<僕のひみつ>
ここから見る君が一番好きなんて言ったら、きっと彼は「なんで?オレの後ろ姿だけでいいの?」なんて笑いながら言うんだろう。
けれど、きっと自分じゃ解らない。ここから見る君は本当に素敵なんだって事。
僕はいつもここから見てる。
シンセを隔てたその向こう。
襟足にかかる、前のように長くなってきた髪。
始まって2,3曲目には既に汗を光らせている首筋。
震える喉に少しだけ仰け反る頬のライン。
その目は僕を見る事はないけれど、真っ直ぐに真っ直ぐに彼の声のように遠くを見つめている。
この場所から彼を見る事が出来るのは僕だけ。
ブレスの度に震える肩をそっと見つめる。
僕の音と一体になって彼が紡ぎ出す感情は、僕にはとても心地良いもの。
僕の中に君の声が満ちて行く時、僕は今だって震えるくらい君を求めている自分に気付く。
どうして離れる事が出来たんだろうね。
この場所をずっとずっと失いたくなかったのに。
ふわりと微笑む君が好き。
歌っている君は何の前触れもなく嬉しそうに僕に微笑むから、僕はドキドキしてしまう。
こっそり君を見つめていたのがバレてしまったんじゃないかって。
シンセを隔てた僕達の距離。
そこはもどかしさと安心感を与えてくれる。
本当は近くにいたいけど、きっとずっと近くにいたら僕が僕でなくなってしまうような気がしている。
ライブ中の彼は普段の何十倍も、何百倍もステキ過ぎるから。
どんな感情も真っ直ぐに放つその熱にのぼせてしまいそう。
愛の歌を囁く彼は悔しいくらいに僕を掻き回す。
どれだけ僕を好きにさせたら気が済むの?
もうこれ以上はないくらいに君が好き。
それなのにいつももっともっとと君は歌う。
欲張りなんだよ。
優しいくせに欲張りで、無理強いはしないのに、どうにでもしてと思わせる。
ズルいよ、ヒロ。
いつの間にそんなワルイ男になったのさ。
僕は今でもドキドキしてる。
君の魂とも言えるその歌声を捧げる誓いを躊躇いもせずしてくれた君に。
歌声だけじゃなく、ここから先の時間も預けてくれた君に。
「大ちゃんの好きにしていいんだよ」なんて優しい声で言った彼は、きっと僕のすべてを好きにしている事にちっとも気付いてなんかいないんだろう。
信頼している、彼を。
この先の人生で彼ほどすべてを預けられる人はいないだろう。
そしてこれほど好きになる人も。
ここから見る彼はそんな僕の想いに気付いているのかいないのか、いつも変わらぬ笑顔を見せてくれる。
好きだよ、ヒロ。
僕は君のその真っ直ぐなところが好きだ。
穏やかにこの気持ちを受け入れる事が出来るようになるまで、随分と回り道をしてしまったね。
でもその回り道の間に、君はステキになって、僕を惹きつけてやまない魔法を手に入れてきたんだね。
もう、間違えないよ。
彼の首筋を汗が伝っていく。
ライトに照らされた髪がくるりと向きを変える。
イタズラ好きな彼の目が僕を捕えて笑う。
シンセを隔てた距離が 。
ふわりと彼の香りと共に腕の中に閉じ込められる。
マイクを通さない彼の生の声。
こんな特権を味わえるのも僕だけ。
彼のいつもより高い体温を感じながらシンセを弾き続ける。
君が好き、
君が好き、
君が好き。
僕のこの想いも、君にはきっとバレているんだろうね。
それならば。
隔てるものがないこの瞬間を、僕も少しだけ素直になって君に預けてもいいのかな?
不意に落とされる唇の感触。
途端に全身に火が付いたよう。
楽しそうに笑っている彼の顔。
あぁ、もう悔しい。
こんな時でさえ君はカッコよくって心臓に悪い。
何食わぬ顔で僕から離れ、いつもの場所に戻って行く。
シンセを隔てたいつもの距離。
やっぱりここから見る君が一番。
後ろ姿の君からは、僕が耳まで赤くなっている事は見えないでしょう?
不規則なリズムを打つ胸を落ち着かせて、僕は君を盗み見る。
突然振り向いた彼は僕以外の誰にも気付かれないようにペロリと舌を出して笑った。
END 20140509