<きよしこの夜>








たどたどしいきよしこの夜。
毎回お馴染みのたどたどしさに僕は口元をそっと緩めた。

カウントダウンのリハーサル中、音響スタッフとのちょっとの打ち合わせがなかなか終わらず半ば休憩になりつつあるリハーサルスタジオの中。
はじめはダンスのステップを確認していたヒロだったが、どうやらそれにも飽きたらしく僕のシンセをいたずらし始めた。
とはいってももちろんヒロにとってはいまだ未知の機械である事は変わりなく、たくさん組み立ててあるシンセの中から僕がメロディをメインで弾いているものにしか触る事は出来ないでいる。
たくさんのつまみはいまだにヒロにとっては謎のもの。
だからそのきよしこの夜は綺麗なピアノではなくて若干尖ったシンセリードの波形のものだった。
これがベル系の音ならヒロのたどたどしさも味になるのになんて打ち合わせをしている頭の片隅でぼんやりとそんな事を思った。

去年ファンの子達にねだられて苗場で披露したその曲は、1年経っても全然進歩を見せていない。
きっとこの季節だけ思い出したかのように弾きだすからだ。そんなところもヒロらしい。

ヒロがこの曲を弾くようになったのはもう随分と前、僕がディナーショーでクラッシックを弾くようになって何年か経った頃だ。
クリスマス間際になるとピアノと向き合ってばかりになる僕を見て口を尖らせていたんだっけ。
口では頑張ってなんて言っていたけど、アレは絶対に面白くなかったに違いない。
自分だってクリスマスライブとかやってたくせに、それこそ世の中と同じようにクリスマスだなんて浮かれてデートの約束なんて取り付けられるはずがない僕達なのに、ヒロはそういうところ結構こだわってたりする。
でもそんな自分をスマートじゃないって思ってたんだろう、ずっとその素振りすら見せまいとしていた。
僕からしてみたらバレバレだったんだけどね。

で、そんな僕に対するささやかな抗議だったんだろう、ある時オレにも何か教えてよなんて言ってきた。
切羽詰まってた僕は確かその時苦戦してた大作曲家先生の譜面をヒロの前に広げて「どうぞ。」なんて言ったっけ。
こんなの弾ける訳ないじゃんってぶすくれて言ったヒロにいくらか僕の切羽詰まった緊張感がほどけて随分と気持ちが楽になったのを覚えている。
これならヒロでも弾けるんじゃないの?ってその時僕が弾いたのがきよしこの夜だったんだ。
それからこの時期になると毎年ヒロの進歩しないきよしこの夜を聞いている。
僕の方はあの悩まされるディナーショーのクラッシックからは解放されたけど、ヒロはそんな事忘れたように毎年きよしこの夜を弾く。
最近では別々に過ごす事も少なくなったクリスマスなのに、彼はこうしてきよしこの夜を弾く。

僕のディナーショーがなくなったからと言うわけではないけれど、それ以来クリスマスは必ずaccessの仕事を入れている。
偶然なのか故意なのか、そこはあえて追求しない事にするけれど、一つだけ言える事はスタッフには大変迷惑な事だろうなという事。
僕達は仕事と言う大義名分を貰ってありがたいのだけれど。

さすがにクリスマスの日に外でディナーと言う訳にもいかないし、まぁ、ヒロはそんな事気にしてないみたいだけど、さすがに僕はちょっと周りの視線なんかも気になるわけで、男2人で、それこそカップルがたくさんいる中に放り込まれるいたたまれなさって言うのは拭えない。
普通のご飯屋さんなら気にならないんだ。それこそ焼肉とかしゃぶしゃぶとかそんなお店なら。
でもヒロはそういうとここだわりたい人だから、どんな彼氏よりもスマートにエスコートしたがる。
最高の夜景の見えるところで、最高のコース料理なんて、この日にそれはさすがに周りの視線が痛い。
ヒロはそう言うのが似合っちゃう人だから夜景をバックに微笑む姿なんてホントにウットリするくらいカッコいいんだけど、その相手が僕って言うのが・・・。
これで飛び切りの美女だったら周りも納得なのかもしれないけど、男の僕じゃあね・・・。
もちろんヒロのその思いはとっても嬉しいんだけど。

