<とある日常>












こんな時にふと好きだなって思ったりする。


例えば緊張と緊張の狭間に生まれた気の抜けただらしのない顔とか、眠気を我慢して凶悪な目つきになってる時だとか。
年甲斐もなくくだらない事に真剣になってる子供のような顔とか、懸命に我慢してた涙が溢れ出してしまった時とか。

きっと誰よりもいろんな顔を見ているはずで、こんなに長く一緒にいるのだからそんなものには慣れっこなはずなのに、見るたびに新鮮で、見る度に惹きつけられている。

重度の恋煩い。きっとそんな感じ。


















 

基本的に優しいこの男はまずは人の意見を聞くところから始める。
もしかしたら他では違うのかも知れないけれど、少なくとも僕の前ではまず、「大ちゃんは?」この一言から始まるのだ。
質問してるのは僕だっていうのに、まず、「大ちゃんは?」。

僕が負けじと「ヒロは?」って聞き返すから、最近は自分の事を少し話してみせるけど、それでもやっぱり「大ちゃんは?」なのだ。
それが何となくくすぐったく感じる事もあるけど、時々てめぇの意見はねぇのかよなんて思ったりもしてしまう。
口が悪いのは育ちのせい。江戸っ子だから、基本。
所詮奴とは生まれが違う。こちとら水道屋の倅だ、コノヤロウ。

そんな僕にもこの男はとても優しく、まるで壊れ物のように扱ってくれるもんだから時々勘違いしそうになる。
僕と言う存在が実はとっても儚いもので、彼の愛情の中でだけひっそりと息づく事を許された稀有な存在なんじゃないかなんて。
それほどに甘い夢を見せるのが上手い男なのだ。

実際の僕はちょっとやそっとの事じゃへこたれもしないし、なんならやられたらやり返すぞコノヤロウなんてにこやかな笑顔の下で思ってたりもするんだけれど、きっと彼にはそんなものは全く解らないんだろう。
なんせ育ちのいいお坊ちゃまだから。
恨んだりとか妬んだりとか、おおよそマイナスの感情なんてほとんど見た事がない。
本人も言っている通りスーパーポジティブだからいつも笑っている。
いや、多分笑っていられるように心がけているんだろう。

僕が思うに、こういう奴に限って本当はすっごいネガティブな部分があって、それを自覚しているからそんな自分を忌避するように笑って見せるんだろう。
まぁ、それが常になればそれが本来の姿になるのかもしれないけれど。

僕も最初は危うく騙されそうになった。
ホントにノーテンキな男だと思ったものだ。それが僕にはありがたかったけれど。

多分、自我が強い奴だったらここまで長い間一緒にいたりはしないと思う。
いや出来ないだろう。
確実に衝突し、僕はこれでもかと言うほど相手を傷つけていたに違いない。
実際そうなりかけた事もあったし、だから離れた。
あの時は本当に全てがどうでも良くなって、いきなり物事を主張し始めたこの男を僕は笑いながらも許せなかった。
今にして思えばなんて傲慢だったんだろう僕は。

そんな僕にこの男は決定的な一言を言わないまま突如として姿を消す事を選んだ。
その事が後になってみれば今この関係を続けている大きな転機だったんだろう。
その時僕は初めて彼の不在の大きさを感じたのだから。

悔しいくらい見せ付けられた。
誰が考えなしのノーテンキ男だなんて言ったんだ、こんなに用意周到な男なんて他にいないじゃないか。

思えばあの時から僕は強烈にこの男にはまっている。






























 

本当は臆病なんだと思う。
わざとらしくべらんめぇ口調になって見せたりするのは照れの現われなんだと思う。
可愛い人だなって思う。

この人が実は結構泣いているのを知っている。感性が豊かな人だから。

妥協はしないし嫌な事は嫌だとはっきり言うこの人は、本当にプロフェッショナルなんだと思う。
自分の言った事には責任を持つその姿勢をオレはこの人から学んだと思う。

思えば最初から不思議な人だった。オレの人生の中では全く接点のない人。
だからすごく気になったし、この人の中身をもっと知りたいと思った。

元々オレの付き合い方はのめりこむように相手を知るとそこで満足してしまうのか、気付けばいつの間にか疎遠になってる事も多々ある。
男ならまだマシだが、それが女性に対しても同じだから時々めんどくさい事になったりもする。

