけた表情にフフンと笑って見せて、さっきから当たっているイカレたモノをやんわりと握りこんだ。

 

 

「これのどこがイカレてないって?断っときますけどぉ〜仕事場ですよ〜貴水さん。」

 

 

うっとりと目を細めたその顔に吐息の掛かる距離で囁くと、ヒロは短い息を詰めて落ち着けるようにゆっくり長く吐き出した。

 

 

「・・・凶悪アリス。」

 

 

グイっと頭を掴まれて濃厚なキス。空いた片手が下肢に下がり、ヒロの手が同じようにやんわりと僕を包む。

 

 

「ん・・・。」

 

 

じれったい指の動きに貪るように舌を伸ばす。

互いの酸素を飲み込んでクラリと目眩を起こしてようやく、唇を離した。

 

 

「イカレマッドハンター。」

 

 

左手で包み込んだ帽子屋のそれをぎゅっと強めに握ると、一瞬上を仰いで僕のを握り返す。

 

 

「ここのアリスちゃんも可愛らしいじゃない。」

 

 

クスっと笑ったその口調。

 

 

「“控えめ”って言ってほしいね。」

 

 

さらに強く握り締め言葉を返した。

 

 

「控えめ!!大ちゃん、面白すぎるよ、それ!!」

 

 

突然笑い転げたヒロの頭をバシっと殴って濃厚な時間を断ち切るように膝から立ち上がる。

 

 

「ってか笑いすぎだから!」

 

 

タバコに火をつけ、わざと煙をヒロの顔に吐き出した。煙に顔をしかめながらそれでも笑い転げるヒロにスパスパとタバコを吸いつける。

 

 

「ったく。元はと言えば、僕じゃなくて木根さんだからね。」

 

 

ボソッと呟いた僕に笑い転げて涙を拭きながら伺ってきたヒロに僕はニッコリと笑って言った。

 

 

「サングラスでギター持ったアリスですよぉ〜可愛らしいでしょぉ〜。欲情しちゃうね。」

 

 

「・・・萎えたわ。」

 

 

その姿を想像したのかげんなりとするヒロに今度は僕が爆笑した。ヒロの身体があまりにも正直だったから。

 

 

「ほんっと、解りやすい男だねぇ〜。」

 

 

「ちょ、大ちゃん!」

 

 

撫でても元気を取り戻さないヒロのソレを僕はマジマジと眺めながら言った。

 

 

「ほんとイジワルだよね、大ちゃん。」

 

 

「そぉ?」

 

 

僕の視線から隠すように横を向いたヒロの髪をがしがしと撫でてやりながら笑った。

 

 

「まぁ、不思議の国に行くにはうさぎがいないと。穴から落ちれないもんね。」

 

 

僕は慌てたウサギを思い浮かべて何となく誰かのイメージに被るような気がして首を捻った。

 

 

「ウサギってさ・・・。」

 

 

「うん。」

 

 

「アベちゃんっぽくない?」

 

 

その言葉に2人して顔を見合わせて笑った。多分想像してたのは僕もヒロも同じもの。

 

 

「アベちゃんじゃ不思議の国じゃなくて現実の国だよ。」

 

 

「追い立てられそうで怖いね〜。」

 

 

「今頃、“忙しい忙しい”って言ってるよ。」

 

 

「想像出来る!!」

 

 

可愛いとは言い難いウサギの姿を思い浮かべながらゲラゲラと笑っていると、突然インターフォンを鳴らす音が聞こえた。

 

 

「ホラ来た!!」

 

 

あまりのタイミングの良さにまたしても2人で笑う。「開いてるよ」と答えておいて恋人の顔から仕事の顔を取り戻す。

彼女がここへ来るまでのほんの少しの間に慌しくヒロが言った。

 

 

「大ちゃん。」

 

 

「ん?」

 

 

「不思議の国は、今夜ね。」

 

 

ニヤリと一瞬恋人の顔で笑い、しれっと仕事の顔を被りなおす。

短い約束を取り付けるが早いか、件のウサギがドアを開ける。

僕達は再び現実の国へと転がり落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

   END 20100825