<それはきっと『恋』というもの>









もっとこの人の傍に居たいと思うようになったのはいつの頃からだろうか。



理屈じゃなくて、ふわっと湧き出すようにしていつの間にか芽生えたその気持ちは気付くと自分を包んでいて、彼が笑うたびどこか自分の心の中があたたかくなるのを感じた。
それは恋と言うものとは違うと思っていたし、そんな事想像すらしなかったけれど、やっぱりそれは紛れもなく恋だったのだ。


始まりがいつかなんて、そんな事は問題じゃない。ただその『恋』と言う気持ちは厄介で、さらに相手が『彼』だという事が一筋縄ではいかない運命だったのだ。
人として彼を好ましく思っていたのは当然の事。そんな事は言うまでもなく解っている。緊張しながら初めて会ったあの時からそれは今も変わらない。
それが何時の頃からか愛おしいと、守りたいと、共にありたいと思うようになっていた事に、オレは随分と長い間気付かずにいた。彼に言わせれば遅いよと口を尖らせて見せるのだけれど。




唯一無二の・・・そう、言うなればそんな感じ。
たった一つだけだったのだ、多分。
彼と自分を隔てているものなんて本当はごく些細な襞のようなもので、恐らくそれは爪の先一つで簡単に破れてしまうようなものだった。
だから何かの拍子にその襞が破れてしまわないかと彼は願い、オレはその襞の存在に気づかないようにしていたのだ、無意識に。


多分、オレは自分を守りたかった。それだけだったのだ。
自分の中にないイレギュラーな出来事に自己防衛本能が働いたんだろう。その気持ちに気づいてしまったら、きっと今までの自分の根底を覆す事になると解っていたから。どこかで。そして彼はそんなオレをよく解っていた。




『恋』と言うキーワードはいつオレの元へ辿り着いたのだろう。
微塵も考えなかった自分が、その言葉を素直に受け入れたあの瞬間、彼は一体どんな顔をしていたんだっけ。
「オレ、大ちゃんの事、好きみたいだ・・・。」と呟いたオレに彼はなんて答えた?
「確認したいからキスしていい?」と間抜けな事を言い出したオレに確か彼はこう答えた。



「ヒロはこんな事まで感覚派なんだね。間違いだったらどうするの?」












 

誰よりもオレを解ってくれている彼はこうして今、オレの隣に居てくれる。時には腕の中に。
正直、この人の感覚についていけない事もたくさんある。この人の考えている事は到底オレなんかには理解不能だ。変なところに拘ってみたり、訳の分からない事がツボにはまったり。感覚的なズレはいまだに埋められない。
けれどそんな事を別として、むしろそんな彼だからこそこうして今も一緒に居られるのかも知れないと最近思うようになった。


彼は最近叱られる事がお気に入りで、叱ると言ってもたしなめる程度だけれど、それをオレにして欲しくて小さないたずらをする。まるで小学生みたいだと思う。
きっかけは何だったか、好きな子に構ってほしくてちょっかいを出す様が可愛らしいと思う。
そしてその相手が自分だけという事に不思議な充足感を得ている事も否めない。
結局、彼の事はすべて許してしまうのだ。
仕方がない、これは惚れた弱みと言うのだろうか。



「ねぇヒロ。」



突然腕の中から見上げてきた彼の瞳。頬をくすぐる傷んだ金色の髪。



「こっちとこっち、どっちがいいと思う?」



iPhone
の画面をこっちに向けながら彼が見せてきたのは2種類のケーキ。甘いものに目がない彼好みのフルーツがたっぷり乗ったものと、細工のきれいなシンプルなチーズケーキ。



「大ちゃんはどっちが食べたいの?」



「決められないからヒロに聞いてるんじゃん。」



そう言って口を尖らせる彼は、ホントはねと言ってまた違うケーキを見せてくる。
そんな様子がたまらなく可愛いと思う。


この人を腕に抱いている安心感は今ではもう随分と身に馴染みすぎてしまって、時々この空間の不在を持て余したりしてしまう。
大抵そんな時は彼の仕事が忙しかったり、自分のスケジュールが詰まっている時なのだが、ふとした時に、あぁ、そう言えば最近大ちゃんを抱きしめてないな・・・などと自分の手のひらを見つめてしまったりする。
こんな風に思う事は過去のどんな恋愛でもなかった。
こんな風に思わせたのは彼が初めてだ。それだけでもどれだけ彼が自分にとって特別だったのか、答えは簡単に出てしまう。
女々しいと言われてしまえばそうなのだけれど、オレはそんな今の自分も嫌いじゃない。


