<神様のギフト>









「ちょっと待ってよ!おふくろ!!」



叫び声も虚しく目の前で閉ざされたドア。残されたのは足元に置かれた一抱えの荷物とオレの腕に押し付けられた小さなぬくもり。そのぬくもりがまん丸な目でオレを見つめている。



「・・・マジかよ・・・。」



呆然と立ち尽くすオレの手の中で小さなぬくもりが暴れだす。慌てて危なくないように降ろしてやるときょろきょろと見回して、覚束無い足でたたたと駆け出した。








 

「だぁ〜いちゃぁ〜〜〜ん。」



わずか数時間で根を上げたオレは一縷の望みをかけて救世主に電話をしたのが30分前。事情を説明し拝み倒して車を飛ばし、結果こうして情けない声を上げているというわけだ。

母親の持ってきた一抱えの荷物と何とか少しは慣れたそれを腕に抱いて大ちゃんの家のドアを叩いた。



「あはは。ヒロ。結構やられちゃってるね〜。」



オレを見るなりいつもとは違うくたびれた様子に笑う。普段なら作業中の彼が出迎えるなんて事はほとんどないのだけれど、きっと話を聞いて面白がってるのだろう、玄関で待ち伏せでもしてたのかと言うようなタイミングで出迎えられた。



「この子が言ってた子?こんにちは、えっと・・・。」



「ゆめって言うんだ。」



「ゆめちゃんね。可愛いね〜。」



オレの腕の中にいる子ににこやかに挨拶をした大ちゃんは、どうぞとオレ達を奥へと促した。


事の発端は一本の電話だ。昨日は打ち合わせとレコーディングでベッドに入ったのは明け方近かった。それなのに朝からかかってきた電話にオレは叩き起こされたのだ。
電話の主はおふくろ。この前舞台を見に来てくれて会ったばかりだと言うのに一体こんな朝から何の用事だろうと思いながら通話ボタンを押した。



「もしもし?」



「あぁ、良かった。ヒロちゃん?」



「何?どうしたの?おふくろ。」



半ば覚醒しきらない頭でぼんやりと答える。



「ヒロちゃん、今日は大変な仕事なの?」



「ん?今日は特に。夕方から行けたら打ち合わせかなって感じだけど。」



「浅倉さん?」



「うん。」



「そう!なら良かったわ。浅倉さんなら大丈夫よね?」



「何が?」



「実はね、お父さん、ぎっくり腰になっちゃってね。ちょっとヒロちゃんに頼みたいことがあるのよ。だからこれからそっちに行くわね。まだお家にいるのよね?」



「いるけど・・・。てか親父、大丈夫なの?」



「うん。お父さんはね。痛い痛いってうるさいくらいなのよ。ただちょっと困ったことがね・・・。とにかくすぐに出るからお家にいてちょうだい。」



慌ただしく電話を切って駆けつけてきたおふくろの困った事の正体を見てオレの方が困ったのは言うまでもない。



「ちょっと待ってよ!オレには無理だって!!」



「そんな事言ったってお母さんだって2人もは無理よ。お兄ちゃん達が帰ってくるまでの間でいいんだから。」



「だから、」



「ヒロちゃん!」



ビシッときつい視線を食らってオレは言葉を飲み込んだ。



「あなたぐらいの歳の人が、子供一人面倒見れなくてどうするの。そんな事だからお嫁さんのきてがないのよ。まったく情けない。」



大仰にため息をつくおふくろの言葉にオレは笑って誤魔化すしかない。だってオレ達じゃいくら頑張っても子供なんて出来るはずがない。



「いい機会だから少しは親の気持ちを味わいなさい。」



そう言うとてきぱきと注意事項やら荷物の説明やらをする。



「じゃあ、明日にはお兄ちゃん達帰ってくるから。それまで頼んだわよ。」



「ちょっと待ってよ!おふくろ!!」



目の前で無常にも閉じられるドアにオレは情けない声で叫んだ。
こうして嵐のようにおふくろは去って行き、残されたオレは目の前が真っ暗になったのだ。



「久し振りにヒロの情けない顔見たかも。」



そう言って笑う大ちゃんはオレが連れてきた子を膝の上に乗せてにらめっこみたいな事をしている。きゃっきゃと笑う声がリビングに響いて、それに唱和するようにジョンがほえている。



「ジョン君、赤ちゃんだから意地悪しちゃダメだよ。」



ジョンの頭を撫でながら目線を合わせて諭す大ちゃんはすっかりパパの顔だ。



「あぁ〜も〜大ちゃんいてよかった〜。オレ一人じゃ無理だもん。」



「僕だって子供なんて面倒見た事ないよ。」



「その割には慣れてない?」



「だってワンコの面倒見てるもの。いつも誰かから面倒見てもらってるヒロとは違います。」



「え!何それ!どう言う事!?」



面白そうに笑う大ちゃんに釈然としないまま、それでも慣れた様子の彼の姿にホッとする。



「それにね、うち、妹いたしね。こう見えてもお兄ちゃんなんですよ、僕は。」



「いや、充分お兄ちゃんだよ、大ちゃん。」



とにかく自分一人でわたわたしていたことに比べれば、こうして相談する相手がいるって言うのはありがたい。幸い人見知りもしない感じだし、大ちゃんと楽しそうに遊んでる様子を見るとホッとする。



「でもさ、ヒロと子供ってホントに似合わないよねぇ〜。いつだったか握手会の時も固まってなかった?」



「え?そんな事ないよ。」



「えぇ〜?このくらいの子にヨダレべったりの手、出されて固まってたじゃん。」



「そうだっけ?」



「そうだよ。アレ、ホント隣で爆笑しそうになったもん、僕。ヒロの目が点になってるって。」



確かそんな事があったようななかったような・・・。
これだけ長い間続けていると、ファンの子達の中には立派にお母さんになってる子もたくさんいて、時々イベントなんかで子供を見かけるのも珍しくない。大ちゃんは結構子供好きらしくていろいろ話しかけてあげたりしてるのを見るけど、正直、オレはどう接したらいいのか解らない。せいぜい接した事のあるのは兄貴達の子供くらいで、それだってお正月とかお盆とか、たまにしか合わないからあっという間に大きくなっている。この子だって会ったのはホント片手で数えるくらい。それなのにいきなり面倒見ろって、それはおふくろ、酷な話でしょって思うんだけれど・・・。



