<星に願いを>









僕のマンションには変な大人が住んでいる。この前もマンションの1階にある笹の葉の前でずっと立ってた。
大人のくせに笹の葉なんか見て、お願い事でもするつもりなのか短冊を握りしめてた。
変な奴。

僕は大森(かける)、小学5年生。このマンションの中では数少ない小学生らしい。
僕の日常はこう見えて何かと忙しい。学校から帰ってきたら月水金は学習塾、火曜日はスイミング、木曜日は英会話に通ってる。
学校が終わってから同じクラスの子と遊ぶなんて事ほとんどない。みんなそれぞれ忙しい。
大人達は自分達が仕事してるから偉いとでも言いたいのかも知れないけど、僕達だって大人に負けないくらい忙しい。

そんな僕が時たま出会うこの変な人は何の仕事をしてるんだか全く解らない。いつも誰かに迎えに来られてるダメな大人だ。
僕はこういう大人にはなりたくない。だから塾にも行くし、英会話にも行く。今が大事なんだってパパもママも言うから。
それにこんな大人を見たら頑張らなくちゃって思うから。



学校から帰って来て塾に行く金曜日。僕はまたしてもこの変な人に会った。いつかと同じように笹の葉の前で難しい顔をしてる。
しかも今日は一人じゃなかった。金髪の人と一緒だ。
金髪だけど外人じゃないみたい。変な人と日本語で話してるから。
やっぱり変な人の友達は変な人なんだななんて思いながら家に帰って塾の鞄を持って出てきたら、まだそこにいた。
笹の葉にかけられた短冊を見てなんか話してる。
僕は変な人達を横目に笹の葉の前を通り過ぎようとしたら、パシャリ。
いきなり切られたシャッター音にビックリして立ち止ってしまった。そして目が合った。



「あ、ごめんね。ビックリさせちゃったね。」



初めて聞く変な人の声は想像してたのより普通だった。もっと変な感じに話すのかと思ってたのに。



「ホラ、ヒロ、固まっちゃってるよ、この子。」



金髪の人も割と普通だ。



「ごめんね、通ってるの気付かなくって。」



僕の前にしゃがみ込んできた変な人はしていたサングラスを取って笑った。



「短冊撮ろうとしてて、周りちゃんと見てなかったんだ。」



そう言いながら撮ろうとしていた短冊を僕に見せた。そこには「みんな幸せに過ごせます様に ひろ☆」って書いてあった。



「変なの。」



「え?」



「大人なのに信じてるんだ。」



変な人は金髪の人を見上げて困った顔をして見せた。すると金髪の人が言った。



「君は信じてないの?」



「だって信じるって言ったって、本当はとっても離れてるんだよ、二つの星は。だから会うとか会わないとかじゃないと思うし。もしかしたらもう片方は無くなってるかもしれないんでしょ?そんなの信じられないじゃん。そんなものにお願い事したって叶わないよ。」



