<冬のリナリア>














どうして・・・?

こんなに好きなのに・・・?

いやだよ、いやだ、行かないで、行かないでよ・・・!!















 

      !!





夢だ・・・またあの夢。


目を開いた先には見慣れたベッドルームの天井。時刻を知らせるデジタルの文字が浮かび上がる仄かな明かり。
いつもに比べれば早い時間。
嫌な夢を見たせいで目覚めたそこはひんやりと寒々しい空気。
布団の中からもぞもぞとエアコンのリモコンを手に取るとピッとスイッチを入れた。



またあの夢を見た。
このところずっと忘れていたはずなのに。
クリスマスが近いからだろう。人恋しさはたまらなく浮き彫りになる。
傍らに何もないそんな空間を埋めるように寝返りを打つと、敏い唯一の温もりがカツカツと足音を立ててすり寄ってきた。



「ジョンくん。おいで。」



そっと布団をめくってみせると鼻先でその空間に滑り込んでくる。



「もうちょっと寝よっか。」



ぎゅっと抱きしめると大人しく目を閉じるその温もりにすり寄るように再び目を閉じた。






















 

「おはようございまーす。」



いつも通りの元気のいい声が響いて彼がやってきた事を告げる。
彼がやってくると途端に場が華やかになるような気がすると長年連れ添ったマネージャーに告げると、アレは単にやかましいのよ、と、彼女らしい答えが返ってきた。
この日の彼は来るなり僕の元へやって来て、その盛大な笑顔と共に僕の惚れた美声でHappy Birthdayを歌い出した。



「はい、大ちゃん。ちょっと遅れちゃったけど、お誕生日おめでとう。」



優しい男だと思う。
一緒にユニットを始めてから何度目のお祝いになるのか、その時期にユニットの活動がない時でも彼はプレゼントを欠かさない。
こういうところが女性の切れない所以なのかも知れないけれど、彼に愛される女性は幸せだろうと容易に想像が出来る。



「前にあげたお散歩用のダウンがさ、そろそろだいぶお疲れの頃だと思ってさ。」



こんな事まで実にまめに覚えているのだから。
受け取ったプレゼントは僕の好みも知り尽くした可愛い赤のチェックで、前に貰ったのもかなりお気に入りだったけれど、今回のも一目で気に入った。


この男   ヒロとはもう随分の付き合いになる。
初めて会ったのが20代の半ばだったのだから、かれこれ人生の半分は一緒にいる事になる。
初めて会った時から変わらない彼の明るさはパートナーとしてとても好ましいものだった。
プライベートがかち合わない事も良かったのかも知れない。
今はどうか知らないが、若い頃は相当遊んでいたようだし、それを隠そうとする様子もなかった。
その事は僕にとって僕自身の事を詮索されずに済むとても都合のいいものだったし、彼の遊びが派手な分だけ、まるで僕が酷く真面目に思われていた事も事実だった。
決して僕が清廉潔白だったわけじゃない。ただ僕の恋愛は口にすることが出来なかっただけだ。

僕には年上の彼氏がいた。あの目まぐるしいスケジュールの中で唯一その人と一緒にいられる時間だけが安らぎだった。
仕事ではきちんとリーダーとして引っ張って行かなければならない立場に立たされていた僕をその彼だけが好きなだけ甘やかしてくれた。
心も身体も、これ以上ないくらい満たしてくれた。
彼とのセックスは僕を溺れさせた。甘やかな空間が好きだった。
けれど。


あの時以来、人肌には触れていない。
燻る熱をどうにかする術も覚えてしまった。時間はあっという間にあの甘やかな時を過去にしてしまっていた。



「だぁ〜いちゃん?」



呼びかけられた声にハッとして意識を引き戻すと、目の前でヒロが僕の顔を覗き込んでいた。



「気に入らなかった?それ。」



僕はヒロから貰ったダウンを握りしめたまま呆けていたらしかった。



「ううん。すっごい気に入った。ありがとうヒロ。」



僕の言葉にヒロが破顔する。



「良かった。大ちゃんの事、すっごい考えて絶対似合うと思ったんだよね。コレ。
これからどんどん寒くなるからさ、風邪ひかないように、それ着てね。」



そう言いながらも隣に座り込んでくる彼の近さに思わず笑みがこぼれる。
まるでジョンそっくりだ。ヒロのこの様子はジョンが褒められて尻尾を盛大にブンブン振っている様子によく似ている。


この男の近しい距離感は最初は戸惑いもしたけれど、この長い年月の中で慣れてしまった。いや、慣らされたというべきなのか、するりとこちらのパーソナルスペースに入り込んでくるそのやり方が嫌に自然で、あぁ、この男はこういう男なのだと認めざるを得なかった。
恐らくそれは自分だけではないはずで、携わる多くのスタッフが同じように感じ、貴水博之とはこういう男なのだとどこか諦めにも似た納得をもたらしていた。
まるで犬のような人懐っこさと、猫のような気まぐれさが同時に存在する。けれどそれは決して不快ではなかった。
恐らく幼い頃から誰にでも愛されてきたのだろう奔放さで、上手く人に甘え、それでいて頑なに譲らないところは本人が言う様に末っ子気質の賜物だろうと思わせた。
長男である自分にとって面倒を見る事が当たり前になっていたせいかもしれないが、気付けばひな鳥のようにピヨピヨと好き勝手について回るこの男を飼い犬のジョンと同じように感じていた。


