< Sweet Cigar Time>







タバコをやめてからの大ちゃんは甘えん坊だ。
今まで当たり前にあった時間の所在がなくなったからというのはよく解る。自分もそうだったから。
冷たいとか興味がなくなったからという訳ではなく、事後の一服はクールダウンのためのリセットの時間なんだと思う。
そうじゃなきゃ熱を持て余す。また次を求めてしまいたくなる。
タバコを吸っている時間は言葉がなくてもお互い違和感はないし、深く吸い付ける時のジジジという火種が移っていく音もそれはそれで心地いいものだったりする。
自分が吸わなくなってからも今まではその音を彼が聞かせてくれていたのだが、めでたく禁煙に成功した今はその音を発するものはいなくなった。それはそれで何となく淋しい。
だからと言って彼に吸い続けて欲しいとは思わないし、ようやっと止めてくれたことに実は心の底からホッとしている。もともとあんまり気管支が強い方ではないのだ、彼は。
そんな禁煙に成功した彼はいつもだったら一服してぼんやりしているだろう時間を失って、多分どうしていいのか解らないのだろう。ぐりぐりと人の脇に懐いてみたり、指先があちこちと彷徨ったりする。そうかと思うといきなり彼の愛犬にするのと同じように人の髪をわしゃわしゃして笑ったりするのだ。
今も身体をぺたりとくっつけて人差し指で伸び始めたヒゲを探すように喉元から顎、口元を行ったり来たりしている。
もしかして自分も、タバコを止めた時はこんな感じだったのだろうか。
あまりにも昔のこと過ぎて思い出せないが、いろいろ試した結果なのか今は彼の挙動を見守るのが癖になっている。

黙って彼の好きなようにさせているとヒゲを探すことにも飽きたのか、再びぐりぐりと人の脇に懐き、子犬の鳴き声のような小さな声をあげた。


「どうした?」


「なんでもない。」


不貞腐れたような声音に顔にかかった髪をかき上げ伺うと、上目遣いにじっとこちらを見ていた。


「なぁに、どうしたの?」


「べつにぃ。」


到底何でもないなどとは程遠い彼の態度。ここで突き放すと後々面倒なことは、長い付き合いの中で充分に解っている。


「何?どうしたの?喉でも乾いた?」


そう言って起き上がろうと上半身を浮かしかけると、また子犬の鳴き声のような声でぎゅっとしがみついてくる。
あのシンセを軽々と投げて見せる彼の腕力だ。なかなかに痛い。


「だぁいちゃん。」


身動きが取れないのでしがみついている頭頂部にチュッとキスを落とすと、気配を感じた彼は腕の力を抜いて上目遣いに見上げてきた。
自由になった腕でぎゅっと彼を抱きしめ返すと、腕の中で、ふふ、と嬉しそうな声を漏らした。


「寒くない?」


「うん。ヒロあったかいから。」


「そっか、良かった。じゃあ、大ちゃんが風邪ひかないようにぎゅってしてあげる。」


そう言って手も足も絡めとるようにぎゅっと抱きしめれば、言葉とは裏腹な嬉しそうな声音が響く。


「バァカ、いたいよ、もぉ。」


ツアーも終わって、楽しみにしていたクリスマスは仕事もあったりお互い疲労困憊で、ようやっと2人一緒の時間が持てたのはもう今年も終わろうかというタイミングになってしまった。
この後の仕事は一切ないし、かえってその方が良かったのかもしれないが、イベント事を大事にしたい彼にとってみたら、いささか不本意な事のようだった。
その分ゆっくり時間をかけてのメイクラブは意外と性急な彼にとってはじれったいしまどろっこしいと最初は悪態をついていたのだが、そんな言葉を封じるくらいの愛情と忍耐力でじわじわと彼を解いて行くと、身も心もグズグズに蕩けさせた彼は満足げな笑みを浮かべていた。

彼はいくつになっても可愛らしく気難しいお姫様で、その事にたまに手を焼いたりすることもないわけではないけれど、愛情表現が苦手な彼がはにかんだ笑顔で照れくさそうに自分に気持ちを伝えようとしてくれるその姿を見るだけですべてを許してしまえる魔力を持っている。
だからこんなふうに拗ねてわがままを言う姿を見るとめんどくさいとは思いながらも、可愛らしくてたまらないのだ。今までタバコを吹かしてこの姿を必死で隠していたのかと思うと余計に。

彼の体温を感じてウトウトしているとチュッとついばむ感触に意識が戻る。


「コラ、何してんの。」


「だって、ヒロ乳首立ってたから・・・。」


チュッチュッと悪戯のようについばむ彼が身動きが取れないようにぎゅっと抱きしめると、可愛らしい悪戯は艶めかしい悪戯に変わる。
生暖かい舌先がクルクルと実を育てようとするような動きを繰り返す。
明らかにそれを誘っているかのような動き。言葉よりも大胆な誘惑。


「大ちゃん、寝れなくなるよ。」


「ヒロはもう寝ちゃう?」


「だってもうこんな時間だよ?寝ないとダメでしょ。」


不貞腐れた彼は口を尖らせて、


「一緒に朝寝坊しようよぉ。」


甘えん坊でわがままなお姫様に勝てるはずなどあるわけはなく、


「明日一日ベッドの上でも知らないからね。」


「うん。ヒロも一緒ね。」


そう嬉しそうに微笑む彼を組み敷いて、さっきのお返しとばかりに艶めかしい大人のキスをお見舞いした。




 
 
END 20231230