「じゃあ君はお願い事しなかったの?」



金髪の人が悲しそうに聞いてくる。



「・・・したよ。だってママが七夕の日は短冊にお願い事書けって。」



そう言いながら僕は自分の書いた短冊を指さした。すると変な人がそれを見て僕の短冊を読んだ。



「次の全国模試で1番になれますように。おおもり、しょう。」



「かけるだよ。かけるって読むの。」



「へぇ!これでかけるってカッコいい!!かっこよくない?大ちゃん。」



「ホントだ!いいねぇ!僕もこういう名前にして欲しかったよ。」



「ね!今の子の名前ってカッコいいな〜。」



僕の名前をカッコいいって連発する変な人達に、僕はそんな悪い気分でもなかった。



「でもさ、夢がないよね・・・この願い事・・・。」



金髪の人がボソッと言った。



「まぁ・・・そこはさ、ね。」



「もっとさ〜、お星さまにお願いするんだからおっきな事にしなよ。」



「信じてないから。」



「信じてないならもっと大きな事書きなよ。いくらでもあるじゃん。」



金髪の人は今度は楽しそうに笑った。



「僕だったらね〜火星に行くとか。」



「あ、それじゃあオレもだ。」



「ね〜。」



変な人達は2人で楽しそうに笑っている。大人なのに、そんな事言ってるこの人達はやっぱりおかしいと思う。



「ねぇ、君も一緒に火星に行く?」



「は?」



「絶対ね、いつかは行けるよ。本当に本当に心の底から信じたら、叶わない事はないんだよ。」



「うそだね。」



「うそじゃないよ。僕はね、本当に叶ったの。」



そう言って金髪の人はチラリと変な人を見上げ、僕にそっと教えてくれた。



「僕ね、僕だけの歌ってくれる人を探してたの。いろんな人にあったけど全然ダメで、もうこの世にいないんだって思ったの。そしたらね、お星さまみたいに急に来たんだよ、ヒロが。」



そう言って金髪の人は変な人を見て笑った。何をしゃべってるのか解ってない変な人は突然見つめられて、ヘラリと笑った。



「ヒロはね、今は人間の姿をしてるけど、彦星かもしれないよ。」



「うそだよ。」



金髪の人は小さく首を振った。



「だってね、僕とヒロは一回お別れしちゃったの。僕がね、ヒロがいる事が当たり前になっちゃって何にも感謝しなくなっちゃったの。そしたらヒロ、消えちゃった。」



「うそ!」



「僕ね、ホントに後悔して毎日毎日お願いしたの。そしたらね、またヒロは僕の為に歌ってくれたの。」



僕は金髪の人の話を信じられない気持ちで、笹の葉のところに立っている変な人を見つめた。
変な人は相変わらずヘラヘラと笑っていて、この人が人間じゃないなんて信じられなかった。
すると金髪の人が僕の肩をポンポンと叩いてシィー!と口元に指をあてた。



「あんまり人に話すとまた消えちゃうから内緒ね。」



僕は驚いて金髪の人を見返すと、金髪の人は真剣な目で僕に頷いた。やっぱり、これって重大な秘密なんだ。

僕はコクコクと頷くともう一度変な人を見た。
変な人はいろんな短冊を見て頷いている。もしかしてお願い事をああやってチェックしてるのかも。
僕は怖くなってぎゅっと手に力を入れた。すると持っていた学習塾の
鞄が手に食い込んだ。



「あ!遅刻しちゃう!」



慌てて時計を見るとギリギリの時間。僕は金髪の人と変な人にぺこりと挨拶をすると慌てて駆け出した。
後ろからはあの2人の「いってらっしゃ〜い」なんて声が聞こえていた。





僕はその晩、どうしても眠れなくて部屋から見える空をぼんやり眺めていた。
あれが白鳥座だから、織姫と彦星は・・・アレとアレだ。
その時、何故だか彦星が大きく瞬いたような気がした。目をごしごしとこすってもう一度見たけど、特に変わったところはない。
もしかして見間違いだったのかな・・・。そう思って寝返りを打とうとしたら。



「アレ!?」



やっぱり彦星がキラリと輝いた。
結局その晩僕は眠れなくて、朝ご飯を食べた後、急いでマンションの1階に降りた。笹の葉の前に立つ。残っていた短冊にお願い事を書くと急いで笹の葉に括り付けた。


どうかあの人がもう一度お願い事を見てくれますように!!



部屋に帰ったらテルテル坊主も作ろう。雨が降ったら2人は会えないから。そうしたらきっとお願い事も叶えてもらえないかもしれない。
僕はエレベーターが来るのも待ちきれずにボタンを何度も押してやっと来たエレベーターに乗り込んだ。




「いつか3人で火星に行けますように かける」



僕が新たに書いた願い事はきっといつか叶うと思う。
だって僕は彦星の正体を知っているから。内緒だけどね。




 

END 20130707