この男との間にそう言う関係があった事などない。
恐らくこれだけ長い間一緒にいたのだ、当然こちらの嗜好も口に出しはしないがばれているのだろうし、そもそも互いの恋愛事情などを話した事などない。
もともとあまり隠し事が上手くないこの男のそう言う事情は本人にその気がなくても筒抜けだったし、他のスタッフが気付かなくてもその時々に書かれる歌詞などには如実に表れていた。
こちらの事は、解らない。意外とカンのいい男だからこちらのそう言った込み入った事情さえも察知して、それでいて口を噤んでいるのかも知れなかったが、わざわざこちらからそんな事を聞くいわれもない。大っぴらに出来る話ではないのだし、それならそういう事だとこちらも何も言わずにおいた。

自分にとってこの男がそう言った対象になる事はありえない。
確かに客観的に見ればかなりいい男だし、これだけまめなところを見ると優しい男でもあるようだ。
これだけの男なのだから恋愛慣れもしているだろうし、平気で甘い言葉でもなんでも口にする。多少浮世離れしている面はあるけれど、それを補って余りあるだろう。
けれど自分にとってはやはり面倒を見るべく年下の男なのだ。
プライベートな時間まで面倒を見るなんて御免だ。
恋人といる時ぐらいはすべてを委ねてしまいたい。それこそ自分が何もしなくてもすべて良いようにしてくれて、ただただぐずぐずに甘やかされていたい。
どんなわがままを言っても笑って叶えてくれるようなそんな相手がいい。忙しさから解放された時のどうしようもなくだらしない自分を優しく受け入れてくれる、そんな包容力のある年上の男がいい。勢いに任せての激しいセックスも嫌いではないけれど、クスクスと忍び笑いが漏れるほどの余裕あるしつこいセックスがいい。
そう意味で付き合った女の数を勲章と思うような子供は論外だった。はなから恋愛対象の範囲にも入らない。
だからこそこの男とこんなに長い間ユニットのパートナーとして続いているのかも知れない。恋愛感情など持っていたらこうまで長い時間、共にいる事は出来なかっただろう。



打ち合わせは滞りなく終わり、既に1か月を残して年内最後となるスタッフ達がかなり早目の年末の挨拶などをしているのを横目で見ながら煙草に火をつけ携帯をチェックする。業務伝達のメールがいくつかと趣味のお誘いメールが1通。そして首を長くして待っていたお知らせのメールが来ていた。待ちきれずにメールを開くと手早く返信を打つ。改めて添付の画像を見返していたところで声がかかった。



「大ちゃん、ご飯行こう。お祝いディナー。もちろんお肉で。」



「お肉?」



「そう!行くでしょ?」



「ぜ〜んぶヒロの奢りならね。」



「仰せのままに。」



そう笑いながら恭しくナイト風に手を差し出してきたヒロに大仰に頷いて手を重ねた。
ニコリと笑ったヒロはグイグイと手を引っ張り勝手に僕のコートを掴むと、乗って、とヒロの車の助手席に僕を押し込んだ。てっきりスタッフもみんな一緒に食事に行くものだと思っていたのに誰一人としてスタジオから出て来ようとしない様子にヒロを振り返った。



「みんなは?みんなで食べに行くんじゃないの?」



エンジンを掛けながらチラリとこちらを見たヒロはメガネのフレームをくいっと手の甲で直し、ハンドルに上体を預けるように前方を確認しながら言った。



「2人じゃダメ?」



「ダメって訳じゃないけど・・・みんな一緒に行くんだと思ってたから。」



「今日はさ、特別なディナーだから。」



そう言いながら改めてこちらを向いたヒロは穏やかに笑った。



「ふ〜ん・・・。」



この歳にもなって誕生日のディナーがそんなに特別なものなのかと何となく腑に落ちない気持ちもあったが別段こういう事は珍しい事でもない。スタッフの仕事が残っている時だったり、昔はレコーディングの後などミックスが出来上がるまでの時間に2人で食事などという事もあった。
ここ最近、自分のスタジオを持つようになり自分自身でミックスもするようになってからその機会が少なくなっていただけだ。
別段そんなに特別な事でもないのかと思い直すとアクセルを踏み動きだした車に慌ててシートベルトを締めた。





























 

洒落た、雰囲気のいい店だった。
互いのプライベートを程よく保ち、かと言って狭苦しい空間に押し込められたような息苦しさも感じさせない。味もサービスも上品でさすがオシャレなこの男のお眼鏡にかなっただけの事はある。
注ぎ上手な目の前の男に勧められるままグラスを重ね、あっという間にワインのボトルは空になった。
火照った身体が心地良い。最近バタバタと忙しくしていた事もあって久し振りのほろ酔い加減に浮かれた気持ちで食後のデザートを吟味していた。



