<scheinende Sonne>








「Heyお兄さん、年越しのご予定は?」


そんな言葉で浅倉は貴水を呼びだした。


「さすがに今日は早く寝ないでしょ?」


規則正しい貴水の生活を知っている浅倉は一応と言う形で聞きはしたものの、その言葉尻は断ることなど出来そうもない。
いつもは年が明けてからゆっくり実家に顔を出す貴水だが、今年は早めに戻るかと考えていたところにこの浅倉の言葉だ。
年越しは山へ行くと言っていたはずなのにと首を傾げつつ、とりあえず無難な返答を返す。


「まぁ実家には顔を出そうと思ってるけど。大ちゃん、山行くって言ってなかったっけ。」


「うん、これからね。だからヒロも一緒に行かない?初日の出、一緒に見ようよ。」


「えっ!?」


思わず本域の声が出る。電話口の向こうから、声デカいよ、となじる浅倉の声が聞こえる。


「てかさ、今、ヒロん家の下にいるんだけど。」


「えぇ!?」


浅倉の信じられない言葉に、見えやしないのに思わず窓へ駆け寄って下を覗き込んだ。


「・・・うそでしょ?」


呆然とする貴水は思わずそう呟き、電話口の向こうではしゃぐ浅倉に脱力した。














 






 
「OHANAちゃん、大人しいんだね。」


結局断り切れず、浅倉の車の助手席に落ち着いた貴水である。
後ろのシートには浅倉の愛犬が慣れた様子で寝そべっている。
貴水が乗り込んでしばらくは前のシートに来たがって、安全の為にかけてある柵を乗り越えようとしていたが、何度も浅倉に叱られてようやく諦めたらしい。今は1人悠々とシートに寝そべっている。


「他の人が一緒に車に乗ること、あんまりないからね。嬉しかったんじゃない?いつもはこんな感じよ。」


相変わらずの安全運転の浅倉は今では普通に会話が出来る。
免許取りたての時は運転に集中するあまり会話もままならず、背筋も強張っていた。
そう考えれば浅倉が免許を取ってもうかなり経つ。昔は自分が浅倉を乗せる一方だったのにと貴水は懐かしく思う。


「眠くなったら寝ていいからね。着いたら起こしてあげる。」


そう言いながらもご機嫌な浅倉は鼻歌まじりで、そう言えば、と貴水を寝かす気などない。
もしかしたら渋滞しているかもと懸念した浅倉だが、今のところ快適なドライブは続いており、この分なら上手くいけば富士山の向こうに沈む夕日を見られるかもしれないと期待していた。
あの夕日を、貴水にも見せたかった。

結局、浅倉の思惑は叶わず、目的地に着くころにはとっぷりと暮れていたが、途中で可愛い鹿に遭遇することが出来た。
動物注意の看板を見た貴水は半信半疑だったが、実際に現れた鹿に、ホントにいるんだ、と興奮して声をあげた。

浅倉の別荘では既に年越しの準備が出来ていて、小さな門松と正月飾りが貴水を迎えた。
年越しそばでも食べようということになり、結局見かねた貴水が料理をすることになったが、薪の爆ぜる心地よい音の中で穏やかな時間が過ぎていく。
年越しを一緒に過ごしたのはいつ振りだろうとふと考え、カウントダウンライブをやったのも確か辰年だったなと、もうすでにそれだけの時間が過ぎていたことに驚いた。


カウントダウンをしよう、と浅倉が除夜の鐘を中継する動画に繋ぐと、一気に年末感が押し寄せて来る。


「今年もありがとね、ヒロ。」


愛犬を座らせながら浅倉が言った。


「来年もよろしく。」


「こちらこそ、来年もよろしく。」


そんな挨拶を交わしている間に年が明け、浅倉は「今年も、だね。」と笑った。
喪中の貴水を気遣ってか浅倉はそれ以上何も言わず、いつもの調子で初日の出の時間はね、と話題を変えた。
貴水はそんな浅倉の気遣いに心の中でそっと礼を言って、浅倉がこうしていてくれる事に感謝した。

さすがに眠気の限界が訪れた貴水を浅倉は笑いながらベッドへ追い立てると、これからは僕の時間、と星や初日の出をおさめると意気込んで三脚を取り出した。














 
「ヒロ。そろそろ起きて。」


軽く揺さぶられて貴水が目を覚ますとしっかり防寒した浅倉がいた。まだ暗い。
はっきりしない頭で浅倉に言われた通り上着を羽織り温かい空気をその中に閉じ込めると、促されるまま外へ踏み出した。
一気に目が覚めた。貴水はそのまま回れ右をして家の中へ戻ろうとしたが、浅倉に連れ戻される。


「ヤダよ、こんなとことずっといられないよ。」


「大丈夫、車までだから。早く。」


浅倉の吐く息も白く、それを見ただけで寒気に襲われたが、手招きする浅倉を無下にすることも出来ずできるだけ冷気に触れないように身を丸くして駆けだした。
浅倉の示す車に慌てて駆け込むと中は既に温められていて、ホッと詰めていた息を吐き出した。


「もうすぐ夜が明けるよ。」


反対側から乗り込んできた浅倉も温かさにホッと息をつきながら言う。
フロントガラスの向こうはぼんやりと木々の輪郭が見え始めていた。
浅倉が用意してくれた熱いコーヒーを口にすると薄く残っていた眠気も霧散する。
しばらくすると山の端の輪郭が薄く色づき始め、次第に色を濃くしていく。あたたかなオレンジが藍色を追いやり、澄んだ空気が満ちて来る。
黙ってそれを見つめていた2人は、山の頂に昇ってくる今年最初の太陽を目を細めて見つめた。強く、真っ直ぐな光が降り注いでくる。


あぁ。


思わず貴水は息を漏らした。自分を満たしていく何かが、ふつふつと静かに動き出すのを感じた。
見惚れていた貴水を浅倉が呼んだ。


「ヒロ。」


振りむくと、パシャリとiPhoneのシャッター音。浅倉は今撮った画像を確認している。
満足気に頷くと、手を合わせて貴水を拝んだ。


「え?何?」


真剣に拝んだ後、


「ありがたいから。」


浅倉はニコリと笑った。


「僕にとってヒロは、太陽だからね。御来光と一緒に拝んだらご利益あるんじゃないかなって思って。」


「そんなのあるわけないじゃん。」


「あるの!」


浅倉はプッと膨れて見せる。


「ヒロがこうして僕と一緒にいてくれること自体が、ありがたいんだから。」


いつになく真面目なトーンで言う浅倉を貴水はじっと見つめた。視線に気付いた浅倉は小さく笑った。


「こんなに長く一緒にいてくれるなんて、思ってなかったんだよ。だからこうして一緒にいられることって奇跡なんだなって、最近すごく感じてる。
この歳だし、何が起きるか解らないもんね。
だから、後悔しないように、やりたいって思ったことはやらないとなって。」


「大ちゃん・・・。」


「初日の出、一緒に見たかったんだ。ずっと。」


照れくさそうに笑う浅倉は貴水から視線を外し、再び登っていく太陽を見つめた。
既に光は山の端を離れ、空にはもう藍色の影は見えなかった。
貴水も浅倉の視線の先を追い、真っ直ぐな光を見つめる。


「連れてきてくれて、ありがとう。」


「うん。」


「オレも忘れないよ。ずっと。」


そう言って貴水は浅倉の手をそっと握った。


   うん。」


2人は黙ってしばらく、その強く真っ直ぐな光を見つめていた。




 
 
 
END20240101