<0707>








「今年は無理っぽいね。」


スマホをいじりながら呟いた言葉を聞きつけてペットボトルを片手に近付いてきた男は、目の前のイスに腰を下ろしながら、何が?と尋ねた。


「会えないねって事。」


そう言いながら上を指さす浅倉に首を傾げてみせる貴水は、浅倉の言いそうな事を頭の中で検索する。その様子をチラリとあげた視線で察した浅倉は数年前に自分の作ったメロディを口ずさむ。メロディラインをすぐに拾い上げた貴水も同じように歌い始めたところでやっと気付く。


「七夕!」


「そう。こんな天気だしね。今、降ってるのかな?」


窓のないスタジオの中では外の様子は伺い知れない。


「でも、来る時降ってなかったよ。」


「降ったりやんだりみたいだよ、今日は。」


そう言いながらスマホをテーブルに伏せておいた浅倉も同じようにペットボトルに口を付けた。
この後に月1回の生放送と今月分の収録を控えているスタジオの中はバタバタと慌ただしい。一通りの進行の確認があっただけでそれ以外はする事のない2人は会議室の一室で半ば放置された状態にある。壁一枚隔てた外ではたくさんのスタッフが忙しく動いているのが見て取れるがここはそんな喧騒からは置いて行かれたようだ。


「年1回しか会わないとかって、無理でしょ。だって今日会えなかったらまた来年?」


「まぁそうだろうね。」


「いくら好きでも無理だな、オレには。だってすぐ会いたいもん。」


あっけらかんと笑う貴水の素直さを浅倉はほんの少し羨ましいと思う。愛される事に疑いを持たないこの男はこんなセリフも平気で口にする。


「・・・ホントヒロっておめでたいよね。」


「おめでたいって大ちゃん。」


「いや、素直って言うかさ、僕なんか絶対そんな事言えないもん。すぐ会いたい、とかさ。ヒロは絶対彦星にはなれないね。」


「オレ、思ったら行動するタイプだからね。七夕じゃなくても雨が降ってても会いに行くから。」


「ホントにやりそう。」


「やるよ!」


力強く頷く貴水につられて浅倉も笑う。
こうした貴水の性格に救われている事を浅倉は知っている。さもすればネガティブな感情に捕らわれそうになるこの関係性の中で、貴水のこのおおらかで真っ直ぐな性格が浅倉を何度も攫ってきた。笑い飛ばしてしまえることなのだと教えてくれた。


「今日もこうして、大ちゃんに会いに来たでしょ?」


急に秘め事の声を出す貴水を、


「今日のは仕事でしょ。」


と切って捨てると決め顔を情けない表情に崩して文句を言い出す。ハイハイ、と適当にあしらっているとスタッフからお呼びの声がかかった。


「ホラ、仕事だよ。行きますよ。」


「収録終わったら、行っていい?」


「レコーディング中なんじゃないの?」


ペットボトルを手にドアへ向かう浅倉の横にぴったりとくっついて、


「七夕なんだから、いいでしょ?」


軽く腰を引き寄せ、その手をそのまま下に下ろしていく。その手をピシャリと叩き落とし、


「バッカじゃないの!!」


そう言って睨み付けたが能天気な彦星はアメリカンコメディのようなオーバーアクションを取ったままニヤニヤとしている。


「ヒロの脳天に雷落ちればいいのに!」


「雷落ちても会いに行くよ。」


他愛ない言い合いをしながらドアを開ける。一歩外に出ればオフィシャルな顔。スタッフへの挨拶をしながらスタジオに入るといつものようにいつものポジションへと落ち着く。
進行表を確認しながらボソッと浅倉が呟く。


「今日は七夕だからね。」


チラリと貴水に視線を向けると聞き逃さない貴水は爽やかな営業スマイルで、


「OK。七夕ね。」


2人だけが別の意味の業務連絡を行った。
 




END 20190707