「大ちゃんさ、今年の誕生日はどうしてたの?誰かと一緒にお祝いしたの?」



「はぁ?仕事だよ。仕事。お祝いしてくれるような相手なんかいるわけないでしょ。」



本当にバタバタといつの間にか過ぎていた今年の誕生日を思い出す。
もうその日が特別で何かをしなくてはいけないというような子供ではないし、仕事はそんなものは関係なくやってくる。
確かその日もスタジオにこもっていたか、夕方に1件打ち合わせがあったような気もする。たまたまスタジオにいたスタッフさん達にからかわれるようなお祝いをしてもらった記憶だけはあった。



「ほら、大切な人とかさ、恋人、とか?いるでしょ?お祝いしてもらいたい人。」



「お祝いしてもらいたい人?この歳でそれももうねぇ。まぁ大切な人がいたら少しは特別なのかも知れないけどさ。
あ、ヒロ、そう言えばメールくれたよね?ありがとう。」



「あ、ね。稽古も大詰めだったからさ。ホントはちゃんと当日にお祝いしてあげたかったけど。プレゼントも遅くなっちゃたし。」



「いいよ別に。女の子じゃないんだから。ステキなプレゼント、ありがとう。」



笑ってそうお礼を言うと、通りかかった店員に追加のデザートをオーダーした。
店員が軽く頭を下げ遠ざかって行く足音が店内のBGMの中に掻き消えた頃、目の前のヒロが再び口を開いた。



「特別な日だよ、オレにとっては。」



ぽつりと言われた言葉の意味が解らなくて、何が?と聞き返す。



「だって大ちゃんの生まれた日だもん。特別だよ、やっぱり。」



何度となく繰り返されてきたそのリップサービスに、ハイハイありがとね、とおざなりに返すとヒロは小さくため息をついた。



「何よ。」



ため息をつかれた事に若干ムッとしながら促す。するとヒロは困ったように笑いながら黙ってこっちを見つめた。



「何なの?もう。今日、どうしたの?ヒロ。何か僕に言いたい事でもあるの?」



見つめてくる視線から逃れるように既に生ぬるくなったお冷を口に含んだ。その間もヒロの視線が自分に注がれている事に居心地の悪さを感じた。
この男といてこんな風に居心地が悪いと思った事はなかった。見つめられる事なんて今までだっていくらでもあったはずなのに、その過去のいくつかと今とでは明らかに違っていた。



「黙ってたら解んないよ。何なの?言いなよ。」



「言っていいの?」



目をそらさずに言うヒロに若干気圧されながらも頷いて見せる。
ヒロは一瞬チラリと目を逸らすと、意を決したように口を開いた。



「大ちゃんはさ、結婚とか、考えてる・・・?」



「はぁ?いきなり何?」



「いきなりじゃないよ。ずっとどうなのかなって思ってたんだ。大ちゃんのそう言う話聞かないし、でももうそれなりの歳でしょ?オレ達も、一応。どうなのかなって。」



「え?何?結婚って言われてもさ・・・。そりゃあもう50間近だしね、結婚願望・・・え?そういう事?」



「え?」



「結婚するの?ヒロ。」



「えぇ!?オレ!?」



心底驚いているようなヒロの様子に、違うの?と問い返せば思いっきり強い口調で違うと言い返された。



「オレの事じゃなくて大ちゃんの事を聞いてるんだよ。」



いつにない強めの口調でこちらの内情を聞きだそうとするヒロに首を傾げる。
奥歯に物の挟まったような話し方をする男じゃないはずなのにこの歯切れの悪さは一体何なんだろう。



「で、何なの?僕に結婚願望があるかないか聞いてどうするの?年上の僕が結婚してないのにって遠慮でもしてるの?
ヒロが結婚したいならすればいいじゃない。僕は別にかまわないけど。」



「そう言う事じゃ。別に結婚がどうこうって言う話じゃないんだけど。」



「何よ、言い出したのはヒロの方じゃない。」



「そうだけど・・・。じゃあ大ちゃん、好きな人、いるでしょ?」



「いないよ。」



「ウソだ。」



「こんな事ヒロに嘘ついてどうすんのよ。いないったらいないよ。」



「ホントに?」



「もうしつこいよ。何なの、さっきから。」



盛大にため息を吐き出して睨み付けると、一旦口を開こうとしていたヒロがそのまま決まり悪そうに口を噤むのと同時に、お待たせしました、と頼んでおいたデザートがテーブルの上に置かれた。
差し出されたデザートに気分を切り替えて店員に軽く会釈をするとデザートスプーンを手に取った。
シャクリと冷たいシャーベットを口に含むと幾分気分もさっぱりしたような気になった。美味しいものの威力は絶大だと現金な自分を笑っていると穏やかなトーンでヒロが言った。



「オレは大ちゃんが好きだよ。」



それはさっきまでとは違って何気ないいつもの言葉だった。



「僕もヒロの事、好きだよ。」



仲直りの、と言っても特にケンカをしていたわけではないけれど、いつものように言葉を返す。
そしてシャーベットをもう一口、何気なくヒロを見るとあの笑顔で見つめてくれているはずの彼はいなかった。



