<他人の関係>








ふと付けたTVの中に見知った金髪を見つけて、あぁそうだ、今日は彼は仕事だったけっかとぼんやりその姿を見つめた。
2人でこの番組に出たのはもう何年前か。
いつもは隣に並んでいるはずの彼が違う人の後ろにいる姿はどこか微妙な違和感だ。


自分達のライブ映像を見る事もあるのだし、それこそツアー中は毎回スタッフの撮ったものを見返しているのだから、画面の中で彼が演奏する姿なんてものは見慣れていると言っても過言ではないはずだ。
それなのに何とは言い切れない違和感を感じて、浴びたばかりのシャワーのしずくをぞんざいに拭いながらその姿を見つめていた。


彼の仕事には興味がない。
いや、興味というものではないのだと思う。


いつの間にか互いの仕事には触れない、暗黙の了解。
きっとそれは自分だけではなく彼もが同じ思いを抱えているからなのかも知れない。


ありていに言えば嫉妬だ。
独占欲のようなものか。


昔はそれこそ自分のいない彼の仕事を食い入るように見つめ、逐一彼の行動を知らなければ気が済まなまった。
それはきっと彼も同じで、けれどそんな不毛な事をしている自分に嫌気がさした。
知れば知るほど自分がそこにいない事にどうしようもない苛立ちやじれったさを感じていたからだ。


互いを束縛することに飽いた自分達はそれ以来、互いの仕事に干渉しなくなった。


いつだったか、彼と同じミュージカルにかかわった時、毎回こんな気持ちじゃもたねぇよと彼が零したことがあった。
劇中の中で他の人に熱い思いを打ち明ける自分を見て、彼はそこにいるはずなのは自分だと思っていたに違いない。
日常とは異なる空間で、到底日常生活では口に出来るはずもない思いを吐露する自分に、芝居だと解っていてもいい気はしなかったのだろう。その気持ちは十分解る。
あれももう5年くらい前の話か?


あれと前後するくらいから自分達の付き合い方は変わったような気がする。
自分も出来るだけ思いを口にするようになったし、彼に対する接し方も変わったような気がする。
今ではネタとして成立してしまっているけれど、決してネタだけではないことを彼だけが知ってていてくれればそれでいい。











彼の曲ではなくても、彼の音は解る。
何が違うと聞かれても明確には答えられないが、それが彼だからと言う以外にない。


彼の音を聞くと自然と言葉が溢れてくる時がある。
もちろん作詞をする時は音から言葉を拾おうとするのだから当然の事として、そうではない時でも彼の音から言葉を感じる時がある。
捻くれ者で決して素直な気持ちをさらしてはくれないくせに人一倍淋しがり屋の彼。
そんな彼が唯一、何のてらいもなく感情をさらけ出せるのが音なのだと思う。


彼は会話をするように音を奏でる。
その言葉はいつだっていろんなところへ向けられてはいるが、きっとその言葉をクリアに聞き取れる人は多くないのだろう。
なんとなく悲しいとか嬉しいとか、そういうものは伝わるにせよ、それが言葉として心を揺さぶるかと聞かれたら頷ける人は多くないのだろうと思う。


自分は、思えば最初からその言葉を感じていた。
もちろん出会った頃はこんなにクリアに聞こえることはなかったが、彼の感情がどう流れているのかを感じる事は難しくなかった。
作詞をするようになって彼の音から言葉を拾おうとするようになってからその感度は格段に上がった。
今では彼の音に言葉で返す事が自分達にとって誰にも聞かれる事のない会話になっている。


何食わぬ顔をして熱烈な愛の告白をしてくる彼に素知らぬ顔で独占欲を曝け出す。
そんな言葉にニヤリと笑う彼は気持ちがいいくらい背徳的だと思う。
互いの知らない顔があるからこそ生まれる独占欲に、自分も彼も焦れるくらいの高ぶりを感じている事を知っている。
この頃はそれを隠すのも上手くなったと思う、お互いに。
隠しすぎるとあらぬ興味を引く。
程よく見せて、程よく隠して肝心のところは誰にも触れさせない。
まるで不倫の恋のように、いや実際それと大差はないのだけれど、許されざる恋に身を焦がしているのは若い時分よりむしろ今なのかもしれない。


背徳の恋は甘美すぎる。
そしてそれを狡猾に隠すようになった今の彼も。














彼のいなくなった画面をぼんやりと見つめている間にもさまざまな曲が流れ、いつしか濡れていたはずの髪は乾いていた。
火照っていたはずの肌もサラリと乾き、その上にTシャツを羽織った。


不意に耳に入った昭和歌謡。





       逢う時にはいつでも他人の2人





まるで彼のようだとクスリと笑う。


あんなにえげつないことをした数時間後に、まさに他人の顔で現れる。
遅刻したその理由をも煙に巻いて、その身体の中にいまだ燻っているはずの熱をも隠して、鮮やかなほど他人の顔を見せる。
そして自分にだけ解る様に艶めかしい情事を匂わす顔をしてみせるのだ。
小気味いいくらいのえげつなさだ。


ドクリとよみがえる数日前の情事に乾いたはずの肌が火照り始める。
こんな瞬間に彼の音を聞いてしまうからいけないのだ。


不意打ちに現れる彼の音。
まるでその人そのもののようにチラチラと笑みを浮かべているよう。




この熱は、一人では持て余してしまいそうだ。




ちらりと時計を確認し、携帯に手を伸ばす。
業務のような短い文面、そして彼にだけ解る合図のスタンプを。


彼はきっと他人の顔でこのドアを開ける。
そして言葉よりも饒舌なその身体で深い時間を貪り食うに違いない。
貪欲な、独占欲もそのままに。


そしてまた遅刻の言い訳を並べてみせるのだ。
間違いではない真実と、ほんの少しの大人のウソ。
鮮やかなほどの他人の顔で。






END
 20140815