<もっと近くに>











好きな気持ちはどうして終わりがないんだろう。









「やり過ぎ。」



薄暗い2人一緒の楽屋に戻ってきてすぐに大ちゃんが言った。
渡されたタオルで顔を拭き、衣装さんに帽子を渡した彼はギシッと音を立ててパイプ椅子に座りながら睨み付けるように、でも口元は少し笑ってそう言った。



「何なのよ、もう。」



咎めるような口調に思わず笑う。



「アハハじゃないよ。」



コツっと硬いブーツでオレの脛を蹴ってきたのに大袈裟に痛がってみせると、大袈裟なんだよとまた口を尖らせる。

ライブ後の楽屋は慌ただしく何人ものスタッフが開けたままの扉の向こうを行き交う。
舞台をバラし機材を撤収し、決められた退館時間までにすべての作業を終えるのだ。
自分達だって帰りの新幹線の時間があるのだからそうそうゆっくりしているわけにはいかないが、舞台スタッフに比べたら幾分か余裕がある。
そんな取りあえず一息つく時間の初っ端に彼の口から可愛いクレームの言葉が出た。



「あのさ、加減ってものを知らないの?ヒロは。」



呆れた声と視線。怒ってるわけじゃないのは解っている。それに何よりこんな風に言われる事は百も承知だ。



「いいじゃん。みんな喜んでくれてるんだし。」



「そう言う問題じゃないでしょ。」



あっけらかんと言うオレに無駄な事だとは解っていても言わずにはいられないのがこの人の性格なのだ。
一応自分的には拒否してますっていうポーズを作っておきたいのだ。そんなところも可愛らしいなと思う。
だからオレもついつい虐めてみたくなる。



「え〜、大ちゃんだって喜んでたじゃん。」



「はぁ!?何言ってんの?」



予想通りの反応に思いっきり笑いだすと、笑いごとじゃねぇーよなんてわざとぶっきらぼうに言ってみせる。本当に可愛らしいと思う。
恐らく今日のライブ中のアレが原因だって事は解ってる。
いつも通りにくっついて抱きしめたくらいじゃ最近は何も言われないし、気にもしない。平然とシンセを弾いてる姿にちょっとムカつく時もあるくらいだ。
だから困らせてみたくなるのだ。彼が弾き続ける事がかなわなくなるくらいギリギリのラインで。
もしかしたらそれは独占欲のせいなのかも知れないなんてちょっと思わなくはないけれど、多分それはお互い様だ。彼だってそうと知っててオレを誘うような事を仕掛けてくるのだから。
ライブ中のそう言った駆け引きは回を重ねる度にエスカレートしていく。それがまた楽しかったりするのもお互い様。けれど今日のは彼的にはやり過ぎと感じたようだった。



Sツアーの意味をはき違えてるんじゃないの?この人は。」



そう言って脱いだ靴を投げつけてくる。



「もう、大ちゃん。行儀悪いよ。」



笑いながら脱ぎ散らかした靴を揃えてやると尖らせた口のまま鼻にしわを寄せて言う。



「うっさいよ。」



その様すら可愛らしい。
オレも靴を脱ぐと2人分の靴を持って衣装さんが楽屋を後にする。
入れ替わりに入ってきたアベちゃんが座ったままの大ちゃんに早く支度をするように促した。



「それとヒロ、アンタねぇ、今日のは何よ。」



アベちゃんの口から出た言葉に大ちゃんが大きく頷きながら再びオレを責めてくる。
そんな二人掛りの攻撃にとうとう居たたまれなくなったのか荷物を整理していた林さんがすみませんと頭を下げた。



「違うわよ、林さんが悪いんじゃなくて、悪いのは全部この男。」



「ちょっと、何だよ〜。悪い男ってさ〜。」



「そのまんまの意味でしょ。ライブをなんだと思ってんのさ。」



しれっと冷たい視線を投げてくる彼に反撃する。



「え?何?大ちゃん、もしかしてすっごい感じちゃった?」



「バッカじゃないの!!」



耳まで真っ赤にして言い返してくる彼は反撃の糸口が見つからず、手にしたタオルをブンと投げつけてきたがタオルはあらぬ方向へヘナヘナと流れただけだった。
そのタオルを拾い上げて立ち止まる。