「ん?」



下唇を噛み締めていた彼が小さく息を漏らす。



「やっぱり、大ちゃんにとってオレは、そう言う対象じゃないんだね。」



見た事のないような哀しそうな笑顔で笑う目の前の男に、馴染んだいつのも空気は感じられなかった。その事に若干の戸惑いを覚える。



「誰かと結婚しちゃえばいいのに、大ちゃん。そうしたら、諦めもつくのになぁ。」



「・・・ヒロ?」



何故こんなにも哀しそうに笑うのか、僕は言われた言葉をひとつずつ丁寧に反芻しようとした。
するとヒロの手が僕のデザート皿に添えていた左手にそっと重ねられた。



「大ちゃんが、好きだよ。」



真っ直ぐに見つめてくるその視線と重ねられた手の意味にようやく僕は気が付いた。奥歯に物の挟まったような違和感の意味も。
いつもの言葉でいつもとは違った意味を伝えて来たヒロの目は穏やかに僕を見つめていた。
どのくらい呆けていたのか、気付けば食べかけのシャーベットはいつの間にか甘い液体に変わっていた。


























 

信じられない一言だった。


ヒロが、僕を、好き・・・?


そんな事今まで一度だって考えたことなどなかった。
そもそもそんな態度を彼が取った事なんて全く記憶になく、それこそ甘い睦言などとは程遠い。
自分の男の部分をことさらに誇示して見せるきらいのある男だからわざとらしく艶めいたセリフを吐いたりはするけれど、それはそういう事だと割り切っていた。自分達の売り方のスタンスもあるが、抱きしめられるのもキスされるのも仕事上の事でそこにセクシャルな意味合いは何一つなかった。少なくとも自分にとっては。
けれどそれがもしかしたら一方的な思い込みで、彼の方ではそう言う意味合いだったのかと改めて思えばもう何が何やらどこからどこまでが本当の事なのか解らなくなってしまった。

あの後、どうやって帰ってきたのか、ヒロの車の助手席に混乱したまま乗せられたおぼろげな記憶。



「答えは焦らないから。」



何処かのドラマのような事を言うヒロに、そんな事言って、せっかちなくせに、と自分ではない自分が和やかに答えているのを耳にした。



「そうだね。大ちゃんにはすべて解られちゃってるもんね。」



そう言って小さく笑ったヒロの顔はいつもの彼よりぐっと大人びて見えた。

思えばここ最近こんな視線で見つめられていた事に気付く。
公的なインタビューの時やプライベートのちょっとした会話の中やその場所を限定するわけでもなく、穏やかに見つめられていた視線。
いつからそんな風に見つめられていたのかは解らないが、これがそういう事だとしたら心当たりがありすぎる。
前は違った。その前を確実に思い出そうとすると、それこそ20年前くらいの記憶になってしまいそうだが、あの頃は確実に違ったと断言出来る。
再始動した時も、恐らく違ったとは思うがあの頃はそれこそ何年も親しく会っていなかった事が彼の雰囲気を変えて当然だと思っていた。沈黙する前に比べて随分としっかりした眼差しをするようになったとその変化を頼もしく感じていたが、今のような穏やかな視線とはまた違ったような気がする。
では、いつからだ?
いつからこの男はこんな視線をするようになったのだろう。


好きだとあの男はそう言った。結婚してしまえば諦めもつくのにと。
それは諦めなくてはならないほど思っていたという事なんだろうか?
僕を?
全く信じられない。
そんな事は考えた事もなかった。
そんな素振り、一度だって見せた事などないくせに。


いや、それは彼の近すぎる距離感で麻痺していただけなんだろうか。
冷静になって考えてみれば成人男子の間においておかしな事ばかりなのかも知れない。
けれどそれはすべて最初から近すぎるあの男の佇まいのせいで、それが当然のように誰しも思っていたが、当然の度合いを超えていたという事なんだろうか。


解らない。
あの人懐っこさを愛犬と同じようにしか感じてなかった自分にはどこからどこまでが当然の度合いなのかが解らない。


好きだと言われて嫌な気はもちろんしない。
これだけ長く一緒にやってきたのだ、嫌な奴だったら当然破綻している。
それこそ自分の生涯かけて続けていく事のパートナーになど選びはしない。恐らく好きなのだと思う。
けれどそれは彼の性格を好ましいものと思ったり、彼の歌声、彼の感性をこれ以上ないくらい高く評価しているからに他ならない。

そう言う意味での好きなら自分にも解る。けれどそうじゃない好きは、考えた事などない。
そもそも自分にとっては対象外なのだ。
付き合った女の数を勲章と思うような子供は願い下げだ。ずっとそう思ってきた。
それに彼はノンケだ。生粋の女好きと言ってもいい。
そんな奴が何をとち狂ったのか、男である自分を好きだという事自体がそもそもおかしい。
何年か前からしきりに可愛いだのなんだのって繰り返すようになっているが、そんなものは単なる商業的なリップサービスに過ぎないと思っていた。

あの言葉は本気なんだろうか?
だとしたら一体僕の何を見てそう言えるのか、僕が男である認識はあるのか。やはりあの男の気が知れない。

今度の事もきっと何か一時的なものなんだろう。そうかたをつけてしまいたいが、あの時の彼の真っ直ぐな視線は一時的なブームを示すそれではなかった。
そのくらいの事は解る。これだけ長い間一緒にやってきたのだから。
だからこそ解らないのだ。何故彼がそんな事を告げたのか。