「それにしても大丈夫なの?お父さん。ギックリ腰なんでしょ?」



「ん、それは大丈夫らしいんだけどさ、この子が走り回るからそれが結構危ないらしくて。」



「確かにね〜。腰やっちゃってる時にこれは結構怖いかも・・・。」



ギックリ腰経験者の大ちゃんが膝の上に乗せていた子を降ろしながら答える。



「うちもさ、ジョンとかいるじゃない?だからホントその気持ちは解るよ。申し訳ないけどアベちゃんに預かってもらうもん。」



膝の上から降りたゆめちゃんを目で追いながら大ちゃんが苦笑する。



「ゆめちゃん、ワンコ大丈夫っぽいね。良かった。」



ジョンに興味津々の様子を見て大ちゃんがホッとする。



「あ、そっか・・・。オレ、全然気にしてなかった。犬、ダメだったかな?」



「大丈夫じゃない?ジョンも小さい子には慣れてるから少々の事じゃ動じないよ。」



笑いながら答える大ちゃんはパタパタとキッチンに向かい二人分のコーヒーを手に戻ってきた。



「飲むでしょ?」



「あ、ありがと。」



一口くちにしてオレはこの子を預かってから何にも口にしてないことに気付く。すると途端にお腹が空腹を訴えた。その音に耳ざとい大ちゃんは気付いたようで、笑いながら買い置きしてあったお菓子を出してくれた。



「こんなものしかないけど、ないよりマシでしょ?」



「笑わないでよ。もう。」



小分けになったクッキーを齧りながら軽く抗議すると、大ちゃんも笑いながらお菓子を口にした。すると今までジョンに興味津々だったゆめちゃんがたたたと戻ってきて手を伸ばした。



「うわぁ!これはダメだよ、たぶん。」



思わず抱き上げたゆめちゃんはオレの手の中でやぁ〜っと身体を捻ってお菓子に手を伸ばした。



「あぁ、ごめんね〜。目の前で見たら欲しいよね。ゆめちゃん、何なら食べられるの?ヒロ。」



「え?とりあえず何でも食べれるっておふくろは言ってたけど。」



バタバタとゆめちゃんを小脇に抱えたままおふくろの持ってきてくれたカバンの中をあさる。中からおもちゃやらおむつやらと一緒にいくつかお菓子も出てきた。



「大ちゃん。これ。開けたげて。」



やっと見つけたお菓子を大ちゃんに開けてもらおうとすると、大ちゃんはオレを見て爆笑していた。



「何?何で笑ってるの?」



「ヒロ、子供は荷物じゃないんだからさ。その抱き方、おかしいでしょ。」



「え?」



思わずお菓子から遠ざけようと抱えたから、ゆめちゃんはオレの右脇にまるで丸太のように担がれたままだった。



「あ・・・、だよね・・・。」



「でも、なんかこれはこれで喜んでるみたいだから、いいんじゃないの?」



「そう?」



大ちゃんの言葉に抱えたゆめちゃんを見るときゃっきゃと笑っている。



「さすがヒロの血筋だよね〜。多分遊んでもらってると思ってるんじゃない?」



お菓子の袋を開けた大ちゃんがゆめちゃんの目の前にお菓子を差し出すと小さな手がそれを掴んだ。



「ちゃんと座って食べなさい。」



笑いながらそう言われて、オレはもと居たソファに腰を下ろし、膝の上にゆめちゃんを座らせた。ゆめちゃんは貰ったお菓子をもぐもぐと自分の手も一緒に口の中に放り込んでいた。



「なんかすごいね。オレもこんなだったのかな・・・。」



「ヒロは今もそうじゃん。お腹すいたら機嫌悪くなるし、眠くなったら所構わず寝るし。あ、だから僕、子供の扱い上手いのかも。」



「またそうやって子ども扱いするし。オレが大人な事、大ちゃんだって知ってるでしょ?」



そう言って大ちゃんの肩に手を回そうとしたが、膝の上に座らせたゆめちゃんがお菓子を食べ終わったのか急に身体の向きを変えた事にビックリして、折角作った甘いムードはあっという間に消え去った。そんなオレをまた大ちゃんは楽しそうに笑った。



「子供がいるっていいね〜。そうしてるとヒロも立派にお父さんだよ。」



何となく釈然としない気持ちで膝の上のゆめちゃんを抱え上げるとゆめちゃんは楽しそうに膝の上で跳ねていた。






















 