「もう、いいかなって、オレは思ってるんだ。」



「?」



拾い上げたタオルを大ちゃん側の化粧前に戻し、楽屋の中にいる一番身近な人達を見つめながら言った。



「いろいろ言われても自分に正直で居たいなって、この頃すごく思ってて。オレが大ちゃんを好きなのは事実だし。」



「ヒロ・・・?」



見上げてくる彼の怪訝そうな視線に笑い返して、オレは外の世界と隔絶するように楽屋のドアを閉めた。ざわめきが遠くなる。



「何も、カミングアウトしようとか、そういう事じゃないんだ。オレは人として大ちゃんが好きだし、大事に思ってるし、ずっとそばに居たい、居て欲しいって思ってる。それってそんなにおかしな事なのかなって、最近ずっと思ってたんだ。人が人に惚れるのに男も女もないんじゃないかって。好きだから触れたいし、抱きしめたいし、笑って欲しいし、それって別に特別な事じゃないでしょ?」



困惑したままの彼。
消えない過去の傷。オレ達は一度ダメになった。あの時の苦しかった時間を思う。



「オレも大ちゃんも、もうダメにならないよ。それだけの事はしてきたつもりだし。そうでしょ?」



何を言われてもいいように、彼と対等に入れるように自分の基盤は固めてきたつもりだ。
ありがたい事にそれは少しずつ形になってきている。そう言う手ごたえも少なからずある。
何を言われても崩れないだけの基盤。あの時は手に出来ていなかったもの。

困ったように笑う彼に笑い返す。



「オレ、無駄なものはいらないんだ、もう。見栄や、嘘も。解ってくれる人が、ほんのちょっといればいいや、もう。」



そう言って改めて1人1人を見つめる。最後に大ちゃんを。
すると大ちゃんは俯いて小さく笑っていた。



「っとにバカだなぁ、ヒロは。」



そう呟いた声のトーンは優しかった。



「ごめんね、バカで。」



「ホントだよ。」



睨み付けてきたその目は笑っている。
その目を見て彼が同じように考えようとしてくれている事が解る。きっと心配性な彼の事だから、そう簡単に割り切れたりはしないのだろうけれど。



「ったく。バカはアンタ達2人ともよ。解ってくれる人ばっかりじゃないのよ。」



「そうですよ。」



声を揃えて互いのマネージャーが険しい目をしてみせる。すべての事情を解っていてくれる、何よりも心強いオレ達の味方。オレは素直に頭を下げる。



「わがまま言ってごめんね。」



「そう思うんなら改めてください。」



ピシャリと林さんに言われてオレは頭を掻く。そんなオレのほっぺたをつねりながら彼が恐ろしい視線のまま詰め寄る。



「反省してないだろ、この顔は。全く。」



「いひゃいよ、だいひゃん。」



捻り上げるように摘まんだ指を離すと、フンと鼻息も荒く今度はゲンコツを食らわせてきた。



「カッコいい事言って丸め込もうとしてもダメ。今日のはやり過ぎ!!今度やったらステージ上で蹴り倒すからな。」



「ワォ!!大ちゃん積極的!」



「バッカじゃないの!」



そう言ってプイと横を向いた彼はやっぱり耳まで真っ赤だった。



「ったく、バカな事言ってないでさっさと支度しなさい。新幹線間に合わなくなるわよ。ヒロはちゃんと反省しときなさい。」



「はぁ〜い。」



アベちゃんの鶴の一言で再び慌ただしい時間が動き出す。楽屋のドアを開いて何事もなかったかのようにそれぞれの仕事へ戻って行く。
そんな後姿を見送って、オレはプリプリと怒ったままの彼を後ろから抱きしめた。



「ホントは言ってやりたいんだよ。大ちゃんはオレのだから見るなって。オレ、意外と独占欲、強いんだから。」



腕の中で体温を上げた彼がオレの腕を軽くつねりながらぽそりとこぼす。



「・・・バッカじゃないの。」



「バカだもん、オレ。大ちゃんに狂わされたから。」



「ばぁ〜か。」



クスクスとどちらからともなく笑いが漏れる。



「ホント、ヒロって単純でいいよね。」



「自分の気持ちに正直なだけだよ。」



「だからバカって言ってんの。」



抱きしめたままいつものようにこめかみにキスを落とすと、くすぐったそうに首を竦める。



「もう、汗だくだから。」



「じゃあ一緒にシャワー浴びる?」



深い意味を込めて耳元に囁くと彼はふてくされたように腕の中からすり抜けた。



「それこそ新幹線に間に合わなくなるでしょ。」



そう言ってタオルを引っ掴んでパタパタとシャワールームへ逃げて行く。
ドアの向こうに消えた彼の後ろ姿はやっぱり耳まで赤くて、オレは一人取り残された楽屋で彼の大胆な言葉に一瞬呆けた。



「ワァオ・・・。」



幸せな笑いが込み上げて来て、オレも慌ててタオルを取ると彼の後を追いかける。
きっとまた怒られるんだろう。
反省はまとめてするからと心の中で呟いて、オレは出発までの残り時間を頭の中で計算した。





 

END 20140430