<piece of
truth>
どうして…いつの間にそんな事になったのだろう。
はっきりしない記憶の中でその経緯を探ってみる。
一度回り出した歯車は思わぬ速度で時間を飲み込んでいく。
もう無理だ、限界だ。
確かにそう思った。
弱音を吐いたのは自分だ。
信じるべき相手を信じきれず、無機質に笑い続けたのは自分だ。
あなたの瞳が秘めた言葉を告げようとしていたのに、それをさせなかったのは自分だ。
その一言がこの関係を変えていく事が怖かった。だから逃げたのだ。
いや、その想いだけをかわすつもりに過ぎなかった。
だから告げたのだ、もうやめたい、と。
「ありがとう。」
そう言って彼は右手を差し出した。
数々の音を生み出したその手。魔法のような旋律を紡ぎだし続けた丸みをおび、神経質に短く切り揃えられた小さな爪が何故か鮮明に見えた。
何も言葉を返せずに黙ってその手を握り返した。
よく知ったその感触。最後と言う事は頭では解っていたが実感が湧かなかった。自分の隣にこの人がいない事を想像出来なかった。
いつの間に…どうしてこんな事になったのだろう。
誰か教えてほしい。
どうすることが正解だったのだろう。
この先どうすればいいのだろう。
目の前で儚げに微笑むこの人を抱きしめたらいいのだろうか。
小さな手のひらからじんわりと伝わりあう熱。ひとつに重ねる勇気が自分にはない。
もし今、彼からひとつに重ねてくれるのなら、重ね返すことも出来るのに。
離れがたい思いとは裏腹に冷えた空気が伝えあった熱を切り離す。
離れた手の温もりを逃さないようにぎゅっと握りしめる。
抗っても彼の欠片は一秒ごとに奪われていく。
背を向ける彼に、出来るならと願う自分はなんて狡いんだろう。自分から引き留めもせずに彼に判断を委ねる。思えば最初からそうだった。
オレは、どうしたかったんだ。
「大ちゃん。」
絞り出した声は掠れている。振り返る彼に結局オレは何も言えず、
「元気で。」
これだけ言うのが精一杯で。
「ヒロも。」
柔らかく笑うその笑顔はあの時と変わらぬもので。
最初からそうやって見つめ続けてくれていたと言うのにオレは…。
静かに閉じられたドア。
今気付いたよ。
オレはあなたが思ってくれるのと同じ熱さで、
あなたのことが好きだった。
END
20180915