<弟分の気持ち>










「あぁ、うん。届いた?メール。わざわざ電話してこなくても良かったのに。
・・・いや、そうじゃないよ。嬉しいよ、電話してくれて。
・・・うん。頑張って。
誕生日おめでとう。愛してるよ。」



そんな言葉が聞こえて俺は入るのを躊躇った。
千秋楽の楽屋。開演30分前。俺は挨拶しておこうと思って向かったヒロさんの楽屋の前で足を止めた。
楽屋のドアは開けられたまま。暖簾だけがかかった楽屋だから外の音も中の音も丸聞こえ。
そんな中で舞台上では聞いた事のないような優しい声音で話す言葉に、俺は一瞬その場から進めずに立ち止った。
電話だったんだろう。通話が終わったヒロさんが部屋の入り口近くにある姿見の前に歩いてくる足元が見えた。



「あれ?どうしたの?」



立ち止まったままだった俺の足に気づいて暖簾を上げてくれるヒロさん。俺はアワアワと落ち着きのない心を静めて挨拶をした。



「ラスト、よろしくお願いしますって言いたくて。」



「なんだよ。改まって。入れよ、裕典。」



そう言って促してくれるヒロさんに従って楽屋に入る。
別に今日が初めてじゃないのに、むしろ結構な頻度でお邪魔してるはずなのに、さっきの電話のせいなのか落ち着かない。



「電話、彼女さんですか?」



「ん?」



「スイマセン。聞こえちゃって。誕生日なんですね。」



「あ、あぁ。ね。」



そう言って笑うヒロさんは男の俺から見ても本当にいい男で。

正直顔合わせの時に初めて見た時はちょっと怖そうな人かなって思っていた。
やりづらかったら嫌だなとか。
俺とは一番絡みが多いし、そういう人と馬が合わないのはかなりしんどい。
まぁ仕事だし、そこは割り切ってやらなきゃ仕方がないけれど、それでも気が合う方がいいにこしたことはない。
そんな思いで初顔合わせを迎えていた俺に、「よろしく。」と言って先に握手を求めてくれたのはヒロさんだった。
その時の笑顔は怖そうなんて思ってた事が嘘みたいな優しい笑顔で、それでいてやっぱり大人なんだなと思わせる厳しさみたいなものも持っていて、俺はこの人に好感を抱いた。

それでも稽古開始ぐらいの時は何となく馴染めなくて、お互い相手の出方を伺ってるようなところがあった。
それがいつからか、ホントに自然と言いたい事を言えるようになっていた。
きっとヒロさんの持つ雰囲気のせいなのかもしれない。
兄貴がいたらきっとこんな感じかなって思うような、そんな感じ。

普段のヒロさんはとっても気さくな人で、俺達がバカな事やってる横ですましてたかと思ったら、突然めちゃめちゃ面白い事をしれっとしてきたりする。
特にバニラの稽古の時なんて、本当に芝居の雰囲気がそのまま日常にも流れてるようなそんな感じだ。
突っ込みの甘王さんに実はかなり面白いヒロさん。
これが芝居ではビシッとカッコいい大人の男になるんだから、すごいと思う。

後から聞いてビックリしたけど、他のメンツもヒロさんにどう接したらいいのか解らずにいたらしい。
何となくこの人は纏ってる雰囲気が俺達とは違う。どこかミステリアスな人だ。どこまで踏み込んでいいのか解らなかったんだ。

まず最初に驚いたのが、稽古場にお弁当持参で来た事だ。
休憩になって各々何となく気の合うやつらと連れだって昼飯を食いに出ようとしていた時、ヒロさん一人が稽古場に残っていきなり弁当を取り出したんだ。
誘った方がいいのかどうしようかと思っていた俺達はその光景を見て呆気にとられた。
もちろん弁当を持て来てはいけない訳じゃない。中にはそういう人だっているし、特に女優さんなんかには珍しくもない。
が、男の、しかもこんなイケメンがちまっと弁当を広げてる姿を見たら何だかそのギャップに驚いてしまったというのが本音。