「ちょっと〜、とうとう責任取らされたわけ?」



来るなりいきなり笑い出したアベちゃんにオレは全力で否定した。



「あのさ、どうしてそういう思考になるのよ。オレ、こう見えてちゃんとしてるでしょ?」



「そう思ってるのはヒロだけだよ。ね〜アベちゃん。」



「そうよ〜。絶対一人や二人じゃなさそうだもの、こういう事。」



「ちょっと!大ちゃんまで。オレってそんな風に思われてるの?」



「うん。」



「もちろん。」



2人の大きく頷く姿にがっくりと肩を落として、初めて見たアベちゃんに興味津々のゆめちゃんを抱え上げた。



「そのオバちゃんはとっても怖い人だから近づいちゃダメだよ〜。」



「ちょっと、ヒロ!!」



「ほら〜怖い怖い。」



高い高いをするようにアベちゃんから離してやると、ゆめちゃんはきゃっきゃと笑いながらもっととねだった。


ゆめちゃんを預けられてから半日、大ちゃんのところに駆け込んでからだいぶオレもゆめちゃんに慣れてきた。
おふくろの言ったように人見知りはしないし、泣いたりもあんまりしない。一人の時はどうしていいか解らなくて、オレの方が泣きそうだったけど、大ちゃんのところに来て、大ちゃんやジョン、そしてこうしてアベちゃんまでもが面倒を見てくれるから、オレとしては少しだけ息を付けた。
これを全部オレ一人が・・・って考えたら、到底無理だろうな。
子育ての経験なんて皆無のオレ達だけど、それなりに何とかなるもんだ。と言っても、ほとんど大ちゃんの力だけど。
やっぱり大ちゃんは頼りになるなと改めて思う。ワンコと同じだよなんて言いながら、割とすぐにゆめちゃんにも馴染んで、ゆめちゃんもそんな大ちゃんにはすぐに打ち解けた。
ずっといろいろと構ってやらなきゃならないのかと思ってたけど、そうでもないらしい。一人でいろいろと走り回っていたり、おもちゃを出してきては座り込んで何かしている。時折こっちを見て何かを言ってくるのに答えてあげると、また笑って一人で遊びだす。思ってたよりも全然人間らしい。

というか、もっとこう、一から十までいろいろやってあげなきゃいけないんだと思っていたから、その事に驚いたし安心もした。
大ちゃんが言うにはワンコも同じで、四六時中構ってやると逆にそれがストレスになるらしい。程よく一人にさせてあげて、危ない事がないようにだけ気をつけてあげればいいみたいだ。さすが大型犬を何匹も育てているだけある。
ゆめちゃんはある程度の意思疎通は出来るし、言葉もおぼろげながら何となく言いたい事は解る。確か1歳半くらいだったような・・・。1歳半でこんなに人間らしくなってるものなのかなんて子育ての経験のないオレなんかには驚く事ばかりだ。
兄貴達はこれが当たり前なんだよな。何となく尊敬する。何もかもが小さくて、やる事も言う事も拙いけれど、キラキラしてて迷いがなくて、すべてに全力。大人になるといろいろ忘れてしまうものをこの子はたくさん持ってるんだななんて思う。



「ちょっとヒロ、事情は解ったけどさ、歌詞は出来てるんでしょうね。」



「あ・・・ははは・・・。」



「まぁまぁアベちゃん、いいじゃない1日くらい。まだちょっとは余裕あるんだし。」



「ちょっとはね。」



ギロリと睨まれてオレは視線をずらした。確かに・・・ごめんなさい。



「大丈夫、ヒロはやる時はやってくれるから。ね、ヒロ。」



「・・・頑張ります。」



2人の無言のプレッシャーに小さくなってると突然ジョンの吠える声とゆめちゃんの泣き声が聞こえた。



「どうしたの?」



慌てて目をやるとゆめちゃんがジョンの耳をぎゅっと掴んだままわぁ〜んと泣き声を上げている。その横で耳を掴まれたジョンは情けない顔をしながら上目遣い。



「あぁ〜あ。これはジョンも痛いよね〜。」



大ちゃんが苦笑しながら2人に近づく。オレは慌ててゆめちゃんの手を離させようとしたが大ちゃんが「待って」と言う風に視線を向けてきた。



「ゆめちゃん。」



泣いているゆめちゃんに視線を合わせるように大ちゃんがしゃがみ込み穏やかに話しかけた。



「ジョン君ね、お耳ぎゅって握られたら痛いよって。だから離してって言ったんだよ。」



そう言ってジョンの耳を掴んだままのゆめちゃんの手をちょんちょんと軽くつついた。



「ゆめちゃんもお耳ぎゅってされたら痛いでしょ?ジョン君も一緒だよ。だからぎゅってしないでいい子いい子ってしてあげて。」



大ちゃんの言葉にゆめちゃんはじっとジョンを見つめたまましばらく考え込んでいた。その間もジョンは情けない顔でじっと大ちゃんとゆめちゃんをキョロキョロと見ている。



「ゆめちゃん。」



オレは黙ったままのゆめちゃんの傍らに座り込むと大ちゃんがしたように視線を合わせてみた。



「ジョン君に痛くしてごめんねってしよう。」



オレ達2人の空気を察したのかゆめちゃんはジョンの耳を掴んでいた手を離して、その手を所在なさげに握ったり開いたりした。オレはホッと胸を撫で下ろし、今まで掴まれてたジョンの耳をそっと撫でてやりながら謝った。



「ごめんな、ジョン。痛かったよな。」



ジョンは「仕方ないよ」とでも言うような目でオレを見て、次いで大ちゃんに「我慢したよ」って自慢気な顔をして見せた。



「うん。ジョン君、赤ちゃんだもんね。」



そう言って大ちゃんもジョンの頭を撫でてやった。するとそれを見てたゆめちゃんがオレ達を真似るようにジョンの頭を撫で始めた。けれどそれは撫でるというよりは叩くに近いもので、またジョンが驚いた顔でゆめちゃんを見た。その様子にオレと大ちゃんは思わず顔を見合わせて吹き出した。



「ゆめちゃん、もっと優しくいい子いい子してあげないとジョンびっくりしてるよ。」



そう言いながらゆめちゃんの手を取るとゆっくり撫でるようにジョンの頭に触れさせた。



「ね、いい子いい子。」



「いこ、いこ?」



「そう。いい子いい子。ごめんねって。」



「ごめぇちゃ。」



たどたどしい口調で謝ったゆめちゃんにオレも大ちゃんもさっきとは違った笑みがこぼれる。何だかすごく嬉しい。どことなくくすぐったいような、そんな気分だ。
すると突然後ろから呆れたような声が聞こえた。



