<encounter>








急に顎なんて掴まれたら誰だって勘違いする。

あの眼差しは卑怯だ。いや、あの男が、なのかも知れないが。







 

何の気なしにされた行為は多分あの男には何の意味もないもの。
ふざけて、ただのノリで、だからきっとそうした事だってもう今日眠る前にはきれいさっぱり忘れてしまっている。
ただそれだけの事にこんなに惑わされているこっちが悪いのだ。


でも、気付いてしまった。気付いてしまったのだ、突然に。
気付いてしまえばもうなかった事には出来ない。
気付かなかった事が恐ろしいほど、それは多分いつもそこにあった。






 

彼が好きだ。






 

掴まれた頬がまるで太陽のように熱い。
いつでも近い彼の距離が違う行為を彷彿とさせて、掴まれて突き出すしかなくなっている唇が微かに震えた。
会話の中で自然と離れた心許なさに、唇の次は心が、切なく震えた。



これが恋でなくて何だというのだろう。自分を騙す事は難しい。
今まで意識した事などなかったはずなのに、それこそパフォーマンスのキスなど何度もしているはずなのに、たかがこんな事に揺れている。



バカだ。そんな事に心を動かされたところでどうなるというんだ。
仕事上のパートナー。例え代わりなんていない、彼じゃなきゃダメなのだと言ったところで、それは音楽の間で。
恋愛感情なんてあるはずがない。あっていいはずがない。
それなのに。




 

一瞬前とはすべてが色を変えている。
もう戻れない。
見える景色が変わってしまったことをもう戻せない。



バカだ、ホントにバカだ。
こんな事なら偉そうにふんぞり返っていればよかった。
ふざけてやり返してやればよかった。
笑いの中ですべてを煙に巻いてしまえばよかった。
騙して、
自分さえも騙して、
自分自身を一番騙して。




無意識に目で追ってしまうそのキレイな右の指先に熱が、
柔らかいくせに痺れるような熱が。




何も知らずに笑いかけてくる彼に、何も滲ませないように笑い返して、
あぁバカだ。本当にバカだ。




彼は何を思っているんだろう。今、この瞬間。
決して自分の事ではない事が悔しい。お門違いな苛立ち。
安らかに眠りについているだろうこんな時間に一人まんじりともせず、彼の部屋からの方がはるかに近い静かな夜空を見上げる。
きっと彼はこの空を見ていない。
彼以外の多くの人が同じように見上げているというのに、彼だけは見ていない。
切ないくらいに見ていないのだ、きっと。




解っている。すべて解っている。
バカな想いはすべてこの夜空と同じように、太陽が昇れば二度とは同じものがないように、眩しいものの前では消えていくのだ、必ず。
そうしないと夜明けは来ないのだから。




それが決まりある出来事。
それが本来の在り方。
それが節理。
それが、
それが。





 

掴まれた頬は夜風にも熱い。
消えない熱を抱え、彼の見る事のない夜空の中で人知れず涙を流した。
僕は      




 

END 20150809





    
















































急に顎なんて掴まれたら誰だって勘違いする。

あの眼差しは卑怯だ。いや、あの男が、なのかも知れないが。

何の気なしにされた行為は多分あの男には何の意味もないもの。ふざけて、ただのノリで、だからきっとそうした事だってもう今日眠る前にはきれいさっぱり忘れてしまっている。ただそれだけの事にこんなに惑わされているこっちが悪いのだ。でも、気付いてしまった。気付いてしまったのだ、突然に。気付いてしまえばもうなかった事には出来ない。気付かなかった事が恐ろしいほど、それは多分いつもそこにあった。

彼が好きだ。

掴まれた頬がまるで太陽のように熱い。いつでも近い彼の距離が違う行為を彷彿とさせて、掴まれて突き出すしかなくなっている唇が微かに震えた。会話の中で自然と離れた心許なさに、唇の次は心が、切なく震えた。

これが恋でなくて何だというのだろう。自分を騙す事は難しい。今まで意識した事などなかったはずなのに、それこそパフォーマンスのキスなど何度もしているはずなのに、たかがこんな事に揺れている。

バカだ。そんな事に心を動かされたところでどうなるというんだ。仕事上のパートナー。例え代わりなんていない、彼じゃなきゃダメなのだと言ったところで、それは音楽の間で。恋愛感情なんてあるはずがない。あっていいはずがない。それなのに。

一瞬前とはすべてが色を変えている。もう戻れない。見える景色が変わってしまったことをもう戻せない。

バカだ、ホントにバカだ。こんな事なら偉そうにふんぞり返っていればよかった。ふざけてやり返してやればよかった。笑いの中ですべてを煙に巻いてしまえばよかった。騙して、自分さえも騙して、自分自身を一番騙して。

無意識に目で追ってしまうそのキレイな右の指先に熱が、柔らかいくせに痺れるような熱が。

何も知らずに笑いかけてくる彼に、何も滲ませないように笑い返して、あぁバカだ。本当にバカだ。

彼は何を思っているんだろう。今、この瞬間。決して自分の事ではない事が悔しい。お門違いな苛立ち。安らかに眠りについているだろうこんな時間に一人まんじりともせず、彼の部屋からの方がはるかに近い静かな夜空を見上げる。きっと彼はこの空を見ていない。彼以外の多くの人が同じように見上げているというのに、彼だけは見ていない。切ないくらいに見ていないのだ、きっと。

解っている。すべて解っている。バカな想いはすべてこの夜空と同じように、太陽が昇れば二度とは同じものがないように、眩しいものの前では消えていくのだ、必ず。そうしないと夜明けは来ないのだから。

それが決まりある出来事。それが本来の在り方。それが節理。それが、それが。

掴まれた頬は夜風にも熱い。消えない熱を抱え、彼の見る事のない夜空の中で人知れず涙を流した。僕は      

END20150809