濃密な人付き合いが長い間続く事が不思議だった。
別に自分から飽きたそぶりを見せたつもりはさらさらないが、きっとそう言うものは知らず知らずの間に滲み出てるんだろう。
強烈な平手を食らった事も1度や2度じゃない。

そんなオレがこの人だけは何故か飽きない。
全部知ったつもりでもこの人にはまだまだ奥がある、そう思わせる何かが常にあるのだ。

この人は実は見た目ほど柔和な人ではないし、男臭いところも多々あるのに、人前に出ると「可愛らしい大ちゃん」になるって言うのがすごいと思う。
まぁ最近はだいぶ剥がれかかっているけれど。

浅倉大介と言う人がこんなに自分の人生に深く関わってくる事になるとは、あの時は思っても見なかった。
代々木で初めて彼を見た時、強烈に印象に残っていたわけではなかったし、彼はサポーターの1人で彼の音を奏でていたわけではなかったから。
多分あそこで彼自身の音を聞いていたらオレはもっと早くに自分の運命に気付いていたのかもしれないけれど。

彼は長い間オレにも穏やかな顔しか見せてくれなくて、オレはずっとそれが彼そのものなんだと思っていたけれど、オレが別れを決めたあの時初めて、彼の見せた憮然とした表情に、もしかしてオレが今まで見ていたのは本当の彼じゃなかったんじゃないかと気付かされた。
けれどそれを確認する間もなくオレ達は離れていき、オレの中にもしかしたらと言う疑問だけがずっと残った。

ずっと不思議だった。
こんなふうに誰か1人が長い間心の片隅に居続けるなんて事はなかったから。
離れていた時も気になっていた。
特に接点を持とうとした事はなかったけれど、やっぱりずっと自分の中にこの人の存在があり続けたんだと思う。
そうじゃなかったらあの時あんなふうに再び始める事は無理だったと思うから。

その事が良かったの悪かったのか、今となっては解らない。
だけどこうして今こんな空気の中で彼を見つめていられるという事は、きっと良かったんだろう。

彼を泣かせたと思うし、彼を傷付けたとも思う。
だけどあの時のオレにはああする事が精いっぱいで、離れる事でしかすべてを守れなかった。
守るなんておこがましい事かもしれない。
けれど少なくともあの時のオレが考えうる最上の方法だったと信じたい。
今、こうして隣で笑っていてくれる彼を信じて。































 

「ヒロ。」



そっと呼ぶと視線だけで答える覚束ない瞳にクスリと笑う。
この目はこの男の眠気が限界にきている証しだ。
連日のツアーリハーサルと恐らくその合間を縫うように行われている彼個人の仕事のせいでこのところ寝不足気味なのだ、きっと。

今回のツアーはいくつかのパターンのセットリストがあるからリハもいつもよりは長くなる。
歌っている時はその天性のボーカリストの才で日常を切り離してくる彼だけれど、ハイ、終了ですと声をかけられた後、スイッチを切ったように神がかったオーラは消える。
それでももともとが人を惹きつけてやまない男だからその振る舞いは他人の目を引く。
今も疲れたと言って汗を拭きながら椅子に腰かけて、そのまま小さく欠伸をしてたかと思ったら、ちょっと目を離した隙にうつらうつらと夢の中を彷徨い始めていたらしい。
全くしょうもない男だと思う。
けれどこんなしょうもない男にもう長い事ずっと振り回されている。



「ヒロ。」



再び声をかけると今度は緩んだ声音で返事が聞こえた。



「帰るよ。」



「ん。OK。」



そう言って握っていたタオルでぶるんと顔を一舐めすると気合を入れて立ち上がった。



「帰ろ、大ちゃん。」



全く変わり身の速い男だ。
さっきまでこのスタジオの中で一番ボヘ〜っとしていたのに、今では誰よりもキビキビと動いている。
多くはない荷物をパパッとまとめて既に入口に向かって歩き出している。
このせっかちなところももうずっと変わらない。