「あんた達、そうしてるとホントに夫婦みたいね。」



「アベちゃん!?何言ってるの!?」



「つーか、ダメパパに面倒見のいいママって感じ?しつけられてるのは子供だけかしらね〜。」



「えっ!?」



思わず顔を見合わせたオレ達はアベちゃんの高らかな笑い声に改めて抗議の声を上げたが、アベちゃんは意に介した様子もなく鞄を持つと颯爽とドアへと向かった。



「ま、1日の事だから何とかなるでしょ。アタシは帰るから、2人とも新米パパとママ、頑張りなさいよ。ゆめちゃ〜ん、またね〜バイバ〜イ。」



そう言いながら何ともにやついた顔で出て行った。



「もう。何しに来たんだか。」



ぷっと怒って見せる大ちゃんにオレも肩を竦めてみせる。
結局アベちゃんは何しに来たのかは全く解らないが、それなりにゆめちゃんの面倒も見てくれたし、ジョンの散歩もしてくれた。
もしかして気になってたのかも知れないな。オレ達2人じゃ心もとないとでも思ったのか。
って、アベちゃんだってオレとどっこいどっこいだったけど。
それでもおむつも変えてくれたし、ご飯も面白いとか言いながらあげてくれていた。もしかして少しは母性本能みたいなものがくすぐられたんじゃないのか?って、アベちゃんに限ってそれはないか。なんせアレで結構な仕事人間だから。いまだにしんちゃんとの夫婦生活がどんななのか全く謎だし。前からみんな一緒にいたせいか、何となく2人が一緒にいてもスタッフの空気でいまだに何となくピンとこない。大ちゃんなんかもそう思ってるみたいで、失礼な話だけどアベちゃんがしんちゃんに甘えてる図とか、想像しただけで腹が捩れてしまう。れっきとした奥さんなのにね。子供だって、オレ達なんかよりはるかに現実的なのに。



時計を見ると既に9時を回っていた。
そろそろ寝かせた方がいいのかな?本来なら大ちゃんはこれからが活動時間なんだけど、今日はオレがあんな電話したからだいぶ早くから起きてたみたいだし。それに今日はさすがに仕事にはならないよな・・・。



「大ちゃん、ゆめちゃんお風呂入れて寝かせた方がいいのかな?」



「ん?あ、もうこんな時間なんだ。そうだね、子供だもんね。」



「大ちゃんはこっからだけどね。」



「まぁね。でも今日は無理じゃない?」



「だよね。」



2人でDVDに釘付けになっているゆめちゃんを見て笑った。



「じゃあさ、ヒロ、ゆめちゃんお風呂入れてあげてよ。僕、上がってきたら引き受けるから。」



「え!?オレ?大ちゃんも一緒に入ってよ。オレ1人じゃ困るよ。」



「何言ってんの。一緒に入ったらダメでしょ。お風呂入れるのって大変なんだから。」



「だから一緒に入ってよ。」



「あのね、ワンコもそうだけど、洗ってあげたりして自分の事してる暇ないんだから。片方が一緒に入って、あがる時にもう1人が引き受けたら一緒に入ってた人は自分の事出来るでしょ?一緒になんて無理。」



さすがにワンコのパパだけある大ちゃんの言葉には説得力があったけど、自分1人じゃやっぱり心もとないし、こういう事は大ちゃんと一緒に、何となくだけどオレ達にはどうあがいても経験出来ない状況だからこそ一緒に何でもやりたかった。今日1日くらい、見れない夢を見てもいいんじゃないかなんて。
別に子供が欲しいとか思った事はないけれど、そんな事で大ちゃんを苦しめるつもりはないけれど、もしかしたら、今こういう状況になっていなかったら、オレも大ちゃんも普通に誰かと一緒になって、普通に子供が出来て、人の親になっていたかもしれないのだ。その権利を奪ったのは、いや、奪ったなんて考え方は後ろ向きだけど、オレ達はそれを解ってこの道を選んだのだから。でも時にはもし・・・なんて思う事もあるのだ。世間に対して後ろ暗いとかそういう事じゃなくて、誰にでも平等に訪れるべく権利を自ら放棄したオレ達だから。
大ちゃんは音楽が自分たちの子供だなんて優しい笑顔で言うけれど、きっと心のどこかで繋がりを求めているんじゃないかって思う。子供は、誰にでも解る目に見える証しだから。

ごめん、大ちゃん。こんなオレでごめん・・・。


突然、額をピシッとはたかれた。



「解ったよ。しょうがないなぁ、もう。そんな不安そうな顔しなくても子供の1人や2人くらい入れられなくてどうするの。」



「大ちゃん。」



「全く、こっちも手のかかる子供なんだから。」



そう言って大ちゃんは優しく、でもどことなく哀しそうに笑った。
きっとオレの考えてる事なんてお見通しなんだろうな。解ってて何も言わずにこうして笑ってくれている大ちゃんの優しさにオレは落ちかけていた気持ちを満面の笑みで追い払った。



「オレも大ちゃんにお風呂に入れて欲しいです〜。」



「もう、気色悪いんだよ。」



「ひでぇ!」



「さ、ゆめちゃん、お風呂だよ〜。」



大ちゃんは笑いながらゆめちゃんの手を引いてお風呂へと向かった。









「ちっちゃいな〜。」



改めてゆめちゃんの小ささに感動したオレは思わずしげしげといろんなところを見てしまった。



「こんなちっちゃいんだよね。これが20年も経ったら・・・。」



「経ったら何よ。もう。やらしい眼でしか見てないんだから。」



「何言ってんの、違うよ大ちゃん。」



「違くないでしょ。ヒロの頭の中ってそんなのばっかり。」



身体を洗いながら大ちゃんが呆れた声を出す。
心配してたお風呂も意外とゆめちゃんが自分でやってくれて、とは言えもちろん見よう見真似でするわけで洗えてなかったりなんて事はたくさんあったけど、思ってたよりははるかに楽だった。何でも大人の真似をしたい頃なのかもしれない。
オレ達がする事を見て同じように真似する。その様子がめちゃめちゃ可愛くてオレは思わずいろんな事をゆめちゃんの前でして見せた。そんな事もあってなのか、なんだか娘のような気がして仕方がないのだ。



