<Love Song>





メモを見つめて貴水はうーんとため息ともつかないうめき声をあげた。
とっておきのラブソングをというアンケートに先程から頭を悩ませている。赴くままに書き出した懐かしい曲名を見つめながら優先順位を決めかねているのだ。思い入れを優先させるのか、今改めて歌ってみたい曲を優先させるのか。
もちろん他の出演者と被れば希望は通らない訳で、書き出してみた曲を見ても恐らくこれは難しいだろうなと思う曲も何曲かある。ここから3曲に絞るわけだが、さてどうするか。



ありがたい事に毎回呼んでいただけている番組からのアンケートは、毎回頭を悩ませる。
取り敢えず課題の1曲は解ったが、他にまだ数曲ありますと言う事しか聞けていない。出来ればそれらとも毛色の違った曲を歌いたいという欲もある。
ボツにしようと思って線を引いた曲も併せて目で追えば、こっちの方が良かったかとまたさらに迷う。



再び大きなため息をついてメモを目線より高くかざす。
それらの曲を頭の中で歌いながら順繰りに文字を追っていくと、不意に書かれていない曲が頭の中で鳴り出した。



あぁこの曲は・・・。



サビの歌詞がずっと不思議だった。解るようで解らない、でも惹きつけてやまない曲だ。
乙女心とはこう言うものなのかと、自分とは違う生物の解読書を読んでいるような心地がした事を今でも覚えている。
確かこんな曲だったなと記憶を頼りに口ずさんでみたが、ところどころ曖昧になる。
スマホで検索をかけるとすぐにその曲は見つかった。
何十年振りかに聞く懐かしい曲。
そう、こんな歌詞だった。あの時は不思議に感じた歌詞さえも年月はその意味を理解させて。裏腹な気持ちの在処さえもすんなりと受け入れられる。
曲に耳を傾けながら、あぁと貴水はクスリと笑った。



そうかこの曲はあなたみたいだ。
当時はそんな事と知る由もなかったけれど、この曲は今の自分の予感を秘めていたかのように感じる。
強がりであまのじゃくで、それでいて淋しがりやな愛しい人。あなたの複雑な心境はまるでこの曲のように本心を隠した愛情の裏返しで。



年月だけではない想いがこの曲を紐解かせたのかと思うと貴水の頬を緩ませる。



あなたの想いを歌ってみようか。
あなたの代わりに、この切ない想いを。未だに不安が拭えないあなたの代わりに。
あなたの震える心を抱きしめるように、あなたが不安を感じる暇もないほどの愛情で。




貴水はメモを机に伏せると、アンケート用紙にタイトルを記した。
    誰より好きなのに、と。



 

 
END 20210110