「大ちゃん、早く早く。」



口を尖らせて急かす彼の姿に周りのスタッフからも笑い声が漏れる。
今日のリハが終わったら食事に行く事になっていたから彼はこんな風に周りを急かす。

こんな男でも二人きりの予定の時は何食わぬ顔でお疲れ様と帰って行き、程よい頃合いで居場所をメールで伝えてくる。
彼からのメールは相変わらず同じ顔文字の並んだもので、これでも他の人に出すものよりも気を使って顔文字やらイラストを入れてくるのだと言う。
その顔文字の種類が一向に増えないのはご愛嬌と言うやつか。

どうも自分はこの男に甘いような気がしてならない。
今も入口でアホのように手を振っているこの男が可愛くて仕方がない。
































 

「はい、ヒロ。たくさん食べなよ。」



そう言いながらせっせとオレの皿に野菜を盛り付ける彼は、自分の皿にはこれでもかと言うほど肉を乗せている。
彼の一存で、と言うより既に暗黙の了解で肉を食べる事が決まっている食事会は、彼の「お肉。お肉。」と言う軽快なリズムから始まる。これもいつもの事。



「やっぱりさぁ、ライブを乗り切るためにはお肉食べないとね。」



と最もそうな事を言うが、彼に限ってはライブだからとかそんな事は一切関係ないのではないかと思う。
少しは身体の事を考えて野菜も食べて欲しいけれど、肉を目の前にした彼のこの蕩けそうな笑顔の前では苦笑するだけで終わる。

この人がこんな無防備な顔を見せてくれるようになったのは本当にここ最近の事で、オレはそれが嬉しくてたまらない。

いつも先を歩んでいる人だと思っていたし、周りもそれを疑う事もなかった。
けれどふとした時に彼の零したため息がオレの意識を変えた。
この人だって完璧なわけじゃないんだ。迷いながらそれでも前へと進んでいるんだ。
そう思ってからオレの中のこの人の位置づけが変わった。
この人を可愛らしい人だと思うようになった。



「大ちゃん、ちゃんと野菜も食べなきゃバランス悪いよ。」



幾度となく繰り返してきたこの言葉に対する返答もいつも同じ。



「うん。お肉が食べ終わったら食べるよ。」



そう言って蕩けそうな笑顔で肉を口元へ運ぶ。
肉が食べ終わる頃なんて、その時を考えて苦笑する。
お腹いっぱいにまず肉を食べて、野菜を差し出す頃にはもう食べられないよなんて言うくせに。

完全なる確信犯。
けれどそんな彼が可愛らしくて愛おしい。































 

例えばこんな瞬間。

別に特別な事があった時じゃなく、日常のほんの些細な一瞬。

こちらの気配に気づいて「何?」と問いかけてくる視線、音楽の事を考えている難しそうな顔だとか、無意識に口を尖らせてる時だとか、そんなものがたまらなく愛しく思える。

何かのおとぎ話のように永遠の愛を誓ってくれなくても、ずっと一緒にいられなくてもそれでもやっぱり彼が愛おしいと思えるのだ。
こんな気持ち、他には知らない。

魂が寄り添う事の奇跡、それを教えてくれたのは彼だ。
背中を預けて安心していられるのも彼だけだ。

こんなにも違う自分達なのに、こんなにも惹かれ合っている。

そう、多分この言葉が一番正しい。
惹かれ合っている。
そういう事なんだと思う。

こんなにも長い間一緒にいて、いまだにこうして惹かれ合っていられる。
それこそがまさに奇跡なんだと思う。

彼を見つめている事に飽きる事はない。


重度の恋煩い。


笑ってしまうような事だけれど、奇跡とはきっとそういう事なんだろうと思う。
だから今もこうして彼を見つめたまま、今日もその重度の恋煩いを甘酸っぱい想いと共に繰り返している。










 

END 20130818