「はぁ・・・嫁にとか行かせたくないね、これは。」



「はぁ?ヒロの子じゃないでしょ?」



「なんだけどさ、解るって言うか・・・。よくさ、どこぞの馬の骨とかって言うじゃん。あの気持ち、解っちゃったよ〜。」



いつもはいろんなところにちょこちょこと置いてあるアヒルをいくつも浮かべながら楽しそうにお湯に浸かっているゆめちゃんを抱えながら思わずため息をついた。



「ヒロってガンコオヤジになりそうだよね〜。女の子とか溺愛しそうだもん。」



「あぁ〜するだろうね〜。だってこんな可愛いんだよ。もう大変だよ。」



「何時間か前に泣き付いてきた人のセリフとは思えないね。」



シャワーで泡を流しながら笑う大ちゃんはすっかり泡を落とし終わると湯船に足だけつけて言った。



「はい、交代。ヒロは上がって準備しといて。準備出来たらゆめちゃんあげるから。」



「は〜い。」



ゆめちゃんを大ちゃんに託して湯船から出ると後ろから幼い声が呼び止めた。



「ひお〜〜。」



「え?」



思わず大ちゃんを顔を見合わせる。



「ね、今、オレの事呼んだよね!?」



「・・・みたいだね。」



「やっばい、可愛い!!」



駆け寄ってゆめちゃんをぎゅっと抱きしめると、さっきは名前を呼んだくせに今度はやぁ〜と押し返されてしまった。



「何で?」



「そりゃあヒロが変態だからその気配を察知したんじゃないの?もう、うだうだ言ってないで早く準備して。ゆめちゃんが茹っちゃうでしょ。」



「はぁ〜い・・・。」



後ろ髪をひかれながらバスルームを出て扉を閉めようとしたら湯船の中でアヒルを手にニコニコ笑う2人が目に入った。なんとも和やかな雰囲気だった。
オレは思わず大ちゃんに声をかけた。



「そうしてると親子みたいだよ。」



大ちゃんは一瞬チラリと目を伏せると、ゆめちゃんが差し出しているアヒルを受け取りながらボソッと言った。



「バッカじゃないの。」



大ちゃんの耳が赤く見えたのは決してお湯のせいだけじゃないはずだ。





















 

「なんだか、寝れるような気分じゃないよね。」



お風呂から上がってゆめちゃんを寝かそうとベッドに入ったはいいけれど、いつもこんな時間に寝ていないオレ達は間抜けな気分だった。本当なら新曲の打ち合わせもしなければいけないはずで、こうして大ちゃんと一緒にいて仕事の話がないのも珍しい。まぁ、オレが歌詞を書き上げなきゃ話にならないってところなんだけれど。
寝ると言ってもなかなか横にすらなってくれなかったゆめちゃんと風呂上りだというのにひとしきり遊んでやっと、疲れたのかベッドに行く事を許してくれた。大ちゃんは忙しいだろうからと思っていたのだが、ゆめちゃんが大ちゃんがいないと起きて大ちゃんのところへ行ってしまうので、結局こうして3人で横になっている。いや、ジョンもいるから狭くはないベッドだけれど満員御礼状態だ。
しかもゆめちゃんはどうも寝るのが嫌なのかベッドに来たものの横になってくれようとはしない。仕方がないからベッドの上でゆめちゃんを抱っこしながら大ちゃんと他愛のない話になる。



「小さい子っているだけでいろいろ違うね。」



何かを話しかけてくるゆめちゃんに相槌を打ちながらポツリポツリと話す。



「大ちゃんはさ、ジョンとかいるから慣れてるのかも知れないけど、オレには無理だなぁ。子供がいるってすごい事だね。ホント。」



「そんなこと言って、どこかにいるんじゃないですか?貴水さんは。」



「また、そういう事言う。オレが大ちゃんだけだって知ってるでしょ?」



「あ、そっか、ヒロに子供がいるとしたらもうどんなに小さくても小学生とか中学生だもんね。このくらいの子がいたらどう言う事って話になるよ。」



ね〜っとゆめちゃんに話しかけながら大ちゃんはくすくすと笑っている。



「信用ないなぁ、もう。」



「いえいえ信用してますよぉ〜貴水さん。」



笑ったままの大ちゃんを横目にオレは最近思い始めていた事をポツリと漏らした。



「オレもさ、子犬飼おうかな。」



「え?ヒロ、犬飼うの!?」



「うん・・・。大ちゃん見てるとさ、いいなって思うんだよね。だけどジョンみたいな大きいのは無理だから小さいやつ。小さいの可愛いじゃん?大変じゃないでしょ?」



「そりゃあ大きいのに比べたらお散歩も楽だし。でも命であることに代わりはないからね。ちゃんと愛情注いであげられるならオススメするけど。」



「愛情かぁ・・・。オレの一番の愛情は大ちゃんにあげちゃってるからなぁ。」



そう言いながら隣を見ると照れを隠すようにふてくされた顔と目が合った。



「バッカじゃないの。」



その言い方にオレも思わず笑う。すると腕の中のゆめちゃんがぐずりだした。



「ほら、こんなに小さくても自分に興味が向いてない事解るんだから。犬だっておんなじ。」



大ちゃんに指摘されてオレは腕の中のゆめちゃんを抱きなおした。どうやら本格的に眠くなってきたのか、ぶすくれた顔になっている。



「ねぇ、眠いのかな?この顔。」



「かもね。結構遊んだもんね。」



そんな会話をしている間もゆめちゃんはずるずるとオレの腕から逃れようとして身体を捩る。ん〜〜っと不満の声がぐずりだす。



「子守唄とか歌ってあげたらいいんじゃないの?」



「え?覚えてないよ。」



「何でもいいんだよ。何となく落ち着くような曲ならきっと。」



「そうかな?」



ぐずるゆめちゃんを心配してなのかジョンまでがベッドの上にあがってきて、大ちゃんは必死にジョンを留めている。オレはゆめちゃんをもう一度腕の中に抱きかかえると小さく息を吸って歌い始めた。2人で作った大切な曲のひとつ。意味は解らないかもしれないけど、相手を大切に思う気持ちに溢れた曲だ。その曲を聞いて大ちゃんが目尻を和ませて笑った。



「贅沢な子守唄だね。」



ポンポンと軽く背中を叩きながら囁くように歌った。大ちゃんも隣で同じ事をジョンにしている。ぐずっていたゆめちゃんは何曲か歌う間にだんだんと大人しくなり、最後にはゆっくり瞼を閉じた。



