<記念日には予定を>











大ちゃん、誕生日おめでとう!!!!!




そしてたくさんのスタンプ。


そんないかにも彼が送って来そうなメッセージを見て浅倉は小さく笑った。





今日は北海道?クラブ、楽しんでね。




そしてまた盛大なスタンプ。


ノーテンキなドナルドの顔は容易にあの男を連想させる。




 

毎年誕生日には仕事を入れる。出来るだけ遠い場所で。それが浅倉のあの時からの決め事だった。

この歳になって誕生日がどうしたと言う訳でもないけれど、やはりそこはそれ、出来るなら1人よりは誰かと一緒に居たいと思う。
それも絶対に裏切らない誰かと。

いや、裏切られても傷付かない誰かと言った方がいいのだろうか。
諦めがつく、そう言えばいいのだろうか。
ようは自分が過度な期待をかけずにいられる相手という事なのかも知れない。
そして今年は北海道にいる。あの男の傍ではなく。



最初からそうだったわけではない。
もう随分と昔になるがあの男に誘われて食事に出た事もある。
それは何処かこそばゆいような気持ちになったりはしたが純粋に嬉しかった。
こうした時間を積み重ねていくのだと、その時は疑う事もなくそう思っていた。
だからそれとなくその日のスケジュールを自分の都合のつくようなものにしたり、スタジオで制作の時間に当てていた。
それに数日前には決まって誘いの言葉がかかったし、半ば当然のようにその日は会う事が解っていた。

もちろん自分の誕生日に限った事ではない。
あの男の誕生日も同様だ。立場が逆転するだけで。

だからあの時も当然のように浅倉から誘い、それを二つ返事で嬉しそうに了承したのは貴水の方だった。
しかし約束した店に貴水はなかなか現れず、約束の時間を30分ほど過ぎた頃、携帯に送られてきた言葉で約束は一方的に反故にされた。





今日の約束、キャンセルさせてください″





ゴメンの一言もないその文面に、最初は何か急な仕事が入ったのかと思った浅倉は、それでもいつもと違った硬い貴水の文面を訝しんだ。
そしてその理由はすぐに解った。ネットが騒がしい。
あんな旧人類のような男より浅倉の方が余程ネットに関しては扱い慣れている。隠し通せるはずなどないのだ。
自称フェミニストのいい加減さが破綻した結果だろう。

あの騒ぎが本当だったのかどうかも知らない。貴水の口からは結局何も聞かされなかったから。
もう10年近くも前の事、昔の事だ。





その年、初めて浅倉は誕生日の日の誘いを仕事を理由に断った。
別に都内にいたのだし、ライブの終わった後なら時間はあった。
けれど浅倉はその誘いを断った。



「終わった後とかちょっとでいいからお祝いさせてよ。」



そう言う貴水に浅倉は頑なにそれを拒んだ。
そしてムッとしだした貴水に浅倉はこう告げたのだ。



「誕生日はファンのみんなと過ごすから、ヒロとは過ごさない。これからずっと。」



「どうして!?」



声を荒げる貴水に浅倉は静かに告げた。



「僕だけがヒロを待ってなくちゃいけないの?ヒロは来てくれないのに?」



そこに至って初めて、貴水は茫然とした後、ようやく思い至ったのだろう。
いつもはうるさいくらいのこの男にしたら珍しい絞り出すような小さな声で



「ごめん・・・。」



そう言った。


そのごめん″が何に対してのごめんなのか、
あの時浅倉を待たせた事に対してなのか、
裏切ったことに対してなのか、
それとも一言もその事に触れずに半年以上過ごしてしまった事に対してなのか、
浅倉は何も聞かなかった。その過ぎてしまった半年間と同じように。
ただその日のスケジュールを無理して空けなくなった。














 

遠い札幌の地で東京の空の下にいるであろう男の事をぼんやりと考える。


貴水は優しくなった。本当に。
甘やかされている自覚は充分にある。


今年も誕生日に部活をやる旨を伝えると「頑張ってね。」と微笑みながらほんの少し隠し切れない落胆を滲ませていた。


別にもう怒っているわけではない。あの時だって怒っていたわけじゃないのだ。
ただ、知ってほしかった。
本当はとても楽しみにしていた事を。
喜ぶ貴水の顔を見る事があの日の僕の一番の願いだった事を。






軽やかな音を立てて鳴るiPhone。貴水からの新しいメッセージに思わず顔がほころぶ。





 

大好きだよ!!大ちゃん。

帰りは何時になるの?

早く帰っておいで。





相も変わらず盛大なスタンプ。




「バッカじゃないの。」



頬を緩ませながらそう小さく呟いて、浅倉は満更でもない自分にふと気付く。
そして再び今度は自分に悪態をついた。





誕生日だからとこだわる歳はもうとうに過ぎた。
けれどあの男はいつまで経ってもそういう事に夢を見ていたい男らしい。
たまに冗談めかして「たまには一緒に過ごさせてよ。」なんてスケジュールが埋まっている事を知って安心しながらわざと言ってみせるが、それはあの日一緒に過ごせなかった贖罪のつもりなんだろうか。


それでもきっと僕は一生忘れはしないだろうし、きっとあの男もそう言った事を望んでいるわけではないのだと思う。
ただ忘れぬために、
そうした出来事が2人の間に在った事を忘れぬために貴水は口にするのだと思う。


淋しさは、時に重要な事に気付かせてくれる。
胸を焦がすほどの想いがここにあるのだと。


やりきれない淋しさに悶えながら、自分ではない誰かと過ごす僕を思って焦がれていればいい。


愛が欲しいなどと冗談めかして言えるくらいにはその淋しさを知っている。
だから、誕生日の日には予定を作る。
あの男を想い続けている間はずっと。
愛しさの証のように。






 

END 20151104