彼の傍にいるという事はオレに新しい気持ちを教えてくれる。人をこれ程までに好きになれるとは思わなかった。
好きと言う言葉は何だかちょっと違う気もするが、自分の半身のような、この存在がなかったら自分は完全じゃないんだと思う、そんな感じ。
常に一緒に居なくては駄目だというわけではないけれど、その存在は感じていたい。
どんなに遠く離れていても、心まで離れる事は出来ない。
甘い時間ばかりを過ごしたいわけでもないし、個人の時間が必要だという事も解っている。
それを彼に強要した事はないけれど、自分をすべての最優先にして欲しい訳でもない。
いや、基準にして欲しいとは少しは思っている。もし何かを選択する時、自分の入る余地があるのならその事をどこか心の隅に置いておいて欲しいというそんな願いはある。
自分がそうであるように、可能であれば彼のいる世界を選択していきたいと思う。それが許されない場合は潔く切り捨ててもらって構わないのだけれど。


オレにとって彼は、もう既に自分の核になりつつある。
その事がこのところとても心地良い。



「ねぇ、聞いてる?」



膨れた彼がオレの肩を強めに頭で小突く。



「あ、ごめんごめん、何?」



「やっぱり聞いてなかった。もぉ、どっちにするって聞いてるのに。」



再び視線をiPhoneに戻すと彼の心変わりかさっき見たケーキと変わっていた。そんなところも可愛らしいと思う。



「大ちゃんの好きなやつにしなよ。」



「ダメだよ。ヒロのなんだから。ヒロが好きなの選んで。」



「オレの?」



「そう。ヒロの誕生日ケーキ。予約して美味しいの作ってもらうんだから。」



オレよりも嬉しそうな彼が自慢気に語る。
恐らく今年もこのケーキの大半はこの人の胃の中へ仕舞われてしまうんだろうななどと思うと笑いそうになる。
オレはその事を考えてなるべくカロリーの少なそうな方を指さした。



「じゃあ、こっち。」



「え?こっち?」



上目がちに見つめてくる瞳は結局彼の欲しいものを雄弁に語っていて。



「やっぱりこっちにしようかな。」



彼の望む方を指さしてやればパッと表情が明るくなる。



「こっちだよね!やっぱり。こっちの方が美味しそうだもんね。」



その様子に思わず笑いが漏れた。



「何?何笑ってんの?」



「いや、可愛いなぁって思って。」



「可愛いって、バカにすんなぁ。」



「してないじゃん。大ちゃんすぐそう言うんだから。してないのに。」



むっとしたままの彼の鼻をちょいとつまみ、笑いを抑えて言った。



「いつもいつもありがと。大ちゃんがオレの事考えてくれてて嬉しいよ。」



「ホント?」



「ホント。ケーキもありがとね。」



「どういたしまして。僕の誕生日には僕の大好きなものよろしくね。」



「アハハ。そういう事か。OK、任せといて。という事は、オレはフェラーリを期待してもいいって事かな?」



「あぁぁ〜〜聞こえませ〜〜ん。」



途端に耳を塞ぐ彼に笑いながらその手をそっと彼の耳から外した。



「大ちゃんがいてくれればいいよ。」



「ヒロ?」



「いや、オレを大ちゃんの傍に居させてくれたら、それでいいんだ。」


「ヒロ・・・。」



「これから先も、出来れば、出来るだけ長くね。」



彼はオレの手をトンと突き放して口を尖らせた。



「バカヒロ。お前がいなかったらaccess出来ないだろ。僕をニートにするつもり?」



睨み付けてくるその頬も耳も朱く染まっていて、オレはそんな可愛らしい彼をきゅっと抱き寄せてそっと告げた。



「仰せのままに。」



「・・・バカ。」



照れた彼のうなじも真っ赤に染まっていて、オレはそんな彼をこの腕に抱きながらやはり心のどこかがほっこりとあたたかくなるのを感じていた。



この人の傍に居たい。
この先ずっと。
許されるのならばこうしてあたたかい時間の中で歳を重ねていける未来を、他でもないこの人と共に緩やかに歩いて行けたらとオレは心の底から本当に願う。



きっとこれは一生醒める事のないたったひとつの『恋』だから・・・。






 

Happy  Birthday  to  HIRO








END 20130602