「寝たみたい。」



大ちゃんが小さな声で教えてくれる。その言葉に頷いてそっと顔を覗き込んでみれば、可愛いらしい寝顔。ぴゅーぴゅーと鼻がかすかに鳴っている。



「鼻、詰まってるのかな?」



「どうだろ。」



「こんな事まで可愛いね。」



大ちゃんが開けてくれたスペースにそっと寝かせながら2人でしばらくゆめちゃんを眺めた。無防備なその寝顔に知らぬ間に口元が綻ぶ。全てをゆだねきったその顔に2人で小さく笑いあう。



「もう、寝ようか。こんな可愛らしい顔見たら離れられないよ。」



「またアベちゃんに怒られそうだけどね。」



「出来る時は何してたって出来るよ。今はイマジネーションを蓄積中。」



「まったく調子いいんだから。」



そう言って笑いながらも目を閉じて横になる大ちゃんの姿にオレも静かに横になった。



「きっと今から寝たらものすごく早く目が覚めちゃうよ。」



「僕、明け方ジョンの散歩に行くから。気にしないで寝てていいからね。」



「ん。解った。」



「おやすみ。」



大ちゃんのごそごそと布団に潜り込む音がしてオレはゆめちゃん越しに手を伸ばした。



「おやすみ、大ちゃん。」



そっと触れた丸い指をなぞると大ちゃんも同じように返してくれる。こっそり顔を伺うと同じようにこっちを見て笑っていた。



「おやすみ、大ちゃん。」



「ん、おやすみ。」



オレ達は何となくこそばゆい気持ちを共有しながら手をつないだまま眠りに落ちた。























 

「おい、ヒロ。お前今、どこにいるんだよ。」



ゆめちゃんと教育番組を見ていたオレの携帯に兄貴からの着信が入った。
どうやらおふくろから慌てたオレの状態を聞いていたらしい兄貴達は少しでも早くと思ってオレの家に来たらしい。何度インターフォンを鳴らしても出ないもんだから電話をかけてきたと言うわけだ。



「あ、ごめん。オレ、家じゃないんだよ。」



「はぁ?ゆめはどうした。」



「ここに一緒にいるよ。」



事情を説明すると呆れた様子の兄貴にオレは大ちゃんの了承を取って大ちゃんの家の住所を教えた。


結局今朝も早くからゆめちゃんはお目覚めで、眠っていたオレ達をものの見事に叩き起こしてくれた。
ジョンの散歩に行くという大ちゃんを見て自分も行くと言い出したゆめちゃんを連れて、まだ完全には動き出さない街を散歩した。こんな時間ならさすがに見咎めるものもいないだろう。オレも大ちゃんも一応は人目を忍ぶ間柄だから。しかも子連れなんて、見つかったら何を言われるか。
何もなくてもこうして2人揃って散歩なんかなかなか出来ないオレ達だから朝の空気と同じくらい新鮮な気持ちで、ジョンとゆめちゃんの手を握りながら朝日の中を歩いた。喜んだゆめちゃんはオレと大ちゃんの手を握りながら跳ねるように駆けて行き、それを見たジョンはゆめちゃんと競うように先を歩いた。
途中出会った大ちゃんの良く知る散歩仲間がゆめちゃんを見て可愛らしい娘さんですねなんて言うのがちょっと照れくさかった。どこかにオレの血筋が流れているのか、オレとゆめちゃんはどことなく似てるらしい。大ちゃんも笑った時の目が似てるなんて言ってた。
その人の連れている小型犬を撫でながら「わんわ、わんわ。」と繰り返すゆめちゃんに、ジョンがお株を取られたようにションボリしていたのが可笑しかった。
いつもとちょっと視点が変わっただけなのに、こんなふうにいろんな事が輝いて見える。子供の世界はこんなにもきらめきに満ちている。



再びオレの電話が鳴って兄貴が来た事を告げる。



「ゆめちゃん、パパ達来たって。」



大ちゃんがTVを見て踊っているゆめちゃんに声を掛ける。その間にオレは入り口へと向かった。



「ぱぁぱ。」



招き入れるオレの後ろからゆめちゃんが駆けてきて兄貴の足元にしがみついた。



「おぉゆめ。いい子にしてたか?」



抱き上げて頬ずりする兄貴にゆめちゃんは嬉しそうな顔を見せた。やっぱり親子なんだななんて思ったりして。遅れて顔を出した大ちゃんに兄貴は恐縮そうに頭を下げて、奥さんが荷物を受け取りに大ちゃんの後についていった。するとオレはいきなり頭を小突かれた。



「お前さ、なんで仕事相手に泣きついてんだよ。面倒見てくれる女くらいいるんだろ?」



どうやらいきなりこんなスタジオにお邪魔してしまった事が兄貴にとっては座りが悪いのだろう。とは言っても泣きつく女と言うか・・・一番泣きつけるのはここなんだけど。



「大丈夫だって。ああ見えて大ちゃん面倒見良いし、それにほら、ここなら女性スタッフもたくさん来るからさ。」



「そういう問題じゃないだろ、まったく。」



ぶつくさ言ってた兄貴はジョンを見つけたゆめちゃんに降りるとせがまれて、抱いていたゆめちゃんをおろした。するとゆめちゃんは「わんわ。」と言いながらジョンにぶつかっていった。



