<twilight>





充分に温かくなった布団の中で小さく身動ぎをしながらぎゅっと目を瞑りなおす。
さっきからこれの繰り返し。
久しぶりの興奮になかなか訪れない睡魔と格闘しながらどのくらい経ったのだろう。身体は泥のように疲れているのに脳が覚醒しているせいだ。
疲労感から起き上がって何かをしようという気力はないくせに、頭の中では今日のステージのことが目まぐるしく流れて行って、余計に高揚感が増していく。
寝なくては、そう思って脳内の映像をシャットダウンしようと何度も試みたが、一向にその気配は訪れない。窓の外からは夜明けを告げる小鳥のさえずりが聞こえている。


「眠れないの?」


急に聞こえた囁くような声にビックリして、背を向けていた彼の方へもぞもぞと向き直る。


「起きてたの?」


「なんか眠れなくてね。」

言葉の端に苦笑を滲ませながら彼は答えた。
彼とこうして一緒の布団で眠るのもいつ振りだろう。
こんなご時世になってから互いの家を訪れることも憚られ、そういう関係を持てなくなってからもうずいぶんと経った。今日だってこういうことには徹底している彼が、家に来たいと言ったことに驚いたくらいだ。
ライブのあと、互いの熱を持て余してしまうことも少なくない。だから驚いたけれども、どこか嬉しかった。
彼はただ一緒に眠るだけでいいと、やはりストイックなところも健在だったけれども、この持て余した高揚感を一緒に分かち合ってくれることが嬉しかった。
だからなのかもしれない、頭が冴えて眠れないのは。
隣に彼のぬくもりがあることが安心感を与えてくれているけれど、同時に長い間不在だったこの空間に彼の存在がある現実にどこかついていけていない。それほどまでに長い年月、一緒に過ごしていなかったのだと改めて気付かされた。もちろんまめな彼はその分頻繁にメッセージやテレビ電話をしてくれていたけれど。


「楽しかったね。」


「うん。」


「やっぱりライブっていいよね。」


「うん。」


去年の秋冬のツアーの見送りを決めた時、とても残念そうな顔をしていた彼。そのことをふいに思い出した。


「ホントにヒロはライブ好きだね。」


「大ちゃんも好きじゃん。」


布団の中で並んでぽつぽつと言葉を交わす。
こんな時間がとても好きだ。もうずいぶんと忘れていた。おやすみ電話だけじゃ埋められないもの。彼の体温がそこにある。


「ねぇヒロ。」


「ん?」


「僕を選んでくれてありがとね。」


とても穏やかな気持ちでそう告げた。
彼は本当に何度も何度も自分を選んでくれた。待ち続けてくれた。せっかちな彼からは想像もできないくらいの辛抱強さで。こんな気難し屋な自分を見捨てずに、傍に居続けてくれた。


「なに言ってるの、選んでくれたのは大ちゃんでしょ。」


薄い夜明けの中で優しく見つめてくれる瞳。この瞳が好きだ。
温かい体温が左手に重なる。指と指を絡めて握られた手にきゅっと力が籠る。優しい瞳が柔らかく笑んだ。


「早く元通りになるといいね。」


自分より若干高い体温。その温もりを答える代わりにきゅっと握り返す。
じんわりと伝わってくる熱が睡魔を引き寄せたように意識が曖昧になっていく。


「大ちゃんの体温、おちつく。」


「ん。僕も。」


「このまま少し寝ようか。」


「うん。」


「おやすみ。」


再びきゅっと握られる手。握り返して答える。


「おやすみ。」


訪れた微睡みの中、繋がれた温もりをとても愛おしく思った。


 
 
END 20220410