だから本当にスタッフには申し訳ないけど、仕事が入っている方がありがたい。
そうすればスタッフもみんなクリスマスだから僕達2人からねって事でみんな一緒のちょっといいお食事でヒロもしぶしぶ納得してくれる。
スペシャルディナーは今度2人っきりの時にね、なんてこっそり耳打ちされたりするけど、この日でなければ僕だって大歓迎なんだ。
ヒロはクリスマスの日の恐ろしさを知らなさすぎる。




なかなか終わりまでたどり着かないきよしこの夜を一緒に辿りながらスタッフとの打ち合わせをようやっと終える。
そのままシンセの前で難しい顔をして格闘しているヒロに近付いた。



「なかなか終わりまで行きませんね〜。」



「大ちゃん。」



外れた音を鳴らしながら顔を上げたヒロは肩を竦めて笑ってみせた。



「なかなか大ちゃんみたいにはいかないね〜。気持ちはめちゃめちゃ弾けてるんだけど。」



「気持ちはね。」



そう言いながら僕はヒロが外したままの音を正しい音に訂正する。
するとヒロが笑いながら鍵盤を押さえ直した。



「ヒロ、メロディ弾きなよ。連弾しよ。」



「連弾?」



「そ。僕がコード弾くから。」



そう言ってヒロには理解不能なつまみをいくつか回し、スイッチを切り替える。
その様子を黙って見ていたヒロがポンと鍵盤を叩くと嬉しそうに驚いた。



「ワォ!!いいね、これ。」



軽めのベルに切り替えたシンセの音にヒロが感激する。



「雰囲気出るでしょ?」



せーので弾き始め、ヒロのたどたどしいメロディに合わせてコードを押さえて行く。
スタジオの中に響くベルの音。スタッフもしばしクリスマス気分を味わう。
弾き終わると誰からともなく拍手が起こり、気を良くしたヒロがナイト風に深々とお辞儀をした。そんなヒロの姿に笑いが起きる。



「さぁ、もう一頑張りして、とっとと終わらせるわよ。今日は忙しいクリスマスイブなんだから。」



パンパンと手を叩いてリハーサル再開の合図。スタッフもそれぞれの持ち場に座り直す。
そんな中ヒロがシンセのところを僕に明け渡しながらこっそり耳元で言った。



「この後の時間は、もちろんリザーブ出来るんだよね?」



軽いウィンク。
本当にこの男はこういう事が悔しいくらいに良く似合う。



「高級ディナーじゃなければよろこんで。」



毎回この日の高級ディナーはお断りって口酸っぱくして言い続けてきたからなのか、ヒロは心得たようにニヤリと笑って、



「今年は貴水シェフの手料理なんて如何でしょう?」



「え?本当!?」



思わず大声で聞き返してしまった僕に緊張感を取り戻していたスタッフ達が何事かと僕達を見る。
その隣でヒロは困ったような顔をして笑っている。



「大ちゃ〜ん。」



意味の分かったアベちゃんだけがジロリと僕達を睨んでいた。



「ソコ、内緒話じゃなくなってるわよ。早く帰りたいならさっさと仕事しなさい。私達だって楽しいクリスマスを満喫する権利、あるはずよ。」



大げさにため息をつきながら、シッシと追い払うような手をしてみせる。
クスクスと笑うやっと意味の解ったスタッフ達。



「はぁ〜い。」



2人揃って返事をしながら僕達は顔を見合わせて笑った。
あったかいスタッフの視線は既に仕事の表情。僕達も気持ちを切り替えてそれぞれの立ち位置へ戻った。

マイクを持ち直してセンターフロアに立ったヒロの後ろ姿を見つめながら、この後過ごす2人の時間を思うと思わず顔が緩む。
ヒロの手料理食べてみたいって言ってた僕の言葉、覚えててくれたんだ。
さすがこういう事に抜かりのないヒロだね。
最高の夜景に最高のディナーなんかよりずっと嬉しいよ。

僕はシーケンサーをスタートさせながらこっそり思った。
またあとで、ヒロと一緒にきよしこの夜が弾けたらいいなって。











END
 20131123