「あの・・・貴水さん、弁当すか?」



「ん?あぁ。オレね、ファスティング明けなんだよね。だから弁当。」



「ファスティング・・・?」



「あ、断食ね。」



「断食!?」



「アハハハ。そんな大げさなものじゃないよ。身体をリセットするためにね。丸々食べなかったのは1日だけだし。だから胃に負担をかけないために食べるものに制限かかってるの。で、弁当。」



「はぁ・・・。」



「君たちは若いんだからいっぱい食べておいで。ってオレ、年寄りみたいだな、こんな事言ってると。」



そう言って笑ったヒロさんに俺もつられて笑った。
ヒロさんの弁当姿は稽古場の定番になった。俺達も何回かに1回はコンビニで買ってきて何となく稽古場で食べたりもした。
その数日後の稽古の時、すっごい真面目なシーンでヒロさんの腹が静まり返ったシーンだったがためにめちゃめちゃ響き、俺も周りも笑いをかみ殺していた。
真面目な顔して芝居を続けようとしていたヒロさんもとうとう笑い出して、それから何となくヒロさんにみんな打ち解けたような気がする。
稽古場で腹が鳴る事なんて珍しい事じゃないけど、その瞬間のヒロさんの顔を思い出すと今でも笑える。

ヒロさんは決して押しつけがましくいろいろ言ってくるわけじゃないけど、困っているとそれとなくアドバイスをくれる。
ちょっとここ、こうしてみようよくらいの感じの言い方だから言われた方も素直に聞けたりする。
俺は結構一緒のシーンが多いから芝居を進めるうえで意見を出し合うって感じなのかなって思ってたけど、この人はスタンスがとってもフランクなんだなって気付いた。
気付いたらみんなの兄貴みたいになってて自然と同じ輪の中にいた。

実はヒロさんに憧れてる奴は俺だけじゃない。
この人の持つセクシーな雰囲気は今回のホストの舞台をやるにあたって、いや男としても見習いたい、盗みたいって思うものだから。
この落ち着いた色気はどこから来るんだろう。これだけのイケメンなんだからそれこそめちゃめちゃもてたに違いない。
「オレも若い頃はねぇ。」なんておちゃらけて言うこの人だけど、きっとこの人をこんな風に変えたステキな人がいるはずだと俺は密かに思っていた。



「今日、打ち上げ大丈夫ですか?彼女さん、誕生日なんでしょう?」



「あぁ。大丈夫だよ。あの人も仕事で大阪だし。」



「え?じゃあマジで希さんと木月さんみたいですね。」



「あ、そうか。ジェットで来たんやで〜って。ジェットでは会いにいかないけどね。」



そう言って笑ったヒロさんは置きっぱなしになっていた携帯を手に取った。



「遠距離恋愛なんですね。」



「え?」



「彼女さんと。」



「あ、あぁ。今日はたまたま大阪。向こうも仕事だから。」



「え?もしかして、業界の人ですか?」



そう尋ねた俺にヒロさんは小さく笑って人差し指を口元にあてた。



「ないしょ。」



そう言った目がとても優しくて、この人の持つミステリアスな部分はもしかしたらこの優しさの陰に隠したたくさんの秘密なのかもしれないなと思った。

























最後の舞台が跳ねてお祭り気分のまま打ち上げ会場へ向かった。自分の順位は置いておいて、みんなが神7に入れた事はやっぱり嬉しかった。
スタッフ込みの打ち上げの後、まだまだ盛り上がり足りなかった俺達は帰ろうとしていたヒロさんを捕まえ、場所を変えて2次会に突入していた。
今までのプレッシャーから解放された俺はちょっと飲み過ぎたのか、酔いを醒まそうと個室から抜けトイレへと向かった。
その途中で携帯を見つめながら微笑んでいるヒロさんを見かけた。きっと何か嬉しいメールでも来ていたんだろう。
俺はそっと近づくと後ろから声をかけた。



