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オレは貴方のあやつり人形でいいよ。


そう綺麗な微笑みであの男は言った。






 

「大ちゃん。コレ、聞いてもいい?」



唯一覚えているミキサー卓のスタートボタンを指さして問う。
頷いていくつかのボリュームを整えてスタートさせてやると、ありがとうと優しい声が言った。








 

オレは貴方のあやつり人形でいいよ。

何のわだかまりもない澄んだ瞳だった。
卑屈な気持ちで言ったのではない事が解る。
恐らく本当にそう思ったんだろう。その瞬間、それが彼の真実。


よく言う。
本当は人一倍自己主張が強いくせに。
妥協出来ないくせに。
あやつり人形なんかになれるはずなんてないのに。


貴方の好きなようにしていい、彼はそうも言った。
好きなようになんてもう何処からどこまでが自分の好きなのか解らないくらいには混じり合っている。
違う感性、違う趣味嗜好。
そんなものが障壁になるような付き合いでは既にない。







 

「うーん・・・。やっぱりここ、もう一回歌い直していい?」



どうやら彼的に気に入らなかったらしいOKテイクを何度も繰り返させながら首をひねっている。
一応こちらへ伺いの視線を向けてはいるものの、譜面に彼独自の記号を書き込んで気持ちはブースへと向かっている。
解ったと答えてミキサー卓の前に戻る素振りを見せたところで彼はさっさとブースへと戻って行く。











 

オレは貴方のあやつり人形でいいよ。


自分達の音楽が途切れた時、彼はすべてを受け入れたようにそう言った。
歌う場所を取り戻すための代償だとでも思ったのだろうか。
すべてを人に預ける事で活路を見出そうとしたのだろうか。
貴方の望むままに。そう言ってゆっくり頷いたのだ。
無責任な男だと思った。
そして同時に彼の思いの深さを知った。
この男の歌う場所を、息をする場所を、そう思った。
あの日の事は今でもよく覚えている。
美しい男だと思った。顔の造作がと言う事ではなく、この男を作っているものすべて、この男を構築する感情のすべてが。









「どうだった?」



ガラス越しに伺ってくる視線は歌い直した今のトラックに対しての自信と確認。
OKと返してやれば満足した表情でヘッドホンを外す。
自ら歌い直したいと言い出す時は彼の中で正解が明確に見えている時。
不安を解消するためだけにテイクを重ねる事はなくなった。
これだけの長い年月向き合っていれば互いに解る事もある。
より良い方法は息をするように自然にここにある。















 

オレは貴方のあやつり人形でいいよ。


そう言った男は自らの目指すところへ突き進みながら今もここにいる。
八方塞がりだったあの時、彼のこの言葉が自分を支えていた。
この男をこのまま埋もれさせたくない。その気持ちだけでやってきた。

操る事なんて出来なかった。
この声を見つけた時から、操られていたのはむしろ自分の方だ。
この声に、そしてこの男に魅了されてきた。
自分だけのものにしたいと願った事もあった。
けれど翼を捥いだ彼がどれだけもがき苦しみながら再び翼を手に入れたのか、その事を思うだけでこの男の尊さに胸が詰まる。



彼は強い。
自分の感情を捨ててもいいと言える潔さ。
相手にすべてを委ねると言える優しさ。
それでいて求められる事には決して妥協しない、そのための日々の努力。
そんな事を微塵も感じさせない自然体の笑顔。











 

オレは貴方のあやつり人形でいいよ。


彼はもしかしたらもう自分がそんな事を言った事すら忘れているのかも知れない。
それでいい。
彼はそんな言葉に縛られてはいけない。
行きたいところへ行って欲しい。
貪欲に求め続けていていい。
振り返ったりしなくていい。
僕は必ずここにいる。
いつでも見ている。
彼が自由でいられるだけの距離を取って。








 

「ねぇ大ちゃん。」



期待に満ちた眼差しでそう呼ぶ君の声が、僕はどんなメロディよりも好きなのだ。
もうずっと、長い間。






 

  END 20170222