<さよならとしか いえない 恋>












「それ、本気なの・・・?」



震える唇を宥めて何とか口にする。


真っ直ぐに見つめてくる視線が痛くて視線を逸らしてしまいたかった。
けれどそうする事も出来なかった。
きっとそうしてしまえばすべてが終わってしまうと解ったから。


頷く目の前の人はあまりにも澄んだ目をしていて、既に物事の終わりを雄弁に告げていた。


涙は出なかった。出るほどの感情はもう残されていなかった。


凍てついたように静かで、ただ時間だけがそこにいた。
時間は、あまりにも長く、そしてまた短かった。


窒息しそうなその息苦しさの中で、いっそそうなってしまえばいいのになんてバカな思考が頭をもたげる。
実際にはそんな事は決して起こらない事を知っていながら。


失うという事は、死ぬ事だと思っていた。けれど死ぬことは出来ない。
こうして息をしている限り死ぬ事はないのだと、この時ようやっと気付いた。


その忌まわしい息の下で次につなげる言葉を懸命に探す。
戦慄く息遣いはただ空白を埋めるだけの言葉だけしか繋げなかった。



「どうしても・・・?」



半ばかすれた声。
情けない声。
けれどそれが精いっぱいだった。


みっともないと思った。
けれどどうする事も出来なかった。



「もう、終わりにさせて欲しい。」



決定的な言葉は何処か遠く、目の前に立つ見慣れた姿は幻のように揺らいだ。
終わりを告げる声は、いつもと変わらず優しかった。



この想いに、彼が気付いていたとは思えない。
けれどそれに対する答えのように、彼の声は優しかった。



運命だと思っていた。
だからこそ、決して終わりなどないはずだと疑いもしなかった。
今の今まで。


苦しいはずのこの想いはいつしか正当化され、これこそが何かの証のように感じていた。
そうする事で彼を想ってきた。
報われない想いなら、この痛みこそが何よりの証。
だからこそ永遠に続くのだと。


現実は、そんな甘美な痛みにまみれた場所ではなかったのだ。
ただそれだけの事。



真っ直ぐ前を見据えたままの彼に、どうして抗う事が出来ただろう。
ただ最後には笑って、彼を見送る事しか出来ない自分に。



伸ばした指先に不審気な表情を見せる彼に笑ってみせる。
そう、もうこれが最後なのだから。


初めて自分から抱きしめた彼の温度を決して僕は忘れないだろう。



「さよなら。」



その4文字に告げられなかったたくさんの想いを込めて。



「さよなら。」



泣く事も許されていない僕は、ぎゅっと彼を抱きしめた。




 

END 20141129