「ヒロさん。」



「おぉ、裕典。何?どうしたの?」



携帯をさりげなく身体の後ろに回し俺に振り返ったヒロさんは、もういつものヒロさんだった。さっきのあの優しそうな微笑みと今の笑顔は違うものだ。



「ヒロさんこそ。こんなとこで何してたんスか?メール見てニヤついてませんでした?」



半ばからかい口調で言うとヒロさんは明るく笑った。



「もしかして彼女さんですか?」



そう尋ねるとヒロさんは小さく頷き、



「無事帰ってきたって。メール。」



内緒話をするくらいの小さな声でこそっと教えてくれた。



「それって、会いに行かなくていいんスか?誕生日なんですよね?今日。」



「ん。あの人もそれは解ってるから。いつも誕生日だからって一緒にいられるわけじゃないしね。仕事もあるし。」



大人なヒロさんはそんな事を言うけれど、やっぱり女の子にとって誕生日って男が思う以上に特別なものなんじゃないかと俺は思うわけで。



「行ってあげてくださいよ。俺がこんな事言うのも変ですけど、やっぱり1年に1回の事だし。」



「裕典、ホント、ホストみたいな事言うね。」



そう言って笑うヒロさんは俺の肩をポンポンと叩いていいんだよ″って目で言った。そのまま席に戻ろうとする。
おれは慌てて追いかけてヒロさんの手を掴んだ。



「2次会ですから、もう。ヒロさんお酒も飲んでないし、もう充分付き合いましたよ。ヒロさんとは、酒飲める時にまた打ち上げしてください。俺、結構飲みますから。だから今日はもういいです。」



「裕典・・・。」



俺は個室の扉を開けるとホストクラブのようになっている連中に言った。



「ハイ、ヒロさんお帰りで〜す。お疲れ様でした〜。」



「おい、裕典!」



後ろから俺を諌める声がするけど気にしない。



「たいっっっせつな、用事があるので今日はここまでです〜。次はヒロさんの奢りで、打ち上げしてくださるそうで〜す。あざーっス!」



俺の言葉に周りも盛り上がる。口々にあざーッスと繰り返す言葉が聞こえて、ヒロさんは観念したようにため息をついた。



「解った解った。オレの奢りで行こう。そのかわり豆と米だけだぞ、覚えとけよ。」



そう笑うヒロさんにマジかよ〜なんて声も上がりつつ、それでも楽しそうに笑う仲間達。俺はそっとヒロさんの背中を押した。



「行ってください、ヒロさん。ありがとうございました。」



俺の言葉にヒロさんはくしゃっと顔を緩めて笑った。本当に嬉しそうな顔で。
あぁ、きっと彼女さんの事、本当に好きなんだろうなって思うようなそんな表情だった。



「サンキュ、裕典。また飲もう。」



「はい。」



そう言って拳を合わせる挨拶をして、酔っぱらった他の奴らも同じようにヒロさんに拳を合わせたり、途中からハイタッチになったりして、ヒロさんはいつもの優しい兄貴のような笑顔で消えて行った。

かっこよくって、セクシーで、でもとっても気さくで優しくて、俺もあんなふうな大人になれたらと思う。
きっと彼女さんにはもっとスペシャルな笑顔を見せてるんだろうななんて思うと、さっきの携帯を見つめていた時の微笑みを思い出した。
あんなふうにあたたかく愛し合える関係って、やっぱり大人だよな。

きっとヒロさんはとっても素敵な恋愛をしているんだと思う。
きっとその相手もヒロさんと同じようにステキな人なんじゃないかと思う。
だからきっとヒロさんもあんなふうにかっこよくってセクシーで、とっても優しい人でいられるんじゃないだろうか。


やっぱ、カッコいいよな。


俺はヒロさんが出て行ったドアをしばらく見つめていた。
きっと彼女さんは突然来てくれたヒロさんを満面の笑みで迎えるんだろう。さっきのヒロさんと同じような笑顔で。
そう思うと俺は何だかとても嬉しくなって、ヒロさんの恋愛にほんのちょっとだけお手伝いが出来た事がステキに思えた。


どうかヒロさんとその彼女さんが、素敵な誕生日を過ごせるように、俺は心の底から願った。
だからヒロさん、俺達がヒロさんと彼女さんについていろいろと酒の肴にした事はどうか笑って許してください。







 

END 20131104