言えばユニットの活動が終わってしまうとは思わなかったのだろうか。
彼にしてみれば自分のソロ活動の場所はあるとはいえ、唯一の歌う場所だ。ここ何年かで活動も軌道に乗りコンスタントにリリースが出来るような状況が整ってきている。気持ちがあっても実現の難しいソロに比べたらこの場所を失う事は彼にとっても痛手なはずだ。

それとも告げてもこの場所を失わないという確信があったんだろうか。
確かにそんな事くらいですぐに解散ですなんて事にはならないけれど、互いにしこりが残る事は確実だ。そんな事が解らないわけがない。
それでもいいと、それでも告げたいと彼は思ったのだろうか。

すべてが憶測でしかない。
ユニットの活動を棒に振っても言わなければならないほどの思いだったのか、それともこれから先の人生をユニットのパートナーだけでなくそう言った意味でのパートナーとしても認めて欲しかったのか。
断られるという答えは彼の中にはないのだろうか。
すべてを手にしてきた男だ。その可能性は否めない。
仕事の事ではかなり打ちのめされた事もあったようだが、こと恋愛に関しては自分が望んで叶わなかった事などないのだろう。そう言う星の元に生まれた男だ。だから楽天的に一時の思いでそんな事が言えるのだろう。やっぱり考えなしの子供でしかない。
これから先、どうするのが正しいのか、結局それを考えるのは自分の役割なのかも知れない。

ユニットを穏便に続けていくために出来れば波風は立てたくない。音楽のパートナーとしては申し分ない男なのだ。
昔は向こう見ずなところもあって幾分ハラハラする事もないではなかったが、今は年相応の落ち着きを身に着けキャリアの長さからくる安定感も生まれたのだろう、時に頼もしいと思う事すらある。そう言う意味では頼れる男になったと思う。
その優しさも周りに気を使わせるような大仰なものではなく、いつだってさりげなくあぁこれがこの男の気の使い方なのだと感じ取れるようになった。
そう言った穏やかな場所が心地いいと思う。長年共にやってきた安心感もあるし心安さもある。けれどそれが彼の言う好きとイコールだとは思えない。

そもそも彼の『好き』はどういった好きなんだろうか。
フェミニストなあの男の事だ、精神的な繋がりを持って好きと言っているのかも知れない。
けれどそれならばわざわざ口にすることもあるまい。互いへの好意は解りすぎる程解っている。それこそもう家族のように当たり前の存在になっているのだ。

ではわざわざ口に出したその意味は何なんだ。
今更口に出さなければならなかったその理由。
結婚してしまえば諦められると言ったその理由。

考えられる理由は限られてくる。けれど女好きのあの男が、男である僕とそう言う行為を望んでいると、そんな事は到底考えられなかった。
けれどやはり行き着く先はそこでしかない。精神的な繋がりがあると解っているだろう自分達の関係にその先を告げるというのはそこからさらに先の進展を望んでいるという事?
普通の男女ではない自分達はそこから先に残るものなんてほんの僅かだ。男女であれば結婚や家庭を持つ事、互いの家族の輪に加わる事、共に生涯を過ごし、共に眠る事。何の疑いもなく先を夢見る事だって出来る。けれどそうではないのだ。
だから解らない。ヒロが一体何を思ってそんな事を口にしたのか。
あんなに優しい男が言い淀むほどの決意で告げた言葉。その言葉に嘘はないのだろう。
だからこそ解らないのだ。
はっきりしないのは性に合わない。
客観的に見ればいい男だと思う。そんないい男に諸手を挙げて好きだと言ってもらえる事は優越感を刺激しないでもない。
あの男を見るたくさんのファンのあの熱い目を知っている。あんな目をさせるほどのイイ男なのだ。その事は自分と何の関係がなくともいい気分なのは認める。
そんな男が自分にだけは屈託のない笑顔で、大ちゃん大ちゃん、と犬コロのようについて回るのだ。
あぁ、そうだ。やっぱり自分にとって彼はジョンと変わらない、目を掛けてやるべき存在なのだ。
どんなに年月が経ってもそれだけは変わらない。
どんなに頼れる男になったところでこの関係は変わらないのだろう。
そんな男にやっぱり恋愛感情など持てるはずもない。
持てたとしてもそれは庇護欲を掻き立てる小さきものへの情愛でしかないのだ。
その事を彼に解ってもらうしかない。時間が経って話がこじれる前にはっきりと言わなくてはならない。
仕事で顔を合わせる前にこういう話は清算しておいた方がいい、そう思って特に急ぎの作業が入っていない、スタッフも顔を出さない日を選んで彼をスタジオに呼んだ。



「呼びつけてごめんね。」



ジョンに熱烈な歓迎を受けているヒロをリビングへ誘いながら言葉をかけた。
こっちこそごめんね、と恐らくこの先に切り出されるだろう言葉を予感して彼は答えた。
穏やかな表情。こんな時にふと年月の長さを感じる。
この男はいつからこんな風にあたたかい穏やかさを身に着けていたのだろう。こうしてみれば随分と大人っぽくなったものだとどこかノスタルジーな気持ちにも似た感慨に包まれる。