「ゆめ。」



慌てた兄貴がゆめちゃんを引きとめようとしたけれど、「大丈夫」と笑ってやった。



「ジョンはもう仲良しだよ。ゆめちゃんと一緒に結構遊んだから。」



体当たりされたジョンはゆめちゃんの顔をベロリと舐めて、それが許しのサインでもあるかのように好きにさせていた。



「ゆめちゃん。いい子いい子するんだよ。」



「いこ、いこ。」



やっぱりどう見ても叩いているに近いいい子いい子にジョンは上目遣いでオレを見たけれど、どうやら諦めているのかすぐにゆめちゃんの足元に寝転がった。



「へぇ、大人しいな。」



「だろ。大ちゃんの犬だもん。」



「つか、お前、でかい犬ダメじゃなかったっけ?」



「ん。大ちゃんとこのは平気なんだよね。小さい時から見てるからかな。来た時の熱烈歓迎は未だにちょっとびびるけど。」



そう言って笑ってみせると兄貴もしゃがみこんでゆめちゃんと一緒にジョンを撫でた。そしてふと手を止めると感慨深げに室内を見渡した。普通の家とはつくりの違う広いリビング。何人もの人が出入りしているだろう事は容易に想像がつく。仕事の予定が解るようにと付けられたボードにいくつかメモ書きがくっついている。恐らくパッと見では解らないだろう略称の英語表記。日付に赤丸がついている。



「ここがお前の居場所なんだな。」



「うん。」



「歌えて、良かったな。」



兄貴が目を細めて言った。



「ん。サンキュ。」



短く答えて小さく笑うと兄貴も笑っていた。昔から変わらないこの距離感が嬉しかった。



「あなた。」



大ちゃんと奥さんが戻ってきて兄貴に声をかけると、兄貴はジョンと遊んでいたゆめちゃんに声をかけた。



「ゆめ、帰るぞ。ワンワンにバイバイして。」



「ばいばい?」



「そ。バイバイ。」



「ばいばい。」



そう言ってゆめちゃんは最後までジョンの頭を叩いてみせた。



「いろいろすいませんでした。仕事の邪魔になっちゃいましたよね。」



兄貴がゆめちゃんを抱えながら大ちゃんに告げた。



「いえ、家もご覧の通り犬がいたりして毎日騒がしいんで。ゆめちゃん、大人しかったですよ。すごくいい子だったし。ね、ゆめちゃん。」



そう言いながら頭を撫でる。



「いこ、いこ?」



「そう。ゆめちゃんいい子いい子だもんね。」



大ちゃんの言葉にゆめちゃんはにかっと笑うと自慢気に兄貴を振り返った。その仕草がジョンがするのと同じで思わず笑った。



「本当にいろいろとすみませんでした。助かりました。」



奥さんがオレに向かって深々と頭を下げたからオレは逆に恐縮してしまった。結局面倒を見たのはほとんど大ちゃんだったし。オレは遊び担当?オレのそんな困惑振りを隣の大ちゃんは笑いを噛み殺した顔で見ていた。



「ほらゆめ、おじちゃん達にバイバイして。」



「おじちゃんって・・・せめてお兄さんって言ってよ兄貴。」



「あのな、世間じゃ立派におじさんの歳だろ。」



「そう、だけどさぁ・・・。」



ため息をついて肩を落としたオレを見て、意味が解っているのかゆめちゃんがきゃっきゃと笑った。



「じゃあね、ゆめちゃん。またね。」



そう言って頭を撫でてやるとゆめちゃんは不思議そうな顔でオレを見つめた。



「ばいばい。ゆめちゃん。」



大ちゃんも同じようにしてやると気配を察知したらしいゆめちゃんがいきなり泣き出した。



「やぁ〜〜。」



ぐずって兄貴の腕からオレ達の方へ手を伸ばしてくる。



「ゆめ、もうバイバイなんだぞ。」



「やぁ〜わんわ〜。」



ぐにゃりと身体を捻らせながらオレ達とジョンに手を伸ばしたゆめちゃんが泣きながら必死に訴える。ゆめちゃんの気持ちが通じているのかジョンまでが心配そうに覗き込む。



「ゆめちゃん、パパ達帰ちゃうよ?」



「わんわ〜〜〜。」



「またおいでよ、ね?」



「わんわ〜わんわ〜〜。」



素直に帰りたくないと感情を表すゆめちゃんにオレ達もどうしたらいいのか解らない。
確かに最初おふくろからいきなり預けられた時は目の前が真っ暗になったけど、こうして1日一緒にいてすっかり馴染んでしまった。たった1日なんだ。それだけなのに真っ直ぐ縋ってくる手をもう一度握ってやりたいと思っている。こんなふうに思うようになるなんて1日前には考えられなかったけれど。



「ゆめちゃん・・・。」



泣きじゃくるゆめちゃんと苦笑いの兄貴。すると大ちゃんがパタパタと駆けて行った。なんだろうと思っていると手に黒いものを持ってすぐに戻ってきた。



「ゆめちゃん。はい。」



ゆめちゃんの手に手渡されたのはジョンのぬいぐるみだった。



「これ、ジョン君だよ。ゆめちゃんにあげるね。」



「わんわ?」



「そう。ジョン君。次に会う時までたくさんいい子いい子してくれる?」



そう言って大ちゃんはぬいぐるみのジョンの頭を撫でてみせた。



「浅倉さん。」



「たいしたものじゃないんですけど。」



さっきまでぐずっていたゆめちゃんはぬいぐるみのジョンをやっぱり叩いているとしか思えない仕草で撫でていた。



「仲良くしてあげてね。」



大ちゃんはゆめちゃんに視線を合わせると笑ってそう言った。
兄貴達は機嫌の直ったゆめちゃんを連れて、何度も大ちゃんに御礼を言いながら帰っていった。玄関のドアがパタリと閉められた時大ちゃんが小さく俯く姿が目に入った。足元のジョンをそっと撫でる。



「可愛かったね、ゆめちゃん。」



背中を向けたままの大ちゃんをそっと抱きしめる。大ちゃんの声がほんの少しだけ震えていたから。



「大ちゃん。」



ぎゅっと腕の中に抱き込むと耳元にそっとくちづけた。



「子供、欲しくなった?」



大ちゃんが緩く首を振る。



「オレが大ちゃんを離さないせいだよね。ごめん。」



「違うよ。そんな事思ってない。」



「じゃあ、大ちゃんがそんな顔してるのは、なんで?」



見なくても解る。今の彼の表情がやりきれなさに唇を歪めて、諦めた夢をもう二度と見ないで済むように自分から切り離そうとしてる事なんて。自分がこんな顔をしていたらオレに申し訳がないと、きっと彼はそう思っているに違いない。そんな事関係ないのに。決して大ちゃんのせいじゃないし、オレだって大ちゃんの自由を奪っている。それにそう思う気持ちごと、オレは大ちゃんを好きになったんだし。
腕の中の大ちゃんは何かにけりをつけるかのように大きくため息をついた。



