<残照>










夏の終わりはいつだって決まって少し切ない。

突然突き放されたようなこの熱の行き場所も、今まで当然のように過ごしてきた明日と言う時間も、何もかもが突然に、急にぽっかりとなくなってしまう。
あのアツさに心奪われて、ここにないその不在に胸の奥がツンと痛くなったり、仕事だって手につかない。
とにかく何もする気が失せて、ただぼんやりと、あぁ・・・とあのアツさを思い出している。

頭の中が整理出来ない。
仕事だってやらなきゃならないことは山積みで、ぼんやりしている暇なんて本当はないはずなのに、やっぱり手につかず、と言うか仕事に頭を切り替えてしまうのが悔しいのだ。
きっと頭を切り替えてしまえばこんな気持ちもあっという間に風化してしまうのは解りきった事。
けれど、このどことなく行き場のないぼんやりとしたこの熱を、今はまだ失いたくないのだ。
追い立てられるまでは失いたくないのだ。




夏は比較的好きだ。
比較的なんてそんなもの一応つけてみたけれど、ようはそういう事だ。

彼に逢えるから。

何のてらいもなく、さも当然のように彼を呼びつける事だって出来る。
打ち合わせと言えば彼は断らない。
そもそも夏はこっちの仕事をメインにしているらしいから、なるべくスケジュールを空けている。
だからいつだって呼べば来る。
それが解っているから夏が好きだ。
あの太陽みたいにアツい男には似合いの季節だと思う。


その太陽のようにアツい男が内に秘めた熱を発散するその瞬間が好きだ。
その眩しさにくらくらする。
日射病なんて生易しいものじゃない。
彼の傍にいるのは命がけだ。
ちょっとでも気を抜いたらすぐにやられてしまう。
恋という病はそのくらい重症だ。





「また明日ね。」なんて気安く言っていた昨日までの世界。
約束があるというのはなんて心地いいものなんだろう。
予定のない自分にはもう言う事の出来ないセリフ。
次はきっと年末まで、打ち合わせの始まる11月半ばまでは言えないセリフだ。

遠い・・・11月は遠い・・・。


彼はその間に舞台を2本抱えているし、自分だってツアーの予定が入っているからもちろんそんな暇はなくなってくるのだろうけれど、それでもそのセリフの持つ魔力はこんな自分の心に小さな勇気をくれた。

何とか彼を呼びつける理由は出来ないものか、そんな風に思ってフクロウを飼った。
いや、別にそれがすべての理由ではないけれど、もともと飼いたいとは思っていたけれど、夏の終わりそうなこの時期にもしかしたら雛が手に入るかも知れないと聞いて、是非と食いついたのは飼いたいと言う純粋な理由だけではなかった。
彼を自然に誘う理由、そんなものの一つになってくれれば、そんな打算があった事も認めざるを得ない。
そんな事くらいで彼がホイホイと来てくれるとは思っていないけれど、事実ジョンを飼った時だってそうだったのだから。
それでもアレは犬の苦手な彼だから、来るまでに時間がかかったのだろうし、今度はフクロウだ。
飼っていたインコと区別もつかないような男だからきっと大丈夫だと信じたい。


そうだよ、見においでよ。
早く来て、君の大好きな肩ノリフクロウにしたらいいよ。
それでしょっちゅう会いに来ればいい。
それが僕にじゃなくても、それでいい。


写メを送って見せるとえらく興奮した様子で、可愛い可愛いと繰り返す彼に、手に乗ってご飯を食べるんだよとか、呼んだら来るようになったんだよとか、気を引きそうな言葉を何度も呪文のように繰り返して、その度に彼の反応を伺う。
もうちょっと・・・もうちょっとしたらきっと彼はその好奇心に負けて来てくれるはず。




ぽっかりと空いた穴はどうする事も出来なくて、ただただこの熱を持て余している。
彼のアツさを思い出して、彼の微笑みを思い出して、彼のあの美しい声を何度も頭の中で再生する。
そんな事は容易い事で、彼の事ならなんだってすぐに思い出せる。

僕の中は彼のデータバンクでいっぱいだ。
時々それが表に溢れ出そうになるけれど、彼に気づかれないように必死でしまい込む。
データを圧縮してスペースを作り、また新しいデータを取り込む。
そして誰もいなくなった時にだけ、静かに解凍し彼のぬくもりを感じるのだ。

切ない、一人だけの空間に彼のアツさが満ちるのは切ない。
けれど、愛おしい・・・。



冷たいシーツに彼のぬくもりは蘇るはずもなく、埋めた枕に小さなシミが出来る。


彼に逢いたい。
彼に逢いたい。
離れているのはこんなにも切ない。


夏がアツければアツいほど、終わった時の焦燥感は手酷い。
何も手につかず、何も考えられない。
昨日のライブの疲れだけじゃない。
自分の機能が壊れている。
彼と言う螺子をなくした自分は止まったまま動けない人形のようだ。
彼がいなくちゃ生きて行けない。
彼がいなくちゃ・・・。



不意に耳慣れた機械音がメールの着信を告げる。
この音は彼のもの。
慌てて画面を開くと夏のアツさを残した太陽のような彼の言葉。





 

おつかれ!!



ツアーお疲れ様!!(^-^)/

今年も大ちゃんとステキなライブが出来てホントに嬉しかったよ!!

もっと歌ってたかった!!

やっぱり大ちゃんのサウンドはサイコーだね!!

次はカウントダウンかな?

オレはいつだって大ちゃんを心配してるんだから、ゆっくり休んでちゃんと寝てね!!(^-^)/







 

何気ない彼の一言一言が胸を突き刺す。
もっとと思うならどうして、心配だと思うならどうして。

お姫様扱いなんてしてくれなくていい。
ただ傍にいたいだけなんだ。
ただその存在を感じていたいだけなんだ。

くれたメールのあたたかさと痛みに目を瞑る。


無意識にこっちの気持ちを抉るだなんて酷い。
こんな一言で遠い約束をしてくるなんて、酷い。


これじゃあ何も言い出せない。
彼の時間に踏み込む隙さえ無くして行く。
また黙って長い不在の時間を耐えるしかない。


本当は知ってる。
仕事に没頭した自分が彼の不在を感じなくなる事も、長い時間があっという間に過ぎる事も。
けれど今はこの熱が、身体の中に燻っているこの熱が、どうしたって消えそうにない。
どうしても消したくない・・・。




耳慣れた音が再び響いて彼の置き忘れた言葉を告げる。






 

フクロウ!!

可愛いうちに見に行かせてね!!(^-^)/






 

切なさがこみ上げる。
どうして彼は・・・。



何時とも言わず、何時とも問えず、彼の言葉を握りしめる。


恋と言う病は重傷で、傷付くことに臆病になっている。
約束が破られるくらいなら、しない方がいい。
約束をしてしまえば期待してしまう。

そんな自分の弱さに、もう何十年も嫌気がさしている。
けれどどうする事も出来ない。
彼の前ではどうする事も出来ない。
この燻った思いにケリを付ける事も出来ない。



何故だか「来て」の一言は言えなかった。
何も言えない自分は、ただ「待ってる」とだけ答えて。

それだけがもうずっと長い事僕に許された精いっぱいの事で・・・。





 

END 20130825