「大ちゃん。」



ふと静かな声に呼ばれて振り向くより先に背中に温かな体温を感じた。
肩口から回される外の冷気を連れてきたような冷たい手。



「ちょっとヒロ?」



突然のヒロの行動にその腕から抜け出そうと身を捩る。



「ちょっとだけ。ちょっとだけこうしていて。」



右肩のあたりから聞こえるくぐもった声。恐る恐るといったように抱きしめ直すその腕。
女の扱いに困った事などなさそうな男のこんな姿が可笑しかった。
じわりと伝わってくる自分のものではない体温。もう長い事忘れていた。
ふわりと香って来るいつものこの男の香りにどこか安心した思いで背中を預けた。



「そうやって、いつも預けてよ。」



変わらぬ姿勢のまま告げられた言葉につきかけていた安堵のため息を固く飲み込んだ。
途端に走る緊張を許さないかのように彼の腕が一層強く抱きしめた。



「ほら。オレには預けられない?」



穏やかな声が問いかける。でもその声にはどこか切ないくらいの哀願が含まれいる。
この男も緊張しているのだ、そう思った途端、再び緊張がほぐれた。



「あのね、ヒロ。」



回された腕に手を重ねて諭すように話し出す。
本当はもうちょっと場が温まってからと思っていたが、彼がその気ならこういう事はスッパリと終わらせてしまった方がこっちとしてもありがたい。



「この前の事、僕も真剣に考えたよ。でもごめんね。ヒロとは付き合えない。」



肩口で彼が息を詰めたのが聞こえる。



「ヒロの事は良いパートナーだと思ってるし、ヒロ以上の人に出会えるとは思ってない。
僕にとって大切な人だし、出来ればこの先もずっと一緒にいて欲しい。
でもヒロが言う好きと僕の思ってるこの気持ちは、違うと思う。だから、ごめんね。」



一息にそこまで言ってしまうと後は何も言わず反応を待った。
逡巡しているような沈黙の時間の後、やっと彼は口を開いた。



「大ちゃんは、もう誰もいらないの?この先、誰も好きになる事はないの?
オレじゃなかったとしても、誰かを愛したり、誰かに愛されたり、そういう事はもうしないつもりなの?」



「大袈裟だな、ヒロは。」



僕は小さく笑った。



「僕はヒロみたいに恋愛体質じゃないからね。今はジョンもいるし、ここにいれば毎日誰かしらが来るからね、淋しくはないよ。」



「でも、ジョンもその人達もこうやって大ちゃんを抱きしめたりはしてくれないよね。」



「いいんだよ。僕がジョンを抱きしめるから。」



「じゃあ大ちゃんは?」



「だから、僕はいいんだって。」



「良くないでしょ。ホントは人一倍淋しがりやなくせに。そうやって、誰にも頼らず全部一人で抱えて行くつもり?」



落とされた言葉はツキンと胸の奥を突く。
彼の腕が解かれ、見慣れたはずのヘイゼルの瞳が目の前に回り込む。



「オレに大ちゃんを守らせてよ。」



真っ直ぐに見つめてくる真剣な眼差し。揺らぐ事を知らないいつもの彼のもの。
僕はそっと視線を外した。



「好きになってくれなくてもいい。ただオレが大ちゃんの傍にいて、大ちゃんをずっと好きでいる事だけは許してほしい。」



穏やかに告げる彼の声に再び視線を上げた。



「大ちゃんが好きなんだ、オレ。」



真剣な眼差しが痛かった。
許してほしいなどと言ってくる彼が辛かった。
とうに忘れたはずの苦しい思いが蘇る。



「見返りのない恋愛なんて、辛いだけだよ。」



「大ちゃん?」



「好きでいるだけで良いなんて、そんなの嘘だよ。
好きな分だけ自分を見てくれない事が辛くなる。嫌いになりたくなければ、諦めるしかなくなるんだよ。憎んだり、恨んだりする前に。」



「だから大ちゃんは諦めたの?」



哀しそうなヒロの声に小さく笑って俯いた。
つまらない過去の思い出に捕らわれていた自分を笑う。



「大ちゃんは、今でもその人の事が好きなの・・・?」



問われた言葉に力なく首を振る。



「解んないよ。」



「・・・。」



「好きとか、そういうのもう、解んないよ。」



正直な気持ちだった。
あれ以来、誰も好きになんてなっていない。
どうやって好きになればいいのか、人を好きになるというのがどういう気持ちなのか、もう解らなくなってしまった。
あまりの哀しみは感情を麻痺させる。そしてもう同じような思いをしなくて済むように、僕はその事には蓋をした。あの時に。
きっとその事をどこかで淋しく感じていたんだろう。だから愛情を注げる人ではない対象を家族として迎え入れたんだろう。今ではその事も何となく解っている。