「子供ってさ、やっぱり神様からのギフトなんだろうね。見てるだけで幸せな気分になる。」



「そうだね。」



「愛情を注げば注ぐほど、返してくれる。ワンコも同じだけど、言葉をしゃべるぶんだけ子供の方がダイレクトだよね。」



ジョンの頭を撫でながらそう言う大ちゃんは必死に笑おうとしているようだった。



「大ちゃん。」



かすかな抵抗を感じながら、額をあわせるように向きを変えると大ちゃんは目を伏せたまま口元を歪めていた。



「オレも淋しいよ。ゆめちゃん帰っちゃって。」



「ヒロ・・・。」



「オレ、何の役にも立たなくて、大ちゃんに助けてもらってばっかりだったけど、でもオレはオレなりに淋しいよ。」



例え偽りだったとしてもほんのひと時だけでも夢を見せてくれた。オレと大ちゃんではいくら望んでも現実には出来ないこと。小さな命はオレ達に新鮮な驚きをたくさん与えてくれた。



「・・・うん。僕も。」



大ちゃんが小さく鼻をすすった。



「大丈夫。またいつでも会えるよ。また一緒に過ごそうよ、オレと大ちゃんとゆめちゃんと3人でさ。」



そう言って笑うと足元でジョンが主張するように吠えた。その主張に大ちゃんも穏やかな表情で笑った。



「ジョンもね。」



「うん。家族だからね。」



大ちゃんと一緒にしゃがんで足元のジョンを撫でると尻尾をパタパタと振って喜ぶ。



「ゆめちゃん、大切にしてくれるかな。」



「ん?」



「ジョンのぬいぐるみ。」



温かいジョンを撫でながら大ちゃんが呟く。オレはそんな大ちゃんを抱きしめて大きく頷いた。



「もちろん。ずっと大切にしてくれるよ。」



「そうだね。」



納得はしたもののまだ少し淋しそうな大ちゃんにオレは頬を寄せてそっと言った。



「ねぇ、大ちゃん。ゆめちゃんってね、結ぶ愛って書いて『ゆめ』って読むんだよ。だからきっとたくさん愛を結んでくれるよ。」



「『結愛』ちゃんか・・・。すてきな名前だね。」



そう言って大ちゃんはオレの肩に頭を預けてこの1日のキラキラした時間を思って微笑んだ。


























 

「何で!?いつの間にか電車になってるし。」



オレの書き上げてきた歌詞を見て大ちゃんが驚いた顔をしている。



「ホント、ヒロって解んないよね〜。どこからいきなり電車が出てきたのさ。」



「えぇ〜?大ちゃんの曲聞いたら、TRAINはすぐに出てきたんだけど。どこからって言われても大ちゃんの曲から?」



「まぁ、前にも曇りが晴天になった事もあるし、いまさらなんだけどさ。ホントヒロの着眼点には毎回驚かされるよ。」



「いやいや、大ちゃんの曲だって毎回毎回刺激的だよ。」



お決まりの褒め合いの空気にお互い笑いながら、オレはこの曲を聞いた時に思った事を告げた。



「みんなでね、夢に向かって繋がっていけたらいいなって思ったんだよね。
大ちゃんの音がさ、すごくキラキラしてて、でもそれだけじゃなくて、まとまっているようで突然正反対の音とか跳ね上がったりしてさ。でもそれが心地いいって言うか。もっと自由でいいんじゃないかなって思った。夢見る事はホントはもっと自由で楽しい事だったんじゃないのかなって。
オレ達はさ、夢見ることをやめたりなんかしないし、だからみんな一緒にオレ達の夢に乗っかって行こうよって気持ちで。そこからTRAINになったんだ。たくさん乗れるし、どんどん結んでいけたらいいなって。夢も、愛も、ね。」



「ヒロ・・・。」



大ちゃんの目がその先の言葉を語る。オレは笑ってそれに答えた。



「うん。ゆめちゃんと居た後、一気に書けた。」



「まさに『ハレルヤ』だね。」



「そう!ハレルヤだよ。」



大ちゃんが再び歌詞に目を落として笑う。



「ヒロらしいって言うか・・・うん、すごくいい歌だね。」



「大ちゃんの音に導かれた結果ですから。」



嬉しそうににこりと笑う大ちゃんにオレも同じ笑顔で答えた。



「ヒロ。ありがと。」



大ちゃんのその一言に込められた思いにオレはゆっくり頷いた。
照れ屋な彼はなかなか言葉には出さないけれど感情の振幅が大きい事をオレは誰よりも知ってる。時たま堪え切れなくて涙の方が先にこぼれたりしちゃう事も。
大ちゃんが言えない言葉をオレが全部言ってあげる。落ち込みそうになる時はオレが明るい言葉に代えてあげる。こぼれる涙は嬉しいものの方が、いつだって笑っていられるでしょ?



「さぁ!じゃあ貴水博之さんの美声を聞かせてもらっちゃおうかな〜。」



「おっ!!聞いちゃう?聞いちゃう?オレの美声、聞いちゃう?」



「調子乗りすぎ。」



「あははは。」



笑いながら歩く足元にジョンがついてくる。笑顔の大ちゃんは足元のジョンをよしよしと撫でて隣に並ぶオレを見た。



「ヒロのパパ姿、結構、様になってたよ。」



そう言って大ちゃんは目尻にきゅっとしわを寄せて幸せそうに笑う。
オレ達はちょっといびつな家族だけれど、きっと誰よりも幸せな家族なんじゃないかって、オレはこの大ちゃんの笑顔を見てそう思った。
たくさんの夢を見せてくれた『結愛』ちゃんの笑顔を思い出しながら。






END
 20130726