「大ちゃん。」



そっとヒロが僕の手を握り僕を見つめたまま手の甲に触れるだけのキスをした。触れた唇の湿った熱が指の付け根に残る。



「オレは大ちゃんを1人にはしないよ。」



穏やかに告げられる言葉。



「たとえ大ちゃんの心の中に別の誰かがいたとしても、オレはずっと大ちゃんの傍にいる。貴方が本当に抱きしめて欲しいって思う人が出来るまで、オレが貴方を抱きしめていてあげる。少しは休んでもいいんだって事を教えてあげる。
そんなの大ちゃんにしてみたら迷惑な話だって思うかもしれないけど、貴方はいつだって頑張りすぎる人だから、オレはいらぬお節介をやくよ。
だから、もし大ちゃんがほんの少しでもオレの事が嫌いじゃなかったら、好きっていう事をちょっとでいいから思い出してほしいんだ。それがたとえ、オレにじゃなかったとしても。」



僕は浮かされたようにヒロの言葉を聞いていた。
優しく笑うヒロの顔を見ながら何故かとても悲しくて、せり上がってくる何かに上手く息が出来ないでいた。



「オレ、ちっとも大ちゃんが望むような大人の男になれないね。」



そう言ってくしゃりと笑ったヒロが何故か遠くぼやけた。



「大ちゃん?」



何度か目を瞬いてぼやけた視界を取り戻す。
何かを言わなくてはと開いた口からは言葉の代わりに急いた息が不規則なリズムで零れ落ちた。
そんな僕の頭をヒロは優しく笑って自分の胸に引き寄せた。そうされる事は嫌ではなくむしろ心地よいもので、でも同時に怖かった。
僕はそっとヒロのその温もりを遠ざけた。



「ダメだよヒロ。」



「ダメじゃない。」



再び引き寄せられるあたたかい腕。



「ダメだよ、ヒロ。僕はヒロに何も返せない。」



「いいんだよ、それで。大ちゃんは大ちゃんのままでいればいいんだ。」



抱きしめてくるその腕は優しいのに力強くて、そこから抜け出さなければと思えば思うほど切ないくらいにあたたかかった。
髪に触れる小さな言葉。



「大ちゃんにわがまま言ってもらえる事が、オレにとっては幸せなんだよ。」



僕は口を開く事が出来ずにただ首を振った。
そんな事があるはずがない。人を好きになってそれだけでいいなんて、そんな事あるはずがない。
気持ちではそれでいいと思っていても、いずれ必ず見返りが欲しくなる。
どんなに自分に言い聞かせても、好きでいる以上そんな綺麗な思いだけではない事は解っている。近くにいればいる程、その思いは強くなる。そしてそんな自分の思いに愕然とするのだ。
ヒロはちっともその事を解っていない。



「僕は、絶対にヒロの事を好きにならない。」



「うん。」



「ヒロの事は嫌いじゃないけど、そう言う意味で好きにはなれない。だからごめんなさい。もうこういう事、しないで。」



「こういう事?」



「そうだよ。こんなの僕相手にする事じゃない。」



「オレは大ちゃんだからしたいんだよ。」



落ち着いた優しい声がする。
僕は込み上げてくる息苦しいものを懸命に飲み込んだ。



「もう、やめてよ・・・。」



「やめない。」



再び伸ばされた腕はあたたかな温もりの中に僕を閉じ込めようとする。



「いやだって言ってるだろ。」



懸命にもがいてそこから抜け出そうとするが、ヒロの腕は決して僕を離そうとはしなかった。
焦れた僕は抜け出せないヒロの腕の中で堪え切れずにヒロの胸を押し返すように叩いて言った。



「ヒロを嫌いになりたくないんだよ!!」



吐き出すように叫んだ言葉にヒロのぬくもりがやんわりと解ける。僕は両手を伸ばしてヒロを追いやるように遠ざかった。
ぐちゃぐちゃの頭の中を曝け出す。



「僕はヒロに答えられない。言ったでしょ?見返りのない恋愛なんて辛いだけだって。ヒロにそんな思いさせたくないんだよ。
僕にとってヒロは大切なパートナーだし、今となっては他の人なんて考えられない。僕にはヒロが必要だし、出来ればいい関係でいたい。でもそれはそう言う意味じゃなくて、ヒロが思うような恋愛関係なんて考えた事なんかなくて、だってヒロはパートナーだし、」



「じゃあ考えてよ。」



ハッキリと強い声が僕に告げる。



「今からでいいから考えてよ。そういう目でオレを見て。オレの事をそうやって考えてみて。一度でいいから。」



「だって・・・。」



「オレが年下だから?大ちゃんの望むような大人の男じゃないから?でもそれはもうしょうがないでしょ?大ちゃんより先にはもう生まれられないよ。
だけどこれだけは言える。オレは絶対大ちゃんのそばを離れたりしないよ。大ちゃんを絶対に1人にはさせない。」



真っ直ぐな力強い瞳がふんわりと微笑む。



「見返りが欲しくてこんな事を言い出したわけじゃないんだよ。ただ大ちゃんに知っててほしかったんだ。貴方の事が好きで好きでたまらない人間がここにいるんだって事。
確かに大人じゃないからさ、大ちゃんもオレを好きになってくれたらいいのにとか、大ちゃんをオレだけのものにしたいとか思わないわけじゃないよ。嫉妬だってするし、あんまりにも冷たくされたら切なくなる。もうずっと大ちゃんに片思いしてきたから、切ないのにもだいぶ慣れたけどね。
諦められたらいいのになって思った事も何度もあるし、仕事のパートナーなんだからって思った事もある。だけど結局、好きってところに戻って来ちゃうんだよね。だからもう、これでいいんだって、オレは大ちゃんを好きなんだって。これから先も大ちゃんが好きなんだって思う。感情の押し売りかな、やっぱり。」



そう言ってくしゃりと笑うヒロの顔は穏やかだった。



「どうして・・・。どうしてヒロはそんな事が言えるんだよ。先の事なんか解るわけないじゃん。ずっと好きとか、好きになってももらえないのに、どうしてそんな風に言えるんだよ。解んないよもう・・・。」



僕はヒロを置いてリビングへと向かった。ヒロの腕は僕に向かって伸ばされていたけれどそれに気付かない振りをした。
絡まった思考は正しい答えの在処も教えてくれない。
僕が脱力したようにソファへと腰を下ろすと、心配そうについてきたジョンが鼻先で僕の手をつつく。それに応えるように頭を撫でてやりながら安心させるように小さく笑った。張り付いたような笑顔だった。
ジョンのぬくもりに触れているうちに何故だか涙が溢れて来た。自分で自分の感情がセーブ出来ずに後から後から溢れてくる。
哀しい訳じゃない。切ない訳でも、まして嬉しい訳でももちろんない。
ずっと堪えてきたものがどこかにプツリと穴を開けられたような、支えを失ったような気分だった。
相変わらず頭の中はぐちゃぐちゃに混乱していたけれど、心の中は恐ろしいほど空っぽだった。その空洞が後から後から涙を流させていた。



「大ちゃん。」



気付くと傍らにヒロが立っていた。ぼんやりと見上げたその先で困ったように笑う。
いつものように近すぎる彼の距離でソファに腰を下ろすと、僕の肩を自分の方へと引き寄せた。そのままポンポンと柔らかいリズムで僕の頭を撫でる。
ぬくもりが、僕を侵蝕して行く。
じわじわと。
僕は考える事を諦め、そのぬくもりが僕の身体を満たしていくのをそのままゆっくりと感じていた。




























 

僕はもう誰も好きにならない、好きになれないと思っていた。


残されたiPhoneのメッセージを見つめながら思わず頬が緩む。
同じ絵文字をいくつも重ねたバカ丸出しのメッセージ。彼の満面の笑みが見えるかのようだ。



LOVE YOU また明日″



今でも好きだという事が本当はどういう事なのかは解らない。
けれどそれでいいと、無理に好きになってくれなくてもいいと彼はそう言った。
そしてふざけたようにこう言ったのだ。



「嫌いになりたくないなんて、最高の殺し文句だよ。」



きっと大ちゃんはオレの事がもう好きなんだよと、自信過剰のチャラ男はやっぱりジョンと同じようにじゃれつきながら言った。
さっきまで泣き顔を見られていた気恥ずかしさも手伝ってつっけんどんに、



「バッカじゃないの。」



と突き放したがヘラリと笑ってちっともへこたれた様子はなかった。


早く大ちゃん好みのカッコいい大人の男になるからねなどと言っていたけれど、きっとそれはどんなに頑張っても一生ヒロには無理だろう。
そもそも僕好みの大人の男って何なんだと思ったが、そんな事を口にするヒロに悪い気はしなかった。


ヒロがいつでもそこにいると思える事は確かにとても心強いものだった。
もちろん先の事は解らないし、100%信じたわけじゃないけれど、今この瞬間に僕を好きでいてくれているという事だけは信じられる。
背中を預ける事が出来るというのはこんなにも心穏やかにしてくれるものなんだと改めて実感した。

犬コロのように感じていたヒロをそう言う対象として見るのには時間がかかるのかも知れないが、真剣な顔で一度でいいからそう言う対象として考えて欲しいと言ったヒロに免じて僕も一度だけ真剣に考えてみようと思う。
生々しい事を考え出すと笑ってしまいそうだけど、一緒に眠るのもキスをするのもジョンに接するようにと思ったら、もしかしたらそれは意外と簡単な事なのかも知れない。こんな事を考えているのがバレたら彼は相当落ち込むだろうけれど。

彼の表情がクルクルと変わるのを見ているのは嫌いじゃない。
笑顔が似合う男だから笑っている時が一番好きだけれど、怒らせたり困らせたりもしてみたい。今回初めて知ったあの熱い視線のその先も。

これはもしかしたら単なる好奇心なのかも知れない。
もしくは自分の隠しておきたかった内面を垣間見られてしまった事から来る開き直りなのか。
もしそうだとしてもきっとそんな事も彼は笑って許してくれるのだろう。僕好みの大人の男になると決めたからには。



時間が経ってブラックアウトしていた画面をもう一度呼び出す。
やっぱりカッコいい大人の男とは程遠いメッセージ。その向こうにいつだって見えるあの笑顔。



「バッカじゃないの。」



また明日″の文字にこそばゆさを感じながら僕はiPhoneをテーブルに置いた。
明日の収録には彼から貰った誕生日プレゼントのダウンを着て行くことを決めた。きっと彼は満面の笑みで、僕に駆け寄ってくるだろうから。









END 20150403